Yvan Attal

がんばれフランスの三浦友和

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・マイケル・ウィンターボトム監督の『いつまでも二人で』では、子供が出来なくてギクシャクしているイギリス人夫婦のもとを突然訪ねる、妻の元ペンパル。なぜこの人は文通で女の子と知り合ったという設定が多いのだろう。詩を読むロマンティックな男ぶりで、夫婦に更に亀裂を走らせるが、「雨降って地固まる」のダシに使われただけだった

・日本公開されたイギリスのサスペンス映画『ザ・クリミナル』に重要な役で出ていたらしいが、残念ながら未見。

・97年に短編監督として『I got a Woman』でデビュー、そのアイデアを膨らませ、主演に奥方シャルロットを迎えた監督作『Ma femme est une actrice(2001)で長編デビュー。「女優を妻に持ってしまった男の悲喜劇」というまんま実生活な話で、本人もシャルロットの夫役で出演する。しかも役名もイヴァン。ただし、男の方は俳優ではなく、銀行員という設定。さすが、「フランスで一番サラリーマンが似合う俳優」

・クロード・ルルーシュの新作『And Now Ladies and Gentlemen』(2002)には、ジェレミー・アイアンらと共にメインキャストに名前を連ねている。


「シャルロット・ゲンズブールの彼氏」という一点だけで日本で知られてる俳優である。そうでなかったら、主演作が日本で公開されるかどうかも危うい。

 そんなこと言わなくても顔を見れば一目瞭然だが、テルアビブ出身のユダヤ移民。「アル・パチーノに憧れて高校を中退して俳優を目指した」という、フランスの男優には珍しいガッツの入った経歴も、血のなせる技だろうか。

 一般的には、エリック・ロシャンの友達(というか、一時期彼の映画にしか出ていなかった)として知られているが、「憎しみ」のマシュー・カソビッツともどうやら友達らしく、彼の短編に何度か出演している。(「アサシン」も短編バージョンには出演)。父親がユダヤ人のシャルロットを含めて、ここらへんはフランスユダヤの人脈なんだろうか。

 彼が恐ろしいほどさりげなくうまい俳優であることは、あまり語られていない。というか、問題にさえされてない。日本だったら相米慎二あたりが好みそうな、生理的感覚を表現するときの巧さは一見の価値あり。以下は日本公開されている出演作。

 愛さずにはいられない Un monde sans pitie  (89)

 エリック・ロシャン監督

 エリック・ロシャンが20代半ば過ぎてもふらふらしている若者を描いて、なぜだか分からないけれど大絶賛を浴びたデビュー作。ただカイエ・デュ・シネマ(80年以降)の連中は、「自分投影できる」という一点だけでこのジャンルが異様に好きなのではないか?と疑問を抱かずにはいられない。

 イヴァンの役は、一応金持ちで弟とアパルトマンに住んでいるイッポリットよりも更にろくでなしの友人の役。友達の家をふらふら泊まり歩いているだけで定職にもついていない。ただ、理屈っぽくて口だけはたつので、イッポリットが身のほど知らずで大学院生の美女に惚れてパーティに呼ばれた時、彼をわざわざ呼び出しておぼっちゃんの院生たちを論破させていた。政治活動が原因で大学を放校になったという設定らしかった。

 院生たちの育ちよさげな見解をばっさばっさと切りながら、久しぶりにいい飯にありついたイヴァンは、もりもり食べることも忘れていなかった。この時の演技が認められて、親友で主演のイッポリットを差しおいてセザール新人賞とミッシェル・シモン賞を受賞。

 愛を止めないで Au du monde (91)

 エリック・ロシャン監督

 世間的にはシャルロットの主演作として認知されているが、実際シャルロットは全シーン合わせても3分足らずしか出演していない。(撮影の推定拘束時間1日半)純粋にイヴァン・アタルの主演作である。

 ゲーセンでサッカーゲームするしか楽しみがない田舎の若者(イヴァン)が、バスジャックして都会の恋人に会いに行く物語。というと、何やらパッショネイトな恋愛映画や、タランティーノばりの無軌道アクションを期待してしまうが、イヴァンがバスジャックしたのは、よりによって小学校のスクールバスだった。

 バスはただのんびりと羊のいる田舎道を走るわ、エイリアンの話をして子供たちの人気者になるわ、引率の先生(クリスティン・スコット・トーマス)に叱られてしゅんとなるわで、話はどんどんブニュエルの『昇天峠』みたいな方向へ。最後には子供たちも含めるみんなの同情を買って逃がしてもらうイヴァン。

 サッカーシャツがこれまたかっこ悪くて、「なぜシャルロットがこの男と……」と絶句したゲンズブールファンも多かったのでは。おそらくシャルロットも、子供たちと一緒であまりのかっこ悪さについホロリとなったんでしょう。

 愛されてすぎて Amoureuse (91)

 ジャック・ドワイヨン監督

 イヴァンがシャルロットに再会したいがために出演した映画。実際、映画的にはそれ以上の価値がないように思う。

 基本的にはフランス得意の女単数・男複数ものだが、肝心のファム・ファタールであるはずのシャルロットが、パパが死んだ直後かなんかで一番ダメージを受けている時で輝きがない。そんなわけで、イヴァンが彼女に執着する理由が分からない。

 ちなみに、イヴァンは新進の映画監督で、シャルロットは彼にインタビューしにきた記者という設定だったんだが、映画を観ている時は二人とも何をして生計をたてているのかまったく分からず、あとで解説を読んで確認した。細かいシチュエーションを含めて、ドワイヨンに演出に問題があったのではないだろうか。

