「サイド1の脱出」より
アレキサンドリアのジャマイカンは、ボスニアに戻らず、報告書を提出にきたライラ=ミラ=ライラをサブ・ブリッジの自室に呼んだ。
「ジャマイカン少佐、入ります」
ライラがドアを開くと、デスクの前にプラチナブロンドの男が立っていた。ジャマイカンはイスに座ったまま、ディスプレィと男の顔を交互に見ている。
「奴等の作戦を成功させたばかりか、MSも失いおって。これで何機目だ?」
「しかし、自分は...」
ジャマイカンは、自分の正面に立つジェリド=メサが、少しうつむき加減なことが余計に腹が立つ。
「言い訳か?それでもお前は、ティターンズか!」
「お言葉ですが...」
脇に歩み寄ったライラが口を開いた。
「ジャマイカン小佐は、一年戦争の独立第13部隊の話は御存知でしょうか?」
「うむ...あのホワイトベースと、RX-78のことか?」
「自分は彼らとその活躍を自らの目で見たわけではないのですが、私はアーガマにそのイメージがダブるのです」
「バカを言うな。敵に対し、英雄のイメージを抱く者があるか!フン...Mark-2が、ガンダムの後継機だからそうも見えるのだろう」
「そう、そのMark-2のパイロットですが、戦い方が実戦慣れしていないくせに鋭い感性を持っています。独立第13部隊はNT部隊であったと言われます。自分は...」
「ライラ大尉、君のようなたたき上げの人間のいうことには思えんな。敗因をNTなどという作り事のせいにするとは...」
ジャマイカンは、あきれた、という表情で席を立つと、
「まぁ、モンブランの事は評価しよう。ボスニアに戻る前にミーティングを行う。それまで空いている部屋を使いたまえ」
そう言い残して奥に消えた。
(作り事だと...。どういうことだ?)
ライラは押し黙ってるジェリドには一別もくれず、報告書のディスクをジャマイカンの机に投げると、部屋を去った。
アーガマは、地球の引力を利用したスイングバイで加速を行い、ティターンズの追跡をかわしていた。距離が離れた上、角度を計算しても、ルート的にはサイド4の暗礁空域を通過するため、目的地の判別しにくい。戦闘で兵力を半減した彼らの目標は月のアンマンにあるドックであったが、これは最重要機密である。
MSデッキでは、次の戦闘に備えて、メカマン達が作業を怠らなかった。
「まったく、あいつはMSを、何だと思ってるんだ?!」
アストナージが帰還したMark-2の機体をチェックしながら、吐き捨てるように言った。その声を、シャワールームから戻ったばかりのカミーユが聞いていた。
「私のことですか?」
少し湿ったままの髪を気にしながら、クレーンを見上げるカミーユを見て、アストナージは少し慌てた。
「そ、そこにいたのか...だったら丁度いい。MSっていうのは、精密機械の集まりなんだよ、わかる?」
「そんなこと、知ってますよ」
自分だって、Jr.MSを作ったことがあるのだ、と、アストナージの子供に言うような口調にカミーユはむっとした。
「マニュピレータひとつ取っても、数百点のパーツがつかわれてるんだ。MSが人型してるのは、殴ったり蹴ったりするためのもんじゃない」
アストナージは、Mark-2の指の関節パーツを受け取ると、優しく掌で撫でるようなしぐさをした。その行為が、カミーユの神経を逆撫でする。
(粗雑だって...そう言いたいの!)
