ANOTHER STORY of "Z"「機動戦士ZガンダムSILVER」  


「再会」より

 

薄暗い自習室の中にカミーユはいた。命令違反を犯したのだからしょうがない。また殴られるよりはマシだと彼女は思う。小さな机の上に置かれた冊子は、地球連邦軍の軍規を示したマニュアルだ。彼女はそれを何度も手に取り、そして数行読んでは放り出すと言った行為を重ねていた。
その様子をモニターで見ていたブレックスはクワトロ達の方へと向き直った。

「艦内ではカミーユの予知の噂でいっぱいだ。ブリッジの連中全員が証人だからな」

「ストレートにNTの能力であると受けとられているのならいいのですが」

「君と、エマ中尉が聞いたという声、それも間違いなく彼女のものだというんだね?」

「確信はできませんが...」

クワトロの言葉を遮るように、エマが言う。

「いいえ、あれは確かにカミーユです。彼女しか言いようのない言葉です」

エマの反応の大きさは、NTに対する免疫の無さを物語っていた。

「しかし、精神状態から、そう聞えた、ということもあるんじゃないかね?」

「空耳だとおっしゃるのですか?」

「いや...」

「しかし、ここまで顕著な現われ方をするとは...。面白い。やはり、フライングアーマーは彼女に実験をさせてみようと思う」

「危険ではないのですか?」

「誰がやっても危険なことに違いはない。それにこれは彼女自身が発想したアイディアだ。自分が一番よく判っているだろう。明日になったら出してやってくれ。シミュレーションは多い方がいい」

ブレックスはカミーユの実力だけではなく、一年戦争時の『RX-78ガンダムに乗ったNTの少年』という存在が生み出した神話を利用しない手はない、とも考えていた。
民間人に到っては、アムロ一人の活躍で戦争を終結させたと思っている人々も少なくない。アムロ本人がその存在を隠しているのなら、第二のアムロ=レイを作り上げるまでだ、という発想である。だからガンダムMark-2にカミーユを乗せることに固執するのだ。

 

アーガマはジャブロー降下作戦合流のため、月を離れる準備をしていた。ウォンの放った号令は、各港に潜伏するエゥーゴの部隊に届いている。降下ポイントの集結は1週間後に決定していた。

「ほう...サチワヌにラルク少佐が?それは頼もしいな!」

暗号電文を受けたヘンケンが、大きな声を出した。ブリッジに居合わせたクワトロは思わず振り向く。

「知り合いだったのか?」

「ああ、俺から連中に紹介した。同期なんだ。これでグラナダの戦力もアテに出来るってわけだ」

「相変わらず、信用がないのだな、グラナダは」

「アレキサンドリアを入港させちまう奴等だ。あっちで落としてくれれば楽だったのに」

「それをやれば、月はティターンズのターゲットになるだけだ。我々と違って逃げ回ることはできんからな」

「まぁ、そうだが...」

「グラナダからはこれで6隻出撃。こちらからは3隻か」

クワトロはモニターを隣のドックを映すカメラに切り換えた。エメラルドグリーンに塗られたアイリッシュタイプの新造戦艦が船体を輝かせている。そのMSデッキには続々とA.E.のアンマン支社から運ばれたネモが積み込まれているところだった。

(80機のMS...さて、ジャブローをいぶして何が出るか)

クワトロは自分の中で、ジャブロー攻略作戦を正当化する理由を探していた。

 

「大気圏突入、ですか?MSで?」

3日ぶりに自習室から開放されたカミーユは、ドアの前に立つロベルトにあきれ顔を見せた。

「第一回の作戦ミーティングは、もう終わっちまったけど、内容が内容なんでまたちょくちょくやるだろうよ。今度は遅れないこったな」

「...判ってますよ!」

カミーユは無意識に頬をぺたり、と撫でた。すでに腫れは収まっている。

「突入の訓練はシミュレーション映像を使って何度も練習するんだな。ああ、地上戦もやったことないだろ?そっちも勉強しとかないと、実戦で痛い目にあうぞ」

そう言うロベルトの足が、シュミレーションルームに向かっているのに気がついたカミーユは、ブルーな気分を抑えきれなかった。

 

