機動戦士MZガンダム0093 光の中  


光の中

 

カミーユ達はMZを速度の稼げるGフォートレスに変形させて、見知らぬ少女の示した場所へ急いでいた。地球とルナ2を挟む空域から、それはそう遠くない所にあった。
ちょうど、地球の反対側にあたる地点である。そこでは既に割れたアクシズが地球降下をはじめていた。

「どうなっちゃったんだ、これ!」

「地球に、落下しはじめている?」

2人は、そのことに今まで気づかなかったことを後悔した。
ネオ・ジオンの、シャア=アズナブルの作戦、それは単に核を地球に撃ち込む、というものではなかった。5thルナの数倍もの質量を持つ小惑星アクシズを地球に落下させる、というものであった。アクシズが地球に衝突すれば、その衝撃は地球全土を被い、地軸にも影響を与えるかもしれなかった。それは人の手で氷河期を呼ぶ、恐ろしい所業であった。

「こんなことをさせないために戦うはずだったのにっ!」

カミーユはコンソールに自分の拳を叩きつけた。しかしそれがなにかを生み出すというものではなかった。戦況を把握できないでいた、自分達の立場を悔やみ、サイコミュを搭載していながら、それをもっと強く感じさせてくれなかった自分の能力を恨んだ。

「クワトロ大尉!あなたはなんでっ!」

カミーユはその怒りを、涙に変えていた。

 

Gフォートレスは次第にアクシズに近づいていった。その前方に、被弾して、ボロボロになったロンド=ベルの旗艦が見えた。

「あれ、ラー・カイラムじゃないか」

ジュドーは懐かしい人の気配を察知した。そこに、ブライト=ノアがいるはずである。ジュドーはMZガンダムに変形させると、ラー・カイラムの正面へと機体を回した。

「なに?ガンダムだと?」

ブライトはモニタに映し出されたガンダムの機体に声を上げた。敵味方信号を一切、発していないそれは、今、戦闘を行ってきた、というふうに煤けていた。

「ブライトさん、憶えてる?俺、ジュドー、ジュドー=アーシタ」

通常回線のスピーカーに飛び込んできた声を聞いて、ブライトは一瞬耳を疑った。

「カミーユ...カミーユ=ビダンも一緒です」

少し、気を落ち着かせたカミーユも自分のかつての名を言った。ラー・カイラムのブリッジにどよめきが起こった。

「おまえたち、なんで、どうして...」

「いろいろあって...。今は詳しい説明は抜きにして、アクシズのこと、教えてください。こちらは民間機なので、情報がないんです」

今のブライト達ラー・カイラムのクルーは、手の内をすべて使い果たし、状況を見守るだけしかできない状態であった。その格納庫にはMSの一体も無く、砲弾も尽きていた。レウルーラ撃沈の連絡がないため、わずかな主砲のエネルギーを残し、策敵を行っていたのである。

「アクシズのかけらが、地球に落下する...」

「もう...ダメなんですかっ?!」

「すまん...我々にはもう打つ術がない...作戦が、裏目に出た!」

ブライトが、自分を責めるように言った。

「しかし、アクシズには、アムロがまだ残っている。頼む、彼を助け出してくれないか!」

それはブライト=ノアの個人的な頼みに近かった。アクシズをどうこうしようなどという望みはMS一機に託す話ではなかった。

「了解、できるかぎりのこと、やってみますよ!」

ジュドーの威勢の良い返事を残して、MZガンダムがモニタから消えた。
それは幻ではなかったかと、ブライトは思った。目の前のアクシズから、正体不明の光が発せられているのである。何が起こっても不思議ではなかった。

 

2人は、MZをその光の中に突入させた。既に大気との摩擦で、高温になっているアクシズのまわりに、自分達と同じように突入するいくつものMSの姿があった。

「なにをやろうっていうの?!」

2人には、シートに仕込まれたサイコミュ・チップを通じて、MSパイロットたちの意識が漠然と読み取れた。ネオ・ジオンの開発したサイコ・フレームに較べてずっと貧弱なシロモノではあったが、カミーユとジュドーというパイロットにとっては、十分すぎる性能である。

(こいつを、MSで押そうっていうの?そりゃ無茶だ!)