性別を意識させる事に対する過剰反応は、彼女の習性である。
「私だって、生きることに必死なんですよ!武器がなかったら、そうするしかないじゃないですか!それとも死んでこいっていうんですか!」
そう叫ぶと、カミーユは手にしていた作業つなぎを投げ捨てて、床を蹴った。バランスを失いながらも、彼女の身体は2Fの出口へと漂っていく。
「そういうことを言いたいんじゃない...おい、カミーユ!」
アストナージはあきれ顔で、カミーユの後ろ姿を見送っていた。
アレキサンドリアの住居ブロックには、バスクの移動に伴い空室が残っていた。その1室のドアを、ジェリドが叩く。
「ライラ大尉、いるんだろう!」
シャワーを浴びていたライラは、その声がジェリドであると判ると、水流を止めた。
「何の用だ?用などないはずだ!」
「話がある!」
軍に長くいれば、このような無粋も慣れっこになる。ライラは、素早くバスタオルを巻きつけると、壁際に身を寄せ、ドアロックを外した。
「何の話があるって?」
ジェリドは部屋に一歩踏み入ると、ライラの姿を探す。そして、彼女のバスタオル姿を見て、慌てて視線をそらせた。
「し、失礼した...」
「話があるんだろう?手短に頼む」
「あ、ああ。大尉はさっきジャマイカンの前で俺をかばってみせたな。俺はいつまでもこんなところで留まっていたくないんだ、だからジャマイカンとも俺自身で渡り合っていかなきゃいけないんだ!それなのに、大尉は...」
「誰がお前をかばったって?私は自分の感じたことを正直に言ったまでだ」
「しかし、NTだなんだって!」
そう言って、ジェリドはライラに向き直った。白い肌と、バスタオルに包まれた豊満な身体は、彼の目には入らない。
「相変わらずだ、中尉。こっちを向いて欲しくはないな」
「あ、」
慌てて後ろを向くジェリドを、ライラは子供のようだと一瞬思ったが、その逆か、と考え直した。
「中尉にはどうも先入観があるようだ。あのアーガマとは何度交戦した?Mark-2のパイロットに何度負けた?」
「俺は負けちゃいない!」
「ふん...まあいいさ。中尉は自分の動きの中で、敵を捕らえるということをどう思う?」
「MSの装甲越しに相手の殺気を感じる、って話か?それは俺にも判ってきた。大尉のように経験を積めば、もっと...」
「経験、か。だが、あのMark-2のパイロット...」
ライラがそこまで話したとき、パイロット召集のコールが鳴った。二人にとって、逆らうことの出来ない「命令」である。
「すまん、ジャマをした。また、話を聞かせてくれ!」
そう言うと、ジェリドはライラの部屋を後にした。
自室に戻ろうとしたカミーユを呼び止めるものがいる。ブレックスだった。
「カミーユくん、ちょっといいかね?」
いつものように、彼女をブリーフィングルームのソファに座らせたブレックスは、脇にクワトロとヘンケンを従えている。
「この間の話だが...」
前回はブレックス一人であった。しかし、今回はクワトロとヘンケンがいることで、カミーユはプレッシャーを感じていた。
「...パイロットに、って話ですか?」
「ああそうだ」
ブレックスは指を膝の上で組んだまま、やわらかく微笑んでいる。
その微笑みは優しさではないということを、カミーユは知っていた。彼女は面をすっと上げると、背筋を伸ばしてから言った。
「私には無理です。正式な訓練を受けたわけじゃないし、ちゃんとしたMSの戦い方っていうの、知らないんですから」
カミーユは、アストナージとのやりとりで機嫌が悪いのだ。レコアのカプセルを戦闘中に放出した事実も、作戦とはいえ、彼女には納得がいかなかった。
「訓練はこれからもできる。何より君の実戦での結果は、訓練では得られない実績を示している」
「それが、迷惑な人間もいるようですけどね」
「まあ、...この船はこれでも一応軍艦なんだ。君の立場というものを考えた場合、このまま民間人のままというのも、問題がある」
ブレックスは少し的を外したことを言ったが、意図は伝わる。
「...軍人に、なれ、とおっしゃるのですか?私に?」
「優秀な人材は、年齢も性別も関係ない。一年戦争でアムロ=レイは、まだ少年だった。民間人であった彼が曹長待遇で軍に正式に採用されたとき、まだ16才だったということだ。」
「ニュータイプ、アムロ=レイ、ですか。私はそんなんじゃないって言ってるでしょう?」
「自覚があって彼も戦っていたわけではない。しかし君の活躍は、彼に酷似している」
「私の両親は、軍属でした。その結果があれです。それを目の当たりに見た自分に、軍人になれ、なんてよく言えますね!」
カミーユはテーブルを叩いた。
「とにかく、パイロットも軍人も、私は向いてません。タダ飯食いは許さないって言うのなら、掃除でも洗濯でも、やりますから!」
そう叫んだカミーユは、席を立ち上がると挨拶もせずブリーフィングルームを出ていった。
「口ではああいってるが、MSに乗るのは好きなんだよな、あの娘」
カミーユの後ろ姿を見送りながら、ヘンケンは腕組みをしたまま言った。
「仕方のないことだ。彼女にはまだ見えていないものがあるのだろうから」
「ちょうど、カムフラージュのためサイド1方面に向かっているところです。あれを見せるというのはどうでしょう?」
それまで黙っていた、クワトロが口を開いた。
「そうだな、エマ=シーンも一緒に見てもらうことにするか」
ブレックスはサイド1にあるその場所の光景を思いだし、少し苦い顔をした。
アレキサンドリアの作戦室では、アーガマ追撃のミーティングが行われていた。
「現在我々の位置はここだ。アーガマは地球圏から離脱した後、魔の空域と呼ぶ暗礁空域に入った。ここを経由してとれる軌道は、3つある。サイド1、サイド2、そして月だ。戦力を失った奴等は必ず補給を受ける。彼らの目的地には必ずエゥーゴの基地があると判断できるが...」
「ジャマイカン少佐」
ジャマイカンの悠長な説明にしびれを切らすようにして、ライラが立ち上がった。
「我が隊は先行してアーガマの行方を追うことにします。距離が離れてる以上、目的地の予測が立てにくいのであれば、隊を分散させることもやむを得ないでしょう」
「作戦司令は私である。余計な口出しは慎んでいただきたい」
(この女、使えん...)
