あるカメラマンの独り言
復刻版 No.002
燃えるパイロット
(Japanese Text Only)

 


  よく「人が変わる」という。これは車を運転する際等によく見受けられる。普段はおとなしいのにハンドルを握った瞬間「お一ら何トロトロ走ってんだよ!」と性格が一変してしまうアレである。

 以前、素敵な紳土に出会った。髪はロマンスグレー、穏やかな語り口、どう見ても一流企業の重役という方。が、この方、実はパイロットで、しかもヘリコブターに乗ると「おー!燃えるぜ!」と途端に性格が変わってしまう、人呼んで「燃えるパイロット」なのである。彼を仮にA機長と呼ぶ事にする。

 所は地方の某ヘリポート。ここで遊覧飛行が行われた、とは言っても客もポツンポツンの淋しい催しだ。当然暇である。休憩時間も長い。午前中実に慎重な操縦を見せたA機長も昼食の時間となった。その仮事務所にはビデオが据え付けられており、そこでは常連客がブルーインパルスのアクロバットのビデオを持ち込んで午後からの順番を待っていた。この常連客はどうやら地元のラジコンクラブの人達らしく盛んにその演技を批評し合っていた。昼食を終え、そこヘヒョッコリ顔を出したのがA機長。いつの間にやらそのグループとお話しを始めた。ヘリポートにおいて客とパイロットが談笑する。実に理想的な環境である。

 その中でA機長は「新しい機体に乗った時、わざと機体を酷使してその性能と限界をテストする。こうしてその機の特性と限界を体で知っておげば緊急事態でも冷静に機を操れる」と穏やかに語っていた。なる程、こういう方の不断の努力が遊覧飛行での安全を支えているのだなと感心した次第である。

 その後、このお客さん達は「一緒に観ましょう」と先程のブルーインパルスのテープをビデオデッキに掛けた。その時からA機長の態度に変化が起こり始めた。画面は見事なロールを見せるブルーインパルスTー2のシーン、

「おっロールか。あれは操縦桿を戻すタイミングが難しいんだ!」先程の穏やかな口調もどこへやら……。どうやら機長は元空自のファントム戦闘機乗りだったらしく、急に解説をし始めた。色々な興味深い話の後、ついには「自分は中型単発ヘリで生コンパケットをぶら下げたままアクロパットができる!」という話にまで発展した。すっかり意気投合したA機長にお客さんは「帰り、何かやってくれますよね?」と(派手な飛行を期待して)無邪気にもこんなお願いをしてしまった。A機長はニッコリ笑うとドンと胸を叩き「任せなさい!」。

その時、先程から横にいて黙って話を聞いていたメカニック(整備士)氏が何故か悲しそうな顔をしたが、理由は分からなかった。

 やがて遊覧が全て終了し他の客が全て帰った後、いそいそと機に乗り込んだA機長は先程のラジコングルーブがヘリポートの近くで見守る中、手を振るとゆっくり機体を上昇させた。その後の状況はここに書くのは少々はばかられるので詳細描写は割愛させて頂くが、少々派手にTAKE-OFFして行った。

 雲一つない青空。そこに吸い込まれるようにグングン小さくなるヘリの機影。そのちょっと前に、必死の形相でコパイ席の計器パネルにしがみついているメカニック氏の衰れな姿がチラッと見えたような気がした……。(S)



本文と写真は関係ありません

  HELI AND HELIPORT’90/6月号より加筆、修正

 

あるカメラマンの独り言を10倍楽しむために

当エッセイの連載にまつわる裏話や暴露コーナーです。
併せてお読み下さい。


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