Our Dairy Cup 26/04/2000 春の宵に誘われて


 春の宵の空気はまるで白ワインのようだといった作家は誰だったのか、さっきから思い出そうとしているのですけれど、名前が何となく出てきません。

 私は実は染井吉野アレルギー(本当!)なので、今時分の季節にようやく春を感じます。今時分の季節とは、もう日は落ちているのだけれどどことなく薄青く明るい、夕方とも夜ともいえないマジック・アワーがほんの少し長引いて、このまま家に帰るのは惜しいような、なんとなく夜遊びして行きたいような気持ちにさせられる時期のことです。

 そんな時の空気はすきっと澄んでいて暖かく、名前が分からない花の匂いも混じって確かに白ワインの香りを思わせます。

 白ワインを飲みたくなると春が来たなと思います。それは白は赤と違って冷やして飲んだ方がおいしいからです。そういえばこの間cha-yaでいただいたグラスワインの白は大当たりでした。ワインの白のおいしいのといえばきりっと辛いか、軽く華やかな香りかのどちらかと思っていましたが、これは花の蜜のように濃厚でそのくせ甘いだけではない複雑で官能的な味が混じり合って、春の宵が凝縮して喉に流れ込んでいくようでした。いつかもう一度飲みたいと思って一応は銘柄を確認するものの、すっかり名前を忘れてしまうのが本気でないワイン・ファンの悲しいところです。

 タマネギのみじん切りをたっぷりバターで炒めて、その上にムール貝をおいて豪快に白ワインを振りかけて蒸す料理のレシピがあって、そろそろ作ってみたいような気になってきました。それに椎茸だの葱だの赤ピーマンだの茄子だのをトマトの水煮で煮たラタトゥイユがあればちょっとしたご馳走です。以前にも書いた通り、私は生のお野菜を沢山は食べることがしんどいので、一旦火が通っているお野菜が好きなのです。もう少し暑い季節になるとこれと夏野菜の揚げ浸しばかりを作ってしまいます。

 生の野菜をサラダで食べるのは苦手ですが、サラダボウルにオリーヴオイルを垂らし、ニンニクとアンチョビを潰しながら混ぜ、レタスやキュウリやトマトを絡めてチーズとクルトンを振りかけ、更には生卵を落としてシーザーズ・サラダを作るのも悪くないものです。後はおいしいパンとチーズ、そして安いワインでもあればもうそりゃご機嫌な春の夕べとなるわけです。

 春は日が長く夜が短くなるシーズンなので「春の夜長」とは矛盾した言葉ですが、ほんの少し窓を開けて花の香混じりの微風を入れながらレコードを聴いて夜更かしをする時、どうしてもそう言いたいような気分に駆られます。

 『Getz au go! go!』といえば、グリニッチ・ヴィレッジのコーヒーハウス、カフェ・オ・ゴー・ゴーでスタン・ゲッツが行ったライブを収録したヴァーヴの盤ですが、これはまさしく春の宵クラシクスと呼びたい心地の良さです。(『サヴァービア2000』でこれと私的冬の夕暮れクラシクスだった『ヴィレッジ・ゲートのニーナ・シモン』が紹介されていたのには、多少フクザツな気持ちがしました)

 フューチャーされたアストラッド・ジルベルトのヴォーカル曲の可憐さもさることながら、ピアノレスでゲイリー・バートンのヴァイブが入るという軽やかな編成が何とも今のシーズンに似つかわしい気がします。中ジャケットのライブ写真が客席のアントニオ・カルロス・ジョビンの後ろ姿をとらえているのも嬉しい。

 ライブ盤といえば、カーメン・マクレエとデイブ・ブルーベックの共演ライブ盤も洒落た味わいがある素敵なレコードです。何といってもあのブルーベックの代表作「テイク・ファイブ」のボーカル・バージョンが最高。今度ラウンジDJをやる時はクルスチャンヌ・ルグランが率いたクワイアーの「トルコ風ブルー・ロンド」のスキャット・バージョンに続けてこれをかけたいものです。

 美女と野獣(?)のライブ盤といえば、キャピトルのその名も『Beauty and Beat!』も忘れてはならないところです。ペギー・リーとジョージ・シアリングの共演盤ですが、コール・ポーターの名曲「Always true to you in my fashion」のアフロ・キューバン・リズム(ただしあくまでもラウンジィ)・バージョンの出来の小粋さといったら! 是非一度聞くことをお勧めいたします。

 この時のジョージ・シアリング・クインテットでヴァイブを弾いていたのはカル・ジェイダーだったと思いますが、ライブではないものの、彼にも素敵な女性シンガーとの共演盤がいくつかあります。中でもお勧めなのはアニタ・オデイとの『Time for 2』。全編よいのですが、「Just in time」でアニタ・オデイが「ミスター・ジェイダー!」と呼びかけて彼のソロに入るところがライブ感覚でぐっときます。

 アニタ・オデイ、クリス・コナー、ブロッサム・ディアリー、ペギー・リー、ジューン・クリスティ。それぞれフルーティだったり、スパイシーだったり、甘くまろやかだったりと個性はあるものの、私が好きな女性ジャズシンガーはいずれも白ワインのようにすきっと爽やかで酔い心地のよい声をしています。

 春はお風呂から上がっても慌ててベッドに入ってぬくまる必要もないので、ワッフル地でもパイル地でもとにかくバスローブ一枚ではしたなくこんなレコードを聴きながら「春の夜長」を過ごしたくなります。

 深夜テレビでやっている映画のオープニングを見てしまって、別に観る気はなかったのになんだか最後までつきあってしまうのもこの季節ならではのことです。それも大して面白い映画でもなく、その内展開があってそれなりに盛り上がってくるのか?と待っている内にやっぱり盛り上がらないで終わってしまう、といいうパターン。そんな映画が誰の人生にも何本か確実にあるものです。

 そんなこんなの夜更かしで、昼の陽気にあたるとうつらうつら睡くなってくる-春眠暁をおぼえずっていうのはこのことなんて、そんなオチでいいんでしょうか。


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