アーガマが月を離れる準備をしていた頃、ジャマイカンのアレキサンドリアもまた、グラナダを出航しようとしていた。

「アンマンにもA.E.の工場はありますが?」

エンジンの始動を確認し終わったガディが、ジャマイカンの顔色をうかがうように振り向いた。

「我々はグラナダのファンゲル専務からマラサイを戴いた。アンマンは関係なかろう」

ジャマイカンが顎をさすりながら答える。

「受け取ったマラサイのテストも兼ねてな。自分達のMSの性能を身をもって知るのもいいことだよ」

そういうジャマイカンを、ガディはやっぱり好きになれない男だと思った。

 

 

カミーユは、シミュレーションルームを出ると、その足でMSデッキに向かった。ロベルトが用意したパターンに、ウェイブ・ライダーでの大気圏突入があったことに驚いたのだ。すでにフライングアーマーはアーガマに運び込まれているという。自分が数日閉じ込められている間に、急激に状況が変化してることに気付く。
2階部分のフェンスから身を乗り出すと、Mark-2の周りにメカマン達が張り付いているのが見えた。脚部が外されている。

「どうしたんですか?」

タラップの長い階段を下りながら、カミーユはアストナージに向かって叫んだ。

「ああ、ジャブローに向けて、改造中だよ」

「地上戦の改造?」

「そうだよ。関節部を強化しとかなきゃ、あっという間に動けなくなる」

「他のMSはいいんですか?」

「Mark-2だけだよ。他のヤツは地上戦を想定した設計になってるからな。ああ、そうそう、バーニァにも手ぇ加えてあるから、あとで調子を見ておきな」

「はい...」

カミーユはMark-2の脇に設置された、巨大なフライングアーマーを見上げた。図面の上では思いもよらなかった大きさに圧倒される。

(子供の考えたこと...そうは思ってくれなかったんだな)

アストナージがいつ自分のアイディアを上層部に送ったのか判らないが、初めてパイロット以外のことで認められた気がして、カミーユは嬉しかった。

「ゼータは無理だったけど、こいつならMark-2でも使えるだろ?」

勝手にデータを提出したことが気なっているアストナージは、カミーユの表情を気にして、工具を置くと彼女の後を追った。そしてフライングアーマーを見つめる横顔が嬉しそうな表情をしていることにホッとする。

「これって、ウェイブ・ライダー以外の機能もあるんですね?」

「おう、地上で落っこちちゃ勿体ないからな。ハイパワーのホバーも付けておいた。こっちは俺のアイディアだがね」

「へぇ...。え?」

アストナージの言葉を聞きながら、フライングアーマーの周囲を歩いていたカミーユは、その後に格納されていたMSを見て絶句した。

(金色のMS?!)

金色の装甲に身を包んだ新型MSは、Mark-2と同じように、ストレートに人間を連想する容姿を持っていた。スマートなボディを美しいと思うかどうかは個人の好みの問題であるが、スタイルはともかく、メッキのようにピカピカと周りを映り込ませる外装はMSは兵器である、という概念から抜けられないカミーユにとって違和感を感じさせるものであった。

「すごいだろ?クワトロ大尉の新型、百式さ」

「はぁ...」

言葉が出ない。しかしこんなMSに乗れるのは、確かにクワトロ=バジーナしかいないだろうとカミーユは思う。

「びっくりするだろ?敵さんがこいつを見てもきっと同じ顔をするだろうな」

「これ、被弾して修理とかどうするんです?塗装じゃないんでしょ?」

「ナガノ研のアイディアさ。宇宙なら塗装より蒸着のほうが早いだろって」

塗装は、分子結合を防ぐために必要な処置である。

「そんなもんですか?」

「さぁ?試作機だからな。そのうちMSはみんなこんな金ピカになっちゃうかもな」

カミーユは金色に輝くリックディアスを想像しかけて、やめた。
二人がMark-2の方へ戻ろうとしたとき、衝撃がMSデッキを揺すった。
ややあって、警報がデッキ内にこだまする。

