コンピュレーション

 よく「バカラックは何から聴いたらいいですか?」というような質問を受けますが、「コンピュレーションが一番いいですよ」と答えることにしています。でも、そのコンピュレーション自体が百花繚乱、玉石混合、魑魅魍魎なんだから困っちゃう。バカラックの曲を歌ったり演奏したりした二十世紀のミュージシャンは果てしなく多く、各レコード会社も音源が多すぎてアップアップしているような感さえあります。だからこそ編者のつまみどころ・匙加減が問題。コンピュレーションを紹介する側にもセンスが必要?今回はいくつかお勧めのものを独断と偏見でピックアップ。



BURT BACHARACH/HAL DAVID(CONNOISSEUR COLLECTION)

 初心者向けバカラック。イギリスのコンピュレーション・レーベルの優れ編集盤で、バカラックの有名曲の最もスタンダードなバージョンが一挙に収められています。バカラック人気がもともとイギリスから火がついたことを背景として考えても、順当なセレクション。ライノの『Look of love』を買うよりも、コレ一枚で間に合わせた方が無難です。

 ただイギリスのヒットチャートからの視点なので、結果としてひねりが効いた人選もちらほら。「雨に濡れても」はB.J.トーマスではなくフランス人のサシャ・ディステルのバージョンが収められていますし、「アルフィー」のベスト歌唱はディオンヌでもオリジナルのシェールでもなくてシラ・ブラック!という評価が固まったのは、このコンピのおかげかも。

 ただ、これだけ優秀でありながら、最初「ウォーク・オン・バイ」はリロイ・ヴァン・ダイクの同名異曲を入れてしまうという大ポカをやってしまったことでも有名ではあります。再発盤からはこのミスも訂正された模様。





レディメイド、バカラックを讃える。(Sony Record)

 お洒落さん向けバカラック。ピチカートの小西康陽氏がソニー/コロンビアの音源からピックアップしてきたものを編集したシリーズの一環。

 ところどころにバカラック本人のインタビューが差し込まれるところが素敵です。コロンビアらしいスクエアで白人っぽくてちょっと華やかなバカラック集で、パーシー・フェイスによるゴージャスなストリングスも分厚い「ワイヴス・アンド・ラバーズ」が象徴的。

 「アー・ユー・ゼア」はバッキンガム、「ディス・ガイ」はスパイラル・ステアケース、「イット・ダズント・マター・エニモア」はサークルズとソフトロック勢が大挙してあるのも特徴でしょうか。

 趣味が良くまとまっていて基本的には文句がないのですが、謎なのはコロンビア時代のアレサ・フランクリンによる「ウォーク・オン・バイ」が入っていないこと。60年代にリリースされたとおぼしき、ほぼ同じラインナップのアナログ盤コロンビア・コンピュレーションにはしっかり入っていて素晴らしい!バージョンなんですけれど。権利問題でひっかかったのか、「白人ぽさ」にこだわったのか。






バカラックスタイル 新パノラミックシリーズ(東芝EMI)

 昭和郷愁者向けバカラック。上のレディメイドのバカラック集を受けて、コモエスタ八重樫が東芝EMIの和物音源を集めて作ったのがコレ。彼の和物コンピ仕事の中でも上質な部類に入ります。

 和物には興味ないのよねー。という人も多いと思いますし、イージーリスニング音源がラインナップを占めるため、キワモノだと思われるかもしれませんが、意外や意外、私が持っている中で最も「モッド」なバカラック解釈の数々がここに収められています。

 田代ユリさんというエレクトーンのお姉さんによるハモンドで演奏された「ボンド・ストリート」と、同じくエレクトーンのお姉さん太田恵子さんがヤマハの初期シンセサイザーで奏でたグルーヴィな「恋の面影」がそれ。「モッド」ってスピリットじゃなくて、単に技術の問題?と疑いたくなるほど素晴らしい出来です。「ボンド・ストリート」は航空自衛隊音楽隊によるバージョンも収められていて、ジンタのようなイカした(イカれた)そちらも聞き逃せません。

 もちろん、クロディーヌ・ロンジェも裸足で逃げ出す、はかなくて可憐なソニア・ローザによる三曲はどれも最高です。コモエスタ・部屋自慢・八重樫によるバカラック企画再発としては他に、筒美京平先生による「BACHARACH MEETS BEATLES」(キング・レコード)があって、ビートルズの曲をバカラック風に演奏するという企画物ながら、出来はなかなか悪くないのでマニアにはそちらもお勧め。