ジャマイカンはライラの大柄な身体をいまいましく思った。
「我々はボスニアに戻ります。アレキサンドリアでガルバルディの修理をして戴いたことに対する礼儀を果さなくてはなりません」
(勝手にやるが良い)
「判った。先走りすぎて、ミスをするなよ」
ジャマイカンの好意的でない言葉を聞き流しながら、ライラはパイロット達とともに部屋を去っていった。
MSデッキに向かうライラは自分を追いかけてくるジェリドに気付いて、すこしリフトバーの速度を緩めた。
「ライラ大尉、どうして...」
「ああいう男、私には合わないってことだ。私たちには私たちのやり方がある」
そういうライラを、ジェリドは頼もしい存在だと思う。経験の浅い自分には、まだジャマイカンに口答えする程の度量は備わっていないのかもしれない。ジェリドは自分の中に、ライラに対する興味が強くなっていくのを感じていた。
「今度会ったら、一緒に酒でも飲まないか?」
「ふふふ...」
ライラはヘルメットを被りながら微笑んだ。酒を飲む相手として、ジェリドは適任だろうか?
「ジェリド、いい男になるんだな。そうすればこんな私でももたれかかって酒が飲める..」
(私はそんな男を探していたのかもしれないな...)
「え?何?何だって、ライラ!」
クレーンの音が、ジェリドとライラの言葉をの間に割って入った。それを慌てて聞き直すジェリドの表情を見ていると、ライラは少し楽しくなる。
彼女は何も喋らず、右手を上げる形でジェリドに答えると、ハッチを閉じた。
「あんたには、いい男になる素質が、意気込みがあるんだから!」
モニターに遠ざかるジェリドの姿を見ながら、ライラは発進の準備をしていた。
(いい酒を作るには時間がかかる。それが待てない私じゃぁないさ)
ライラの操るガルバルディβが、その赤い機体を、闇に消した。
アーガマは暗礁空域を通過すると、方向をわずかに変え、サイド1に向かった。その中の一つ、30バンチコロニーは、一番外側のポイントに位置していた。月への軌道にはそう影響のないポジションである。メインポートに着艦すると、クワトロはエマとカミーユを連れて、コロニーの中に入っていった。
コロニーの地表に向かうリニアリフトの中から、突き出したシリンダーを見ていたカミーユは、奇妙なことに気がついた。
「回転が、遅い?」
「そうだ。ミラーも動いていない。重力が正常に働かんから、注意しろよ」
エレカの運転席に座るクワトロは、後部座席のカミーユに向かって言った。30バンチの名前を知るエマは押し黙っている。
地表に降りたエレカは、すぐに街へと入った。古いアメリカ西部を模した町並が、カミーユには珍しい。ミラーのせいか、対流の異常が起こり、ときおり激しい突風が砂やゴミを吹き上げている。だからノーマルスーツを着せられたのか、とカミーユは思った。乾いた空気が鼻腔に入り込み、口の中を涸らせた。
クワトロがエレカを止めた。
と、人が倒れているのをカミーユは見つけた。一人ではない。無数の人間が道路に突っ伏し、その腕が、顔を覆っている。
「なに...」
カミーユはクワトロに続いて、エレカを降りた。そしてゆっくりと、伏せる男の身体に近づく。ジャケットから伸びる腕が、生きている人のものと違うことに気付く。
「これ..って」
死体はすでに干涸び、ミイラ化していた。カミーユは歩みを止め、立ち止まった。あおむけの遺体が、その乾ききった顔をこちらに向けている。思わず彼女は顔を背けた。
「どうして、このままほったらかしなのですか?!」
エマが嫌のある声を上げた。
「数が多すぎるからだ」
「理由になっていません!」
「我々エゥーゴにとっては、と言う意味だ。連邦政府は何もしない」
「どうしてなんですか!」
カミーユは漂ってはいない臭気を恐れて、鼻と口を手で覆いながら二人のやり取りを聞いている。
「エマ中尉、あなたはここが伝染病で隔離された、と聞かされていたそうだが」
「バスクは本当にデモを排除するために、G3を使ったというのですか?」
「彼らが全て病気で死んだのかどうかはご覧の通りだ」
カミーユは、クワトロの声を遠くに聞きながら、ふらふらとした足取りで、道路を奥へと進んだ。その日は休日だったのだろうか?歩道には買い物の紙袋を下げた男女、親子連れ、そういった人々の骸が、あちこちに倒れていた。
(誰か...生きている人...だれか!)
