あるカメラマンの独り言
 シリーズ No.001
親知らずとヘリコプター −ベル407取材秘話−
(Japanese Text Only)

 
  <プロローグ>

「…じゃ抜歯ですね。空いている日は○月x日ですがいかがでしょう?」
「あ、う、お、お願い致します。」

 今まで拒みに拒み続けてきた親知らずを遂に抜くハメになってしまった。
もう、逃げられない。だが、冷静になってはたと思い当たった。
○月x日といえばベル407のデモの日ではないか!?
エライいこっちゃ!こうして、この騒動は始まった…

<果てしなき戦い>

 私は歯医者が嫌いである。抜歯などはとんでもないと思っていた。
「何を弱気な。抜歯ぐらいで」とおっしゃるなかれ、私の場合、親知らずは4本とも横向きにひっくり返っており、抜歯は大手術なのだ。
しかも、今は痛くないのに抜いた方が良いという。
なぜ痛くない歯を抜かねばならないのか?!これには納得がゆかない。

歯医者の理論はこうである。
親知らずというものは顎がガッチリと大きかった原始時代は役目を果たしていたそうである。だが今、現代人の顎は細くなり、必要はない。置いておくとその前の歯を刺激しそこが虫歯になりやすい。しかも磨きにくい。ようは腐ったリンゴ、百害あって一理なし。だから抜く。
だが、私は頑張っていた。何故痛くない歯を抜かねばならないのか?
「勝手に抜くな。これは俺のモンだ!」ご大層な理屈ではある。
こうしてこの問答は2年近く続いたのである。


抜かないでえー!!


 

<ヘリに生えた親知らず>

 さて、ここでヘリの場合を考えて見よう。もともとベル社は2枚ブレードがトレードマークであった。だがベル214STを最後にそれは限界に達し、412からは4枚ブレードを採用した。ベル社は決して大きな改革はしない、しかしコストパフォーマンスや安全性を追及し、少しずつだが改革→進化をはかっている。そして680ローターの開発等、2枚のトレードマークを捨てて、遂に4枚ブレードの最新型ベル407と430を完成させた。
…そう、進化と共に2本の親知らず(ローターブレード)が生えたのである。
昔は「4枚もあったら格納庫にしまう時ジャマだ」とか言われていたが、今は折り畳むことも出来、ジャマなどころか低振動や、性能向上に寄与している。進化により生えるものもある。なのに何故抜かねばならないのか!?

 もとより、こんな航空関係者にしか分からない(へ)理屈を並べて抗議しても歯医者には通用しない。もし、彼がヘリに詳しく
「何をおっしゃる。テールローターという、過去の遺物の"親知らず"を思い切って取り去ってしまったからこそNOTARという新技術が生まれたんじゃないですか?!」などと切り替えされたらグウの音も出ないところだが、この医者にはこんな知識がないのが幸いである。

 という訳で「抜きますか?」と問われても私の答えはいつも「ノー!」である。
すると医者は悲しそうな顔で、こう言った。
「エ○バの証人は死ぬと分かっていても輸血を拒否すると聞きます。今度の場合は命に別状はないですから、私の医師としての倫理や人格が問われることはありません。あなたがそこまでおっしゃるなら様子を見ましょう。」
一応ここで私は勝利した筈であった
こうして時は過ぎていったが、遂に右下奥の親知らずがムズカリ出した。
とうとう我慢出来なくなり歯医者へ行ったのだが、これが冒頭のシーンである。

 うっかり○月×日を了承してしまったもののベル407の取材に行きたい。
しかもだんだん痛くなってきた。そこで日程変更を依頼したがあとの祭り、予定は皆ふさがっているという。しかし、何度も電話ししつこく食い下がったところ、コケの一念岩をも通す。何とキャンセルが出て2週間も前に抜歯することになったのである。だがまさか、こちらから頼んで抜歯してもらおうとは夢にも思わなかった。体の準備は出来ていたものの、心の準備が出来ていなかった。しかし、もうまな板の鯉である。えーいなるようになれ!

 
4枚ブレードが
特徴のベル430

  <大手術開始>

 ニコニコ顔の医者に迎えられ、遂に治療が始まった。麻酔が効かず、何本も注射を打たれ、顔の右半分はシビレタまま、口をゆすげば、その水はダーと顎を伝わってよだれかけがベチョベチョに…みっともないことこの上ない。
「液体(気体)は物体の形状に沿って流れる」―これをコアンダ効果という。
MD520NやMD900のNOTARシステムに使われている基本原理である。
おっとイカン。

 人間嫌なことをする時は楽しいことを考えた方がよいという。何か楽しい想像をする訳だ。ではとても美人の女医さんに治療してもらっていると考えてはどうか?
知人が通っているところは女医さんが豊満な胸をグリグリ押しつけながら治療してくれるという。
ただその分治療費が高いときく。だが、ここにはそんなサービスはない。それに医者の顔はハッキリと脳裏に刻み込まれているし、もし変な想像をして体が変な反応をしても困る。(ご想像にお任せします)

