エヴァの目晦まし
- げんがく【衒学】
- 学問・知識のあることを自慢し見せびらかすこと。「―的」
(岩波国語辞典 第五版, 1994年)
「新世紀エヴァンゲリオン」には、生物学や物理学やオカルトから
仮借した用語や概念が数多く登場します。が、これらは赤城山徳川
埋蔵金発掘のようなもので、それぞれある程度の深さまで掘り下げ
ることはできるのだが途中で行き止まりになって結局何も埋まって
いないというものばかりです。少しでも意味のある用語は心理学の
ものだけです。
いみじくも、映画の宣伝文句に「衒学趣味」とあります。
「衒学」はそもそも褒め言葉ではありません。学問・知識の「ある
こと」を自慢し見せびらかすことではあっても、その学問・知識そ
のものを見せるものではないし、従ってその学問・知識自体が正し
いかどうかに関しては何も言及していません。
何も知らない人にエヴァをとっつきにくく見せている一つの要素に
この衒学趣味があるわけですが、何だか難しそうだと誤解して物語
にとっつかないのは勿体無いし、逆に衒学趣味に囚われて深く掘り
下げようとしても話の本筋に関わってくるわけでもなく結局何だっ
たんだろうという目に遭います。デコレーションはあくまでデコレー
ションと割り切って楽しむべきです。
ここでは、そういった骨折り損の種の例をいろいろと示します。
単なる名前
単に名前としてしか使われて
いなくて物語の中でその名前自体には特に深い意味のないものです。
但し、深い意味はなくとも、ものにどんな名前を与えようが作った
人の勝手です。
- セントラルドグマ
- ご存じ、「DNA→RNA→たんぱく質」の間の情報伝達が一方向性
であって獲得形質は遺伝しないという法則です。
- プリブノーボックス
-
- シグマユニット
-
- ポリソーム
-
ちょっとなあ
一応言葉の元の意味に近い意味が与えられているらしいんだけど、
だいぶ難があるよなあ、という。
- アポトーシス
- 発生や成長の過程で外的な原因がないのに細胞が勝手に死んで
ゆく現象で、遺伝子中でプログラムされた死なのであろうといわ
れています。
エヴァの中では破損したエヴァを修理するのに「アポトーシス作
業」なるものが行われるらしいのですが、プログラム死だったら
誰かが作業してやる必要なんかなく勝手に起こるわけですよね。
もっとも、「この辺でアポトーシスが起こるはずだ」というころ
あいにちゃんとアポトーシスが予定通りの規模と場所で起こるか
どうかを監視する作業とかいったこじつけも可能ではありますけ
どね。
- ヘイフリックの限界
- 細胞は二分裂の繰り返しで増殖しますが、これが生物の細胞で
は培地をどう工夫しても約50回しかできなくて、どうやらこの限
界は遺伝子が決めているらしい、というもの。
で、エヴァの破損状況がこれを越えてる、と。
しかし、エヴァの自己修復は欠損を補うことはできませんし、部
品をくっつけるにしても生体組織の接着には細胞分裂は必須では
ありませんから、ヘイフリックの限界が修理に何か影響すること
はなさそうです。
変だぞ
設定に取り込んでは見たものの、科学的な考証がちゃんとできてな
いもの。
最終的にかっこよければいいやという辺りで妥協してしまったため、
考証してはいけません。謎本執筆者は下手にこの手のを掘り下げる
とどんどん墓穴を深くしてしまいます。
- N2地雷の爆発
- 第3使徒サキエルに対して使用されたときの爆発は力を入れて
描かれています。
で、爆風で車が吹き飛ばされて転がるんですが、吹き戻しが描か
れていません。
アメリカの核実験の記録映像を見るとわかりますが、ああいうす
ごい爆発で衝撃波とともに爆心から吹いてくる風ってのは一瞬で
終わりで、爆発によって空気が吹き飛ばされてしまったことと高
熱による強い上昇気流とのせいで生じた爆心の低気圧を埋めるた
めの吹き戻しの風がだらだらと続きながら建物を破壊したりする
わけです。
- パルス逆流
- 神経パルスは逆流するか? しないでしょう。
シナプスにおける信号伝播の仕組みは、前段の神経細胞の興奮に
より軸索の先にあるシナプス前部からドーパミンが放出され、そ
のドーパミンが次段の神経細胞の入力端子であるシナプス後部の
イオンチャンネルに結合すると、イオンチャンネルが開いてナト
リウムイオンやカリウムイオンが細胞内に入って神経細胞の興奮
を起こすことになっています。
ちょうど電界効果トランジスタみたいなもので、信号の伝播は一
方向性です。逆流といったら出力端子のあるところへパルスが入っ
