ANOTHER STORY of "Z"「機動戦士ZガンダムSILVER」  


「アムロ、再び」

 

アッシマーのブラン隊は、ケネディに戻ったスードリを確保した後、アウドムラの行方を追っていた。スードリの所属はジャブローのままになっており、書類を書き換えない限り持ち主はいない。事務手続きの結果を待って放置しておくよりも、移動要塞として使用した方が役に立つだろうと、ブランは独断でその運用を決定した。

「キャリフォルニアから援軍はこないのだな」

「オーガスタ研から新型MAとアクトザクの小隊が合流予定です」

スードリのブリッジで、通信士が電文を報告した。ジャブローから捕虜として連行された一人だ。捕虜60数人のうち、パイロット経験者などの使えそうな者だけをスードリに乗せ、あとはキャリフォルニア基地に回収させる手筈である。

(俺がNT研に近い人間だからティターンズに売ったな、グルブス少将は...)

ブランは欲を脂肪で固めたようなキャリフォルニア基地の総司令の顔を思い浮かべた。

(表向きにはどうであれ、ジャブローの件はティターンズの名前でカタをつけろということか)

ブランはオーガスタ研の監視役として、数度オークランドへ通っていた。パイロットを自認するブランが出向扱いにならなかったのは、一年戦争の功績があったからである。

「オーガスタ研はNTのパイロットを出してくるのか」

「そのようです。ベン=ウッダー大尉が連れてくるもようです」

(ふん...テストのつもりか。まぁいいだろう)

ブランは自分のとがった顎をするりと撫でた。

 

そのオーガスタ研究所は連邦軍直轄のニュータイプ研究所のひとつである。
サンフランシスコ湾に面した水の多い街の外れにその建物は立っていた。

「大丈夫、気分はいいから」

そういう口のききかたが生意気に感じるのは、少年があまりにも幼いからだ。パイロットスーツに身を包んだその身体は140cmに満たない。
ロドニー=バダム。4年前のコロニー落としの際、救助された彼の素姓や正確な年齢は不明だった。1年戦争の頃から孤児であったらしい。
彼は白衣の技術者が取り囲むMAにゆっくり歩み寄ると、機敏な動作でコックピットに身を沈めた。

「ブラン少佐と合流後、エゥーゴに奪われたアウドムラを捕獲するのですね」

「はじめての実戦です。無理はしないでいいですよ」

白衣の職員の一人が、優しく話し掛ける。

「心配しないでください。ボクはボクに与えられた仕事をちゃんとやって、それからここに帰ってきますから」

ロドニーは優等生だった。

被験者としてである。ニュータイプ研究所という名称を与えられたオーガスタ研は、連邦軍のNT兵士、アムロ=レイのデータを得て、それに似た能力を持つ被験者を探していた。被験者には北米には数多く残されている戦災孤児が集められた。ロドニーもその一人であった。被験者として採取された脳波データは所員を満足させるまでには至らなかったが、集められた人間の中で彼は一番高い数値を示しており、また順応性も高かった。
感応波が強い。それが連邦軍NT研のニュータイプに対する認識である。カンの良さ、判断力の高さは、パイロットの能力として重要なファクターである。アムロ=レイという民間人上がり少年が成し得た一年戦争での功績は、ニュータイプ能力に他ならないと認めるオーガスタ研では、アムロの脳波パターンを解析し、簡単に言えば別の人間にコピーする、という実験を行っていた。若く柔軟なロドニーの脳は、薬物投与や電気ショックなどの拷問にも近い様々な実験の作用をゆっくりとではあるが受け入れ、明確ではないもののある程度の能力を発揮していた。
その成果が、初めて実戦で試されるのである。

 

 

クワトロはハヤトとともに、アウドムラのデッキにいた。無傷の十数機のネモ、百式、Mark-2を置いた格納庫は、本来はシャトルとブースターを搭載するためのスペースである。アーガマのMSデッキよりも十分広い。

