エッセイスト。 在野ことわざ研究者(ことわざ学会代表理事)。 1946年生まれ。北海道小樽市出身。早稲田大学文学部露文科中退。長年編集や翻訳に従事し、現在はことわざの研究のほか、エッセイなどの執筆活動を行っている。2005年度から2016年度まで、断続的に学習院大学で非常勤講師として「ことわざの世界」を講義した。趣味は「下手の横好き」の囲碁。酒は少々たしなむ程度。
★やや体調をくずしぎみだったが、3月24日のことわざ学会月例会では「“夕焼けは晴れ”をめぐって」報告した。マスクをかけての報告だったので聞きにくかったと思うが、リモートでの参加者を含め、最後までご静聴いただいたことに感謝したい。
話は変わるが、“後は野となれ山となれ”が話題となり、ネットで検索すると、近松門左衛門の「冥途の飛脚」の一節(「栄耀栄華も人の金、果ては砂場を打過ぎて、あとは野となれ大和路や、足にまかせて…」)から出たとするものが多いようだ。しかし、原典を素直に読めば、追い詰められた梅川忠兵衛が、後は野となれ山となれという絶望的な心境におちいって、忠兵衛の故郷である大和新口村へ向かう場面で、大和路は掛詞になっている(すぐ前の「砂場」も地名に「砂にする」をかけている)。つまり、「後は野となれ山となれ」は、すでにある程度慣用されていたと考えるのが妥当で、「あとは野となれ大和路や」に由来するわけではなかろう。ネットの言説は、AIを含め自分の頭で考えず、出典も示さずにコピーするものが横行し、困ったものだ。
ネットの連載コラムは、「世界各地で言い伝えられる“夕焼けは晴れ”」 を書いた。(2026/4/10)
★2026年も3月半ばとなった。年初にパソコンが不調となり、HPも更新できなかったが、知人の助力を得てようやく解決できた。ご協力にあらためて感謝したい。
話が前後するが、去る2月14日、ことわざ学会名誉会長の奥津文夫先生が逝去された。初めてお会いしたのは1990年の第1回ことわざシンポジウム(ことわざ研究会主催)の席上だったから、35年余り昔のことになる。その後、研究会にご参加いただき、例会にはほぼ欠かさず出席され、さまざまなご協力をいただいた。『ことわざ・英語と日本語−その特質と背景』(サイマル出版会)、『ことわざの英語』(講談社)など英語のことわざに関する著書も多く、和洋女子大学の要職を歴任されていたが、いつも学会の若い研究者や学生にも気さくに温かくお話しされていたことが印象に残っている。1996年にドイツ文化会館で開催した“TOKYO 国際ことわざフォーラム”では実行委員長を務め、2007年創立のことわざ学会では初代の会長に就任された。研究者の国際交流に積極的で、ことわざ学会の創立と発展にとても大きな役割を果たしていただいた。2025年、卆寿を迎え、ことわざ学会名誉会長となる。享年91歳。戒名「英諺院言文居士」。謹んでご冥福をお祈りする。(2026/3/21)
★短い秋が去り、今年はいきなり冬が訪れたような気がする。「四季でなく、夏冬の二季」との表現も耳にするようになった。
春ころから関心をもった国会図書館のNグラムビューワーをテストし、ことわざ研究の参考になることを確認した。12月6日の“ことわざフォーラム2025”でも、ワークショップで取り上げ、注意点を含めて紹介した。今後は実際の研究でも成果を示していきたい。
フォーラムで、今年度のことわざ学会研究奨励賞が発表され、北澤篤史会員と〈ミニマムの会〉が受賞した。複数の受賞者は初めてで、今後の研究にあらためて期待したい。
紀田順一郎氏が7月に逝去されていたと知る。『映画コレクション入門』(1978)の編集者としてお会いしたのが最初だから、1977年にご自宅へ伺ったことになる。拙著『ことわざの雑学』が出て間もなく神保町でたまたま出会い献呈したことから、ことわざ研究に関心を示され、『事典の小百科』(1988)に「ことわざの辞典」の項を執筆する機会をいただくなど、ご支援いただいたことを思い出す。あらためてご冥福をお祈りしたい。
ネットの連載コラムは、「“渡る世間に鬼はない”の真意 」について書いた。(2025/12/23)
