ANOTHER STORY of "Z"「機動戦士ZガンダムSILVER」  


「エマの脱走」より

 

カミーユのMark2のセンサーが、接近するハイザックを捉えていた。カプセルを狙撃した機体だった。カミーユは、アラームの音に目覚めた。

「あんただ。あんたが父さんを殺したね!」

カミーユはバーニアを吹かせた。油断していたジェリドはその機体を回避させることが出来なかった。

「なんだ?こいつ...」

ジェリドはMSで自分に体当たりしてくるMark2に慌てた。ジェリドが教えられた通常のMS戦闘の手法とは勝手が違っていたからだ。
まるで駄々をこねる子供のように、ハイザックの機体をぽかぽかと殴るMark2。

「あんな人でも、私の父さんなんだよ!私だけの!」

殴られるだけならそうダメージはないとはいえ、ジェリドはその激しい「意志」のようなものを受け止め、それを嫌悪した。

「なんだってんだよ!」

ハイザックはMark2を突き放すと、マシンガンを構えた。それが父のカプセルを撃った武器であることを、カミーユは本能的に知る。彼女は初めて「殺意」を抱いた。ハイザックのパイロットに。

「お前なんか、死んでしまえ!」

カミーユは、マシンガンをかわしながら、武器であるビームサーベルを抜いた。ピンク色に輝くビーム光が眩しい。バーニアを巧みに使ってその背後に回り込むと、そのランドセルに向かって切り込んだ。

「やめなさい!」

エマ中尉の叫びが、一号機のアームと共にカミーユの動きを制した。ビームサーベルは、ノズルの一つを切り裂いただけで、その輝きを納めた。

「カミーユ?カミーユ=クロデア!聞こえて?」

抑え込むアームの反動が0になったことを感じて、エマはカミーユ機に呼びかけた。返事はない。モニタリングボリュームをあげると、微かにカミーユの吐息だけが聞えた。

(カミーユ=クロデア...あなたは..)

クワトロ=バジーナのリックディアスの接近と、停戦信号はその後の出来事だ。

 

アレキサンドリアのドックに収容されたカミーユの乗るガンダムMark2は、そのコックピットを閉ざしたままだった。

「どうなの?」

「解除コードを強制実行しています。あ...」

ショックバーの擦れる音が微かに響いて、コックピットはその内部を露にした。
中に黄色のノーマルスーツが膝を抱えた形で浮かんでいる。

「カミーユ....?」

エマはその身体に手を差し伸べた。しかしそれは拒絶される。

「あのカプセルに本当に人が...いたの?」

カミーユは黙ってその両腕をエマに差し出した。血の色は既に乾き、どす黒い。

「う..?」

コックピットの中も、所々同じ色で汚れていた。エマは現実を認める。

「父さんだった...これでも」

カミーユはようやく顔を上げた。その瞳にドックの床に立つ母、ヒルダ=クロデアの姿を認めた。

「...!」

エマの傍らを擦り抜けて、カミーユはその母の元へ降り立った。ヘルメットを外すと、ヒルダはああ、と自分の娘を確認して息を洩らした。

「父さん、死んだよ...って知ってるか」

「そうなの?本当にそうだというの?」

「嬉しいでしょ?母さんはこれで誰にも気兼ね無く研究に没頭できる...」

パシィ!と、ヒルダの平手がカミーユの頬を打った。

「判ってない、カミーユには判ってないわ!」

「判るもんですか!何も話さない親子に、なにを判れって言うの!」

カミーユはその両手を母の前に突き出すと、その頬を包んだ。

「連邦軍は父さんより母さんを選んだんだね。誇らしいでしょ?父さんこんなに小さくなって、私の手の中でグシュって...」

「や、やめなさい...」

ヒルダはその手を払いのけると、その場にしゃがみこんだ。

「自分が...自分が軽率なマネをして、お父さまを死なせたって....あなた、そんなことも判らないで....」

ヒルダは泣いていた。その母を見下ろすようにしてカミーユは、

「そんなこと!関係ないじゃない、父さんにも母さんにも!私は母さんたちが何やってても何も言わなかったじゃない...なにも....」

そう言って泣いた。

 