「ネモはカラバで使っていただきたい」

クワトロの声がそのデッキに響く。

「我々はまだ十分なMSの訓練を行っておりません。果して上手く使えるかどうか...。ドダイは手配するつもりですが」

ハヤトがネモを見上げながら言う。

「地上の戦闘では不可欠だな...」

クワトロは先の戦闘でハイザックから奪った唯一のドダイ改を見やった。カラバのクルーが慣れない手つきで修理を行っている。その指示を行っているのがカミーユだという構図がクワトロにカラバの層の薄さを感じさせた。

「地上でのティターンズの動きに今現在目立ったものはありません。あるとすれば我々を追ってくる部隊くらいなものでしょう。大きな戦闘はまだ回避したいものです」

「しかし、ティターンズは地上での準備も整えつつあるのだろう?ジャブローが健在であればその心配をする必要はなかったのだか」

「連邦軍の基地がすべて彼らの勢力下にあるというわけではありませんよ」

「宇宙での軍備は強化されつつあるというのに、地上での活動は緩慢なのだな」

「地上の主だった軍設備には、腰の重いお偉いさん達がふんぞりかえってますからね。皆がジャミトフを快く思っているわけではないでしょう。ただジャブローの件で動きが出てきたことは事実です。移転の件は最高機密でしたから、ティターンズの情報操作の能力はあなどれませんが」

「ひよっこ揃いの宇宙軍は手玉に取れても、古狸どもはそうはいかんのだな」

「そうでなくてはもっと北米の軍は動いているはずです。我々は包囲されてもおかしくない地点を移動していますから。ジャブローの移転がティターンズの独自活動でなければ、こうまで隠ぺいされているはずはなかった。それが不服な連邦軍の連中もいるということが我々を動きやすくしてくれているのですよ」

「地上にあまり迷惑は掛けられんということか。私とカミーユが宇宙へ戻った後、カラバはどうするのだ?」

「上層部は軍の古狸たちをこっち側へ引き込む方法を考えているようですが、あまり現実味のある方法とは思えませんね。実働部隊である我々は早急に武器の扱いの訓練でもしますよ。引き金を引いてしまった以上、身を守る術を得なければなりませんから」

ハヤトは話ながら、丸く切りとられ硬質プラスティックをはめ込まれた窓の外を見た。と、同時に艦内放送が彼を呼んだ。

「ハヤト館長、敵影らしきものをキャッチしました!」

「数は?!」

ハヤトはインカムに向かって叫んだ。

「不明です」

機内が一瞬騒然とする。エゥーゴのパイロット達を帰してしまった現在、実戦を行ったことのある人間は、クワトロ、カミーユ、そしてハヤトくらいしかい残っていない。

「カミーユ、ドダイはどうだ?」

クワトロの声を聞くまでもなく、カミーユは二人の側へと走り寄っていた。

「外装以外の修理は終わってます。飛べます!」

「ハヤト館長、私が出る」

油で汚れたカミーユの顔をちらりと見たクワトロは、ノーマールスーツに手を伸ばしながら言った。ハヤトはすでにインカムでメンバーに指示を出しているようだった。

「お願いします。こちらはMSが動かせそうなメンバーを集めてネモを砲台にします」

「カミーユ、お前はアウドムラに残ってネモ達をフォローしろ」

「でもっ!」

クワトロの指示をカミーユは不服に思った。

「戦闘は不慣れだそうだ。お前がついててやれ!」

「いやです、私が行きます!私は、ロベルトさんのカタキが討ちた...」

全てを言い終わらないうちに、パシっ!と、クワトロの手がカミーユの頬を打った。

「二度とそういう言葉を吐くな。私情でMSに乗る気なら、私がここからお前を突き落とす!」

クワトロの殺気だった声が、カミーユの身体を硬直させた。言われていることは判る。でも感情がそれを理解しようとはしない。

「どうしてですかっ!...大尉は冷たい人だ!ロベルトさんは殺されて...!」

カミーユの叫びを無視するように、クワトロは百式へと走り去った。残された彼女の背後に、ハヤトが立っていた。

「命の取り合いをしているのは誰も一緒だ。それを意識しながら君は敵が撃てるか?人間として精神的に辛くなるような事実を君に感じさせたくないから、大尉はああいう言い方をするんだ」