★9月は最高気温が30度を超える日が半分以上あったが、10月は皆無となり、下旬には最低気温が10度を下回る日が出てきて、急速に冷え込んできた。
テレビ局からの依頼で、“ことわざ”と“慣用句”の違いについてあらためて考えてみた。さまざまなとらえ方があるが、同一平面上で明確に区分けできるものではなく、いわば斜めに交差する面を中軸に膨らみのある二つの星雲状のものが交錯するイメージとでもいおうか。簡単に定義してすむものではなく、“ことわざ”の歴史的用法とも絡んでくるのでなかなかやっかいな面があり、今後も追究してみたい。12月6日の“ことわざフォーラム2025”は、「ことわざを読む−−テキストと文脈の彼方へ」(仮題)をテーマに杏林大学井の頭キャンパスで開催する。
ネットの連載コラムは、「“隣の芝生”と映像文化 」について書いた。(2025/11/5)
★延々とつづく真夏日と熱帯夜。その最中の7月24日、相模原市の公民館の女性学級で「ことわざの魅力−−先人に学ぶ」と題して講演した。「心と体の免疫力アップ!!」と題する10回の連続講座の第1回で、暑い中女性たちは熱心に耳をかたむけてくれた。
8月に入っても熱帯夜はつづき、あまりの連続運転にエアコンも月末に音をあげ、機能不全…水漏れ。たまたま日曜日で、メーカーに問い合わせると、今年はこの種の故障が多く、点検は2日ほど先といわれた。2〜3日は地獄の日々と覚悟したが、幸いなことに建築関係の知人らが駆けつけてくれて、4時間ほどで冷房が復旧した。「地獄で仏」とはこのことで、あらためて深く感謝する。
9月20日のことわざ学会例会では、「ことわざ研究の新たな可能性を探る−−NDL Ngram Viewerを使ってみて−−」と題して報告した。国会図書館のNグラムビューワーについて、ことわざ研究の観点から具体例を示しながら率直な感想を述べ、今後の研究に有力なツールとなるが、問題点もあることを指摘した。
『青淵』8月号(渋沢栄一記念財団)には昔話(民話)の「話千両」について、ネット(「ことわざと慣用句の百科事典」)の連載コラムには「“月とすっぽん”のコントラスト」 について、それぞれ書いた。(2025/10/3)
★ともかく暑い。6月から真夏の気温がつづき、湿度も高く、7月に入った段階で十分に暑さ疲れしている。東京は温帯ではなく亜熱帯となり、もしかしたら亜熱帯を通り越したのかもしれない。
関西のラジオ局から、「後の祭」が祇園祭に由来するのでは(?)との問い合わせがあった。ことわざ研究者の間で、そういう説は聞いたことがない、と答えておいた。祇園祭の祭事は、7月1日の「吉符入」に始まり7月31日の「疫神社夏越祭」まで、1カ月にわたって行われる。前祭(さきまつり、7月14日〜17日)と後祭(7月21日〜24日)があることから誰かが思いついたものだろうが、ことわざとの関連は確認できなかった。
ネットの連載エッセイは、「“わが身をつねって人の痛さを知れ”と北条重時」 を書いた。(2025/7/5)
★「猿も木から落ちる」といえば、誰でも知っていることわざで、いまさら取り上げるまでもないと思われるかもしれない。しかし、ことわざの面白さを考えるうえでは重要と思い、少し資料を見直してみた。
まず気にかかったのは、幼い子どもたちがこのことわざを耳にしたときの反応で、たいていの子が顔をほころばせ、目を輝かせる。ことわざに関心をもち、文字どおりの意味の裏に何があるのだろう、と期待しているのではないだろうか。
『毛吹草』には「さるも木からおつる」で収録され、江戸時代には「おつる」の形が主流であった。当時のことわざを連ねた歌謡で、このことわざの後に「つるつる…」と囃すのは、滑り落ちる形容とともに、同音を繰り返し笑いを誘ったものであろう。
韓国にもほぼ同じことわざがあるのは、どうやら近代になって日本から持ち込まれたもののようだ。
ネットの連載エッセイは、「“猿も木から落ちる”と子どもたちの笑顔」 を書いた。(2025/5/15)