『敵襲!ミサイル攻撃です。各員戦闘配備!』

カミーユはすでに習性になっているのか、ロッカールームに駆け込み自分のノーマルスーツを着込むと、再びMSデッキに戻った。既にクワトロを初めとするパイロット達が、各自のMSに向かっている。

「私は百式を試す。エマ中尉は私のリックディアスを使ってくれ」

イエローのパイロットスーツに身を包んだエマ・シーンが、クワトロの隣を走っていた。

「はい!」

小気味よい返事をして、エマが赤いリックディアスに向かうのを見ながら、カミーユは百式に駆け寄るクワトロの後を追った。

「私は?私何に乗ればいいんですか?!」

「Mark-2は調整中だ。君の出撃命令は出ていない」

「でも...」

「君ばかりに頼ってはおれんということだ。待機しておけ」

そう言いながら走り去っていくクワトロが後手で指を振ったのを見たカミーユは、先日の作戦放棄が尾を引いているわけではないという事に気付き、少し落ち着いた。

(出撃要請の無い場合、パイロットは....)

カミーユの足は待機場所へと向かっていた。暗い反省室で過ごした3日間は、カミーユに規則を守ることの安易さを納得させていた。

 

グラナダを出たアレキサンドリアは、ボスニアを従えてアンマン上空を通過しつつ月軌道を離れるコースを取っていた。その際、無差別にアンマンにミサイルの雨を降らせたのだ。その幾つかが、アーガマの潜むドック付近へと着弾した。

「アーガマはこのまま発進する!各艦、発進準備はいいか!」

ヘンケンはまだ正式な名前のついていないアイリッシュタイプの2隻へと連絡を取った。双方のオペレーターより、発進準備の返答が即座に返ってくる。

「MSをキャッチしました!エンジン臨界までの時間稼ぎを...」

「判ってる!クワトロ隊を出させろ!」

エマは初めて実戦にリックディアスで参加することに躊躇はなかった。リックディアスのシミュレーションは、手に馴染むほど繰り返していた。Mark-2を最初に乗ったときよりも当惑がないのは、それだけ完成されたマシンだということだ。クワトロの乗っていた赤い機体は、僅かだが他の機体よりチューンが施され癖があるのだが、エマの許容範囲である。

「エマ=シーン、リックディアス出ます!」

クワトロの百式に続くように、エマはカタパルトからリックディアスを走らせた。頭上をミサイルの引く尾が流れていく。

(ひどい!狙うのならアンマン市ではなくて私たちを撃てばよいのに!)

エマはジャマイカンの狡猾そうな額を思いだし、嫌悪した。既にエマの中で、ティターンズは敵として認識されていた。それがかつての同僚、上司であっても。
センサーがMSをキャッチして、モニターに表示する。ハイザックの向こうに、見慣れぬオレンジの機体。

「あっ、新型?速い!」

ビームライフルを避けながら、エマは新型の機種をデータベースと照合した。即座に『RMS-108マラサイ』と答えが返ってくる。

(どうして...!そういうこと!)

データベースはネモ搬入の際バージョンアップされたものだ。アナハイムはティターンズにMSを提供していながらデータをこちらに渡す。公式にはどちらも連邦軍なのである。書類上には何も残らない。薄々気がついていたことなのだが、エマは軍人である。目の前の敵を掃討することがMSパイロットの仕事だ。
エマはリックディアスをジャンプさせると、アーガマから離れる形でマラサイを追った。

 

パイロットの待機ルームで一人モニターを見つめるカミーユは、自分が何もしていないという事実に、多少の焦りを感じていた。アーガマに来て以来、自分の居場所は、常にMark-2の側である。Mark-2に乗っていれば、自分が自分以上の力を持っているようで進ん火線の交わる中にも身を投じることができた。しかし、薄っぺらなノーマルスーツに包まれただけ自分はなんと頼りない存在なのだろう。

(一人ではないのだから)

そうつぶやいてみる。しかし現実は一人だ。学校に通っていたときはお洒落や芸能人の話をしあうクラスメートも悩みを打ち明けてくれる下級生もいた。
しかし、今は一人だ。
ズゥン!という振動が、再びアーガマを襲った。

