SWEET BOOK REVIEW

オリービィでビザール・1ランク上の乙女本(うそ) STRANGE BUT CUTE


・黒いアリス/トム・デミジョン 1968 角川文庫

  60年代のSFのニューウェーブ一派のトマス・M・ディシュ(『人類皆殺し』『いさましいちびのトースター』)とくせものパズラー作家のジョン・スラデック(『見えないグリーン』)の共作の68年のミステリー。経堂の古本屋の百円コーナー(雨ざらし)でゲット。

信託財産で億万長者になった白人の良家のお嬢さま(10歳)が誘拐される物語。誘拐途中でアリスちゃんは肌が黒くなるクスリで、何と黒人にされてしまうんですよ。

黒人になっている間は誘拐犯の一味から「ダイナ」(『不思議の国のアリス』の飼い猫の名前)って呼ばれているんですけど、アリスちゃんはある事情から精神が不安定で人格が分裂気味。もう一人の人格が黒人少女の「ダイナ」だっていうことになっているんですよ。もうこのアイディアだけで、ごはんが3杯おかわりできるっていうもんです。

 おまけにこのアリスちゃんがおそろしく頭がいい子なので、あっという間に自分の誘拐事件のカラクリに気がついてしまう。KKKによる黒人解放運動の集会の襲撃をバックにして、真犯人と対決するシーンは実にスリリングです。

 それにしても、誰も映画化に食指を動かさなかったのが不思議な話です。本来なら、『キャンディ』『マイラ』と並ぶ六十年代末の馬鹿小説クラシックスとして、少なくとも73年までには映画化されてしかるべきだったと思うんですけど。そんなわけで、運良くこの本を手に入れることができたら、以下のキャストを当ててお楽しみ下さい。

 アリス(黒人にされてしまう金髪碧眼の美少女)→ジョディ・フォスター(子役時代)

 ロデリック(アリスの財産で細々と暮らす父)→ピーター・セラーズ

 ゴドウィン先生(アリスの家庭教師、黒人)→タマラ・ドブソン(パリコレに出演した長身の元モデルという設定なので)

 ベッシー(アリスを誘拐する黒人娼家の女主人)→ハティ・マグタニエル(『風と共に去りぬ』の。老体にムチ打って登板)

 クララ(暴力的な黒人娼婦)→パム・グリア(原作のブスという設定はこの際無視)

 フェイ(白痴の美しい白人娼婦)→エバ・オーリン(『キャンディ』ちゃん)

 オーエン・ガン(KKKに潜入する刑事)→ジェフ・ブリッジス(『ラスト・ショー』出演直後)

 グランド・ドラゴン(KKKのリーダー、実は……)→アレン・ガーフィールド(『ナッシュビル』等で有名な脂ぎった脇役俳優)


・キャンディ/テリィ・サザーン 1958 角川文庫

 昨年中に再ロードショーされるはずじゃなかったのかの馬鹿映画の原作。『イージー・ライダー』『マジック・クリスチャン』でお馴染み、鬼才テリィ・サザーンのデビュー作。すぐ廃版になった早川書房版のは整理されていない本が積み上げられたままになっている国立の古本屋で、地層でいうとカンブリア紀あたりから引っぱりだしてきましたが、これはその後手に入れた角川文庫版です。

  ミニスカがよく似合う良家の子女、キャンディちゃんの恋の遍歴。大学に行けば教授に口説かれ、家では怪しげな庭師が彼女の体を狙い、親切な既婚者の叔父さんまでが彼女のパンティに手をかける始末。最初はただのポルノ小説にありがちなたるい展開にイライラしますが、父が入院しているヘンな病院でキ○○イの医者に会うあたりからスピード・アップして俄然面白くなります。 

  何せ、キャンディちゃんには自我がない。彼女とHしたい狂った面々をお相手しているうちに、話がとんでもないことなっていく。間違いなく、リンゴ・スターは庭師の役だな。しかし、新興宗教のグルにイニシエーションという名目で処女を奪われて、チベットに修行に出てブッダとセックスするっていう展開は、書かれたのが58年だっていうことを考えるとあまりに早いよな。(アメリカでの出版は64年)最後のオチの一言も効いてます。フロイトなんか持ち出さないで、ただニヤニヤ読むに限る。 