がさり、と乾いた音がカミーユの耳に響いた。振り向くと、人の形をしたものが、ゆらりと動いている。カミーユはたまらず駆け寄る。
「大丈夫ですか...!あっ!」
それは、風に揺らぐ一体のミイラでしかなかった。寄りかかった柵に引っかかった形で、軽量化した身体がなびいているのである。そのミイラの眼孔が、暗く深い闇を作っていた。
「わぁぁぁっ!」
カミーユは、叫んでいた。
「む...?」
その声を聞いた者がいた。ライラである。
アーガマの追跡に成功したボスニアは、アレキサンドリアの到着を待たずに、コロニーに接近した。ライラはジャマイカンのが到着する前に状況を捉えておきたかった。この30バンチコロニーこそ、エゥーゴの秘密基地ではないかと予測したからである。
(アーガマの連中か?それとも...)
ライラは、銃を抜くと、物影から、様子をうかがった。
(子供...?)
ノーマルスーツを着たカミーユの姿を見たライラは、その小柄な身体を不思議に思った。と、強風に飛ばされた看板が、カミーユの頭上に落ちようとしている。
「上だ!危ない!」
「え?」
寸でのところで、カミーユは落下物を回避した。声を出してしまったライラは、自分の身体を物影からさらした。
「ありがとうございま...あっ」
顔を上げたカミーユは、自分を助けてくれた人の方を向いた。そして同じデザインのノーマルスーツを着た人間の手に握られている銃口が、自分の方に向いていることを知った。
「手をヘルメットの上に置け。抵抗しなければ撃ちはしない」
「だ、誰なんですか?あなた...?」
「お前こそ、なんで子供がパイロット用のノーマルスーツを着ている?」
「なんでっていわれても...着ろって言われたから着てるんです」
ライラは、カミーユのまだ女学生のような容姿と口調に、あきれた。
(エゥーゴは、こんな子供まで使ってるのか?)
「あなた、ティターンズなんですか?」
カミーユはライラの似合わないピンクの口紅を見ながら尋ねた。
「ティターンズなものか!お前、一人じゃないだろう?仲間はどこだ?」
そう言うと、ライラはカミーユの腕を掴んだ。向けられた銃口に、カミーユは一瞬従うフリをした、が、一度身体をライラの方へ寄せると掴まれた腕を反対側に捻り返そうとした。
「この...!」
ライラは即座にその動きに反応すると、カミーユの足を払った。倒れ込むカミーユの上に馬乗りになるとその腕を足で押さえながら、銃をカミーユの頬に押しつけた。
「子供だからって、なめたマネすると、お前もこのミイラ達の仲間入りすることになるよ!」
(この人は...強いっ!)