カミーユはエマと数人の兵士に房のあるブロックへと連行されていた。既に泣きやんでいたがその無表情な顔をエマは気にしていた。と、通路の前にジェリド=メサがいた。

「俺も知らなかったんだ、アレに人がいたなんて」

「...!」

カミーユは顔を上げ、そのジェリドを睨み付けた。瞳に17才の少女と思えぬ凄味があった。

「...なんだよ、また、俺を殴るか、お嬢ちゃん」

「あんたが、撃ったの、父さんを、あんたが!」

憤るカミーユの腕を、エマが抑えた。

「ジェリド中尉、やめなさい!」

「そういう命令だった...」

「命令なら!命令なら、何でもやる!はっ!それがあんたたちの仕事なのね、かわいそうな仕事!」

「なに...!」

「だったらこの気持ちは、あんたに向けないよ。かわいそうなあんた等を恨んでもしょうがないから!」

「この...!」

「...私は、非人道的なこの、あんたたちのいる組織を恨むよ。そしてあんた達を哀れむよ」

ジェリドは、本当はカミーユに殴られたかった。しかし、カッとなってしまったのは自分だということに気付き、その拳を握った。

「エマさんが止めなかったら、あんたはもう死んでいた。個人的な恨みはもうそれでいい...。」

エマ=シーンは何も言わず、カミーユの腕を引くと、立ちすくむジェリドの側を離れた。

 

エマはヒルダの軟禁されている部屋の前に立っていた。自分の決心は固まっていた。カミーユは連れ出すつもりだった。しかしヒルダはどうするか。彼女はバスクが人の命を軽く見ていることを知った。技術者の代わりはいくらでもいると考える男であると。意を固めて、エマはヒルダの部屋のドアを叩く。

「ヒルダ大尉、起きていらっしゃいますか?」

「はい?」

ヒルダはエマを室内に招いた。

「私はカミーユを連れて、この艦を出てエゥーゴへ行きます。あなたはどうなさいますか?」

「あの子は、もうここにいたらダメなんでしょうか...?」

ヒルダは母親らしい問をエマに投げかける。

「おそらく...。バスク大佐は女子供とて容赦はしない人間です。私にはカミーユを救け、あなたを救ける方法がこれしか見つかりませんでした」

「そう...そうかしら」

ヒルダは、フランクリンとともに自分が召喚されたということが何を意味しているのか判っていた。けれど、自分の価値が、Mark2と対等なのだということが理解できない。

「私はMark2をもっと強力なMSに仕上げることが出来ます。それでも、大佐は私を殺すでしょうか?」

「あなたはまだお判りになっていない。私がこの艦を出る、という理由が。Mark2の強化など、エゥーゴでなさればいい」

「そ、そうね...今はそれしかないというのなら...」

ヒルダは小さくうなずいた。

 

エマはカミーユの独房の前に立つ見張りの兵を銃の台座で殴ると、その鍵を開いた。

「エマ...さん?」

「カミーユ、ここから脱出するわ。ヒルダ大尉も一緒に...」

「母さんも?いいですよ、あの人は...」

「あなた、お母さままで死なせたいの?また、自分の目の前で砕け散るところを見たいの?」

「エマさん!」

「わかったらつべこべ言わず、私に連行されるフリをしなさい!」

カミーユはエマの言うことに従うほかなかった。

 

「MSの操縦は出来ますか?」

ティターンズのノーマルスーツを着せられて少しとまどうヒルダにエマが尋ねた。

「少しなら...」

「自信がないようでしたら、私が牽引します。ただ、発進だけは形だけでもご自身で行っていただきたいのですが?」

「ええ、努力いたします」

(びびってるんじゃないの、母さん)

いつもより謙虚な母の態度に、カミーユはヒルダの心境を思う。

「では、背筋を張って、パイロットらしく...こちらへ」

3機のMark2のコックピットまでたどり着くことはできた。しかし、その場に居合わせたジェリドにパイロットがカクリコンでないことを気付かれてしまう。女性の体型では、ごまかしようがなかった。

「お前たち、誰だ!おい、コックピットを開けろ!」

発覚に歯噛みしたエマはMark2のビームライフルを掲げて、メカマンを脅した。

「ゲートを開け!開けなければ破壊する!」

ノーマルスーツを着込んでいないメカマン達がコントロールルームに避難するのを確認すると、エマは手動でハッチを開いた。ヒルダの乗るMark2を押すようにして放出すると、カミーユを促した。

「急いで!」

カミーユは発進ざまに、近くにあったハイザックを数機、蹴り倒した。これで追撃は遅れるはずだ、と思う。
エマはカミーユの機転に驚きながら、アーガマの位置を確認していた。距離はあったが離れてはない。アレキサンドリアから一定の位置を保ちながら、様子を見ている、という判断だった。

