永遠のフォウ 3章  


水路を抜け、湖をあがったゼータガンダムは、岩影に身を寄せ、基地を攻撃するカラバのモビルスーツを確認した。情勢はカラバの優勢のように見えた。カミーユはゼータのバーニァをふかすと、その反動でウェイブライダーに変形し、カラバの軍勢にその姿をさらした。識別信号はエウーゴのままだが、味方機として登録されているはずである。すぐさま、百式のシャアが通信を開く。

「無事だったか、カミーユ」

「大尉こそ。心配をかけました」

しかし、そのゼータの姿をモニタで発見した男がいた。

「あれはゼータ!こんなところに来てやがったのか!」

ジェリドである。
先の戦いでカミーユにケガを負わされた彼は、治療のためキリマンジャロに収容されていた。彼は格納庫に走ると、出撃せず、まだ固定されたままの整備中のバイアランを見つけた。

「ジェリド中尉、この機体はまだ完全ではありません、それに..」

整備兵が叫ぶのも聞かず、彼はバイアランにとりついた。

 

ウォォォォォン....!

耳鳴りのような振動が、コクピット内のカミーユを包む。
その気配を、シャクルスで飛行するディジェのシートの上で、アムロ・レイも感じていた。

「なんだ?このプレッシャーは?」

「フォウだ、フォウが出る!」

ニューホンコンで、そして基地内で感じた気配と同じものだ。間違いなくサイコガンダムが出てくる!
カムフラージュされた山の稜線をえぐるように格納庫のシャッターがひらき、ゆったりとMA形態のサイコガンダムが現れた。格納庫の入口をねらって、カラバのネモ隊が攻撃を仕掛ける。

「じゃまだぁっ!」

フォウの咆哮が拡散する。同時に、拡散メガ粒子砲が火をふいた。サイコミュに連動するそれは、フォウの叫びのように、辺りを焼き払った。ネモ隊の一角が消し飛んだ。
その爆煙の中に、黒いボディのサイコガンダムが浮かんでいる。ミノフスキークラフトのゆったりとした動きが、不気味さを漂わす。

「むぅ、いかん!あれは!」

「サイコガンダムか!ネモ隊さがれ!!」

共通の感性を持った、シャアとアムロが叫んだ。しかし、サイコガンダムの第二波が、さらに数機のネモを焼いた。

「フォウ、やめてくれ!」

ウェイブライダーが、かすめるようにサイコガンダムの上空を飛行した。反転すると、再びサイコガンダムに近づこうとする。

「アムロ、カミーユを止めるんだ!」

シャアの叫びを聞くより先に、アムロはシャクルスを滑らせた。

「シャア、なぜ、カミーユを止めなかった!貴様だって解っていたはずだ!」
2人の胸の底に、褐色の肌の少女が微笑む。

(これが、運命だなんて、悲しすぎる....)

 


「フォウ、こんなことをしてちゃいけない」

「うるさいやつぅ!」

サイコガンダムが、MS形態へと変形した。

「カミーユだよ、俺、カミーユなんだよ」

「そんなことは解っている!お前は敵だ!倒すべき敵だ!」

サイコガンダムのアームの先に仕込まれた、小型メガ粒子砲がウェイブライダーを追う。カミーユはその攻撃をくぐりながら、なおもサイコガンダムに近寄ろうとする。
近寄れば近寄るほど、フォウの攻撃的な思惟と苦しそうな息遣いがカミーユを包み込む。
自然発生的に生まれてきたニュータイプ、人工的に作られた強化人間。その二つを結ぶものは、相反する思惟の流れ。ララァとアムロの間に生じた温かく溶け合うそれとはことなり、激しい反発がスパークを生み、互いの身体をなぶるのである。

「君の記憶を、取り戻すんじゃなかったのか!?」

「うるさい!うるさい!お前なんか死んでしまえ!!」

「フォウゥゥ!」

メガ粒子砲が、ウェイブライダーのスタビをかすめた。バランスを崩すウェイブライダーを、ビーム砲が狙う。そのアームを、アムロのディジェがビームライフルで撃った。

「やめてください、アムロさん!フォウは、洗脳されているだけなんです!ハサン先生に見てもらえば、もとに戻るんですよ!アムロさん!」

カミーユの哀願である。
ララァを守ってやれなかった自分を重ねる感情を、押し殺すことができないアムロがそこにあった。もう少し、ララァと触れる機会があったら、と、アムロは何度思ったことだろう。少なくとも、シャア・アズナブルと出会う前のララァにあえていたなら!しかし、それが自分の傲慢だと解っていた。アムロは少し大人になっていた。