「...。私が...」

カミーユは唾を飲むように、咽を鳴らした。

「私が女だからそういう言い方をするんでしょう?」

うつむいたままのカミーユの表情はハヤトにはわからない。だがあまり個人の問題に時間を割いている場合ではない。

「...そうかもしれない。だが、俺からも殴られたくなかったら、大尉の指示をきけ。男ならもう殴ってるよ」

「感謝はしません。でも自分が自惚れていたことは判ったつもりです」

カミーユはハヤトの方を振り向きもせず、Mark-2の方へ向かって行った。ハヤトは彼女の外向きな流れをする身体の動きを見送りながら、

(気を使うより...男として扱ってやった方がいいのかな...)

と思った。

 

ドダイ改に乗ったクワトロの百式は、アウドムラの後部ハッチから出撃していった。
レーダーは機能しており、北西の方角に4つのブリップを捉えている。
クワトロは後部カメラにアウドムラを映した。柄は巨大でも輸送機でしかないガルダには、機銃程度の装備しかない。
敵機をアウドムラ近付けることは死を意味する。クワトロはドダイの出力を上げた。接近する光点が、クワトロ機に気がついたのか、向きを変えた。センサーが捉えて映し出す敵機のうち、先頭の一機は正確な像をむすんでいない。

(不明機?新型?)

連邦軍は独自のMSを次々と開発しているようだ。A.E.の思惑は外れそうだな、とクワトロは次第に形のはっきりしてくる画像を見ながら思った。

 

「MSが接近してきます。ベン大尉はどう判断されますか?」

その新型MA、ORX-005ギャプランのコックピットからロドニーは後方のアクトザクに乗るベン=ウッダーに回線を開いた。

「今回の出撃はお前がリーダーだ。お前の判断で動けばよい」

「ありがとうございます、大尉」

ロドニーはベン=ウッダーに礼を言うと、

「MSは無視して、アウドムラに集中攻撃をかけます!ブラン隊に合流してMSを届けることが本来の目的ですが、アウドムラの足止めをすることは必要なことですから」

言葉遣いを選びながら各員に号令を出した。オーガスタ研の被験者である彼に、まだ連邦軍の階級はない。幼い自分に上に立たれることを不快に思うパイロットを思いはかってのことだ。大人に囲まれて生きていくとそういう処世術も自然と身につく。
ギャプランはブースターユニットを切り離すと大きく機体を傾けた。それに3機のドダイが続く。

「アウドムラには行かせん!」

百式のバズーカが火を吹いた。ギャプランはするりとそれをかわす。

(ゲタ履きのMSと、このギャプランは違うんだよ!)

ロドニーはあざ笑いながら、それでも後続のドダイがついてこれるのか気になった。案の定、回避行動で隊列は乱れつつあった。

(機体の性能はともかく、パイロットの腕はいいってことか!)

申し訳ないけどそいつの相手は君達に任せるよ、と心の中でアクトザクのパイロット達に言いながら、ロドニーはギャプランをアウドムラの方へと加速した。

「くっ、速い!」

クワトロは3機のドダイの反撃をかわしつつギャプランを追おうとした。が、ドダイの速度はそれを許さなかった。

「アウドムラ!そっちに新型が行った!」

クワトロはマイクに叫びながら、バズーカの残弾を撃ち放とうとして、一瞬躊躇した。下方の山脈が途切れ、滑走路のようなものが視界に飛び込んできたのだ。その奥には市街地がある。

(まずいな...)