カミーユは何も言わず、全身の力を抜き、服従の意図を伝えた。
クワトロとエマは、レストランの入り口にいた。そこには、今さっきまで楽しい食事が行われていたように、テーブルを囲む人々の姿があった。しかし、その全ては朽ち果てた屍である。エマは昔見た遊園地のアトラクションの1シーンを思い出す。幽霊達の晩餐会。
「なにも殺すことはないのでは...こんなに...」
「只のジオンの残党狩りであれば、必要のないことだ。しかし、彼らは恐れた。地球から宇宙に上がった人々を管理しようとする人々は、スペースノイドがNTになると恐れたのだ」
「NTを、恐れる?」
「そうだ。彼らはNTをエスパーか何かのように勘違いをしている。そして自分達の存在を脅かすものだと思い込んでいるのだ」
「自分達を越える存在...?」
「自分の存在が旧式だという認識は、容易に受け入れられるものではない。いきているものならば。確かにこのコロニーでの行為は極端な例かもしれない。しかし、力を失いつつある地球連邦は、今や軍部のいいなりだ。そのうち全コロニーに、その牙を向けることになる...」
「でたらめを言うな!」
不意に、後方から女の声がした。振り向いた二人は、カミーユを捉えているライラの姿を認めた。
「ライラ大尉?」
「エマ=シーンか!」
「でたらめだというお前は、何を知っている!何を理念に戦っている?スペースノイドの弾圧か?ジオンの残党狩りという名を借りた、バスクの私兵ではないか!」
「バスクの私兵になど、なった覚えはないっ!」
ライラは叫ぶと、カミーユをクワトロ達の方へ突き飛ばした。カミーユは咄嗟に身体を立て直し、彼女につかみかかろうとしたが、後ろ脚で蹴りを喰らってしまった。
「うっ」
クワトロはライラを追おうとしたが、その姿は既に砂塵の向こうに消えていた。
「カミーユ!大丈夫?!」
倒れ込んだカミーユの身体の下に子供のミイラがあった。支えようとした腕がその腹部に埋もれ、手の下で、ポキポキと肋骨の折れる感触があった。吹く風が、砕けた皮膚を舞い上がらせる。
「こんなの、人間のすることじゃないっ!こんな地獄みたいな光景を、人が作っていいはずないじゃないか!」
カミーユは叫ばずにいられなかった。
アーガマの艦内にもどると、カミーユの身体は自然とMSデッキに向かっていた。カミーユの中の怒りが、その衝動を起こさせていた。
(ティターンズは、正気じゃない!あいつらは、人の命を何とも思っちゃいないんだ!)
干からびたミイラの眼孔が、悲しく自分を見ているような気がした。その砕けた身体が、父の肉片を思い起こした。
「カミーユです!Mark-2を出させてください!」
「準備OKだ、すぐ出れるぞ、カミーユ!」
カミーユには、自分達に向かってくる敵が、ティターンズであるか否かなどという判断はできなかった。ただ、アーガマに対して攻撃をしてくるもの全てが彼女にとってティターンズである。だから今この空域に展開するライラのガルバルディ隊に、その怒りをぶつけるのだ。
「私も出る!」
クワトロが、リックディアスのコックピットに飛び乗った。すぐにモニターにブレックスが映った。“ダイレクト”の表示が縁に点滅している。
「大尉は、Mark-2の援護をしてくれ」
「援護、ですか?」
「そうだ」
そういうと、ブレックスは通信を切った。クワトロは自分の前を発進していくMark-2の後ろ姿を見ながら、
「准将はアムロ=レイを知らんくせに...!」
と、つぶやいた。
クワトロの指示により、カミーユはMS隊の先頭に出た。既に戦闘態勢にあるガルバルディβは3機。その隊長機と思われる機体が、接近しつつ、ビームライフルを放つ。
「後方にボスニアがいる!アポリーはアーガマの近くを離れるな!」
クワトロはそう言いながら、Mark-2の後方から様子をうかがっていた。彼には、カミーユのテンションが上っているのが判る。
「Mark-2、私は左の方をやる」
「判りました!」
回避運動に続けて、2機は二手に分かれた。そのMark-2を、ライラの機体が追う。
ガルバルディβは、猛スピードでMark-2に接近してくる。咄嗟に拡散バズーカを撃ちつつ、カミーユは機体を背面に回り込ませようとしたが、ガルバルディのシールドがそれを阻む。衝撃がリニアシートに吸収されて、軽い振動を与えた。相手がサーベルを持っていないことに少し安堵しながら、カミーユは叫んだ。
「あなたは、さっきエマさんからライラ大尉と呼ばれていた人ですか!」
「お前、さっきの娘だと...?カミーユ、お前がカミーユか?」
ジェリドが負け続けていたパイロット、それがあの女学生のような娘だと知って、ライラは舌を鳴らした。
「馴れ馴れしくするんじゃないよ!」
ガルバルディβの頭部に仕込まれたマルチランチャーが火を放った。
「うぁぁっ!」
カミーユは叫び声とともにバーニァを吹かせ、シールドの奥の腕を振り払った。Mark-2の頭部をかすめたランチャーが、コロニーの壁を突き破る。
態勢を立て直すMark-2に、ガルバルディβのビームサーベルが切りかかってきた。
「くぅ!」
サーベルが、回避しようとしたMark-2のバズーカを切り裂く。残弾の残るバズーカが爆発を起こした瞬間、カミーユはMark-2を後退させた。
「この人を相手に、接近戦は不利!だったら!」
アストナージの言葉は、今のカミーユの頭にはない。Mark-2を大きく迂回させると、コロニーのミラーの影が落ちる場所に、姿を隠した。
「来い!」
(必ず来る!)