「なに...」

ヘルメットの中にトーレスの声が響いた。

「カミーユ、港の出口がさっきの攻撃で崩れた。ネモを使って鉄骨をどかしてくれ!」

「はい!」

そんな作業でもMSに乗れるということが嬉しくて、カミーユは転げそうな勢いでネモのあるハンガーに向かった。

 

瓦礫のサイドから現われたハイザックがリックディアスに向けてマシンガンを撃つ。エマは一撃でコックピットを貫くと、次の動作でその背後のハイザックを狙った。

「あっ!」

追っていたマラサイが反転してライフルを放つ。エマは回避しながらもバルカンでハイザックを遠ざけた。港の周辺には作業用のプチ・モビールが残っているのである。近付けるわけにはいかなかった。再びジャンプしてマラサイを追おうとしたとき、もう一機のマラサイが至近距離に現われ、切りかかってきた。

「何よ!」

寸でのところで機体をかわす。ビームピストルはライフルよりは小さいが、それでも接触しそうな程近い相手に撃てるほど小回りは利かない。エマは逆にリックディアスをマラサイにぶつけて、その腕の動きを制する。

「させない!」

「その声、エマだな!」

「カクリコン中尉?」

エマは声をあげながらも、ビームサーベルを掴んでいた。躊躇無くスイッチを入れると、ビームの刃がマラサイの装甲を切り裂いた。

「相変わらず、良い腕だ!」

「何を!」

そう叫んだとき、頭上からビームの閃光が降ってきた。別のマラサイが、リックディアスを狙う。

「くぅ!」

エマはカクリコンのマラサイを突き飛ばす反動で、ビームを回避した。カクリコンにはまだ致命傷を与えていない。2方向からライフルの攻撃がリックディアスを襲う。後退しながらビームをかわすがその退路を、コロニーの残骸が封じた。

「エマ、覚悟!」

ビームピストルを撃ち続けるエマに、カクリコンが叫ぶ。ライフルの照準は確実にリックディアスを捕らえていた。咄嗟にエマはリックディアスのバーニァを吹かせた。機体が大きく持ち上がり、コロニーの破片へとぶち当たる。激しい衝撃は、老朽化したコロニーの残骸を破り、リックディアスはその隙間に転がり込んだ。

「ちぃ!」

舌打ちしたカクリコンは、モニタに異様なMSを捕らえた。月面の反射光を浴びて、金色に輝くクワトロの百式の姿。

「なんだと?」

カクリコンがその輝きに目をとられた僅かなタイミングで、エマはコロニーの残骸から脱出した。百式がマラサイに向けてクレイバズーカを放つ。カクリコンは右肩に装着されたシールドを構えた。激しい衝撃とともに、シールドが砕け散る。しかし、本体はほとんどダメージを受けなかったのか、バランスを崩しながらも後退していく。

「装甲が上っている?」

ハイザックに較べて打たれ強い装甲が意味するもの。

(アナハイムめ、ガンダリウムγをティターンズに提供するとはな!)

クワトロは、バズーカをビームライフルへと持ち変えると、オレンジの機体を追う。エマも機体の損傷をチェックしながらクワトロに続いた。

 

ネモを操るカミーユは、アイリッシュ級のMSと共に港の入り口を塞ぐ鉄骨の除去作業を行っていた。その脇の岩肌に、プチモビール達が取りついて、アームで抱えたミサイルランチャーやビームガンを打ち続けている。その中に、自分を殴ったウォン=リーがいることにカミーユは驚いた。会社の重役だと聞かされていたからだ。

「おっさん、やるじゃん」

「無駄口を叩いてるヒマがあったら早くせんか!」

(聞えてた...)

