「地球圏へ」より
MSデッキに併設された小さな設計室に、カミーユは居た。
「違うなぁ...。でも、ここまでやっておけば、出来ないことはないかな?」
独り言は、両親の気を引くための癖になっていた。本人はそれに気付いては居ない。
「あれ、こんな所にいた?」
振り向くと、アストナージが立っている。彼はモニターに映されたMSの設計図のようなものを見ながら、尋ねた。
「勉強家だね?Mark2かい?」
「いえ、やってるうちに別の機体になっちゃいました。遊びですよ」
カミーユはモニターを隠すように彼の前に立ち上がった。けれどそれを無視して、アストナージは画面に見入っている。
「リックディアスの装甲、気に入ったの?」
「装甲もいいけどフレームが面白いです。すごく機能的と言うか...」
「なんだいこれ、飛行機なの?」
「あ、その辺はオマケなんです。ホモアビスみたいでしょ?」
「いいねぇ、こういうの夢があって。...っと、そうだブレックス准将が探していたぜ?」
「ブリッジですか?」
「さぁ?ちょっと前だからな?」
「私、行ってきます。それ、適当なところにSAVEしといてください」
「はいよ」
カミーユの後ろ姿を見送った後、アストナージは再び図面に目をやった。
「ふーん、“ゼータ・ガンダム”ねぇ...」
「パイロット、ですか!?」
カミーユはブレックスの言葉に耳を疑った。
「そうだ。Mark2、君の指示にしたがって手を入れている最中だ。つまりそれは君の為のマシン、ということだ」
「ちょっと待ってください!私、戦争をするなんて...」
「君はエゥーゴに協力したい、といって来たのではなかったかね?」
「....」
カミーユは言葉を詰まらせた。Mark2を奪ってやってきたとき、確かにそう言った。しかしそれはその場しのぎに言ったことだ。グリーンノアの連邦軍の基地をめちゃくちゃにしておいて、今さら普通の生活に戻れるとは思っていなかったのだ。
「ここに居させて欲しい、というのは少なからず戦いに参加している、ということなのだよ。この艦の乗員は皆、そういう覚悟でいるのだ」
「そう...なんですけど」
うつむきながら、カミーユは小さな声で言った。
「考えさせて下さい...」
ブリーフィングルームを後にすると、カミーユの足はレコア=ロンドの部屋へと向かっていた。戦ってきた女性の先輩としての意見を聞きたかったからだ。
住居ブロックの通路は細い。その通路を曲がったところで、赤いユニフォームの背中が目に入った。
「ジャブローへは君が降りるというのだな?」
「いけないかしら?それとも反対してくださるの?」
部屋の前に立つクワトロの脇に、レコアの腕が動くのをカミーユは見た。
(あ...!)
いけない、とカミーユはきびすを返す。その時、身体がこつん、と壁に触れた。
「カミーユ?」
レコアは通路の奥に消える足が、カミーユのものだと判った。
「クワトロ大尉、またあとで」
そう言ってレコアはカミーユの後を追った。クワトロとの関係を変な風に捉えられることを懸念したから。
レコアの所を去ったカミーユはエマ=シーンの部屋の前に立っていた。彼女とはアーガマに逃れてきて以来会っていなかった。
「誰?」
エマが身ぎれいな姿をドアの奥から現す。
「カミーユ=クロデア...?」
エマはその訪問が意外な事のように、彼女の名を口にした。
「何のご用?」
「いえ..あの...」
口ごもるカミーユ。少し間があいた後、エマは自分から口を開いた。
「ごめんなさい」
「え?」
いきなりの言葉に、カミーユは少し驚く。
「お母さまを死なせてしまったのは悪かったと思っているわ」
エマの瞳が寂しそうに宙を舞う。それが強い人だ、というカミーユの期待を裏切るようで、いやだった。
「...それは..あれは母さんの自業自得です!欲とか地位とか、そんなことにこだわった、罰ですよ!」
「自分の親のこと、そんな風に言うもんじゃないわ」
「幸せな家庭に育ったエマさんには判らないことですよ!」
「幸せな家庭...?あなた、私のこと、どれだけ知っていて?」
「あ...」
カミーユは言葉が出ない。
「自分が世の中で一番不幸だ、なんて思っているんじゃないでしょう?」
「...もう、いいです!」
カミーユはそう言いながらエマの前から走り去った。その後に、いつのまにかレコアが立っている。
「今度はあなたですか?何のご用?」
「...あなたに用があったわけではないけど...少し話もしておきたいわ」
そういうと、レコアはエマの部屋に入っていった。
カミーユはエマの監視モニターを見ていたブレックス達の会話から、30バンチ事件の真相、レコアの地球降下の作戦内容を知った。二つの事実はカミーユにとってショックな事柄であった。
(レコアさん、いなくなっちゃうんだ...)