★地球温暖化の影響なのか春の天候も不安定で、気分もおのずから上下する。旬の魚や野菜もすっかり様変わりして、戸惑うばかり。かつて故郷では、その日に海でとれた魚を市場で買い、野菜は主に庭先から食べる分をとってきていたが、現代の東京暮らしでは望むべくもない。いつのまにか社会全体が金に換算できない貴重なものをすっかり失っていることに、愕然とする。「昔はよかった」ではなく、進行中のこの趨勢を何とかしなくては、とあらためて思う。
ネットの連載エッセイは、「“寝耳に水”の水とは?」 を書いた。寝耳に入るのは、冷水ではなく、大水(おおみず)の押し寄せる轟音、危急を知らせる鐘や叫び声といってよい。(2025/4/14)
★ことわざ学会の2月例会で「昔話“話千両”(話買い)のことわざをめぐって」と題して報告した。この昔話は、桃太郎や一寸法師ほどの知名度はないが、南は沖縄から北は青森まで広く流布し、バリエーションも多い。基本的なストーリーは次のとおり。貧しい男が妻を家に残して都会に出稼ぎに行き、相当な金を稼いで故郷へ帰る際に有り金をはたいて“話”を3つ買う。この“話”は、「急かば回れ」や「柱のないところに宿とるな」、「大木の下より小木の下」などのことわざだけで、何の説明もないのだが、帰りの道中の危難を逃れるのに役立ち、二度までも命拾いする。ようやく帰りついた男が家のなかをうかがうと、妻が男に寄り添っている様子で殺意をいだくが、最後の“話”の「短気は損気」を思い出し、よく確かめると、用心のために頭を剃った母だった(あるいは人形だった)というオチがつく。ことわざを巧みに折り込み、聞く者を飽きさせない構成に感心するが、危機をかいくぐる際に重要な役割をはたす「柱のないところに宿とるな」、「大木の下より小木の下」が、従来のことわざ辞典にはほとんど収録されていないことに注目して、今回の報告をまとめた。
ネットの連載エッセイは、「“三度目の正直”は幸運といえるか」 を書いた。(2025/3/9)
★日頃推理小説を読むことはあまりないが、ロイ・ヴィカーズに「ことわざと利潤」という短編があると聞いて、翻訳を読んでみた(平山雄一訳『フィデリティ・ダヴの大仕事』国書刊行会、2011)。読みやすい訳で、ヒロインのフィデリティ・ダヴの魅力がよく伝わってきてファンとなったが、作品全体のキイとなる肝心のことわざが「泥棒を捕らえて縄を綯う」と日本語のものに置き換えられていて、印象がぼやけた感はいなめない。タイトルの訳にもやや違和感がある。原文はすぐには見られなかったので、他の訳(厚木淳訳「聖ジョカスタの壁掛け」、エラリー・クイーン編『完全犯罪大百科 悪党見本市』上所収、創元推理文庫、1979 ※改題は編者によるものという)を参照してみた。後者の訳では、「その諺は−−正確に引用することはできませんけど−−馬が盗まれたあとで馬小屋の錠をおろす、というようなことです」とフィデリティが語っており、これなら作品全体のモチーフも納得できた。ここでは、読者の推理小説を読む楽しみを妨げないためにこれ以上書かないが、ことわざの翻訳のあり方を考える上でもなかなか興味深いものがあった。
ネットの連載エッセイは、「“二度あることは三度ある”と庶民の生活感覚」 を書いた。(2025/2/6)
★2025年の正月はどこにも出かけず、ことわざ学会(および前身のことわざ研究会)の古い会報を拾い読みしたり、DVDでこれまた古い映画「アフリカの女王」を観たり、ユーチューブで少数言語の会話を聞いたり……久しぶりにのんびりした日々を過ごした。ぐずぐずしているようだ(否定はできません)が、案外こういう時間が大切なのではと思ったりした。
そんななかで、イタリアの児童文学者ジャンニ・ロダーリの『緑の髪のパオリーノ』(内田洋子訳、講談社文庫)をたまたま目にし読んでいくと、「古いことわざ」という短編に出会った。ある町に、少し不便ですが、落ち着いた建物がありました。年を取ったことわざが引退して休むところです、という場面設定からして面白い。関心がある方は翻訳をご覧いただくことにして、印象的な一節だけ引いておこう。「年寄りのことわざたちは、仲間の言うことと反対のことを言うのが得意なのです。」
