RHINO BOXSET LOOK OF LOVE

大きすぎた期待にしおしおの巻


 ライノが3枚組でバカラックへのアンソロジーを出すと知ったのは、去年の今頃、ちょうどB.B本人の来日コンサートの時だった。

 その時の私の気持ちはとうてい言葉にしがたい。もう、中古屋で「バカラック」というキーワードでレコードを探す気が失せちゃうような、すごいラインナップだったらどうしよう?/当然、そのようなボックスでしかるべきだ/はやくそのボックスが欲しい/永遠にリリースされないでくれ、等々。

 それから1年後、ようやく輸入盤屋でそのボックスを目にした私の、胸のはりさけるような思いを想像してほしい。

 そして、レジに直行したい気持ちをぐっと抑えて、とりあえず収録曲をチェックしてみた直後の私の気持ちも。

 「Look of love」はダスティ・スプリングフィールド、「Alfie 」はシラ・ブラック、「Close to you」はカーペンターズ。って、何なんだそれは。そんなのばかりが延々と75曲。持ってないバージョンなんて10曲もない。

 コノイシューのバカラック/デビット・ソングブックを水で3倍に薄めたような内容。半数以上ディオンヌ・ワーウィック。

 選曲者はもう一度胸に手を当てて、考え直して欲しい。「あなたは自分の選曲家魂に誓って、そのバージョンをベストだと言えるのか?」

 私は何も、レアな音源ばかりを揃えた、嫌味なコンピを作れと言ってるんじゃない。スタンダードな内容で結構。でも、初めて「バカラックの曲をバカラックの作品と意識して聞く」人間にも、最高のものが与えられるべきだと思う。それがこれじゃ、あんまり普通じゃない。それこそコノイシュー盤1枚あれば充分で、何もボックスにして売るこたあない。

 再発レーベルのポリシーとして、「ヒットしたものを前提とする」ということがあるのも分かる。でも、過去のコンピには常にライノならではのチョイスがあった。例えばあの素晴らしい『Summer of love』におけるラブ・ジェネレーションやサジタリアスの「My world fell down」。今でこそポピュラーだが、あのコンピが出た頃は埋もれた名曲だったはず。「Younger generation」「Do you believe in magic 」ではなく、ラヴィン・スプーンフルの曲から「6 O'CLOCK 」を選ぶセンス。私がこのレーベルに求めるのは、それである。

 思えば、コノイシュー盤にだって、「イギリスならでは」というチョイスがあって、バカラック上級者にも発見があった。それだって、「I say a little player 」はディオンヌじゃなくてアレサ版で入れて欲しいとか、要望は色々あったけどさ。

 アレンジャー/コンダクター/プロデューサーという「トータルな音楽家」として素晴らしいバカラックを讃える企画だというのなら、半数をディオンヌのバージョンが占めるのも許そう。しかしそれだったら、他のアレンジャーの仕事は排するべき。

 パッケージについても、一言も二言も文句を言いたい。何なんだ、あのどうでもいいデザインは。

 せめて、ヘンリー・マンシーニが没後に日本で出たボックスセットなみのエスプリが欲しい。あのティファニー・ブルーのシンプルなパッケージは、いかにも白い絹のリボンが映えそうだった。クリスマス商戦に備えてのリリースなら、そこのこところを考えてしかるべきだろう。例えそれが、恋人へのプレゼントではなく、お父さんへのプレゼントに向く内容であったとしても。

 第一、バカラックほどフォトジェニックなソングライターも珍しいのだから、写真を選ぶにしても、もっとゴージャスでリッチでショウビズでスノッブな彼のベストショットが他にあるはず。

 ようするに、「なぜいまこの時期にバカラックなのか」ということにまったく応えていない内容だから頭にくるのだ。

 今、過去の音源を再発するのには、どのような意味があるのか。学術的な意味での総括なんかじゃ決してないはず。「今ここで」聞かれるべき、評価されるべきだから再発するのであって。「スクエアな過去のヒット曲集」ならこの内容でいい。でも、私にとってバカラックは「今ここで」リアルタイムで「かっこいい」「素晴らしい」「新しい」音楽なのだ。

 それと同時にガーシュインやコール・ポーターと並んで、20世紀が未来に誇るべき音楽であるのも確か。そのリスペクトすら、このボックスセットには感じない。

 そんなわけで私はこのボックスセットを買っていないのだが、次のような内容を伴ったライナーノーツがついてくるのなら、考え直してもいい。

 ・全曲リストと主要カバー・アーティストのリスト

 せめてこのページに匹敵するものがあるべきです。

 ・初期のマレーネ・ディードリッヒのバックを含む全仕事の解説

 この間、バカラックの初期ワークスとしてディードリッヒがドイツ語で歌う「風に吹かれて」を手に入れたけど、すごかったっす。ディランでディードリッヒでドイツ語なのに、バックは余裕でバカラック。「天才がいかにして天才になったか」を知るためにも、裏方仕事を含む記録が欲しいところ。

