シサ イタ

 アイヌモシリ(今の北海道)は、短い夏を迎えようとしていた。
 ここからはるか遠く離れた九州は島原で起こった、天草四郎時貞の亡霊による大異変が治まってから、初めての夏。木々に生い茂る若葉は緑の濃さを増し、花は先を急ぐかのように咲き乱れ、鳥も獣も恋を歌う…命あふれる季節である。
 果てしなく広がる草原を見下ろす山の中に、獣道を踏み分けて進む1人の青年と1匹の犬の姿があった。青い服に身を包んだ金髪の青年は、ふと歩みを止め自分の歩いてきた道を振り返った。彼の青い瞳に、山裾から緩やかにうねり、紺碧の空まで広がる大地の緑と、更に緩やかに大地を割って進む川の鈍い紺、そして大地に咲き乱れる花々の白・黄・赤が鮮やかに写る。彼は目を細めて、傍らの犬に何度目かの同じ言葉をかけた。

 「綺麗なところだな、パピィ」

 パピィと呼ばれたその犬はそんな相方の言葉を理解しているらしく、軽く一つ吠えて応えた。
 その青年…ガルフォードはナコルルという少女を訪ねるべく、彼女の住むカムイコタンという村へと向かっていた。
 ガルフォードとナコルルは天草四郎との戦いの中で知り合い、共に戦った仲である。魔物との激しい戦いの合間に、よくナコルルは自分のふるさとであるアイヌモシリの美しさや厳しさについて話していた。楽しそうに語るナコルルの話を聞くうちに、いつしかガルフォードは、アイヌモシリを訪ねてこの目で実際に見たいと思っていた。
 苦しい闘いの末、天草は倒されたが、亡霊と化した天草がこの世に実体化するために乗っ取った体…服部真蔵の肉親である服部半蔵に責任を問う動きがあり、その件を解決するためガルフォードは奔走していたのである。ナコルルからは数ヶ月遅れての到着となってしまったが、ガルフォードはこの風景を前にして運が良かったと思っていた。

 「Hum…ここら辺のはずなんだけど…ん?」

 人と獣によってふみ固められた山道を歩くガルフォードの耳にかすかに人の話し声が聞こえてきた。女性の、しかも聞き覚えのある声だ。
 ガルフォードは声のする方へと山道を駆けていく。山の斜面に出来上がった道は曲がりくねって見通しが悪い。二つほど大きく道を曲がると目の前に突然2人の少女が現れた。一人はあまりにもよく見知った顔である。

 「ナコルル!!」

 果たしてその少女…ナコルルは信じられないと言った顔で突然の来訪者を迎えた。
 
 「ガルフォードさん!? どうしてここに?」
 「前にずいぶんここ事について話していただろ? 一度見ておきたくてね…もちろんナコルルの顔もね。」
 「まぁ。」

 ナコルルはクスクスと笑った。しかしすぐにハッとした顔を上げた。

 「半蔵さんはどうなりましたか?」
 「大丈夫。十兵衛殿の口添えもあって、責任は長老預かりって事になった。ま、平たく言えば棚上げってことになるかな。半蔵殿は前と変わらず伊賀忍群の頭領のまま。万事OKだよ。」
 「そうでしたか…よかった。」

 ナコルルはほっと胸をなで下ろした。

 「ところで…」

 ガルフォードは視線をナコルルの後ろに向けた。
 彼女の後ろから小さな少女がガルフォードを見つめている。ナコルルより幼く、髪の毛も短く切りそろえられているものの目元や顔立ちがナコルルにそっくりである。

 「その子はもしかして君の…」
 「ええ、妹です。リムルルって言うの。」
 「そうか、初めまして…ってリムルル?」

 リムルルはナコルルの背中から顔だけを出してこちら側に出てこようとしない。

 「どうしたんだい?」

 ガルフォードがナコルルの後ろに回るとリムルルはナコルルの前にはっしとしがみついてガルフォードの方をいぶかしげに覗いている。

 「リムルル?」

 ナコルルが妹に話しかけた。リムルルは小声でナコルルに何かささやく。ナコルルの顔が少し曇った。そしてリムルルと一言二言話をしていたがリムルルはガルフォードの前に出てこようとしない。ナコルルは申し訳なさそうに話し始めた。

 「あの…リムルルはアメリカ人を見るのが初めてなの。」
 「Oh…」
 「気を悪くされたらごめんなさい。」
 「気にすることはないよ。結構良くあることでね。もう慣れっこさ。」

 金髪碧眼のガルフォードは今までに幾つもの村を通ってきたがそこでの反応は様々であった。歓待を受けたことも有るが大体は驚きと恐れのまなざしで見られることが多く、いきなり棒や弓矢を持った男達に囲まれた事もあった。
 例え囲まれたとしても、忍者であるガルフォードにとってパピィ共々逃げおおせるだけならことはそれほど難しいことではなかった。もちろん、ガルフォード自身気さくな明るい性格であったため、相手が喜んで迎えてくれれば言葉は通じなくてもすぐ打ち解ける事が出来た。
 
 <そういえば遠巻きに眺められたことも有ったっけ>

 ガルフォードはリムルルの姿を見て昔の事を思い出していた。
 今まで見たことのない人間に会えば警戒することがあってもおかしくない…ガルフォードは今までの経験からリムルルが怖がる訳も理解出来ていた。
 ガルフォードはリムルルの目の高さまでしゃがみ、目を合わせた。姉の影からいぶかしそうに見つめるリムルル。ガルフォードはここまでの道のりで覚えてきた片言のアイヌ語でリムルルに話しかけた。

 「エアニ アナ シサ イタ エイェ エアシカイ ヤ?(日本語を話せますか?)」

 リムルルはきょとんとした顔で姉の顔を見上げた。ナコルルは優しく微笑んでリムルルに何か耳打ちをしている。かすかに届く言葉の端に「こんにちは」と聞いて取れたがガルフォードは聞こえない振りをしていた。
 リムルルの顔がぱっと明るくなった。ナコルルに何か話しかけている。
 今度はナコルルがきょとんとする番であった。ナコルルは不思議そうな顔をしてガルフォードに話しかけた。

 「ガルフォードさん、リムルルが何か和人の言葉を知っているんですって。」
 「Oh! だったら…シサ イタ エン イタ ヤン(日本語を話してください)。」

 リムルルは上を向いて何か思い出そうとしている。

 「ダ…」
 「ダ?」

 辺り一帯にリムルルの声が響いた。

 「ダイシゼンノオシオキデス!!」

(了)






一言
 とある人様のノートに描いた4コマ漫画を拡張したお話です。「こんだけ引っ張っておいてオチがこれかい」というつっこみが聞こえてきそうです(^_^;。リムルルがどうやって言葉を覚えたのかは大自然の謎ということで。
 引っ張りついでに推敲の途中で削ったほのぼのバージョン。上の話の続きになります。
 あと、ガルフォードが話しているアイヌ語ですが、あっちこっちから調べた単語をつなぎ合わせているだけなので多分間違っていると思います。どなたか、詳しい方がいらっしゃいましたら教えて下さい。

 とりあえず、
 ・RPGでは天草の戦いにリムルルが参戦しているじゃないか
 ・リムルルは数ヶ月で日本語をマスターしたんか
と言ったつっこみは無視。(ぉぃ


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Last Modified: '00/08/14