クワトロはヘルメットの中で舌打ちした。

 

 

デンバー・エアポートのラウンジで、日本へ発つフラウ達の乗る飛行機を待っていたアムロは、案内板が急にパタパタと出発時刻を変更するのを見ておや、っと眉をひそめた。

「どうしたんだ?」

アムロが口に出したと同時に、アナウンス嬢の落ち着いた声が室内に響いた。

『15時10分発アラスカ行き410便、15時30分発パリ行き800便は航路状況不良のため出発を見合わせております。また、その他の便にも遅れが生じる模様です。ご搭乗のお客様はこちらからアナウンスをいたしますまで今しばらくお待ちください...』

「航路状況不良って、何?」

キッカがアムロの顔を覗き込むようにして言った。

「台風でも来てるんじゃないのかぁ?」

レツが頭の後に腕を組んで窓の外を見上げた。その目が、意外なものを捉えた。

「あ、アムロ兄ちゃん、あれ...!」

レツの指さす方向をアムロは目で追った。光の点が数個、瞬きながらこちらへ接近してくる。

「戦ってるんじゃないの?戦争してるんじゃないの?」

キッカも叫んだ。子供たちは先の戦いでホワイトベースの窓から同じ様な光を幾度となく見ている。

「そんな...感じだ」

アムロはふらりとイスから立ち上がると、窓の方へと歩き出した。

(ビームライフルの光....。MS戦...?!)

他の客たちもその光に気づきはじめたのか、ラウンジ全体がざわざわと騒ぎはじめた。しかし、アムロの耳にその声は聞こえなかった。彼の、彼だけの頭の中に、わぁんと響いてくるものがある。

「シャア...じゃないのか?」

アムロはエアポートの上空で戦闘を行っているMSの中に、郷愁を呼び起こすものを見た。

(何をしている?こんなところで!)

アムロはウィンドウに張り付くようにして、その米粒ほどの戦いを見つめていた。しかし、それにも耐えられなくなると、非常階段の方へと向かった。すでに戦闘を見物しようとする少年達が数人、声をあげながら出入りしている。アムロは彼らに混じるようにして、ドアの外に出た。
オイルの匂いと共に、飛行するドダイの空を切る音が、キィンと伝わってきた。

(シャア、だろう?)

耳の奥に、抑揚の少ない、あの日の赤い彗星のシャアの声が響く。

『お前は自分がいかに危険な人間だかわかっていない。素直にニュータイプの有り様を示しすぎた』

(そうだ、でも、僕に何ができた!)

アムロはフェンスに張られた金網を握り締めた。

(生き延びていくには仕方ないだろう...!)

見下ろした先に、のんびりと荷物を積み込む輸送機の姿が映った。

(これが、チャンスだということか?)

直感的に思いついた言葉にアムロは苦笑した。自分は何をやりたいのか。漠然とした自分の思いを具象化出来ないまま、アムロは空港ロビーに足を向けた。
自分を監視する役目の男が、すっと視線をそらすように新聞を広げた。

 

 

アウドムラの後部ハッチからMark-2のビームライフルをかまえていたカミーユは、接近してくるMAの存在を感じて苛立った。単体で飛行できるMAの機動性はケネディの戦いで認識済みだ。巨大なアウドムラの旋回性能などたかがしれており、後部ハッチから出来る攻撃などほとんど無いと言っていい。

(大尉は何をやってるのっ!)

そうつぶやいたとき、カミーユは機体の揺れを感じた。アウドムラが被弾したのだ。

(これじゃ何も出来はしない!)

