機動戦士MZガンダム0093 理由  


理由

 

ジュドーの住むホテルはカミーユの家から1区画しか離れていなかった。カミーユはその前にエレカを止めて、漠然と時間を過ごしていた。ジュドーを待っているのだが、別にアポイントを取ったわけではない。
1時間ほど経ったころ、ホテルの自動ドアの向こうから、リィナに引かれるようにして、ジュドー=アーシタがその姿を現した。

「カ...あ、シュリーさん?」

リィナは先に彼の姿を見つけて、遠慮がちに言った。

「ルーさんのところかい?」

「ええ、洗濯物を届けに...」

「お兄ちゃん、少し貸してくれる?」

カミーユの言葉に少しとまどった様子がリィナに見えた。その用件を薄々感じているのかもしれなかった。

「うん、お兄ちゃん少し出不精だから、どこか連れて行ってあげて」

「ありがとう。病院まで送っていくよ」

カミーユは2人を乗せると、エレカを走らせた。

病院までの間、ジュドーは一言も喋らなかった。リィナを下ろした後、ジュドーがその口を重そうに開いた。

「ガンダム、でしょう?」

「解るのか」

「俺も、きっと同じこと考えてます」

ジュドーは正面を見たまま、そう言った。嘘の付けない男である。リィナのリアクションから、カミーユはそうではないかと気がついていた。

「正義の味方ぶるつもりはないんだが...」

カミーユは続けた。

「ファに泣かれては仕方ない」

ジュドーが嘲笑するように笑った。

「へへっ、ファさんの為、ですか?」

「いけないか?」

「そんなの、嘘でしょう。あなたは自分のために戦いたがってる」

「どういう意味だ?」

ジュドーは腕を組み直して背もたれに身を沈めた。

「そろそろ、カミーユ=ビダンに戻りたいんじゃないんですか?」

「そういう言い方、やめてほしいな。俺はクワトロ大尉...シャアじゃない」

カミーユは少し怒ったように、荒いハンドルさばきをした。

「じゃあ、ジュドーは、なぜそういう気になった」

「俺?俺は単純。ルーのカタをつけてやるため」

今度はカミーユが笑った。

「同じじゃないか」

「...じゃあ、こう言うのはどうです?ロンド=ベルが頼りないから」

「あ、それはいい」

カミーユはエレカを止めた。そこはこのコロニーで一番高い丘の上だった。そこからは、「河」と呼ばれる採光窓が反射ミラーの光をきらめかせているのがよく見えた。その向こう、隣のブロックは雲に遮られて白く霞んでいる。
ふいに、崖下から吹き上げる風が2人の髪を撫でた。

「地球には住んだことあるかい?」

カミーユが、風になびく髪を押さえながら尋ねた。

「いや。アーガマで降りただけだな...ふぁあああっ」

ジュドーは大きなあくびをしながら伸びをした。

「この景色だって、地球のコピーなんだよな」

「そうだな。スペースノイドも地球を思い出しながら生きてるってことだ」

「木星には山も河もない。宇宙船の中に住んでいるようなもんだ。ホームシックにかかった連中が、月に一度は窓から飛び出したり、壁に穴を開けたりする。コロニーではそんなこと、ないもんな。それがこの景色のおかげ、ってわけだ」

ジュドーは芝生の上に腰を下ろすと、そのまま大の字になった。

「俺はね、この足の下数10m向こうはなんにもない世界でしか暮らしたことない。けど、それを悲しいとか、寂しいとか思ったことは一度だってないけどな」

「俺は一年戦争が終わるまで、地球に住んでいた。親の仕事の都合でコロニーに引っ越してきたんだけど、ガキだったせいか、別に何か変わったって印象はなかった」

「ホントは、その程度のことなんだよ。たとえばコロニーでも山の手、ってあたりはお金持ちが住んで、家賃も高いだろ。それがステータスみたいになって、いばる連中がでてくる。でも、それって今に始まったことじゃないだろ」

「政治が悪い、福祉がなっちゃいない、なんていつの時代にだって言われてることだしな」

ジュドーの脇に座っていたカミーユも、彼のマネをして芝生に寝ころんだ。青い草の匂いがすぐそこにある。

「シャアってどんなやつ?」

「俺の憶えてるクワトロ=バジーナという男は...勇敢で理想主義で..カリスマ性があって格好良くて...女好き...」

カミーユは、サングラスの奥に光る、クワトロの目を思いだそうとしていた。しかし、それは現在マスコミで流される、ネオ・ジオン総裁、シャア=アズナブルのものに置き代わってしまう。あれは別の人だ、という意識があるにもかかわらず。

「思えば、いつも体制側の外にいて、戦ってる人なんだな」

「敵になってもいいの?」

「あの人は急ぎすぎている。極論に走ってしまったというのかな」

カミーユは、指に触れた芝をちぎると、それを顔の前で散らした。彼はそれが自分の顔に散らばるものだと思っていた。しかし、風に煽られた芝の破片は、彼の肌に触れることなく、空へと舞い上がった。