アムロの意識に同調する者たち...それはアムロの意思を継ぐ、ニュータイプの素因をもつ者たちかもしれなかった。

「アムロさんは?シャアはどこだ?」

ジュドーはまだ会ったことのない2人の男をセンサーで懸命に探していた。カミーユは記憶の奥底に残る『クワトロ=バジーナ』と『アムロ=レイ』の感触を察知しようとその神経を集中させていた。褐色の肌を持つ少女--ララァの言うことが確かなら、2人の男はここにいるはずであった。しかし、光源の不明な謎の光と、渦巻く混沌とした人の思惟は、ジュドーとカミーユの感覚を麻痺させていた。

「ブライトさんよぉ、この仕事のお代は高くつくぜぇ!」

ジュドーはMZの出力を上げた。落下するアクシズに衝突しないようにその底面を飛び回るのは至難のワザであった。

「あ...」

カミーユは、機体の異常に気がついた。背中に背負ったミノフスキー粒子発生装置が暴走している。

「どういうわけだ?!」

しかし、MZの出力が下がる気配は認められなかった。MZは大量のミノフスキー粒子を散布しながらアクシズ周辺を飛び回っていた。それは光の粉末をきらめかせながら飛行しているようでもあった。しかし、ミノフスキー粒子が通常時に発光するという説は今まで聞いたことがない。それが輝くときはビームとして加速した場合である。
あたりのMSが光にけられる様にはじき飛ばされはじめた。MZも原因の解らない力に押されはじめる。ジュドーはMZのパワーを最大限に上げ、その力に逆らうように落下するアクシズの中央に機体を向かわせた。
不意に、2人の頭に、男の叫びが届いた。

(しかし、この暖かさを持った人間が、地球さえ破壊するのだ!)

(解っているよ!だから!世界に人の心の光を見せなきゃならないんだろ!!)

「聞えたか?」

「ああ」

カミーユとジュドーは、叫びの発せられた方へ意識を集中させた。その方向...謎の暖かい光の中心であった。

「あそこだと?!」

MZの機体はすでにオーバーロードの様子を見せはじめていた。光の中心は、何者をも寄せ付けないパワーを発していた。

「ジュドーは、アムロさんを頼む!俺はクワトロ大尉を探す!」

カミーユはもう、シャア=アズナブルという名前で彼を呼ぶことはできなかった。
MZのサイコミュ・ハンドが機体から分離した。2人の意思に操られたそれは、光の中心を目指して飛んで行った。

(ララァ=スンは、私の母親になってくれるかもしれない女だった!)

(そんなララァを殺したお前が...!)

「そんなことで、俺や、ファや、みんなを苦しめたというのか!」

カミーユは、思わず叫んでいた。

(その声...カミーユ=ビダン?)

カミーユには、サザビーの脱出ポッドの中にいる男の姿が見えた。それは印象は多少固いものの、間違いなくクワトロ=バジーナと同じ人物であった。カミーユは悲しかった。どこかで、ネオ・ジオン総帥シャア=アズナブルと名乗る人物がクワトロと別人だと思いたかったのだ。

「クワトロ大尉!自分は少なくともあなたを尊敬していました!ファはあなたを救って欲しいと泣いたんですよっ!」

(ええい、私とアムロの間に入ってくるな!これは2人の問題だ!)

「うるさいっ!そんなことをいうあなたに、世直しなどという資格はないっ!人の命をオモチャにするあなたは、シロッコと同じだ!」

アムロは、加熱するコックピットの中で、割り込んできた思惟の流れを感じていた。けれど、それよりもシャアの言葉の意味を反芻していた。

(ララァ...母親.....)

