ANOTHER STORY of "Z"「機動戦士ZガンダムSILVER」
「カプセルの中」より
「驚いたな...君が本当にあの騒ぎを起こし、ガンダムを奪ってきたのか?」
コックピットから降りてきたカミーユの姿を見たクワトロ=バジーナはサングラスの奥の瞳を光らせた。
「すいません...。私、カッとなって、自分でも何が何だか」
カミーユは、うつむいて小さな声で答えた。
「ははは、そいういことか。まあいい。我々にとっては有益なことだ、歓迎するよ、カミーユ=クロデア」
(本当かよ?)
(女、なんだろ?)
ドックにいた人々の声が、カミーユの耳に入る。空気もれを塞ぐため、ジャケットを裂いてしまったカミーユは、ピッタリとしたカットソー姿だから、誰の目にも女と見えた。
(いやだ...)
さらし者にされている、とカミーユは感じた。また、狂暴な女、というレッテルで見られる。男であったなら勇敢だ、と誉められようものだろうが。
案内されたラウンジではブレックス准将とヘンケン艦長が待っていた。
ヒュゥと、ヘンケンが口笛を鳴らす。
「ようこそ、エゥーゴへ。お嬢さん」
その言い方に、カミーユはむっとする。
「そういう言い方、やめてください」
「ああ、済まなかった。カミーユ...カミーユ=クロデアさん」
「君の...MSの操縦、たいしたものだ。まあ、掛けたまえ」
ブレックスは紳士的な身のこなしでカミーユにシートを勧めた。
「どこで、MSの操縦を?」
「Jr.MSレベルなら自信はあります。けど、あんな本格的なMSは初めてです」
「いい素質だな...まるでアムロ=レイの再来だ」
「NT...一年戦争の英雄の?よしてください、私そんなんじゃありません」
努力はしていた。だから、NTなどという能力のおかげだなんて思われたくなかった。
「君は、我々に協力する、と言ったが、ご家族はどうする?」
「両親は、関係ありません。私は自分の意志でここにきたんです」
しかし、カミーユにはまだ甘えがあった。自分を心配する両親の姿。困ればいい。いままで優等生ですごしてきてやったのだから...。
「殊勝なもんだ。ところで、グリーン・ノアは...」
卓上のインターホンの呼出し音が言葉を遮った。クワトロがその通話機を取る。
「うん..?出てきたか、ルナ2の艦隊?」
-----------------------------------------
「人質だって?」
「なんだ?どうして人質が成立するんだ?」
アーガマの通路にクルーたちの声が響く。カミーユはラウンジを抜け出すと、叫ぶクルーの一人見つけ、背後から尋ねた。
「誰が人質なの?」
「なんでもカミーユって娘の親が...、おい、お前!」
振り向いたクルーはそれが当のカミーユだと知って慌てた。しかしその姿はもう通路のずっと奥に飛び去っていた。
「どうして、こうなるの!」
カミーユは、ドックのMark2の前にいた。パイロット用のノーマルスーツを着込んでいるから、だれも不審には思わなかった。
「どうした?」
「Mark2を出します!」
「そんな命令...」
「じゃあ、ブリッジに言っといてください!」
そう言うと、カミーユはコクピットに飛びついた。エンジンは掛かったままだ。
「おい、きみ!」
「私が持ってきたMSよ!いざこざは私がなんとかする!」
カミーユはMark2を前進させると、カタパルトへのハッチを叩こうとした。アストナージが慌ててレバーを操作する。
Mark2は宇宙へ踊り出た。
(父さんなの?母さんなの?)
カミーユ自身、自分のやってしまったことの重大さを認識してはいなかった。けれど、それが恐ろしい事態を引き起こしてしまったのが現実である。
カミーユはブリッジへの通信回路を開いた。
「カミーユです!人質を救出しますっ!」
「なにっ!誰が彼女を出した!」
「戻れ!」
ブリッジから、叫ぶ声が聞える。
「じゃあ、どうするつもりなの!私の親でしょ!」
Mark2のセンサーが、宇宙空間に漂う小さな物体を捉えた。モニタを拡大する。カプセルのようだ。それは反射がひどくて中を確認することが出来ない。
カミーユはMark2機体をその物体を囲むように旋回させた。一瞬、ガラスの中に人影のようなものが...。
「そんな!」
(あれが...親...?あんなにちいさいの?)
カミーユはMark2を接近させた。
「よせ、カミーユ!」
モニタの拡大率が上る。ガラスで囲まれた小さなカプセル。その中にうずくまる男。父、フランクリン。
「父さん?ホントに、父さん?」
フランクリンは目を閉じていた。自分のおかれた状況を知りたくなかった。ノーマルスーツも与えられず、最小限の酸素だけを詰め込まれた頼りないカプセル。宇宙空間を知る者であればその些細な動作が死を招くことがわかる。だからガラスに触れぬよう、小さく丸くなって目を閉じた。これは夢だ。次に目を開いたとき、その悪夢から開放される...。
コツン、と何かがガラスに触れる音がした。おそるおそる、その目を開ける。目の前数10Mの所に、Mark2の機体があった。
(カミーユ...)
コクピットのハッチが開かれ、そこにノーマルスーツを着込んだ娘の姿があった。フランクリンには、それがカミーユであることが判っていた。
(お前が...お前がバカなマネをしなければ...このMark2が正式採用になれば、私は...)
「どうして、そんなところにいるの!もう、何やってるの、父さん...」
カミーユはコックピットを蹴った。身体が、カプセルに向かって漂う。
(お前が!お前さえいなければ!私はマルガリータと!)
「来るな、というの...?」
父は形相でカミーユをにらんでいた。その口は、つばを飛ばしながら何かを叫んでいる。既にフランクリンの頭には狂気が芽生えていた。
「そんな...そんな父さん、見たくないよ!」
カミーユはカプセルに撃ち込んだワイヤーを切り、ワイヤーガンのもう一発をMark2に撃った。巻き取りのスイッチを押したときである。ビームの閃光が、あたりを包んだ。それは遠距離だったせいか、それとも故意に弱められていたのか、カプセルだけを貫いた。フランクリンの身体ごと。
「え?!」
カプセルの割れる衝撃は感じなかったが、その背中に小さく何かがあたる感触を避けるように、カミーユはコクピットに転がり込んだ。何が起こったのかの判断はついていない。
「割れて...カプセル...父さん?」
目の前には拡散していくカプセルと父だったものの破片。まだ開け放されたコックピットに漂ってくるそれを、カミーユは無意識に拾い集める。
「父さん?これも、父さんなの?」
(なんで、こんなに小さいの?)
「父さん...」
カミーユはその手を広げた。手のひらは真っ赤だった。
「ううう...うわぁぁぁ〜!!!」
カミーユは、血だらけの手をコンソールに叩きつけた。その度、Mark2の腕に握られたビームライフルが短い間隔で発射されていたが、カミーユは気付かない。
そしてその背後にはエマ=シーンのMark2、1号機が接近していた。
メモ:●男カミーユのマザコンに対してこっちのカミーユはファザコン。だから死の衝撃も父の方が大きい。TVではカプセルの描写がイマイチだったので、けっこうグロ目の描写。