ノーマルスーツのマイクは周波数さえ合っていればつつぬけである。カミーユは鉄骨の一つをほおりあげながら、チャンネルをいじった。

 

「進路、クリアーです。アーガマ発進可能です!」

「ようし、MS隊を呼び戻せ!急速発進でアンマンを離れる!」

ヘンケンの号令で、MSが次々と帰還して来る。その後を引き継ぐ形で、プチモビールが前進していく。
メインエンジンに火を点したアーガマと遼艦は、光の尾を引いて月面を後にした。

 

 

アーガマの艦隊は、サイド4を迂回する地球へのコースを取っていた。先にグラナダを離れた艦隊も二手に分かれ、それぞれのコースで集結ポイントへ向かっている。アレキサンドリアは月重力圏の離脱の際引き離すことができたが、ブリッジではオペレータが360度監視態勢を怠ることは無い。

そのオペレーターの一人、トーレスが、弱い信号をキャッチした。

「救助信号です...どうしますか?」

トーレスは、ヘンケンの方を見上げた。

「何だか判るか?」

「シャトルです。テンプテーションですよ、これ!」

「何故テンプテーションがここにいる?」

(何があったか?)

テンプテーションは地球とグリーンノアを結ぶシャトルである。それが救援信号を出しながら月に向かっていることに疑問を持ったヘンケンはトーレスに言った。

「よし、Mark-2は仕上がってるな?カミーユを出させろ」

「はい!」

「それから、クワトロ大尉にも待機するよう言ってくれ」

グリーンノアは既に「グリプス」と名前を変え、ティターンズのベースになっていた。何かの罠ではないかと、バスクを知るヘンケンは思う。

「メガ・バズーカランチャーも準備させとけ」

 

急な出撃に少しとまどいを感じながら、カミーユはMark-2をカタパルトへ出した。

「カミーユ、出ます」

Mark-2は宇宙空間に踊り出ると、指示のあった方向へと急いだ。

「あれ..?」

既にテンプテーションはMark-2のモニターに捉える事が出来る距離まで近づいていた。しかしその後方、戦艦らしき影をレーダーが捕らえる。

「何かいますよ?映像、届きますか?」

カミーユはそれ以上テンプテーションに近づかず、センサーの捕らえる映像をアーガマに送った。ミノフスキー粒子濃度はそう高くない。

(ほう...気が利くようになったな、あいつ)

カミーユには戦艦の形を識別できても、所属から敵味方を判断することはできないのだ。ヘンケンはMark-2から送られた情報をデータベースに照合させた。

「ハリオです!」

「ティターンズか!クワトロ大尉を出撃させろ!」

「私はどうしますか?」

カミーユが困惑の声をあげる。

「うかつにテンプテーションに近づくな!ハリオの的になる!」

自分が?テンプテーションが?と思いながら、カミーユはテンプテーションと距離を取った。モニターにコックピットを拡大してみると、パイロットシートに座るノーマルスーツが見えた。その一人が、Mark-2を見て「ガンダム!」と叫んだ気がした。

「誰...?...うん?」

(ハァ...ハァ...ハァ......)

不意に、人の息遣いを感じてカミーユは辺りを見回した。荒い、というのではない。規則正しい息遣いが、次第に近づいてくる。

「気持ち...悪い」

息遣いが、ではない。不快なプレッシャーがカミーユを包み込む。

(あなたは...誰!)

突然、高速で接近する物体を捕らえて、アラームが鳴った。咄嗟にビームライフルを構え、それを追おうとする。が、既にその物体はMark-2の脇をかすめるようにして姿を消した。

(速い!でも何故撃たない?)

状況からして、後方のハリオから出撃したものに違いない。つまりティターンズのはずだ。カミーユは四方を警戒した。その一角から再び何かが接近する。

(お前は!)

誰かがそう自分の頭に直接話しかけてきた、とカミーユは思った。

「な、なんだっていうの!」

カミーユはビームライフルを発射した。当たりはしなかったが、コースを変える瞬間、青い鋭角な機体の姿を捕らえた。

(戦闘機?)

