メビウスの刻を越えて。


星が瞬いている。

暑くも寒くもない。

上も下もない。

そんな中に漂うのは初めてではない。

けれど、何かが違う。

自分の身体。ふわり、と軽く、実感がない。

手も足もなく、心だけが浮遊している。

 

死んだ?

 

俺は死んだのか?死んでもおかしくないよな、とアムロは自嘲する。

大気圏に落下するアクシズの摩擦熱に、幾らνガンダムといえど、耐えられる訳がない。

ああ、そういえばアクシズは...止められる訳はない。

地球に落下したアクシズは、どれだけの人を殺したのか?

地球を、死の星に変えたのか?

けれど....俺は...

それよりも、俺はシャアを...殺してしまった。

 

殺してしまった!

 

ララァ、怒っているかい?

君の愛した人だ。

だから、俺を迎えに来てはくれないのだな。

今、俺は独りぼっちだ...。

 

魂の在る世界は、宇宙-そら-と同じように見える。

 

 

星が瞬いている。

暑くも寒くもない。

上も下もない。

そんな中に漂うのは初めてではない。

けれど、何かが違う。

自分の身体。ふわり、と軽く、実感がない。

手も足もなく、心だけが浮遊している。

 

死んだ?

 

私は死んだのか?まあ、無理もないことだ、とシャアは自嘲する。

脱出ポッドでは、アクシズが落下する衝撃に耐えられるはずもない。

アクシズは無事地球へ落下したのか?

私はどれだけの人間を殺害したのだ?

地球は永い眠りにつくことが出来たのか?

けれど...私の目的は...

何だったのだろう?

 

アムロ=レイはどうなったのだ?

 

ララァ、怒っただろう?

私は君の愛した人をまた殺そうとした。

だから、私を迎えに来てはくれんのだな。

今、私は独りぼっちだ...。

 

魂の在る世界は、宇宙-そら-と同じように見えるものだな。

 

何をしたかった、私は。

人類の未来のために、人の革新を助長するために、腐り切った地球連邦政府を目覚めさせるために...。

それだけか?

 

私はそこまで偉大な人間たり得たのか?

違う。

私は革命家ではないよ。父とは違う。

私は政治家ではない。私は何だ?

私はパイロットだ。

私の未熟さがララァを死に到らしめた。

私の薄っぺらな人格が、ララァを別の男に走らせた。

ララァを心で寝取った男が憎かった。

 

だから....!

 

 

男たち...何故争うの?なぜ奪い合うの?

私がそれを望んでいないと知っておきながら。

 

 

判らないかい?ララァ。

男ってそんなもんさ。

そういう本能を持って生まれてくるのさ。

だから俺はララァを自分のものにしたかったんだ。

 

では憎んでいたの?シャアを。

 

憎んでいたかもしれない。でも忘れていた。

 

俺は...

...僕はララァを母親だと思わなかった。僕を産んでくれたものは嫌いだから。

かあさんは生きている。僕は捨てられた。いや、僕が捨てた。

だから僕はララァを母さんだなんて思わない。

君はかけがえのない、僕の恋人。人を好きになるのに、誰かの代わりなんて思えない。

 

シャア=アズナブル...あなたは私を母の代わりと言ったわ。

 

そうだ。私の中に母親はいない。

私を優しく包んでくれるもの、それが母だ。

だから私はララァに母を求めた。

それは迷惑なことなのか?

教えてくれ、ララァ!

 

女は母になることを望むとは限らない。でも私は母親になりたかった。

シャア=アズナブル、あなたの母親になってあげたかった。

 

 

ララァ、僕はララァのことをもっと知るべきだったんだ。

もっと語り合うべきだったんだ。

 

生きていることはいろいろなズレを認知していかなくてはいけないの。

けれど、アムロ、あなたがもっと知るべきだったのは私のことではないでしょう?

 

そうだね、今、やっと判った気がする。

だけど、時間がそれを許してはくれなかった。

 

いいえ、そんなことはないでしょう?

あなたたちはその力を持っていたのに。

判りあえる力と、その刻を共有していたのに、

どうして?

 

それは....。

 

それは...。

 

私なのね。私という障壁が、貴方達を分かち合ってしまった。

 

君のせいじゃないよ!

 

ララァのせいではない!

 

 

星が流れ始める。二人を取り巻く宇宙は緩やかに溶け合い、一つになる。

 

アムロ...!

シャア...!

 

その姿は、お互いが始めて認めた時の容姿を持っていた。

赤い彗星のシャアと、連邦の見習い制服に身を包んだ少年のアムロ。

ぬかるみにはまった車輪を親切に牽引してくれたジオンの将校。

それを言葉なく見つめる少年兵。

 

けれどそこにララァはいない。

 

優しい人だった。

初々しい少年だった。

 

シャアはアムロと向き合うと、そのマスクを外した。

アムロは、汚れた軍服の袖で、自分の顔をぬぐった。

 

「ありがとうございます」

「君の名前は?」

「アムロ=レイと言います。連邦軍のRX-78-2ガンダムのパイロットをしています」

「そうか。私は何度も君には苦汁を嘗めさせられたよ。私はシャア=アズナブルだ」

「判っています。そう、僕はあなたを知っています。赤い彗星のシャア、ですね」

そういって二人は握手をした。

 

戦争は人を狂わせる。

 

他愛もないことを隠し、お互い何の憎しみもないのに殺し合う。

 

何故、僕はララァとしか判りあえなかったんだろう。

 

握り合った掌から流れ出るシャアの意思。

僕は薄っぺらな人間だから、シャアに伝えることはない。でもシャアはなんて複雑な思いをもっていたの!

 

アムロくん。民衆が愚かである、という思い込みは恥ずかしい事かもしれん。

だが、自分が愚かであるという現実くらいは認知しているつもりだ。

 

違いますよ...!そんなこと。

自分が愚かである、なんて思うから、他人が愚かに見えるんですよ。

僕は自分が愚かだと思わない。だから人々も愚かじゃないんです。

先を求めすぎるから、急ぎすぎるから、些細な間違いを起こしてる。

それだけですよ!

僕はそれが人だと思ってるんです....。

 

そうだな、私もその一人だということだ。

僕もそうなんです...。間違いはやり直せばいい。

 

政治で人類の未来が左右されることはない。

不満が高まれば人々は革命を起こす。

そうやって、少しづつ、人類は先に進んできた。

きっとこれからも。

 

急がず、ゆっくりと。

 

そう、時間はたっぷりある。

 

アムロ...。

 

シャア...。

 

二人は両手を握り合った。その融合は眩しい光となり、星の一つとなる。

それは流れ星のように尾を引きながら宇宙-そら-を駆ける。

 

どこへいこうか?

どこにでも...いろんな所に。

そう、それがいい。

 

私も一緒。

 

流星を追う、もう一つの輝き。

それが重なったとき。

光が弾け、いく筋もの輝きを産む。

輝きは地球へ、スペースコロニーへ、小惑星帯へ、人々の住まう、ありとあらゆる場所へ降りそそぐ。

 

輝きは母となり。

その夫となり。

子を育む。

 

それは遠い未来のことだ。

 

end


 【戻る】