7057
7000系(7057) こどもの国線 こどもの国
起動音 緑が丘
 東急車輌製造がアメリカバッド社と技術提携し、スポット溶接により組み立てられた7000系は、昭和37年1月にオールM4連でデビューした我が国初のステンレスカーであり、ステンレス溶接技術を習得した記念すべき車両で、基本の形はそのまま現在まで続けられている。
 日比谷線乗り入れようとして設計されたので、オールM編成であるが、地下での騒音をシャットアウトする目的で、床にはモーター点検用のトラップドアは設けられていない。
 台車はパイオニアV(PV−701)と称し、空気バネの特徴を活用した軸バリ式で、これは一自由度系台車の代表作といえる。車軸の先端にブレーキディスクを取り付けてあるので、ブレーキライニングの交換も面倒がなく、保守面のメリットは大きいが、バネ下重量が重くなるのが欠点である。  
 昭和39年8月からの日比谷線乗り入れに際し、ATCの取り付けを行ったがすべて東洋車(東洋電機製の制御装置と60kwのモーター付き)であった。一方、日立車は70kwのモーター付きでもっぱら地上線急行用として使い分けられていた。
 2両1ユニット車で、先頭車をデハ7000型、中間車をデハ7100型と称し、偶数番号車にパンタグラフと制御装置が、奇数番号車には補機が取り付けられている。
 合計134両が製作されたが、1987年(昭和62年)からインバーター化改造、冷房改造、車内更新等を行い7700系として一部の車両が生まれ変わった。また、他の車両は弘南鉄道福島交通北陸鉄道水間鉄道へ売却され、第2の人生を送っている。秩父鉄道では都営6000系が入線した関係で、廃車されてしまいました。
 最後まで7057-7052の2両が残り、ATC搭載工事を施し、こどもの国線で走っていたが、こどもの国線は通勤化され横浜高速鉄道となり、Y001系が入線したため第一線を退いています。
・日比谷線直通で走っていた頃の姿
 7022他8連(赤帯無し)
 7036他8連(赤帯あり)

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