 ・全曲全バージョンに対するバカラックのコメント/感想

 あるようでないんですよ、これが。何をヒントに作ったとか、制作時のエピソードとかを本人の口から聞きたい。

 ・全曲の歌詞収録  

 あるようでないんですよ、これも。ハル・デビットの詞の素晴らしさを知るためにも、ぜひともほしいところ。

 ・ハル・デビット・ロング・インタビュー

 まだ死んでなかったと思います、確か。私は断言するね、「ハル・デビットの詞がなかったらバカラックの曲は20世紀のスタンダードにはとうていなりえなかった」と。転調やクレッシェンドをそのまま恋する気持ちのうつろいやすさや、堪えきれずにあふれる思いにして語る素晴らしい歌詞。よけいな小道具を使わないのだから、なお素晴らしい。バカラック/デビットというチームの単位で、彼らのワークスを評価したい。

 ・クラシック/ジャズ/ポピュラー、それぞれの評論家によるくわしいバカラック解析

 レナード・バーンスタインが自身のテレビ番組で、珍しいコード展開を見せる曲としてアソシエイションの「Along comes Mary」とビーチボーイズの「Surfs up 」を取り上げたのは有名な話。そのビデオがあるのならぜひとも見たいとは思っているけれど、バカラックについてもバーンスタイン並の耳を持った人が、彼の作風に関してきちんと解析をするべきだと思う。

 何よりも、バカラックはダリウス・ミヨーの弟子であるという事実があるし。ミヨーといえば、世界各国の民族音楽のリズムを取り入れて再構築して、新たな音楽を作った偉大なる音楽家。バカラックがボサノヴァやソウル、R&Bのリズムを自分のものにしてバカラック節としか言えない作風を作り上げていった背景には、確実に師匠の影が見える。そこのところを、同じくミヨー弟子であるデイヴ・ブルーベックやピート・ルゴロと比較してくわしく解説してくれる文章が欲しい。

 また、ブリル・ビルディング時代の同僚であるレイバー/ストラーや、ゴフィン/キングといった同世代のライティング・チームとの比較論や、互いの影響力。そういったことを総括するには、とうてい一ジャンルの評者じゃ無理と思われる。

 ・バカラックとともに仕事をしたことがあるミュージシャンのコメント集

 もちろんディオンヌとハーブ・アルバートから始まって、影響大のトニー・ハッチ等。主要人物だけでも、30人くらいはいるだろう。

 ・バカラックのポートレイト集

 かつての夫人のアンジー・ディキッソンとの2ショットや、スタジオでディオンヌやジャッキー・デシャノンと語らう写真、アカデミーやグラミーの会場にタキシードで乗り込むところ、執筆中や、例の馬に乗って草原を駆けている写真まで。最低でも50カットは欲しい。

 ・バカラックの曲が使用された映画/コマーシャルのリスト

 サントラ・主題歌を手掛けた作品(「何かいいことないか子猫チャン」等)から、登場人物がお昼を取る店で「サン・ホセへの道」が流れている「ファーゴ」までを網羅。

 これだけのものがついてくるなら、6000円出してレコファンで買ってもいい。それだけのお金を出せば、バカラックのカバー物が12枚は買えそうだが。(私が言っているのは、フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドの「サンホセへの道」とか、トニ・バジルの「レッド・ブック」とか、ピア・ザドラの「ベイビー・イッツ・ユー」とかのことである、念のため)

 以上の暴言は、RHINO というレーベルのブランドに対する私の絶対的な信頼と、バカラックへの愛によるものだと思って許してほしい。そして近く出るであろう「Look of love Vol.2」に期待したい。

 でも、これを片手に「バカラックはこれが決定版だよね」とか、ギタポ経由ソフトロック行きみたいな女の子に囁いているボーダーシャツのレコ屋の店員がいたら、「味噌汁で顔を洗って出直してこい!」「おいらのコルトが火を吹くぜ!」「月夜の晩だけじゃないぞ!」と怒鳴ってしまいそうな自分が恐ろしい今日この頃。

 ※この文章を書いた時のBGMがバカラック物ではなく、クラッシュの「Give'em enough rope」だった事をおことわりしておきます。


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