カミーユはふと、デッキに固定されているフライングアーマーを思い出した。ロベルトが運んでくれたものだ。頭より先に身体が動いて、カミーユはMark-2をデッキの奥にさがらせると、マニュピレータを使ってフライングアーマーを繋いでいるワイヤーを引きちぎった。

「何をしてるんだよ!」

カラバの若いパイロットが叫んだ。

「このまま死ねっていうの!外に出てあいつをやらないと...!」

「カミーユ、どうした!」

ハヤトが通信に割り込んだ。

「フライングアーマーを使います!ダメだなんて言わせませんよっ!」

ハヤトの返答も聞かず、カミーユはフライングアーマーにMark-2を乗せると、エンジンに点火した。轟音がデッキに響く。加速が全身を覆う。
空中に飛び出したカミーユは左後方から追ってくるMAを捉えた。三角形のシルエットに不快なものを感じる。

(あれより小さいけど...これも変形するの...?)

自分の進行方向に踊り出た機体を見たロドニーは唇をぺろりと舐めた。

「また、ゲタ履きだ!無駄なのに...!」

左右のメガ粒子砲が鋭く空間を切り裂く。寸でのところでかわしたカミーユは、その攻撃の仕方も酷似しているような気がしてイヤだった。

 

エアポートの窓から見えた光は、既に遠ざかって見えなくなっていた。
騒ぎの収まったラウンジで今だ心配そうに外を見つめるフラウ達の席に、アムロが飲み物を両手に抱えて戻ってきた。それをテーブルに置こうとかがんだ姿勢で、アムロはカツに耳打ちした。

「カツ、ハヤト...お義父さんは何処にいるのかわかるか?」

急なアムロの問に、カツはとまどった。

「ケネディにはもういないと思うんですが...」

カツは答えながら、アムロの瞳に宿るものの意図を理解した。
アムロが動こうとしている!

「でも、方法はあります!」

自分に何かできることを考える...それがアムロの背中を押すことになるのをカツは願う。
アムロとしても今、自分がこの場を飛び出した後、行くべき所はハヤトのところしか思いつかなかった。

「フラウ、カツを借りてもいいかい?」

「え...?」

「俺も一緒に!」

「あたしも!」

フラウが言葉の意味を理解するより先に、レツとキッカが叫んだ。その反応に、フラウはようやくアムロの心境の変化をのみこんだ。

「お前たちはフラウ姉さんを...母さんと弟か妹になる赤ちゃんを守らなきゃダメだろ!」

「カツの言うとおりだ。二人とも頼んだよ」

「わかったよ。父ちゃんによろしくな!」

フラウの意志を無視するように、子供たちは話を進めている。彼女はバッグのストラップを強く握り締めて、自分の狼狽を隠した。

「アムロ...?」

声がうわずった。

「行くのね?」

アムロは答えず、唇の端を強く結んだ。それに答えて、フラウもゆっくり微笑んでみせる。そう、最初からこれが目的だったのだから、良い結果なのだと。

「身体に気をつけて、フラウ」

「アムロも」

アムロはカツに先に非常階段を降りるようにいうと、その姿が見えなくなるまでフラウ達と雑談をかわすフリをした。視線では監視の男の動向を探っている。

「そろそろ時間じゃないか?」

混乱の治まったエアポートのボードが、ようやく日本行きの308便の搭乗案内を流し始めた。

「じゃあ、またな」

そう言ってフラウ達がすっかりゲートの向こうに消えたとき、アムロはおもむろに走り出した。

「?!」

監視の男がその動作を見て、読んでいた新聞を捨てるとアムロの後を追う。アムロはそれを確認しつつ、人気のないトイレにかけ込んだ。入口の壁に身を寄せると、監視の男が不審そうに中を覗いた、その首筋めがけてけん銃の台尻で殴りつける。

