SWEET BOOK REVIE

Nice,warm but sinic DAVID LODGE

 最近、デヴィッド・ロッジの『小説の技巧』(白水社)は、あらゆる大学の英文学科の間でサブテキスト化しているんだってね。何で? 翻訳が柴田元幸だから? 小説が読まれないのは、翻訳が別の人だから?

 という意地悪は置いておいても、「ええーッ! ロッジって小説家だったんですか?」と言われると、がっくしきてしまう私です。

 ロッジの新作、というのは私にとって、ウディ・アレンの新作とほとんど同じ意味を持ちます。そのこころは、「いつもと同じだけど今回もいいに決まってる!」ロッジの新作、というよりも「今度のロッジ」といった方がしっくりくる感じ。毎回・毎回、カソリックでセックスに関する罪悪感と好奇心の狭間で揺れ動いているインテリの中年男が主人公で、暖かいけどイギリス人らしい辛辣かつ自虐的なユーモアに満ちていて、ラスト5ページで登場人物が全員バタバタと「いい人」になって大団円を迎える彼の小説をどうして嫌いになれましょう。

 そんなわけで、ロッジの全翻訳本(小説)のガイドをお送りします。あくまでもごく簡単に。

 翻訳は全作品高儀進先生、出版社は、表記があるもの以外は白水社です。

 なお、の数は、二つが「読んでおくと面白い」、三つが「読まないと損をする」、四つが「絶対読め」。まあ、どれをとっても外れはないと思ってくれていいです。

大英博物館が倒れる(65)The British museum is falling down ★ ★

 セックスはしたいがこれ以上子供は作りたくない、でも妻はどうやら3人目を妊娠しちまったらしいよどうしよう、論文が完成するあても、就職口もないっていうのにーと思いながら、本当にいつ完成するんだかの論文の資料を見つけるために、大英博物館におんぼろスクーターで走っていく博士過程の大学院生の悲惨で愉快な一日を描いたお話。

 文中にヴァージニア・ウルフ、カフカ、ロレンス、グレアム・グリーン、ヘミングウェイ、ヘンリー・ジェームス、ジェイムス・ジョイスの文体模写が入るとは、なんとまあ、ペダンティックな。(私はウルフとジョイスしか分かりませんでした)ひどくドライなスプラスティック・コメディを見ているような感覚。大英博物館の図書館の描写は、この頃の流行であるリチャード・レスターの映像スタイルを文章化したよう。


・交換教授(75)Changing places ★ ★ ★

 往復書簡や雑誌の記事で話を進行させたかと思うと、最後には映画のスクリプトになって唐突に終わってしまうヒップな手法の小説だが、どこか落語的なムードもあって面白いことこの上なし。

 ロッジの出世作。イギリスのイギリス中西部の工業都市の大学のフィリップ・スワローと、アメリカ西海岸のアカデミック的には最先端の大学に勤めるモーリス・ザップが、交換教授として互いに海を渡り、それぞれの文化を「交換」して、更には互いの奥さんと寝る羽目になって二カ国間スワッピングになってしまう。
 「田舎のネズミと都会のネズミ」のような話と言えなくもないが、英米文化批判というよりも、それぞれがそれぞれを笑っているような意地悪さと諦めて握手するような穏やかさが同居する不思議。
 ここでスワローがアメリカの大学に持ち込む「屈辱」というゲームが面白い。絶対に誰もが読んでいて自分が読んでいないメジャーさを競う、イギリス人らしい自虐趣味ゲームだが、アメリカの学者たちはついエキサイトしてしまう。ハワード・リクボームは自分の専攻分野であるはずの『復楽園』を読んでいないと言って、仕事を干されてしまうほど。


どこまで行けるか(80)How far can you go? ★ ★

 同じ教会に通う8人の男女が、セックス解放の時代であるところの60年代をいかにどたばたと生きたか、というお話。

 時代に同調しようとしても、避妊と婚前交渉はやっぱり乗り越えられない壁だったりする。タイトルの「どこまで行けるか」は、「セックスの手前の段階だったら、女の子はどこまで許してくれるか」という意味。

 新しい波に乗るのはすこおし遅かった、50年代のスクエアな人種から見たスウィンギン・ロンドンとヒッピー・カルチャーは場違いなお祭り騒ぎのようで、この世代の持っている疎外感がよく出ています。というより、その疎外感こそが8人の間で分かち合えるもので、他には何一つ分かり合うことがないというせつなさも感じるんですが。

小さな世界-アカデミック・ロマンス(84)Small world ★ ★ ★ ★

 筒井康隆の『文学部唯野教授』の元ネタ本として有名なお話。

 『交換教授』の姉妹編だが、モリス・ザップとフィリップ・スワローの二人とともに主人公として登場するのは、「学会狂の美女」に一目惚れして、彼女を追い求めて世界中の学会をさまよう若い文学者。東京にも来てカラオケして帰る(笑)。