 また、シャルロットに「思わせぶりな表情」が出来るはずもなく、いつものただ困ったフェイスで全編を通すので、イヴァンの行為が全部ストーカーに見えるのも難。ストーカーとしてみればサイコないい演技をする彼ではあったが。

 愛のあとに Apres l'amour (92)

 ディアーヌ・キュリス監督

 四作続けて出演作に「愛」がつくとは、何てアムールな俳優(笑)なんでしょう。ただし、この映画ではアムールとはあんまり縁がない役回り。

 主演はイザベル・ユペール。長い間ベルナルド・ジロドー(既婚者)と愛人関係にあるのだが、新しい恋人のイッポリット・ジラルド(既婚者)も出てきて、両方に振り回されているんだか、両方を振り回しているんだかよく分からない女を演じていた。

 イヴァンはベルナルド・ジロドーの腹違いの弟で、彼の設計事務所の職員。ユペールとは姉弟同然のつきあいをしていて、イッポリットとの恋愛も知っていて黙っているという役だった。

 ここでのイヴァンの見どころは、真冬に兄貴に待ちぼうけをくわされて、車の中でぶーぶー文句をたれるところと、工作したつもりが仕事をサボッたのがバレて、兄貴に怒られて逆ギレするシーン。特に「逆ギレして怒る」という演技は、淀川先生も絶賛する丹波哲郎の「ものを食べる演技」に匹敵する、イヴァンの十八番だと思う。

 哀しみのスパイ Les patriotes (93)

 エリック・ロシャン監督

 エリック・ロシャンがよせばいいのにビック・バジェットで撮って、大コケしたスパイ映画。とはいえ、自分のルーツに忠実な役をやったということで、イヴァンにとってはステップだったのでは。そう、彼の役はイスラエルの秘密諜報部「モサド」のスパイだった。

 とはいっても、そこはやはりイヴァン・アタルである。あくまでも、「モサド」に勤める「会社員」としてのスパイを平常心でやっているところがよかった。胸躍るアクションシーンも、金髪ギャルとのラブシーンももちろん、ない。

 特別出演にアレン・ガーフィールド(ニューシネマ時代のくせ者俳優)を持ってきたところをみると、ロシャンはコッポラの『カンバセーション…盗聴』をやりたかったのだろうが、いっそのことイヴァンを主役に「ハリー・パーマー・シリーズ」を撮るという心構えでいればよかったんじゃないだろうか。

 急に自分の仕事に疑問を持って、社会復帰しようと家族のもとに戻ってきたのに、学校を抜け出した子供のようにすぐに仲間にとらえられてすごすごと帰るところがイヴァン・アタルの本領。翌日から何事もなかったように仕事をこなすサラリーマン体質も含めて。

 恋人たちのポートレート Portraits chinois (96)

 マルティーヌ・デュゴウソン監督

 パリにおけるファッション界と映画界の恋愛群集劇で、イヴァンはまたしても新進映画監督の役。最新作を女性評論家にけなされて、いつものようにキレてた。

 マリー・トランティニアンとは、籍は入れてないが長年のパートナーで、子供までもうけた仲。その彼女が自分の映画のプロデューサーに片思いをしているのに気がつかない。ちなみに主役のヘレナ・ボナム・カーターとはイギリス-フランスのペンパルとして知り合ったという設定が泣かせた。恋愛で友人間にゴタゴタが起こる話だが、彼だけそこのところはノータッチというポジションがよかった。

 とはいえ、せっかくロマーヌ・ボーランジェが出ていたので、「シャルロットの彼であるところのイヴァンを誘惑するロマーヌ」という、プライベートでも危うくなるような構図も見てみたい気はした。

 ラブetc.love etc. (96)

 マリオン・ヴェルヌー監督

 今のところ、イヴァン・アタルの最高傑作である。さえないサラリーマンを演じて、こんなにうまかった俳優が、今までのフランスにいたか! 特に通勤する時の後ろ姿の哀愁には泣けるものがあった。

 新聞欄に恋人募集の記事をのせても、ルックスに自信がなくて友人(シャルル・ベリング)の写真をシャルロットに送ってしまうような奥手な男を、ものすごくきめ細かく演じている。彼がいなかったら、この映画のリアリティは半減するだろう。

 下手そうにうつむいてカラオケを歌う、窓口で客に応対する、旅行先でおみやげを買い込む、ださい観光みやげの時計を一生懸命ほめる、友人が彼の奥さんに花を贈ろうとしているのに、彼のために金を出してやろうとする。全てがあまりにリアルで、友人の話を見ているようないたたまれなささえ感じさせた。

 特に、どちらかというと重心が下の方にある体型をさらす水着シーンと、シャルロットとお揃いのボーダーのコットンのニット帽をかぶるシーンは笑いを堪えきれない。帽子をかぶると横顔はバクそっくりである。

 ここまでの彼の出演作で特筆すべきなのは、「どの映画でもヒロインが彼よりも背が高い」ということだ。がんばれ、イヴァン。リスペクトするアル・パチーノの兄貴もダスティ・ホフマンより背が低いのに「イケてる」設定のシリアス俳優だ。

 今後も特異なユダヤ系フランス俳優として、そしてシャルロットの夫として、彼の出演作が日本公開され続けることを祈ろうではないか。

 97年、シャルロット・ゲンズブールとの間に赤ちゃんが誕生。ここのカップルは安定志向だなあ。

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