「土産物があるのだから...迎えに来て頂戴よ!」

危険だが、発信信号を少し強めに設定し直す。
ヒルダの操縦は、確かに動かせる、レベルのものでしかなかったから、速度を稼ぐことが出来ない。エマは声をかける。

「ヒルダ大尉、大丈夫ですか?」

返事が返ってこないのを、通信装置の操作ミスだ、とエマは解釈した。
背後から、ビームライフルの輝きが襲う。ボスニアのガルバルディβが数機、追撃してきたのだ。

「はやい...ライラ隊か?」

エマは焦った。

「カミーユ、あなた、ヒルダ大尉を守れるわね?」

「けど、エマさん!」

「いいから、チャンスはムダにしない!」

「は、はい...」

エマ機が防戦の構えを見せる。カミーユはヒルダの乗る2号機に接触した。

「母さん、もっとスロットルを上げて!もたもたしてると追いつかれるでしょ!」

「....」

「母さん。聞えないの!」

「カミーユ...」

初めて、母の声がコクピットのスピーカーから流れた。

「私は...やっぱり..」

「何?」

「私は、アレキサンドリアに戻らなくては!」

「何を言い出すの、ここまできて!」

「こんなところ、私のいるべきところではないわ...、私は...」

ヒルダの声は震えている。ビームライフルがその脇をかすめる。

「怖いの...?」

「こんな...所、耐えられるほうがおかしいのよ、足元も定まらないような...」

ヒルダは、全天周モニタの作り出す、シートを包む空間に怯えていた。接近しているカミーユのMark2の巨大さも恐怖である。

「そんなものを、母さん達は作っていたんでしょ!そんなことより...」

「私は連邦軍の技術者です!私はまだあそこで必要な人間なのです!」

ヒルダ機が反転した。

「母さん...あなたって人は!」

カミーユはマニュピレーターを緩めた。モニタの捉える後方の空間では、エマの駆る1号機が無勢ながら好戦していた。その中に、ヒルダの2号機が割り込もうとしていた。

「私は連邦軍グリプス1MS開発局所属、ヒルダ=クロデア大尉です!私はこのガンダムをもっと強く出来ます!所詮試作なのです!改良箇所はわかりました、私は...!」

ヒルダは通信の回線をオールレンジに切り替えてはいなかった。だから、その声は、虚しくカミーユやエマの機体にしか響いてこなかった。
ガルバルディβのパイロットは、ヒルダ機を防戦に戻ってきたのだとしか思わなかった。だから、ビームライフルをそのコックピットに撃ち放った。それはエンジン部分にも引火して、宇宙をまばゆい輝きで飾った。

「ヒルダ大尉?」

「母さん!?」

カミーユは、母の悲鳴を身体で捉えた。切ない衝撃が全身を貫く。

「そんなの、ヒドイよ!」

カミーユはビームライフルを乱射した。

「裏切ったり、裏切り返したり、そういうことって、親が子にみせることじゃないでしょう!」

その絶叫が、ビームライフルの軌跡をトレースしているようで、エマには痛々しい。

「どうして、私を産んだんなら、母親らしく振舞ってくれないの!軍人とか、そういう前に、私の母さんでしょ!」

残弾を気にせず、放たれるビームライフルは、それでも敵の威嚇には十分だった。ガルバルディβは、致命傷ではないが、数機が被弾していた。

「カミーユ、敵は怯んでいる、今なら振りきることが出来るわ!」

「エマさん...」

慰めることが得策ではない、とエマは思う。カミーユの意識が父の死のときと違い、復讐の念を持たないことを察知したエマは、カミーユに言うのである。

「生き残らなければ、先はないってことよ、カミーユ。あなたにはその資格がある!」

「私に?」

「そうよ、先に向かって進んで行く力。でなければもうあなたは何度も死んでいるわ!」

そう言いながら、エマはエゥーゴの戦力が、こちらに接近していることモニターで確認していた。見方同士の交戦が、彼らにその意味をやっと理解させたのだと思いたい。

「後方は私が守るわ、あなたはエゥーゴの人達に、救助を求めなさい!」

エゥーゴのリックディアスとネモ隊がその空域に接近すると、数の上で不利になったガルバルディ隊は、破壊されたMark2の2号機の残骸を回収しつつ後退していった。

カミーユにはもう戻る場所は残されていなかった。

 


メモ:

●ヒルダの死は原作より早いが、本物のフランクリンほどヘンな人じゃないので1話引っ張るほどのエピソードがない。
●カミーユとエマの信頼は、異性ならカミーユの憧れ、から始めることが出来るが同性では難しい。それでエマをもっと強くカッコいい女性として描き、武人としての能力からの尊敬心を出そうという企み。エマは原作よりNT能力も高くする。(同族意識)


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