て行くことになりますが、神経細胞の出力端子のある軸索(の先
にあるシナプス前部)は出力しかしません(イオンチャンネルがな
いので入力を受けられない)。
- 陽電子砲
- 第5使徒ラミエルの加粒子砲と干渉して軌道が変わったそうで
す。
でもね、あのシーンみたいに荷電粒子の軌道をぐいっと曲げると
制動放射とシンクロトロン放射で大量の放射線(X線〜ガンマ線あ
たりの光子)が出ます。放射線のうち光子でできたものは遮へい
が比較的困難ですから、荷電粒子線が干渉のため当たらなくても
光子はほとんど狙った物に当たってることになります。あわれシ
ンジ君。
あと、楯で防げたんだそうです。
SSTOの底をもってきて、その超電磁コーティングとかで荷電粒子
の軌道を変えるらしいんですが、やっぱり荷電粒子を止めりゃ制
動放射が出ますし、曲げりゃシンクロトロン放射が出ます。同じ
こと。
それから、陽電子と空気中の電子の反応によるライデンフロスト
現象のおかげで火線が目視できるんだそうです。
あれ? 電子-陽電子の対消滅の結果発生するのは2個のガンマ線光
子ですよ。見えるわけないじゃない。ついでに、運動量保存則を
考慮すると、そのガンマ線光子はほとんど射線方向へ向かって飛
んでいくはずですから、射線と垂直な方向へは光子が来ない、す
なわち、火線が見えないことになります。下手にライデンフロス
ト現象だなんて言わなければ空気分子の電離・再結合とか励起・
脱励起とかシャワー効果とかチェレンコフ放射(空気中では無理
か)とかいろいろ発光の仕組みを考えてくれる人が現れたかもし
れないのにね。
ところで、ライデンフロスト現象がどうのって言い出したのって
ガイナックスでしたっけ(さぁて、だーれのせいだ)?
それは違うでしょう
言葉それ自体は専門用語としてちゃんとした意味があるのだがずれ
た意味が与えられているもの。
ずらし方はピンからキリまであります。
- ディラックの海
- 物理学者のディラックが提唱した「海」と名のつく概念といえ
ば、1930年に提唱した、空間を満たす負エネルギー電子の海ぐらい
しか知りませんが、これのことだとすると、この中にものをしま
うことはできませんし、まして別の宇宙につなぐことなんかでき
ません。
SF方面ではポピュラーなネタなんでしょうか?
- 位相空間
- 初等力学で登場しますが、これは物体の運動を記述する方法に
つけられた名前で、縦軸に運動量、横軸に変位を取ります。「空
間」というのはそれこそただの名前(数論の「空間」の定義に合
致するからそう呼ばれているんです)であって、紙の上に便宜上
発生するだけで、これが現実の空間上に実体として出現すること
はできませんし、中和することもできません。
なにそれ
なんとなくそれっぽい意味が表せそうなだけで専門用語でもなんで
もない造語です。
造語ですから意味なんかなく、解説の方も投げやりになってしまい
ます。
- N2兵器
- N2はNon Nuclearの略だそうです。
核だと放射線が出るとか放射性物質が残るとかいろいろ面倒な問
題を抱えるから「『核じゃありません』兵器」というわけですが、
つまりそんな名前をつけられても何もわからないわけです(ちな
みに、「〜は何でないか」というのは論理学でフレーム問題と呼
ばれます)。ただ、この名前で「面倒だから考証するのやめたぞ」
と高らかに宣言していることだけはわかります。
- 加粒子砲、または荷粒子砲
- この用語を最初に見たのは「伝説巨神イデオン」だった気がします。
中国語で「がんばれ」を火に油を注ぐのになぞらえて「加油」と
いいますが、油の代わりに粒子を加えて「それ行け! やっつけろ!」
てなもんでしょうか。
- 可視波長のエネルギー波
- 「波動」という言葉はトンデモ系の人々に重宝される言葉で、
この言葉が現れたら「ああ、ここで考証やめちゃったな」と分かっ
てしまう怖い言葉です。とりあえず波にしておけ。安易すぎ。
- 固有波形パターン
- ご同様。
BACK TO:
Copyright (C) 1997 by MIURA Toshitaka
All rights reserved.
last update: $Date: 2005/08/27 11:04:47 $
- このページは公開されている。
- このページの掲示責任者は三浦敏孝(miura@computer.org)である。
- このページへのリンクは無許諾で張ってよい。
MIURA, Toshitaka
<miura@computer.org>