自分が、ララァを殺してしまったことが、この全ての憎しみの元凶だったことを悔いた。自分の幼い恋心が、ララァ=スンにも届いてしまったことへ、である。あの頃自分は若すぎた。気持ちをセーブする術など持っていなかったのである。片思いならば、苦い思い出としてひっそりと自分の心の隅へとしまっておくことができたろうに。

(これが、取り返しのつかないことをしてしまった罰だというのかい...)

ララァと、シャアと、それと自分の出合いと別れ。それははるか昔から続く葛藤であった。もう何度そのイメージを自分の中で繰り返しただろう。それは甘く、切ない苦しみの反芻だった。

(僕は、疲れた...ララァ)

アムロの脳裏に、白鳥に様に軽やかに舞う、ララァの姿があった。それはゆったりとアムロの傍らに降り立ち、彼の身体を抱いた。

(ララァのところにいくのかい?)

その微笑みは優しかった。アムロは少年に戻っていた。

「すまないが、その人はあんただけのもんじゃないんだ」

野暮だな、と思いながら、ジュドーはそのイリュージョンに割って入った。ララァに引かれてしまえば、アムロの生きる意思は無くなってしまう。それではブライトとの約束が履行できない。

(じゃまは、するなよ)

「あんたは、まだ死ぬ人じゃない!」

「あなたは、まだ生きて、人々に謝罪しなければならない!」

ジュドーとカミーユは、同時に叫んだ。サイコミュ・ハンドに軽い手ごたえがあって、何かを掴んだように感じられた。しかし、そこまでであった。2人の意識はもうそれを追うことができなかった。

「アムロ=レイ、クワトロ大尉、そこにいないで!」

カミーユは、MZの最後のパワーを振り絞って、アクシズに向かいハイメガキャノンを撃った。MZの額からほとばしるエネルギーの流れが、その光の中心へ吸い込まれていく。
一瞬の静寂を2人は感じた。
どぅっ!と鈍い破裂音がして、激しい衝撃がMZの機体を揺すった。まぶしく輝く光はハイメガキャノンのエネルギーを得て更なる力を得たのであろうか、それまで精神力で持ちこたえていたかのようなMZの機体を、その輝きの外に跳ね飛ばした。

「ブライトさん、ゴメン!」

ジュドーは薄れゆく意識の中で、そう叫んだ。カミーユは、胃の中が吹き上がる感触をこらえながら機体を立て直す努力をした。重力に引かれてしまえば、MZも地球に落下、燃え尽きてしまう。MZにウェイブ・ライダーの機能があれば、と悔いた。
その時、カミーユは、信じられない光景を見た。
先ほどまで、自分達がいた光が、アクシズを持ち上げていた。その光の中に、見知った女たちの温もりがあった。母、ヒルダ。エマ=シーン。ロザミィ。サラ、レコア....そしてフォウ。

(さよなら、カミーユ)

女たちだけではなかった。いくつもの魂の光が、アクシズにあつまり、それを押し上げているのである。みんな、地球という星と、その片隣に生まれ育った、地球の子達であった。

(さようなら、みんな...)

それが別れであることをカミーユは知っていた。だから涙も流れた。
アクシズは細かな破片を飛び散らせながら、カミーユから、MZから、そして地球から離れていった。そのオーロラを思わせる不確かな輝きの中から2条の光の帯が飛び出していったように見えたのはカミーユの錯覚かもしれなかった。彼も疲れていた。そして意識が遠くなっていくのを感じていた。
ふ、とファ=ユイリーの肌の温もりを思い出す。それは今のカミーユにとって全てであった。

「ファ、僕を、呼んでくれ、そして...」

カミーユの意識はそこで途絶えた。

 

 

サイド1『カルチェラタン』にあるU.I.T.の敷地内に、学生だけが知る格納庫があるという。そこには、両腕のない『ガンダム』と呼ばれるMSが、今もひっそりと保管されているといわれている...。

そんな寝物語を、モニカ=アノーは幼い息子、シーブックに語って聞かせた。それは20年も先の話である。

 


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