「では、カミーユ、作戦を考えろ!そうしていても何も解決しないっ!」

「そんなこと!」

彼女を操っているもの。彼女の記憶を覆いかぶせているもの。解っている。フォウの叫びを取り囲む不気味な波動を発するもの。サイコガンダム!!
まず、サイコミュの機能を止めなくてはならないことは解っている。だが、カミーユのMSの知識は知っていた。それを止めるにはコックピットに侵入するしかなかった。

(できるのか?やるしかないのか?!)

ニューホンコンのときより、フォウの戦闘能力は上がっている。しかもおびただしい敵意が彼女を取り巻いているのだ。
カミーユは、ウェイブライダーを上昇させた。サイコガンダムがそれを追う。速度はウェイブライダーのほうが上である。サイコガンダムの上昇限界を見据えた上で、カミーユはゼータガンダムに変形させた。自由落下にバーニァを駆使してビームをかいくぐると、アームでサイコガンダムの背中を掴んだ。

「なに!」

カミーユはコクピットをぐっとサイコガンダムの頭部に近づけるように固定した。

(待っていろ、フォウ!)

カミーユが、シートベルトのロックに手をかけた時である。

「そこにいろよ、カミーユ!」

憎悪の塊が背後に迫ってくる。ジェリドのバイアランだ。
ビームライフルの一撃が飛び込んでくる。カミーユは、かろうじてシールドの先でそれを防御した。

「味方がいるっていうのに!」

ジェリドにとって、強化人間は毛嫌いする存在でしかなかった。彼の目にはゼータしか映っていない。彼は第二射を放った。カミーユはサイコガンダムを突き飛ばすようにしてそのビームを避ける。しかし、それが災いして、3発目のビームライフルがサイコガンダムの後頭部に直撃した。

「ううっ!」

フォウの狼狽の声がカミーユの額に走る。

「ジェリド、きっさま〜!!」

サイコガンダムが失速していく。カミーユはバーニァを吹かすと、ビームライフルを撃った。しかし、MS形態では、バイアランのほうが空中での機動力は上だった。ジェリドはそれをかわすと、ビームサーベルを抜いた。

 

失速していくサイコガンダムの中で、フォウは激しい頭痛を感じていた。同時に自分を覆っていた黒いもやのようなものが引いていくのも感じていた。モニタに、赤くアテンションランプが点滅してる。サイコミュコントロールが切れ、手動コントロールに切り替わるサインである。フォウは無意識に操縦桿に手を伸ばしていた。

「私..うっ、カミーユは?」

身体を覆う疲労感が、レバーを重く感じさせる。全周モニタが後方にバイアランと交戦中のゼータの姿を捕らえていた。しかし、フォウはそれを見たわけではない。フォウの天性の能力が、それを感知した。

「そこにいるんだね、カミーユ!」

フォウは、重いボディを立て直すと、サイコガンダムを上昇させた。

 

劣勢ではなかったが、ジェリドの殺意はすさまじかった。
切りかかる勢いはバイアランの大気圏内での性能のせいもあったが、疲労しているカミーユにはかわすのが精一杯だった。ウェイブライダーに変形して離脱を試みようと思うが、その隙を与えてくれるジェリドではなかった。

「落とすしかないってことか!」

サーベルを抜いてカミーユが身構えたとき、大地がごう音をたてた。カラバの第1次工作部隊が仕掛けた爆薬が、キリマンジャロ基地の山頂部を爆破した音である。

「う?」

噴火を思わせるそれに気を取られた一瞬の隙を、カミーユしか見えていないジェリドは見逃さなかった。

「いけない!」

フォウの声がゼータのコクピット内に響き渡った。
ゼータの全周モニタの前面が黒く大きな影に包まれた。
その瞬間、ジェリドの振るう出力を最大にあげたビームサーベルが、サイコガンダムの頭部から背面のバーニアを切り裂いていた。