小さな大気圏突入用のカプセル『ホウセンカ』は、大気圏の衝撃を文献でしか知らないカミーユにとって貧弱に見えた。しかし作戦は進行している。
クワトロ=バジーナ率いるリックディアス隊は、レコアのカプセルの降下にさまたげとなる衛星基地の破壊のため出撃していった。カムフラージュのため、太陽電池パネルの破壊も行うという。
カミーユは戦闘配備を告げられたものの、自分への指示がないのをいいことにホウセンカの待機するデッキへと向かっていた。
「レコアさん、危険ですよ。なんでこんなことを...」
「誰がやっても危険であることにかわりはないんじゃなくて?」
「そうですけど!女なのになんで...」
「女も男もないでしょう?性別にこだわっていては世の中は変わらなくてよ、カミーユ」
「レコアさん...」
「あなたとは、もっとゆっくり話をする時間が欲しかったわ。だから、また会いましょう」
「そ、そうですね。帰ってきたら、いろんなこと、教えてください」
「元気で、カミーユ」
そう言ってレコアはホウセンカのキャノピーを閉じた。すっとあげられた手にカミーユも手を振って応えながらデッキから下がった。エアが抜かれるのだ。
ホウセンカの放出ポイントに接近しつつあるアーガマのセンサーにMSの機影が映った。
「十分引き離したのではなかったか?!」
「こっちの都合なんて考えてはくれませんよ!」
ブリッジに、男たちの声が響く。
「モンブランのGM隊に援護させろ!こっちは動けん!」
GMの残りは少なかった。モンブランがそれをフォローするような形で敵機とアーガマの間に入った。
ホウセンカの発射予定時間まで、まだ時間が開いていた。地球の自転はまだジャブローへの降下ポイントには到っていないのだ。
「敵の火線が怖くないのか!?」
ジェリド=メサはライラの操るガルバルディβの動きに舌を巻いた。
向かってくるGM隊のビームライフルの輝きをすり抜けるようにしてモンブランに向かうガルバルディβに、ジェリドは追いつくことが出来ない。
「MSの装甲を通して敵の殺気を感じる...それが経験だとでもいうのかよ!」
ジェリドは叫びながらGMに対してマシンガンを放つ。無駄弾が多いことは判っていたが、実戦慣れをしていないジェリドは敵を見るとトリガーを引いてしまう。
「ちっくしょう!」
自分に腹を立てながら、ジェリドはGM隊に突っ込んで行く。GMの機動性はそう高いものではない。ジェリドの放つマシンガンはその内の一機を撃墜した。
「ライラは?」
センサーに映るライラ機の信号はすでにモンブランの射程範囲に入っている。ジェリドはその後を追った。
アーガマのブリッジで、トレースの声が響く。
「モンブランの被弾が激しいようです!」
「クワトロ隊を呼び戻せ!」
「レーザー通信軸が合いません!」
そのやり取りはMSデッキに戻ったカミーユの元にも聞こえた。
「中止しないの?!」
入射角度が悪ければ、ホウセンカはジャブローに降りれないどころか、下手をすると大気圏との摩擦で燃え尽きてしまう。
「そんなに大事な作戦なの?レコアさんの命、掛かってるのに!」
カミーユはMark2に取りついた。
「アストナージさん、私が出ますよ!中止しないって言うんなら!」
「おい、Mark2はまだ調整したばっかりで、腕取り付けてないぞ!」
「片手でも、ライフルが使えるでしょ!」
コックピットに入り込んだカミーユに、モニターの中のブレックスが言う。
「行ってくれるか?カミーユ」
「ええ、レコアさんを守んなきゃいけないんでしょ!」
カミーユはMark2をカタパルトへと移動させた。
「地球に落ちるなよ!」
「はいっ!」
アストナージの声に応えながら、カミーユはMark2を出撃させた。
モンブランに攻撃を行っていたジェリドのハイザックは、アーガマから発進したMark2の機影を捉えていた。
「一機だけだと?あの赤いリックディアスか?」
ジェリドはターゲットをアーガマの方へと変更した。
「なに?Mark2!」
ジェリドの中に怒りが込み上げる。ボスニアのパイロットたちに笑われたのは、度重なる失敗のせいだ。しかし彼らはMark2のパイロットが若い少女であることを知らない。これはジェリド自身が感じる屈辱なのだ。
そのジェリドの背後にGMが迫った。それを感じることが出来たジェリドはマシンガンを撃とうとした。が、弾がない。
「ちぃ!」
ジェリドはマシンガンを投げつけると、スラスターの出力を上げ、ハイザックをGMにぶつけた。
「何?!」
GMのパイロットの驚きは一瞬であった。素早く腰のビームサーベルを抜いたジェリドは、GMを切り裂いていた。
「俺だって、こういうことも出来る!」
機体を反転させたジェリドのハイザックの脇を、ビームライフルがかすめた。距離はあるが、Mark2からのものだ。
「射撃が正確だ?あいつじゃないのか」
ジェリドはハイザックをMark2へと向き直らせた。ライフルの動きを見れば、発射のタイミングも感じとることができる。