 この本が優れているのは、各国の学会に出席する大学教授たちを、「世界中どこに行っても同じ面子でパーティばかりしている」ジェット・セットとして描いたところ。レセプション会場とエアポートしか出てこない小説なんて、読んでみたいでしょう。モリスが飛行機でロンドンからを一周する時、同時間の登場人物たち(もちろん全員学者)が、ニューハンプシャー・シカゴ・ベルリン・パリ・オックスフォード・トルコ中部・東京で何をしているかをスケッチで見せるシーンの、くらくらするような「ワールド・ゲティング・スモーラー」感からしてわくわくする。ヴェンダーズも『夢の涯まで』を撮る前に、これを読んでいればねー。

 サスペンスあり、シェークスピア風の双子入れ違いあり、サイドストーリィでスワローの「老いらくのロマンス」あり。最後数ページで今までの問題がばたばた解決するところなんて、もうスプラスティックを越えて狂気の沙汰としか思えないハッピーエンドの嵐。小説中の学会に作者本人がカメオで出演するヒッチコック的なお遊びあり。(この頃、彼自身もまだ研究者だった)なお、時代が時代なので講議のトレンドは「脱構築」です(爆)。

 こんなに面白い本は滅多にないと思うのに、残念なことにただいま絶賛廃版中。

素敵な仕事(88) Nice work★ ★ 大和書房

 ザップ&スワローものの三部作完結編。(それとも近いうちにこの二人が活躍する小説を書く予定が著者にあるかしら?)といっても主役はこの二人ではなく、スワローと同じ大学の美人英文学者、ロビン・ペンローズと職業専門学校を出てたたき上げで合同企業子会社の社長になった中年のヴィクター・ウィルコックス。86年、イギリスのインダスタリー・イヤーのプロジェクトの一環として、大学教師が企業の人間に付き添う「シャドー」計画が実施され、それがもとで知り合う二人の物語。

 いわば、アカデミックな世界と産業界との『交換教授』ですが、ロビンは加えてフェミニストで左翼なので、二人が反目しあうのは必至で「ケンカしながら好きになるラブコメ」の要素あり。妻子持ちのヴィクターは、最後に離婚を決意するまでにのぼせ上がりますが、ロッジは大人なのでもう一ひねりしてこれをラブストーリィになんかしないのでした。ロビンを大学まで追いかけてきたヴィクターが記号論を習い、「隠喩」を覚えて使うシーンは最高。

楽園ニュース(91)Paradise news ★ ★ ★

 結婚直後に浮気がバレて、冷戦状態でハネムーンに出かけたカップルも、彼氏いない歴○年のいけてない女の子も、そして「もう神様を信じることは出来ない」のに、「俗世(セックス)でも大失敗した」貧乏な神学生も、みーんなハワイに行ってハッピー!になってしまう観光地小説。

 イメージ先行のパラダイスであるところのハワイの妙な高揚感を見事に表しているお話。やっぱりあそこはドープというか、クスリやらなくても脳内モルヒネ出過ぎでらりっちゃうっていうか、そういう土地らしいですよ。トランス・パーソナル部門の日本の第一人者であるところの吉福先生も行っちゃったきり帰ってこないしねえ。

 登場人物が家族や友人に送る絵葉書の文面が、随所随所に差し込まれているのが特徴だけど、「サーフィンはセックスよりも最高!」という文面が、何と言うか最高。東京工作クラブによる装丁もはまってていい感じ。

恋愛療法(95)Therapy★ ★ ★

 長編最新作は、河合隼夫先生も読んだら喜びそうな中年クライシスもの。人気シットコムの脚本家が、精神的な問題から来る膝の痛みに悩まされて、そこから逃避するためにキルケゴールに傾倒する。本来はインテリではない彼がそんなものにはまったものだから、脚本はむちゃくちゃになるわ、夫婦生活は崩壊するわの大騒ぎに。

 最初、「タビー」と呼ばれる主人公の日記による進行だったのが、第二部でいきなり彼を取り巻く女たちの一人称に変わるが、それが実はセラピーのリポートとして提出された「周囲の女性が自分をどう思っているか」という本人によるレポートだったりするところが、ロッジらしいテクニック。最後は「初恋とセックス」のトラウマに行き当たるしつこさを含めて。

胸にこたえる真実(99)Therapy★ ★

 長編作家のロッジにはめずらしい中編。もともとは本人が舞台用に書き下ろした室内劇を小説にノヴェライズしたもので、こぢんまりとまとまっています。

 若くしてリタイアした作家とその妻が、二人の大学時代の親友で成功した脚本家に頼まれて、辛辣な若手女性インタビュアーに取材に応じるようなフリをしてワナを仕掛けようとするのだが‥。登場人物のそれぞれが隠したかった「真実」が逆に露呈してしまうという話。

 幕切れにダイアナ妃事故死のニュースをもってきたところが、何とも秀逸です。もちろん、登場人物の全員を好きにならずにいられない「ロッジ・エンディング」であることは、お約束通り。好きな作家が現役で活躍していて、コンスタントに新作を発表してくれるというのは、幸せなことですね。

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