 そうだ、やはりヘリのことを考えよう、えーとアルファベット順で機種を思い浮かべよう。まずアエロスパシアル(ユーロコプター)だな。
AS350はこんな形で…「う、ててっ!」左手をあげる(痛い時は左手をあげるお約束)また麻酔が打たれる。AS332、AS365とえーと次はベルだな206、412と…「うっ!」左手、また麻酔、ペンチでグイグイ引っ張られる。

 なかなか抜けない、中でひっかかっているらしい。もう民間機は出尽くした。次は軍用機だ。「えーと小型機から行くかな。OH58Dは米軍の小型観測ヘリで、この4枚ブレードのローターシステムがベル407に使われているんだっけ、確かに頑丈そうだな…」「うっ!」ガリガリ削る音が頭に響く。

さて、すったもんだのあげくようやくデッカイ親知らずが掘り出された。
が肝心の縫合の際に麻酔が切れ、左手を高だかと上げる。「いてててっ!!」
だが、返ってきたのは「あともう少しですから我慢して下さい!」の冷酷なことば。糸が通過するたびに「いててっ!」となりながらも必死に耐え、1時間半の大手術は何とか終了。こうして改修作業(治療)は終わり、何とかロールアウト(退院)したのである。



  <メイディ!メイディ!>

 だが、そのあとがいけない。
例えれば、もともと4枚ブレードだったものをただ1枚抜いて"ちんば"の3枚ブレードにしたようなもの。ブレード(歯)がなくなった為、振動(痛み)が発生した。こうなると左の歯だけで噛むしかないのだが、私の歯の能力はカテゴリーAではなかったようで、片発停止時の緊急出力を継続して出すだけのパワーがない。もう大変なことになってしまった。
しかも腫れ上がっている歯茎に上の親知らず(まだ残っている)が見事に着地し、プレッシャーを掛けており、近接接近警報(いてて)が鳴りっぱなし。
ハードランディングなどされた日には警告灯が一斉点灯(目から火が出る)、大騒ぎだ。そのたびにエマージェンシーコール(悲鳴)が上がるのである。

 こうなると高度ゼロホバリングしかない。近接警報に引っかからないギリギリのところで歯を浮かすのである。これがなかなか操縦が難しい。
結局、口は半開き、顎に負担が掛かる。文字通り歯の根が合わなくなってしまった。という訳でまともに噛むことが出来ないので、とたんに体力が消耗してしまう。
だが、妻が栄養満点の特製燃料(流動食)”JET A-1スペシャル”を作ってくれたので右をホバリングさせながら左から給油というホットフュエリング(エンジンを回したまま給油すること)を行い、回復する事が出来た。
だが鈍痛だけでなく。まともにしゃべれない。電話対応の多い仕事であるから、しようがないので公休をとることにした。

 平日が休みということは、『ふふふ、調布でEC135がテストをしている筈である!』。撮影に出かけたい。直ちに管制塔(妻)へ飛行プランを出したが「安静にしてなきゃダメ」と、クリアランスは下りなかった。

こんな感じ??

4枚ブレードの内、
1枚が無くなり
3枚ブレード
になった・・の図

  <T/C取得>

 この助言はまさにその通りで実際痛みがひどく、外出どころではなかった。あまり痛いので医者に再度診てもらったが、「どうしようもないんです。痛み止めの薬を飲んで、あとは自然治癒力に任せるしかないんです!」と冷たいご返事。3日ほど鈍通に悩まされたが、4日目位から痛みはおさまり、そしていよいよ縫合部分の抜糸、先生からもようやく治療終了のT/C(型式証明)を頂き、治療はめでたく終わった。

 当初は○月×日のデモ当日に抜歯し、その足で東ヘリへ駆けつけ、痛む歯を押さえながら取材を…と考えていたのだが、実際に経験してみてあまりに無謀な計画であったことが今やっとわかった。




  <翌日 ○月×日>

 ベル407がアプローチしてきた。青い空にポッカリ浮かんだ真っ白な機影は”あの抜いた親知らず”に羽が生えて飛んでいる…何故かそんな錯覚を起こさせた。

 さて、407はすべるようにスポットヘ、目の前に機体が迫る。ダウンウォッシュが巻き起こり、ローター音があたりにひびく。無論、小型機だし従来機に比べて軽い音ではあるのだが、病み上がり(?)の身にはやはり辛い。
波動がビンビン伝わってきて、抜いた親知らずあとを刺激する。
「ヒー!!イテテテテ……!」

 やっぱり、医者の言うことはちゃんと聞いた方がいいのかも知れない……(S)

 


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