BURT BACHARACH MASTERPIECE VOL.1〜3(A-SIDE RECORD)

 お勉強向けバカラック。マニアックなオールディーズ・ファンには、レア音源に関する限り絶対的な信頼をおいていたコンピュレーション・シリーズで、割と古いタイプのポップス・ファンのバカラック好き(失礼!)からは、今でも傑作コンピュレーションとして名高いです。

 でも「マニア」ではなく「ファン」の立場からすると、これを崇めるのはちょっと問題あり、と思ってしまう。いくらジャスラックのシールが貼っていて大型CDショップにも並んでいたとはいえ、基本的にはブートだもの。

 権利問題がどうこういうほど野暮じゃないけれど、音質が良くないし、何よりもいいバージョンかどうかよりも、レアかどうかを問題にする姿勢が好きじゃないのよねー。だから、枚数を重ねる毎に音源は隅っこの盤になっていくし、解説にも露骨に「出来が良くない」という言葉が飛び交う。良くないなら、入れなければいいのに。あと、ジャケのイラストの悲惨さはどうにかならなかったんでしょうか。

 また、当時としてはレアだったここに収められている音源の多くは、今となっては各レコード会社による正式なコンピュレーションで聴けるようになったので、そちらを買う方がずっと妥当だとは思います。とはいえ、各盤それぞれ白眉となる曲もあるので、マニアックに極めたい方にはいいでしょう。

 Vol.1はオールディーズ・サイド・バカラック集としてはスタンダードが多くて優良。ピチカートネタのリンダ・スコットの「Who's been sleepin'my bed?」や、ペトゥラ・クラークによる「本当の恋は辛いもの」が嬉しい。

 Vol.2は、ザニーズなるグループによってカバーされた「ザ・ブロブ」が珍味。レイ・コニフ楽団がバックを務めるマーティン・ロビンスの「Sittin'in the tree house」と、レイ・チャールズ・シンガーズがバックを務める「マジック・モーメント」はどちらも口笛天国。しかし、フランソワーズ・アルディがフランス語で歌う「The Love of a boy」のカバーを「Don't make me over」のカバーとして記載するという信じがたい大ポカをやっています。同じ曲のティミ・ユーロのバージョンが収められているというのに!(←マニアってこういうことをいうからイヤーね)

 Vol.3は何をおいてもアーマ・トーマスによるパンチの効いた「Live again」にやられます。これとVol.2に収められているやはり彼女による「Long after tonight is all over」は素晴らしいのに正式発表されていないようで残念。誰かマスターを見つけて私のために再発して!






ATLANTIC BACHARACH COLLECTION(WEA INTERNATIONAL)

 ソウルファン向けバカラック。もし、「どのコンピュレーションが一番好き?」と聴かれたら、私はコレと答えます。だってアトランティック・ソウルのバカラック集だもの。私が真に洗練されている、と思うサウンド・プロダクションとはトム・ダウトによるものです。アレサ・フランクリンのカバーの数々はもとより、素晴らしいカバーのオンパレード。

 「バカラック好き」は例外なく「白人ポップス好き」で特にエルヴィス・コステロ絡みでバカラックの名を知った若い人はそちらの方面ばかりに目を向けがちなのだけれど、バカラックの曲に根強く潜むソウルフルな面も見逃さないで欲しい。というか、私はバカラックが好きになったからこそ、ソウル・ミュージックが好きになったのだ。

 ライナーが内輪の座談会になる、というのはフリー・ソウル・シリーズからの悪い習性だとは思うのだけれど、ここで話しているのは坂口修・長門芳朗・小西康陽という有識者サイドの人なので不愉快にはならないです。貴重な零れ話も沢山聞けるし。

 アレサはいうに及ばず、スウィート・インスピレーションもカーラ・トーマスもマーヴェラスですが、どれか一曲といわれたらレスリー・アガムスの「Any old time of the day」を。でも彼女は同じアルバムで他に三曲もバカラック取り上げているじゃないですか!全部入れてくれたら良かったのに。おまけにディオンヌ・ワーウィックのプロデュースで「Try to see it my way」を歌っていることも知って、胸をかきむしられる思い。



SWEET BACHARACH HEAVEN/MELLOW BACHARACH HEAVEN(WEA INTERNATIONAL)

 中庸向けバカラック。なんていったら怒られる?一言でいうと、キムタクの「交響曲」絡みでいっぱい出たコンピの内、上の「アトランティック・バカラック・コレクション」の音源をバラして、ディオンヌのアリスタでの最初のアルバムの曲と別の物と一緒にして二枚にしたのがコレ。故にサンプル・テープのみ。申し訳ありません。

 以上のような理由で私自身は買ってないのだけれど、ラインナップはバラエティに富んでいて興味深いです。フツーに楽しみたい人には、下手すると一番いいのかも?