新年の初仕事は、ネットの連載エッセイで、「暗喩が生きる“一寸先は闇”」 を書いた。(2025/1/11)
★2024年は、残暑というには暑すぎる晩夏が尾を引き、いいかげん草臥れた。快適な秋は短く、紅葉を楽しむのも慌ただしく冬に突入し、なかなか体がついていけない。
思い返すと、去る9月には、千野明日香著『ミニマムで学ぶ 中国語のことわざ』(クレス出版)が刊行され、シリーズ6冊が完結した。10年ほど前に企画し監修したもので、最初の英語・フランス語・韓国語の刊行から7年余、ようやく肩の荷をおろしたことになる。各言語の著者・ネイティブの協力者、版元の皆様に感謝したい。
気がつくと歳末目前。このところ“ことわざフォーラム2024”(12月8日、シンポジウムで「災害伝承としてのことわざ」を報告)、地球ことば村のサロン(12月11日、井上逸平氏との対談)と人前で話すことが続き、オーバーワークぎみだが、暑い時期でなくてよかったと思う。
フォーラムでは、村山貢司氏(気象予報士、花粉症の専門家)の講演に衝撃を受けた。地球温暖化で従来の天気俚諺が通用しなくなるのはある程度予測できたが、大災害になると「遠い親戚より近くの他人」は通用しない。隣人も被害を受けるだけでなく、大都市では国や自治体の避難所や備蓄が不十分で、まったく頼りにならないのだという。具体的なデータに基づく話で十分に説得力があり、まさに心胆を寒からしめるものがあった。
監修を引き受けた北澤篤史著『マンガでわかる すごい!ことわざ図鑑』(講談社)が12月17日に無事刊行された。(2024/12/19)
★ともかく暑い夏が続く。東京では35度になっても驚かず、熱帯夜の連続も日常となってきた。気温だけでなく海水温も上がり、魚や獣の生息域も大きく変動している。ヒトだけが従来と同じように生きていけるはずはない、と直感的に思う。
災害とことわざについて考えるうちに、気象に関連することわざの裏には多くの災害体験があることにあらためて気づいた。そういう意味では、「寝耳に水」も災害伝承の一つといってよい。新たに注目したのは「尾崎谷口宮の前」で、ことわざ集やことわざ辞典にはほとんど収録されておらず、文献ではいまのところ大正末期が初出のようだが、地方誌をみていくと、新潟以西の広い地域(九州・四国の一部を含む)の山の民の間で古くから口頭で伝えられていたことが少しずつわかってきた。まだ調査の途上だが、中間報告を「災害伝承としてのことわざ」として『青淵』8月号(905号)に掲載した。
ネットのコラム(7回目)は、 「“犬も歩けば棒に当たる”の二つの意味」について書いた。(2024/8/14)
★昨2023年の春、「寝耳に水」の用例を探求することから、その本来の意味は、睡眠中に耳に水を入れられて驚くことではなく、気がついたら洪水が身近に迫っていて驚き、慌てふためくことであったことを明らかにすることができた(『青淵』892号にその成果の一端を紹介した)。また、現在では、「水」を文字どおりの水と解し、洪水とかかわりなく事情をまったく知らずに驚くことの比喩として用いるのが大勢となっているが、元来の意味・用法も消滅したわけではなく、近現代にも根強く残り、災害時に再認識される場合があることもわかってきた。この事例をみると、ことわざの意味は、テキストを見るだけではわからないことが少なからずあり、丹念に用例を探求し、広い視野からとらえ直すことの重要性をあらためて感じている。
今年は災害とことわざについてさらに探求をつづけ、災害時のさまざまな言い伝えについても、もう少し具体的に考えてみたい。
ネットのコラム(6回目)は、 「“地震雷火事親父”のレトリック」について書いた。(2024/5/20)
★今年の春は天候の変動が激しく、夜間に強い風が吹いて目覚めることも少なくなかった。体調も波があり、例年よりも花粉アレルギーが気にかかった。
昨年の“ことわざフォーラム2023”で「ことわざの音声と響き」をテーマにし、ワークショップで朗読を企画したこともあって、ことわざの音声面にあらためて注目している。グレマス(Greimas )が『意味について』で言及していたことを思い出し、末尾の「諺と格言(ディクトン)」(赤羽研三訳、水声社)を再読した。