カミーユはそう確信していた。案の定、ガルバルディβが、極力影をコロニーに落とさぬよう、ミラーすれすれに機体を滑らせていた。それはカミーユには死角であった。が。
「もう少し...今!」
「何!」
カミーユはミラー越しにビームライフルを放った。ビームの光は、ガルバルディβの足部を貫いた。
「小娘!」
ライラは攻撃のあった方向にミサイルを放った。シールドをかまえたMark-2は移動しつつ、それを防ぐ。すぐにビームライフルを撃つが、Mark-2の姿は既にそこにない。
(ジャマイカンはNTの存在を作り事だと言った。では、私が今感じているこの感覚は何なのだ?)
ライラの中に恐怖心が芽生える。やられるのでは、というものではない。得体のしれない相手だ、という恐怖だ。
「NTがなんだ!私は正規のパイロットだ!あんな少女に、負けるわけには!」
ライラは、Mark-2の姿を追った。ミラーの反対側に現われた影を推測して、ビームライフルを発射する。
「ダメージが少なかった...?速い!」
ライラの狙撃は正確だ。回避するMark-2のシールドが、ビームをまともに受け、破壊した。シールドを捨てながら再びミラーに回り込んだカミーユは、ライフルを構えた。
「熟練している、ということ...それがこんなに...」
カミーユはライラの鋭い“気”を感じた。その時、過去自分が経験した、ある戦いを思い出していた。先のインターハイ地区予選での事である。優勝候補であった対戦相手は、自分より2学年上の有段者であった。先に「有効」を得たカミーユは、再び彼女と向い合ったとき、その気迫が形となって見えたのだ。その形が本人より先に左の上段に蹴りを放った。それを感じたカミーユは、咄嗟にかわすと、空いた脇に拳を突き入れた...。
「そこぉ!」
ビームライフルが、火を吹いた。その光が、自分のコックピットを捉えていることをライラは知った。
(この娘...化け物か!)
(ああ...化け物...そうやって忌み嫌うということが...)
(オールドタイプがNTを否定するということか...そうだな、ジャマイカン!)
ガルバルディβが、閃光を上げて爆発した。その衝撃に流されないよう、無意識にバーニァを調整しながら、カミーユはつぶやいていた。
「たおした...あの人をたおした...?」
手加減をしようとは思っていなかった。自分を襲うものから身を守り、排除しようとすること、それが相手のコックピットを直撃させた。しかし、そうでなければ自分は確実に殺されていた。
「ライラ!」
アレキサンドリアのブリッジで、ジェリドは女の名前を叫んでいた。その姿を見たジャマイカンは「ちっ」と小さく舌打ちした。ライラの撃墜を悔いたのではなかった。ジェリドの狼狽が情けなかった。
(ティターンズとして、こいつ、使えるのか?)
それがジャマイカンのストレートな思いであった。
ジェリドは自分が涙を浮かべていることに気付き、あわててブリッジを後にした。
(何を言おうとした、ライラ!俺はあんたが帰ってこないなんて思わなかった、俺は...)
通路を走るジェリドは、自分の涙が背後に漂っていることにまで気が回らなかった。
アーガマに戻ったカミーユは、着艦作業を行うクルーの中に、自分をMSデッキまで迎えに来たブレックスの姿を見た。
「見事だった、カミーユ」
「あ、ありがとうございます」
そういいながら、笑うことは出来なかった。そして、もう、自分はパイロットを拒絶することはできないのだろう、と漠然と思った。
メモ:
●ジェリドの描写をしはじめたら、結構長いものになってしまいました...。NTっぽい描写は故意に少なめにしてあります。ファンの方、申し訳ない。
●クワトロがアムロについて知ったような口ぶりなのはすごく不自然な気がして、そのあたりもナシね。それにしてもこのあたり、あまり改ざん?できる内容じゃないので、リライトに成り下がっていて申し訳ない...。