「長いつき合いだったけど...」

アムロは男を着衣で縛ると、一番奥の個室に放り込んで故障中の札を下げた。スパイ映画の受け売りだ。
非常階段を降りた先に、不安そうな顔をしたカツが立っている。

「あの貨物機を貰う」

カツは無言でアムロについて走った。貨物を積み込んだ輸送機はタラップをつけたまま、出発の時間を待っているといった様子だった。

「なんだ、お前たちは...!」

貨物機のパイロットが席を立つ暇も与えず、アムロは銃を突きつけるとインカムを払い落とした。

「申し訳ないが、この貨物機をジャックさせていただく」

「ばかなことを...うっ!」

パイロットを素早い動きで殴りたおすと、アムロは貨物室に繋がるドアを開いた。コパイの男が、慌てた表情で立ちすくんでいる。

「お前の他に誰かいるか?」

銃口を向けられた男が、怯えた表情で首を振った。

「命まで貰おうとは思わないから、パイロットを連れてさっさと降りろ!」

男は両手をあげたままコックピットに移ると、床に倒れ込むパイロットを引き摺るようにして、タラップに移動した。

「カツ、ドアを閉めろ」

カツはぼう然とアクションスターさながらのアムロの動きに見とれていたが、ふっと我に返ってドアに取りついた。ロックのレバーを下ろすと、アムロは既にコンソールを操作していた。

「早く座れ、離陸するぞ」

「で、でも、滑走路は...」

「管制塔の指示で飛ぶんじゃないんだ。この距離なら十分だ」

カツはもう、アムロに何も返す言葉がなかった。無言でシートに座ると、手慣れたアムロの動きを見守っている。

(アムロさん...やっぱスゴイや!)

加速する貨物機の振動と胸の鼓動がダブる。やがて訪れた離陸の浮遊感に気持ちを高揚させながら、カツは目の前に広がる空に昔の思い出を投影していた。

 

旅客機の窓から、フラウは貨物機の飛び去った方向を見つめていた。
カツを、連れて行かないで!フラウはそう、心の中で叫んだ。あなた達のほうへ引っ張っていかないで。私はもうアムロに持ったような畏怖を、カツに持ちたくない。
フラウはもうカツに会えないような気がして、泣いた。

 

 

ギャプランに向けて幾度となく放ったビームライフルが空を切った。カミーユは戦闘機とも違うMAの小刻みな動きに翻弄されていた。

「ドッグファイトなんて、そう上手くは...!」

フライング・アーマーのサブフライトシステムは予備機能のようなものだ。カミーユの攻撃を躱すギャプランは、Mark-2を無視してアウドムラという目標に向かって突き進む。カミーユはライフルを腰のバズーカに持ち変え、フライング・アーマーの出力を上げると、ギャプランの右に回り込むように接近した。

「少しは...!」

拡散バズーカが、きらめくようにしてギャプランの装甲を打った。ダメージは少ないがロドニーは初めての被弾に少し狼狽する。

「煩いなっ!お前から死んじゃえよ!」

サイドのメガ粒子砲が想像していたより自由な角度を取ってMark-2に放たれた。咄嗟にカミーユはMark-2をジャンプさせると、ギャプランの上に飛び移った。

「なにっ!」

振動の包むコックピットの中で、ロドニーは真上に張り付くMark-2の頭部を見た。

「わぁっ!」

子供らしい恐怖が、彼を襲う。
カミーユは幼い悲鳴に一瞬躊躇しながら、肩のビームサーベルを掴んだ。

「遅いっ!」

女の声が、接触回線から響いてくる。

「遅い...遅かった...?」

ロドニーの中で、有り得ない感情がわき上がった。記憶を探ることにも似て、それよりも曖昧なものが彼の中に吹き上がる。
知能が高く、研究所ではいつも優秀だと誉められていた自分。
大人を相手にしたって、負けたことなどなかった。
誰よりも早く、実戦に出してもらえた。
ギャプランだって、自分の身長に合わせてシートを作ってくれたんだ...。
でも、
何かが、足りない...。

(会いたかった人なの?...ボクの探していた!)

頭の中に響く感覚に、カミーユはうろたえた。

(なに...?青いMAの...?!)

