少女小説における続編の法則

 あるいは金井美恵子『彼女(たち)について私の知っている二、三の事柄』について

 例えば、『海底二万哩』とか『宝島』とか一連のランサムものとかを読んでいない男子というのは容易に想像がつくが、読書嫌いであっても『赤毛のアン』や『秘密の花園』を読んでいない、プロットも知らない女子というのは理解が出来ない。「少女小説」にはそんなとこがある、というか、皆さん読んでますよねー?

 「少女小説」が女性の間における大切なコンセンサスであることは、『足長おじさん』を読んでいても分かります。ジョディは他の女子学生の話題についていけるよう『若草物語』をこっそり読むんですから。少女小説のヒロインが少女小説を読む。よく考えるとすごいシチュエーションです。

 では、「少女小説」とは何なのか? というと、話が大きくなるというか、日本においては吉屋信子先生なんかに言及しなくてはいけなくなるのですが、あれはここで話題にしているものとはちいーっと違ったタイプの「少女小説」なので、この際無視。

 ようするに、角川文庫から赤いチェックの表紙で出ている一連のシリーズとか、かつては日曜の七時半からフジで放映されるアニメの原作に当たるようなものについて、ここではいってるわけです。

  文才があって一風変わったモノの考え方をして、いわゆる美人ではないけれど精神の高揚が常に外面に発露するカタチで光り輝いていて、でももう少し大きくなったら「個性派美人」と呼ばれるような女子が、その個性ゆえに小さなコミュニティの中でどうしようもなく起こる摩擦と闘いながら青春期を過ごしていく有様を、贅沢ではないけれどそこはアイデア勝負といったお洋服だのお食事だのインテリアだのといった楽しい風俗を、微に渡り細に渡り描写した背景のもとに描いたストーリー。なんだか一気だけど乱暴に少女小説を定義するとこんな感じ。

 もちろん「将来はひょっとして配偶者?」な年上で実力者の男性理解者とか、肉親として彼女を愛してはいるのだけれど、どうしても主人公の内面世界が理解できないでつい辛く当たってしまう近親者とか、金髪碧眼お金持ちで派手好きのカタキ役とか、定番の登場人物も配置して。

 そして、少女小説というのはある意味ミステリーにも通ずるようなコマーシャルな側面も持っているので、当然読者である少女達のご期待にそえなければなりません。ようするに、「それからあの娘はどうなったの?」「彼女についてもっと知りたいわ!」という声−−−そう、続編です。

 「続編があるかないか」ということが、少女小説においては「一流か否か」という問題にすら発展するのです。to be continue →

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