「来たか!」
ジェリドの回避運動は、ハイザックをビームの輝きから遠ざけた。
「カミーユだな!そうだろ!」
装甲を通して、ジェリドはその気配を感じとっていたが、彼の頭はライラの言葉と事実を結びつけることは、ない。
「レコアさんを、死なせたりしない!」
カミーユは、アーガマに接近するハイザックに向かってビームライフルを発射し続けた。回避し続けるハイザックとの距離が詰まる。
「こっちに来るんじゃないよ!」
「お前はぁ!」
ジェリドはハイザックの出力を上げた。マシンガンを失ったジェリドは接近戦しか選択の余地がないのだ。
「なんでっ!」
Mark2の機体にハイザックがぶつかってきた。大きな衝撃がコックピットを揺する。マニュピレーターから、ビームライフルが弾け飛んだ。ジェリドはハイザックに唯一残された武器、ビームサーベルでMark2に切りかかる。
「ジェリド=メサ?この攻め方は!」
カミーユは、その独特の気迫を察知した。荒々しく強力な、殺気。しかし、
「隙が多いんだよ、あんたは!」
カミーユは腕の振りを見ながら、そのビームサーベルをかわす。そして、1つしかない腕で、ハイザックの頭部を殴る。バーニァの補助パワーも加わって、ハイザックは大きく吹っ飛んだ。
「まだだぁ!」
ジェリドは衝撃をこらえながら、ハイザックの機体を立て直した。
その時、カミーユの前方で、大きな輝きが光った。
「モンブランが...」
ライラ隊の集中砲火を浴びたモンブランがその船体から大きな爆発の閃光を放ったのだ。その輝きを捉えたモニターの輝度が、オートで下がる。コックピットのカミーユの視線は、崩れ行くモンブランの姿に引き寄せられた。
「Mark2、落ちろ!」
カミーユの集中力の低下を、ジェリドは見逃さなかった。
「あッ!」
猛スピードのハイザックのショルダーが、Mark2に襲いかかる。カミーユはその腕に輝くビームサーベルを認めて、バーニァを吹かせながらMark2の脚部を上げた。その蹴りが、互いの交差するパワーを得て、ハイザックの腕をビームサーベルごともぎ取った。ショルダーチャージの衝撃をうけながらも、カミーユは機体を回転させる。
「まだ、来るの?」
カミーユは態勢を整えながら、2機のMSを見つめた。と、背後のアーガマから、高速で発射されたものがある。
「ホウセンカ!レコアさん、無事で....」
カミーユは警戒を緩めることなく、視線の端でホウセンカの軌跡を見送った。長く尾を引くようにして高速で地球に向かうそれは、大気圏に触れたのか、ぽぉっと赤く輝く。
衛星軌道からアーガマへと戻りつつあったクワトロ達リックディアス隊も、その光を捉えていた。
「レコア少尉は、行ったか。...が...」
モンブラン撃沈の通信を受け取っていたクワトロは、レコアの無事よりその代償の大きさを悔いた。
もぎ取られた腕の付け根の細かなショートを認めながら、ジェリドは機体を流していた。そこにライラのガルバルディβがあった。
ハイザックにもう武器は残されていなかった。
「ジェリド中尉、敵戦艦を撃破した。帰還するぞ」
ライラの声を、ジェリドは聞いていなかった。ライラは抱き抱える様に受け止めたハイザックから伝わる接触回線からジェリドのうめきを聞いた。
「ジェリド?」
「ううっ...カミーユ...お前はいつか、この俺が...」
(あのMark2、カミーユとか言う娘が乗っているのか?...ニュータイプ...まさか?)
ライラ=ミラ=ライラは、ボスニアに機体を向けながら、その後方に映るアーガマを見やった。
クワトロ隊が破壊した太陽電池パネルは、北米の中央区域に電力を供給していた。シャイアンに近い自宅のプールサイドで夕暮れを眺めていた男は、自分の屋敷の明かりがふっと消えるのを見て眉をひそめた。
「うん?」
「停電でございますが、お茶はどちらでお飲みになりますか?」
男の屋敷の一切を取り仕切る執事が、平然と尋ねた。
「ああ、こっちでもらうよ」
そう言いながら、再び空を見上げた彼は、東の空に無数の流れ星のような輝きを発見した。
(何の光だろう...?)
その男---アムロ=レイは、上空で起こっている戦いのことなど知るよしもなかった。
メモ:
●クワトロのリックディアスは健在です。えーと、アーガマにはMark2は2機、(一機はヒルダの時大破)そのうち一つがパーツ取り用になっています。(前回早速壊してしまった腕のスペアパーツがないので)ということで、TV版の「もう一機はどこへ?」の疑問もスッキリするかな?(2機ともスペア?そこまで壊れていないぞ?)
●このカミーユは武闘派です。男カミーユはカラテ部にいたけど、あまり熱心じゃなかったからきっとMS戦でその力を発揮しなかったのかなぁ。私はその設定が勿体ないので活用させてもらってます。代表選手にも選ばれていた、ということで。一番強い女性MSパイロットにさせるのは大変です...。