あのときに似ていた。何かが自分の心に触れようとしている!
カミーユの全身に、悪寒が走る。離れなくてはいけない。硬直した身体で、瞳だけがフライングアーマーを探す。

(いつでも遊べる?キミと...!)

カミーユのまわりに宇宙の闇が、広がっていく。
数々の星雲をちりばめた不思議な宇宙。
その中にぽっかりと浮かぶ緑の草原がある。
夢の、空間?
人が立っている。ひとりぼっちで。
差し伸べられる手が、小さく冷たく、ぺたぺたとした感触だ。

「何を言っているのっ!戦ってるんでしょ!」

カミーユは叫ぶことで、そのイメージを払拭しようとした。

(欠けているんだ...ボクの中で、何かが足りない)

「そんなものを、私に求めるな!私はあんたなんか知らない!」

カミーユは、ギャプランを掴んでいたマニュピレーターを緩めた。早くそうすればよかったのだが、指先がなかなか動いてくれなかった。

(ボクはあなたを憎みはしない...)

「そんなこと、言うなぁっ!!」

(なれなれしくするなぁっ!!)

叫び声と共に、ギャプランから振り落とされたMark-2が落下していく。

 

 

アムロは奪った貨物機をドダイの消えた方向に飛行させていた。ミノフスキー粒子を測定するセンサーはどの航空機にも装備されていたので、レーダーと併せて漠然とした方角は掴んでいたのだが、それがハヤトの乗るアウドムラを追っているという確信はなかった。しかし、前方にジグザグに飛行する物体を捉えたとき、彼は空港で感じたものとは違う、胸を絞るような感触に襲われた。

「あれは...僕だ」

アムロは震えた。濃いグリーンに輝く戦闘機のようなMAから発散される思惟が、自分とシンクロする。
しかも、自己の一番幼稚な部分を見せつけられているようだった。甘ったるい感覚が、ドロドロと渦巻き、あたりの空間を満たしているようだ。

「やめろっ!やめてくれ!」

アムロには耐えられなかった。それは辱めと同じだ。

「アムロ...さん?」

アムロの叫び声に、カツが不審な表情をした。

「カツ!この輸送機を使う!お前はホモアビスで脱出しろ、急げ!」

「は、はい!」

訳の分からぬまま、カツは後部デッキに据えつけられている非常用のホモアビスのバンドを解くと、スライドフックに引っかけた。
戦場にいきなり飛び込んだ形のアムロには、何が、どれが自分に近いものだか判りはしない。そこに敵、味方の感覚はない。だが、あのMAだけはそこにいて欲しくなかった。
サイドのウインドウから、すぅっと横切るようにカツの乗ったホモアビスが飛び立つのを確認したアムロは、輸送機のスロットルを引いた。

 

落下するMark-2のコックピットの中で、カミーユは旋回させていたフライングアーマーを捉えた。

(逃げる?)

戦えない。こういう敵とは戦いたくない。
“あなたを憎みはしない”などと語りかける相手は戦場にいてはいけない。
モニターに追ってくるMAを捉えたカミーユは、バーニァを吹かせてフライングアーマーに飛び乗った。
ロドニーは拒絶されたことを自覚した。
両親の愛情を自覚するどころか、異性に憧れを持つ気持ちすら抱いたことのないカミーユに、愛情から生まれる共有の欲求は理解できない。無造作に入り込んでくる一方的な感情は嫌悪感しか生み出さなかった。
自分は、嫌われた!