「なにを!?」

カミーユとジェリドは同時に同じ叫びをあげた。その叫びと同様、反射的に、カミーユはビームライフルをバイアランに放っていた。

「うぉぉぉ?!」

ジェリドの叫び声とともに、被弾したバイアランは重力下の飛行に耐え得る出力を失い、山影へと墜落していった。
そして二つに裂けたサイコガンダムもまた、切り裂かれた断面から小さな爆発を繰り返しつつ、地上へと落下していった。

「フォウ!フォウ!」

カミーユのゼータは、その上半身の落下を追った。サイコガンダムのコクピットが頭部にあることを、カミーユは知っていた。
しかし、ゼータがアームを伸ばすのも虚しく、コクピットを抱えたままのサイコガンダムは激しく地表へと落下した。衝撃での爆発はなかったものの、破片と土煙、そして炎が辺りに舞い上がる。
その一部始終を後頭部で感じていたアムロは、次のカミーユの行動をすぐに予測した。

「やめろ、カミーユ、ゼータを降りるな!」

しかし、その叫びはカミーユに感じられるものであっても、なんの効力を発揮するものではなかった。

「戦闘中だ!まだ敵はいるんだ!」

カミーユはゼータを着地させると、コックピットを開き、その土煙の中に飛び込んだ。

(もう少しなんだよ、フォウ...)

(君のことが、わかる、んだ...)

カミーユは、真っ直ぐに引き寄せられるように、引きちぎれたサイコガンダムの頭部にたどり着いた。それはビームサーベルの損傷と落下の衝撃で、既にその形をとどめていなかったが、そこにフォウがいることを、カミーユは認識していた。歪んだハッチを見つけ、手を掛けようとした瞬間、カミーユはその必要がないことを知った。ジェリドのビームサーベルは、コクピットを囲む、球体脱出ポッドの一部をも切り裂いていた。亀裂から、シートに縛りつけられたように力なく垂れ下がる、青いノーマルスーツが見えたのだ。

「フォウ!」

カミーユはショートするケーブル類を避けながらその亀裂に体を滑り込ませた。いつ爆発するかもしれぬこの場から、はやく彼女を連れ出さなくてはならない。そして内部に入り込んだとき、彼はその惨状を目の当たりにした。
ビームサーベルのビームの粒子は、フォウの左半身をノーマルスーツごと無数の小さな針のように貫いていた。ずたずたに裂けた左手の先から、絞り出すように鮮血が滴り落ちている。

「いやだ!」

(だめだ!)

カミーユはシートベルトのロックを外し、彼女の体を抱きとめた。
ほんの数時間前、冷たくひんやりとしていたフォウの体は、逆に熱く、急速に何かを放出しているようにも感じられた。

(カ...ミーユ...)

ずっしりと重たくなった彼女は、それでもまだ死んではいなかった。しかし、その“思惟”は、既に人としてあまりにも弱々しい波動でしかなかった。

(もっと一緒にいれれば)

(もっと一緒になれば)

(俺は君のことを)

(もういいよ...)

(少しづつだけど君の記憶を)

(いいよ、カミーユ...)

(取り戻せて)

(...できたのだから)

(あげれたかも)

(思い出はできたから...カミーユという、新しい記憶が!)

カミーユの白いノーマルスーツを、フォウの血が真っ赤に染め上げていく。
もう、何も感じさせてくれなくなったフォウのヘルメットを、カミーユはそっと外した。白い、陶器のように白い彼女の頬に、無数の赤い斑点が浮かんでいる。

「うわあぁぁぁぁ〜っ!!!!!!」

 

パイロットを失い、たたずむゼータを守るように、ディジェは防戦していた。
アムロにはわかっていた。
しかし、だからといって自分には何ができたというのだろう。
自分と、ララァとの取り返しのつかない過ちを、また繰り返させてしまうこととなってしまった歯がゆさが、カミーユの慟哭とともにアムロの体を揺さぶっていた。
人類は、同じ悲しみを繰り返すだけなのか。

ジャミトフを載せたと思われるシャトルが、まばゆい光をあげて空に消えていった。
戦闘は、終わろうとしている。

 


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