「...ニュータイプ、なんていったって、所詮何も出来はしないんだ」

舞い上がる芝の破片が黒い点になり、消えた。

「普通の生活の中で、もっと役に立ちゃいいんだけどね」

「...出来ることといったら、戦争するだけ...。戦ってない自分は他の人たちと何も変わりはしない」

「悲しいこと、言いますね」

「....でも、そうだろ。ファが機嫌が悪いとき、なんでそうなのか解ったらいいと思う。けど、そんなのわかりっこない。教授に提出するレポートを、気に入られるように書きたいけど、そんなのを知るのは不可能だ」

ジュドーが乾いた笑い声を上げた。

「アレを感じるときは、もっと鋭い意識の流れが自分から飛び込んでくるって感覚だろう?戦場は、そんなのの固まりみたいなものだからな」

「俺たちも、まだまだ、ってことでしょ」

「そう。もっともっと、先へ行けるはずなんだ。こんな中途半端な力が、人の革新であるわけがない」

「そのためには、時間が必要...だよね」

「まだ、宇宙へ上がってから3、4世代。そんなもので、進化するほど生物は都合よくできちゃいないさ。今、人類が全て宇宙へ上がったとしても、きっと何も変わらない。急いだところで、俺たちのような中途半端な人間が増えるだけだ。だから...」

「シャアを止めたい、そういうわけだ」

2人は、お互いの顔を見合い、そして微笑んだ。

「ジュドーはガンダムで戦場に出て、何が出来ると思う?」

「少なくとも、ネオ・ジオンの戦艦の何隻かは落とせると思うんだけどな」

「また、人殺しか」

「正当防衛と言ってよね。MSで戦場に出たら、俺たちだって死ぬかもしれない」

「それで、いいのか?」

「カミーユさんこそ、ファさんを悲しませるよ」

「俺は...クワトロ大尉に...シャア=アズナブルに会いに行くんだ。会えなかったら、帰ればいい。誰に強制された戦いでもないんだし」

「カミーユ=ビダンらしからぬことを言いますね」

「また、そういうことを言う。君の知るカミーユ=ビダンって男は、いったいどういうヤツなんだ」

「トーレスさんやアストナージさんの言うことによりますとね、手が早くって、目の前に出された女は取りあえず食う...」

「おおい...」

「...じゃなくて、敵、と認識したものには容赦しない。戦場の空気を自分の身の置き所として生きているヤツ、だそうです」

「...そう、だったかもしれない。俺はいつも独りだったから」

「独り?」

「悲しいことがあっても、嬉しいことがあっても、聞いて貰える相手も無く、だた独りでわめいてるだけ。まわりはみんな大人で、そんな自分を『扱い辛い子供』として遠くから見てるだけでね。俺はまだ子供でいたかったのに、まわりはそんな甘えは許してくれない。Zに乗って戦場に出れば、俺は一人前だろ?戦っていれば、いろいろ考えなくて済む」

「....。」

自分とは全く逆なのだな、とジュドーは思った。大人達から離れ、子供だけで戦った自分達。あのときは感じなかったけれど、仲間たちの暖かさがあったから、あんな戦いをやってこれたのだと思う。

「おかしくもなるよね、そんな状況じゃ。俺、記憶無いんだ。嫌なこと、みんな忘れてしまった。親父とお袋が死んだこと、解ってるけど、どうやって死んだか知らないんだ。他にもいっぱい死んだはずなのに、何一つ憶えちゃいない」

「...いいんですか、そんなんで、また戦場に出て」

「...君のいうとおり、昔の自分を知りたがってるのかもしれない」

「イヤなこと、なんでしょう?」

「でも、自分がやってきたこと、だろ。いつまでもファに気を使わせてもいられないさ」

「俺...」

ジュドーは言葉を詰まらせた。

「俺、いますから。独りじゃないですから、今度は」

「ありがとう」

ジュドーの真面目な顔を見て、カミーユは心から礼を言った。ジュドーはそんなカミーユの言葉に、失礼かもしれない、と思いながら、守ってあげよう、という気持ちを感じずにはいられなかった。

「そろそろ戻るか」

風向きが変わった。ミラーの角度が変わり、対流が変化しているのだろう。それは時間の経過を示していた。2人は立ち上がると身体についた芝を払いながら、大きく伸びをした。

 

『ガンダム』--それはジュドーとカミーユにとって、ただのMSではない。自分達の力を、信じる方向に向かって伸ばしてくれるものであった。今、2人は多少のズレはあっても、同じ目的に向かってその気持ちを動かしはじめた。
そのガンダムは今、シレノワ=ケイの手によって生まれ変わろうとしている。

 

続く


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