「お前は...違うんだなっ!.....ァじゃ....ないんだなっ!」

拒絶は憎しみへと変わる。自分を解ってもらえないのなら、それは敵だ。
背後に迫ったMAが、うなるように変形した。人型に変わった姿は、雄叫びを上げるように凶悪な形相でMark-2に襲いかかった。腕に繋がる三角形の先端から、メガ粒子砲が発射される。

「ううっ!!」

カミーユはMark-2をフライングアーマーに伏せさせて、その攻撃をかわした。次々と放たれるメガ粒子砲に小刻みに進路を変えつつ回避をするが、後を取られたままでは被弾するのも時間の問題だろう。

「カミーユ、Mark-2!無事か?!」

クワトロの声がスピーカーから彼女を呼んだ。周りが見えていなかったカミーユは上空に、ドダイに乗った百式の姿をようやく捉えることができた。

「大尉!」

「こっちへ誘導しろ!」

「は、はい!」

カミーユは答えると、フライングアーマーの機首を上げて上昇するように軌道を変えた。その後をギャプランは躊躇なく追ってきた。クワトロの駆る百式が、ライフルを撃ちながらドダイでMark-2を援護してくれている。

「なに?」

前方に大きな機影があった。百式の脇を抜けるようにして、逆光に縁取られた民間の輸送機がこちらに向かって飛行してくる。

「戦闘してるのにっ...!」

なんの変哲もない、大型貨物用輸送機はビームの飛び交う空間には不釣り合いだ。

「アムロ、何をする!」

クワトロは、叫んでいた。

輸送機は轟音をたてながら猛スピードでMark-2と擦れ違うと、ギャプランへと向かって行く。

「人には触れて欲しくない思い出がある!笑うんなら笑えよ!シャア!」

アムロの叫びと共に、輸送機は吸い着けられるように濃緑の機体、ギャプランを捉えた。

「な、なんだ?」

ロドニーの瞳に、巨大な黒い影が映った。それが自分に向かって落ちてくる....!
空が、落ちる。
ロドニーの中で、本当の自分のトラウマが蘇ってくる。

「い、いやだっ!」

回避運動の中でロドニーは自分を取り戻した。それでも、操作の遅れが輸送機との衝突を許した。高速で接触したアクティブスラスターの一部が、輸送機の破片と共に舞い上がった。

「ボクはっ!」

ロドニーは強化された肉体の動きで迅速にギャプランをMAに戻すと、バーニァを全開にして急速にその場所から離脱していった。

カミーユは駒落としのように流れるその光景を見守っていた。崩れ落ちる輸送機の破片。割れるコックピットのガラス。きらめく光の粉に縁取られるようにして、人の身体が浮き上がる。
飛び出してきた人間は、長い間をもって白く大きなパラシュートを開いた。
無意識に、Mark-2の腕を差し出し、その人物を受け止める。

(どんな人なんだろう?)

カミーユは拡大したモニターに映る横顔を知っていた。

「あ...ア...?」

言葉にならないもどかしさを振り払うように、カミーユはコックピットのハッチを開いた。
うずくまっていた男の顔がゆっくりとこちらを振り向く。

(ガ・ン・ダ・ム...?)

そう口もとが動いて、微笑んでいた。

(アムロ=レイ...)

「だ、大丈夫ですか!」

話し掛けるカミーユを通り越して、アムロは別の方向を向いていた。いつのまにか接近してきた百式のコックピットから、クワトロが身を乗り出して彼を見つめていた。
アムロの目に、赤いパイロットスーツが時間を超えて蘇る。

「シャア...赤い彗星...」

アムロは四肢を広げると、Mark-2の掌に身を投げ出した。声を立てて笑っていた。

「アムロ、だと?」

クワトロは突然自分の前に現われた旧知の男の姿に言葉を失った。
会いたかったのだ。そう願っていたのだ。しかし、本当に会ってみると違う気がする。
このような出会いは自分が求めていたものではないのだと。
アムロは笑いながら、右の腕の付根を無意識に触っていた。
痛みは忘れたが、傷痕は残っていた。

 

 


メモ:

●TVではドダイ改がアウドムラにずらーっと何機もあった、という描写なのですが、あまりにもご都合、なので、ブラン隊のを回収させていました。フライングアーマーも使わせて貰ってます。

 

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