・マイラ/ゴア・ヴィダール 1968 早川書房

 『ジョアンナ』のマイケル・サーンが映画化したことであまりに有名な作品。祖師谷大蔵の古本屋で700円で売られていた。

 作者のゴア・ヴィダールは、作家としてよりもハリウッドの脚本家として有名な人ですが、代表作が『去年の夏、突然に』『カリギュラ』というのを見れば分かるとおり、ゲイです。作家としてのデビュー作はE・M・フォスター(『モーリス』の作者、隠れホモ)が絶賛、この『マイラ』の映画化作品は淀長先生(死ぬ直前にようやくカミング・アウト)がレビューを担当、とそっち系の人々が総力を上げてバックアップしています。

 60年代末のハリウッドで俳優養成学校を営む元西部劇俳優のもとに、アタシはあんたの甥のマイロンの妻で、マイロンは死んじゃったんで遺産をよこしなさぁーいと人工的美女が乗り込んでくる。遺産をよこしたくない叔父がマイロンは死んどらんじゃないかと証拠をつきつけると、あらー、マイロンは死んだのよ、だってアレをとってマイラになっちゃったんだもーんって、いうのが話の内容。

 リズ・テイラー(ホモに人気)主演の企画もあったそうですが、映画の「鼻から下は全部整形」のラクウェル・ウェルチはベスト・キャスティングですね。彼女もホモ受けしそうなルックスだし。話はマイラの手記という形で進められるんですが、マイラが黄金期のハリウッド映画おたく(もちろんフェイバリット・コスメはマックス・ファクター)という設定なので、何かというと映画の決まり文句を使うのが面白い。それを映像化しようとして、マイケル・サーンは往年の名作を自分の映画内でコラージュしてヒンシュクを買うわけですが。このマイラ(マイロン)の夢は、「女である自分が張形のペニスをつけて、たくましい男の子を犯すこと」。この話をうんとリリカルにすると、大島弓子先生の「全て緑になる日まで」になるんですね(本当か?)。


・狂った殺し/チェスター・ハイムズ 1959 早川書房

 『コッフィー』も再映、タランティーノ監督による主演映画も絶好調なパム・グリアー! 今年も去年に続いて12チャンの深夜枠で『スローター』シリーズ放映! 皆さん、何かお忘れじゃあないこと! いつになったら「墓堀りジョーンズと棺桶エド」のシリーズを上映してくれんのよ。『ハーレム愚連隊』と『ロールスロイスに銀の銃』を私に見せてよぉ!

 そしたら原作者のチェスター・ハイムズ再評価の時代もやってくるってもんじゃないの。

 取り調べ中の容疑者or街角でつかまえた目撃者がしらばっくれようものなら、暴力もいとわずっていうのはポリスアクションの基本だけど、ジョーンズとエドはまず誰でも撃ってから話を聞くっていういかしたコンビ。ハーレムで捜査するには、ハーレムの掟にしたがえっていうポリシーなんですね。

 いちいち、「なぁ棺桶」「なんだい墓堀り」って仲間を呼び合うのが笑えるだとか、書かれたのがしょせん50年代だから暴力描写が甘いだとか、そういったことはどうでもいい。映画じゃ派手に脚色されているだろうし。

 作者のハイムズは、中産階級の真面目な黒人少年だったっのが、事故で大金の慰謝料をもらったところから人生が一変、カネの味が忘れられずギャング→刑務所というルートに転落。8年間もいた刑務所で文学に目覚めるっていう、どこかで聞いたようエピソードの持ち主。純文学の道を進むものの、50年代にアカ叩きをやって、黒人作家の仲間から裏切り者扱いされたため、ヨーロッパに逃亡。セリ・ノワール社に拾われて探偵小説を書きはじめたそう。

 そんなわけで、この「墓堀り〜」シリーズはフランスで出版されて、アメリカに渡るという『キャンディ』と同じルートの小説なんですね。ハイムズはオリンピア・プレスから『ピンク・トウ』という小説も出してるし。「ポルノなんだからファック・シーン後八つ追加な」と言ったモーリス・ジロディアスの注文に対して、「削除しなきゃなんないほどエロなシーンを増やしてやった」と笑うハイムズ。この「黒いキャンディ」は70年代に植草甚一先生による翻訳で河出書房新社から発売されたそうで、それが目下私が一番探している本なんです。

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