ネットのコラム(4回目)は、 「“花より団子”に込められた思い」について書いた。東京のソメイヨシノは今日明日にも開花するようだ。(2024/3/28)
★駿河台の“山の上ホテル”休館のニュースを目にし、かつて件のホテルで口述筆記のアルバイトをしたことを思い出した。大手出版社がこぞって世界文学全集を出していた時代で、半世紀以上も前のことになる。慶応大学仏文科の若林眞先生がジッド(ジード)の翻訳を口述され、私が原稿用紙に筆記していた。帰りにはよく文庫専門の古本屋に立ち寄ってギリシャ喜劇の本を1冊買い、読み終わるとまた買うことを何度か繰り返したから、3週間近く通っただろうか。馬事公苑に近いご自宅で、最終回の筆記をしたこともかすかに覚えていた。その後、何年かして小説を書かれたと耳にしたが、タイトルも知らないまま時が過ぎた。今回、これを機会にとネットで調べ、『海を畏れる』と知り、地方の古本屋に注文して入手した。郷里の佐渡と研究者として暮らす東京、それぞれの死者と生者が交錯する、ユーモアと深みのある小説で、毎晩1章ずつじっくりと読んだ。
ネットで連載中のコラムの3回目は「“鉄は熱いうちに打て”の常識を見直す」を書いた。(2024/2/29)
★2024年の幕開けは元日の能登半島地震、翌日は羽田の航空機事故とつづき、2022年のウクライナ戦争、2023年のイスラエルのガザ侵攻もいまだに停戦もならず、心穏やかに過ごせない日々が続いている。
1月も下旬となり、気を取り直して仕事に集中する。昨年はリハビリからのスタートだったことを思い返し、いま自分にできることをやるしかないとあらためて思う。
「ことわざ・慣用句の百科事典」サイトのコラムが連載となり、2回目は「“暑さ寒さも彼岸まで”の背景」を寄稿した。(2024/1/26)
★2023年も残りわずかとなった。トラブルもあったが、多くの方にご支援いただき、おかげさまで体調も徐々に回復し、研究を再開し継続できたことを感謝したい。
ネットの「ことわざ・慣用句の百科事典」に寄稿を求められ、正月にふさわしいものがよいと思い、江戸時代の夢合わせ関連文献を参照し、コラム「初夢と“一富士二鷹三茄子”」を書いた。(2023/12/22)
★コロナで旅行できなかった年を除いて、長年夏は北海道で過ごしてきたが、今年は東京にいて、ともかく暑い。「温暖化ではなく沸騰化」というのも決してオーバーではない猛暑続きで、かなり参っている。昼は何とか冷房でしのげるが、24時間冷やすと体が悲鳴を上げるのは当然であろう。
エッセイ「“寝耳に水”をめぐって」を『青淵』892号に掲載した。 スペースの関係で用例は江戸時代のものにかぎっての紹介となったが、今回はいつも以上に反響があって、どうやら今後も研究を続ける意欲がわいてきた。(2023/8/10)
★昨年はさまざまなことがあって、しばらく研究から遠ざかっていたが、2023年3月、ことわざ学会の例会で「“寝耳に水”をめぐって」と題して久しぶりに報告した。このことわざは、江戸初期から用例があり、いまもよく使われるが、その由来については二つの説がある。文字どおり寝耳に水を入れることと解して、奇抜な比喩だとする説(鈴木棠三氏など)と、寝耳に水が入ることは現実にはごく稀で不自然であり、「水」は洪水の音だとする説(金子武雄氏など)である。私は、比喩はかならずしも現実そのものである必要はないとして、前者に近い立場であったが、この数年間にさまざまな面から疑問が生じ、しだいに洪水説のほうが妥当ではないかと考えるに至った。ただし、金子氏の洪水説は、理論的にそのほうが自然であるという推論で、具体的にこの説を裏付ける用例が乏しく、説得力が十分とはいえない。そこで、江戸時代にさかのぼって、ことわざの「水」が洪水をさす用例を探索した結果を報告したものである。結論として、夜間の豪雨による洪水をさして用いられた例が江戸前期から認められ、この用法が一部では近現代まで根強く残っていたことが判明したのだった。(2023/3/20)