手足のない姿はカミーユには見慣れない。ビームライフルを撃ちながら、彼女はその機体を追った。

「カミーユ、さがれ!」

「クワトロ大尉!」

クワトロ=バジーナの百式が、モニタの端に映った。百式は自分の頭頂高程もある巨大なメガ・バズーカランチャーを構えている。
そこに、あの謎の機体が接近しようとしていた。カミーユは百式に近付けまいとビームライフルを乱射する。機体は綺麗に反転すると、テンプテーションの脇を抜けた。故意に接触したのだろう、テンプテーションのエンジンの一基がえぐられ、断片からショートする青白い火花が見えた。
クワトロはそれに動じず、照準を奥の戦艦に向けていた。

(ハリオを狙う!)

メガ・バズーカランチャーの性能では高速で動く機体への命中率は期待できない。

(何だ?このプレッシャーは...!)

集中するクワトロの胸を、絞り込むような感覚が襲った。
同時に戦艦に合わせようとしたスコープを、青い機体が横切る。まだ十分に捉えていないことが判っていながら、クワトロはトリガーを引いた。
まばゆい光の帯が、宙を切り裂いた。が、メガ・バズーカランチャーは、何も捉えることなく、その輝きを消失させた。

(あのMAを生かしておくな、と言うのか!誰が!)

すでにハリオも、謎の機体も姿を消していた。振り向くと、カミーユがMS用の消火剤をテンプテーションのエンジンに散布していた。

 

 

「でっかい戦闘機?MAじゃないのか?」

アーガマに戻ったカミーユは、整備のため寄ってきたアストナージをつかまえて先ほどの敵について尋ねた。MAという存在をカミーユは知らない。

「MA?データベースにも無いんですよ」

アストナージは連邦軍の開発リストの中にMAの存在がないことを思いだし、がぜん興味がわく。

「ふむ...新型か?どんなヤツだった?」

「目視だけでは...ああそうだ、モニター映像捉えてます」

「でかしたな、よく押さえた。ブリッジには俺から報告しておくよ」

そう言いながらアストナージの身体はコックピットに向かっている。

「すみません。シャワー浴びたら、整備手伝いますから」

「おお、頼むぞ」

カミーユは少しだけ汗ばんだ身体を気にしながら、MSデッキを後にした。隣接する予備デッキでは救出したシャトルの乗員のチェックが行われている。スパイである可能性もあったからだ。その前を通り抜けようとして、乗員の方に目を向けた。老人や女性、子供...その中に、見覚えのある少年の姿。

「チェン?チェン=ユーリ?」

グリーン・ノアで彼女のクラスメートだった少年だ。Jr.MSコンテストにも一緒に参加していたので、仲は良い方と言ってよい。少年は自分の名前が呼ばれたことに驚いて振り返る。

「カミーユ=クロデア?なんで君がここに...?」

カミーユは思わず彼の方へ歩み寄った。

「グリーン・ノアで、何があったの?」

「君は...君は知らない方がいい」

チェンはカミーユの方を見ようとはしなかった。

「言ってよ、そういう言い方、気持ち悪いよ」

そう言いながら自分の肩を掴むカミーユの手が痛かったので、チェンはむっとして振り返った。

「...君がやったこと、軍の機密を奪って反乱軍に逃亡したことね、かなり重罪なんだよ。それで僕たちのような君の知り合いはみんな強制労働送りさ」

「えっ...」

カミーユは言葉を失った。両親を失ったことで、その代償は払ったのだ、と思っていたからだ。罪を犯した本人に伝わらない刑罰など、何の意味があるのだ。

「...って言ってもね、それは連中の口実かもしれない。結局父さんや母さんも、街中の人みんなグリプス2に連れてこられたから」

「他の子達は?メイ先輩とか...」

「わかんないよ。僕だって必死だったから。ブライト中佐がシャトルで来たとき、とりあえず港の側にいたからこうやって逃げてこれただけさ」

チェンがすっと目を外らした。その肩の向こうに、クワトロと何かを語らっているブライト=ノアがいる。

「また、船を失う艦長を演ってしまいました」

そうつぶやくように言うブライトは、カミーユには小さく見えた。

 

 


メモ:

●エマの活躍が書きたかった、今回はそれに尽きます。この話、タイトルは「再会」だけど、語ることが多い...。シロッコの登場は次回に回せばよかった、かな?
●「蒸着」...ほんまかいな?ジョークだと思って読み飛ばしてください(^^;)


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