あるカメラマンの独り言
 シリーズ No.015
ヘリコプターは急には止まれない?!
(Japanese Text Only)

 
 先日あるパイロットの方からメールを頂いた。
メールにはその方が以前乗務されていた機体のことが記されていたのだが、その機体のカラーを思い起こした時、ある強烈な記憶が甦った。

 話は20年以上前に遡る。
ある日、編集長から東京都内のある区が主催する「空から荒川を見よう」というイベントの取材依頼を頂いた。住民を対象にヘリコプターでしばしの空中散歩、空から荒川沿いの自分の町を見ようというもので、地上及び機内からの写真が必要という。使用機種は何とアエロスパシアルAS365N2 ドーファン2、二つ返事で引き受けた。

 当日河川敷の会場に行くと、綺麗なカラーのドーファンが駐機していた。その周りには大勢の順番を待つ住民。まさに長蛇の列で『これは乗れるのかいな?』と思ったが、何回かのフライトのあと、丁度私の前で順番が切れた。次のフライトは何と一番乗りである。『(住民ではないのに)悪いな?』と思うと同時に『いい写真を撮らねば』と、機体中ほどの右窓側席に座った。

その後老若男女の住民が次々乗機し10人ほどとなった。窓を見るとこの機体は空撮にも使用されるらしく、報道の機体のように「落とし窓仕様」になっている。これならガラス越しではなく思う存分写真が撮れる。私は許可を得て、窓ガラスを下げ全開放し離陸に備えた。しばらくしてアリエルエンジンが咆哮、ローターブレードが回転しキーンという独特のサウンドを響かせながらドーファン2は軽やかに空へと舞い上がった。


順調にフライトするAS365N2 ドーファン2
(イメージですので実際の機体のカラーとは異なります)

 コースはこの河川敷から荒川を遡上するというもの。眼下に見える荒川に太陽の光があたり、きらりと光るさまはなかなか美しい。確かに空からでないと分からない眺めである。 

ドーファンからの眺め 
20年以上前のネガにて経年劣化で変色していますが、参考までに・・

 さすがドーファン2、機内は静かでしばし乗り心地を楽しんでいたが、その平和を破る者が現れた。前席左窓側に座っていたおばちゃんである。いかにも下町のおばちゃんといった感じの方だが、そのおばちゃんが突然、大声で騒ぎ始めた。

「あー!! あれウチ(自分の家)だ! ウチんチが見える!」
「あー!いっちゃう! 見えなくなっちゃう!! 」


 おばちゃんの気持ちは分かる。今だったら皆デジカメを持っているし携帯電話でも写真は撮れるがこの時代、デジカメはまだ存在しなかった。せっかく見えた自分の家を瞼に焼き付けたいということは理解できる。しかしその後の言動に私は呆れた。

「ちょっと、運転手さん!停めて!
 停めてってばっ!!」
と大声で叫んだのだ。

 ワンマンバスじゃあるまいし、チャイムを鳴らせば停まってくれるとでも思っているのであろうか?それに運転手さんとは失礼にも程がある、機長さんとお呼びしなければ・・それに飛行中の機体がそんなに簡単に止まれる訳がないではないか。交通安全標語にもあるように「車は急に止まれない」のだ。慣性の法則を知らんのか?!これだからオバタリアン(今は死語?年齢が分かる?)はもう・・私はおばちゃんを無視し、怒りを隠して撮影に専念しようと、窓から身を乗り出して眼下の荒川を撮影し始めた。

 機長も当然無視するものと思っていた。だがこの方はとても優しい方だった。
「はーい、わかりました。」
とにこやかに答えると、何と操縦桿をぐいっと手前に引き、急激なフレアーをかけたのである。グオン!という音がして後ろから手綱を引かれたように機首はぐーーと上を向き瞬間減速、機体はまるで急ブレーキをかけたように空中停止した。

 そんな馬鹿な!?・・フレアー(Flare)とは着地寸前に対地速度を減少させるため機首を引き起こす操作をいうが、巡航中(水平飛行中)には(危険回避以外には)先ずやらない。

バスの例に置き換えれば、停留所ではないところで、突然おばちゃんが急に「降ろして!」と叫び、運転手が急ブレーキを踏んだ・・と想像してもらえば分かると思う。
当然、慣性の法則で吊革に詰まっていなかった乗客は前のめりに吹っ飛ぶ。

「おおっとぉお!!」
 私はまさかそんな急減速をするとは思わなかったので、正に不意打ちを食らったようなもの、シートベルトのおかげで乗り出していた窓から投げ出されはしなかったが、思わずカメラを落としそうになった。


フレアを掛けた際の乗客の反応(漫画)
(イメージですので実際の機体のカラーとは異なります)

 ご存知の通り航空機から物を落下させたら大変なことになる。すぐに首を引っ込め席に座りなおすと無くなっている物はないか大急ぎで点検する。レンズフードでも外れて落ちていたら、警察の事情聴取を受ける羽目になる。必死の作業に追われているこちらのことなど知らず、また突然の急停止に青ざめる乗客が見つめる中、当の“犯人”のおばちゃんは満足してのんきに自分の家を眺めていた・・



 幸い落下物はなく大事には至らなかったが、首から掛けていたストラップがなかったら・・?と思うとぞっとした。

冒頭のメールを頂いた方とこの時の機長は別人なのだが(乗務していた年代が異なる)、この機体を思い起こすと、どうしてもあの時の”事件”が頭をよぎるのである。 (S)

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