23 まとめ……本当に性善説でいいのか?

以上、(実験ではなく)利用が始まったデビットカードについて、特に年々増加するキャッシュカード犯罪を視野に入れながら、調べ始めた本研究は、加盟店最大手の西武百貨店の意見を直接伺うことによっておおよそその全貌を把握することができたように思う。

導入初期であることはもちろんであるが、まず第一に、キャッシュカードがデビットカード化してしまうことについて、銀行側からの積極的な宣伝・案内が足りないことを問題にしたいと思う。先に見てきたように、銀行側では個人責任を強く訴えているけれども、そもそもこの種のサービスが突然つけくわわることについて、それと同時に重くなってしまった口座開設者は、たとえデビットカードとしてキャッシュカードを用いなくとも、取り込み詐欺の簡単な方法論として狙われる可能性が増しているため、これまで以上に携行には気を付けなくてはならない。というのも、デビットカードでの買物の返品は現金でなされるからなのだ。

また、今回の調査である程度明らかになったとおり、入力時に暗証番号を盗み見られる可能性は、ATMなどとは比較にならないほど高まっている。現状では、デビットカード決済時の暗証番号入力についてのセキュリティは、その多くの部分を店員という人的システムに頼っていることに注意が必要だ。店員は販売が仕事であるから、すでに売れた品物の支払方法であるデビットカードよりも、新たな顧客獲得のために多くの注意を払っている。また、万引き等の具体的な品物に傾ける注意力は、ちっぽけな、それもカウンター上で行なわれているほんの数秒の出来事よりもよっぽど大きい。ましてや、店員の数は客よりもずっと少ないのである。

今回の調査を通じて最も印象に残ったのは、ビックカメラにしても西武百貨店にしても、基本的に人間性善説に立っていることだった。わざわざ暗証番号を盗み見る人はいない、見えたからといって犯罪に走る人はいない、そういう性善説のことである。

客商売である限りにおいて、客を信頼するという姿勢はもちろん大切ではあるが、たった一人の被害者が出ただけで、動き出したシステムの進行速度が大幅に鈍る可能性は大きいのである。ましてや、客が盗られるのは客の口座の金、すなわち金融機関の方であるにもかかわらず、金融機関は事件の処理は店と客で行なうように、と明文化しているのであるから、加盟店は、そのことの重みを今から十分に検討しておかなければいけないのではないだろうか。

本来、小口決済のコスト減少を狙って始められたはずのこのシステムであるが、加盟店にとっては、通信インフラ・手数料と、基礎的な費用がかかる上に、対顧客への宣伝、暗証番号入力への気遣い、そして最後には事件が起きたときの対処まで引き受けさせられているという、かなり重圧のかかった決済システムになっていることを、どうかもっともっと真剣に考えて欲しい。

従来の現金・クレジットカード・商品券に加えて、更にデビットカードが付け加わったことで、最も負担を感じるのは他ならぬ売り場(レジ)部門である。「支払方法がデビットカードに変わった」のではなく「デビットカードも使える」ようになったということであって、手間は余計になったのである。

また、利用者の方も、何かあったときは自己責任、すなわち「盗られっぱなし」になるということを、もっと意識しなければならない。店舗はたぶん補償はしてくれない。もちろん銀行もそうだ。便利になるということは、その一方でそれまで知らなかった類のリスクがついてくるものであるということを、重く重く感じなければならない。

広畑課長のお話の中に、「フランスではほんとにオープンに(つまりひさしとか覆いとかがない打ち込み機で)暗証番号を打っています」という実話があったが、それは、フランスの人々がいい人ばかりだから事件がおきないということを指しているのではなく、彼の国では「何かあったら自分がいたらなかったせいだ」と思える個人責任感がゆきわたっているということを証明しているのだ。

もし日本で明日にでもキャッシュカード盗難事件が発覚して、その直接の動機が「デビットカードのおかげで暗証番号がわかったからだ」ということが発表されたら、その被害者は自分が至らなかったと思うだろうか。頼みもしないのに銀行が付け加えたサービスを、その気もなかったのにデパートの宣伝を見たから、たまたま使ったらこうなってしまった、といって訴えるのではないだろうか。

サービスを供給する側が、そのサービスについての最後までの責任をとらないことを表明したシステムがデビットカードなのである。

少なくとも、通信ケーブルの長さや売り場の狭さを言い訳にするような打ち込み場所への誘導や、苦労しなくても見ることのできる打ち込み機などの、ハード部分に関することだけでも、もっとセキュリティに力を入れてもらいたい。デビットカードによる決済を広めたいならば、ハード部分への取り組みが全然足りないのではないか、ということを提起して、本調査研究のまとめとする。


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