 「SWEET〜」の方のお勧め曲は、まずはコニー・フランシスの「And this is mine」。彼女のデリカシー溢れる表現が素晴らしい。パーシー・フェイスのバカラックと双璧を成すバニティな「Promise her anything」はマーティ・ペイチのバージョン、そして震え声もアグレッシブでマジで感動的なタイニー・ティムによる「世界は愛を求めている」。

 「MELLOW〜」からは、何といってもキャムプなリベラーチェによる「雨に濡れても」。ヴァニラ・ファッジの「恋の面影」とか、ラブの「リトル・レッド・ブック」とか、多少ロック色強めなのも特徴です。






THAT'S NEW PUSSY CAT SURFTRIBUTE TO BURT BACHARACH(OMOM REC)

 バンド野郎向きバカラック。サーフ/ガレージバンドによる、世にも珍しいバカラックのトリビュート盤。企画者の勇気ある行動に惜しみない拍手を!だって、バカラックって基本的にピアノミュージックだよ?とんでもないコード進行で有名な人だよ?それをどうやってギターでやるよ!間違いなく指がつると思います。いつもはトライアドでやっている人たちが大半と踏んだし‥。それでも、「ギターの早弾き自慢は何も右手だけじゃないぜ!」という強者がここに集結。

 でも案の定、多くのバンドが比較的簡単なR&B色強い曲に逃げています(笑)。「ベイビー・イッツ・ユー」の多さがそれを物語る。日本から参加のベティ・ブーカもその口。ただ、サーフ/ガレージといっても、カクテルズ以降のラウンジバンドもここに含まれているみたいで、普段はスパイサウンドなんかをライブでやっています、という人たちは無難にこなしてます。fifth foot conboによる「紳士泥棒ゴールデン大作戦」の曲とか、Sek Bombaによる「サン・ホセへの道」はギャルも安心して聴ける出来。

 でも真に素晴らしいのは、難しいバカラックの曲にあえて自分たちのスタイルでトライしたバンド。Big Ray & the Futurasはこともあろうに「カジノ・ロワイヤルのテーマ」を選択。そしてどうにかギターで主旋律を追いかけています。リズムがもたついて迫力が今ひとつなのになんか、目をつぶろうじゃないか! つか、あれ以上早く弾くのは物理的に無理だよ。充分偉業です。S.W.T公認、あんたがウィナー。






GREAT JEWISH MUSIC:BURT BACHARACH(TZADIK)

 ひねくれ者向けバカラック。ジョン・ゾーン自らのレーベルによるユダヤ人作曲家のトリビュート・シリーズの一環(他にはセルジュ・ゲンズブールとか)ですが、私はこんなに各バカラックサイトで評判が悪いコンピを知りません(泣)。

 まあ、他のコンピが「解釈集」であるのに対して、こちらは「解体集」なので違和感があるのは無理がないかとは思います。バカラック・ファンは、ノイズ/アバンギャルド/フリージャズ/アンビエント方面のミュージシャンには興味がないでしょうし。

 でも私は、非常に「ナウ」でコンテンポラリーなバカラック集としてこれを買っています。偏見(聴)さえ取り除けば、クレバーに革新的でありながら充分にキャッチーな曲の数々を楽しめると思います。何よりもバカラックその人が作曲家としてはアヴァンギャルドなのですから。

 プリペアド・ピアノと女性ボーカルも可憐な、ウェイン・ホロビッツによる「遙かなる影」とか、清楚な室内楽風の「プロミセス、プロミセス」とか、フェイクも秀逸でジャジィなマリー・マクオーリフの「小さな祈り」とか、ホンダユカとショーン・レノンのおしどり夫婦によるメロメロな「恋の面影」とか、ポップス・ファンでも充分に楽しめると思います。

 そして、ビル・フリーゼルによる「世界は愛を求めている」。屈折していてダークでスウィートでロマンティックなギタープレイによるバカラックは、本当に素敵です。


BACK TO MR.ROMANTIC!