ANOTHER STORY of "Z"「機動戦士ZガンダムSILVER」  


「パプティマス=シロッコ」

 

アーガマが救出したテンプテーションの艦長、ブライト=ノアは1年戦争で第13独立部隊を率いた名キャプテンである。その名を知らない人間はエゥーゴには存在しないと言っていい。ブレックス=フォーラーは彼との思いがけない出会いを運命のように感じていた。

「ブライト中佐のような方が、エゥーゴに協力して戴けるとは光栄です」

「私はそのように大層な人間ではありません。同じ連邦軍として、ティターンズという増長した組織の存在を認めたくないだけです」

「反地球連邦組織という名称が不服かね?」

「現在、地球連邦政府は確かに正常に機能しているとは思えません。ただそれをどうにかしてやろうと言うほど、立派な主義を私は持っていないということです。しかしグリーン・ノアで見たバスク=オムの動きが正当化されるというのであれば、連邦軍存続の問題にも関わってくる...私は単に自分の身分を保持したいだけなのかもしれない」

「何をご覧になった...?」

「グリーンノア...グリプスの要塞化です」

「どれくらい進行していたのかね?」

「私が見たところ、まだ50%にしか過ぎません。しかし、ルナ2も近いあの場所では半分と言えど機能は果します」

「ジャブローよりグリプスだったか?クワトロ君」

ブレックスは自分の背後に立つクワトロを見やった。が、クワトロは腕組みをしたまま何も答えなかった。

「艦隊は既に集結ポイントに集まりつつあります。今さら作戦変更は難しいでしょう」

ヘンケンの言葉に、クワトロは一つだけそれを覆すものを知っていた。レコア=ロンドからの情報であった。内容如何によっては作戦の中止もありえる。ティターンズの総帥、ジャミトフ=ハイマンがジャブロー不在であるような情報があれば、この大規模な作戦は半分を失敗したことになる。しかし今現在、レコアからの連絡はなかった。

「...私は月に戻り、グリプス対策の方針を固めてきたいと思う。ついてはブライト中佐に頼みたいことがある」

ブレックスはブライトの目の前にバインダーを差し出しながら、言った。

「アーガマの艦長を務めていただきたい」

「私が、でありますか?」

「この船、ホワイトベースを意識しながら建造した。そのキャプテンにブライト中佐が就くとなれば、エゥーゴの士気も高まる。この艦にはガンダムもあるのだよ」

「私にそのような大役が勤まるかどうか...」

「あなたの手腕はこの艦のクルー全員が知っていることだ。ヘンケン艦長には私が月に戻るラーディッシュの方に着任していただきたいと思っているが、どうかね?」

ラーディッシュと名づけられたアイリッシュ級新造戦艦はまだ武装が調っておらず、今回はMSの搬送役でしかない。

「私はかまいません。ラーディッシュは良い船です。それにブライト中佐を差し置いて、私が旗艦の艦長をやるわけにはいかないでしょう?」

ヘンケンはそう言って大きな笑い声を上げた。

「ブライト中佐、あまり長く考えている時間はない。この中にアーガマのデータと今回の作戦の指令書が入っている。受け取ってはもらえないかね」

ブライトは少し目を閉じ、膝の上に組んだ指を動かしていたが、

「あのとき私はテンプテーションを救助していただかなければ、生きてはいなかったかもしれない。自分は頭で考えるより状況が追い込まれれば身体が自然に動くタチです。お受けいたしましょう」

そういって目の前のバインダーに手を伸ばした。数枚のディスクが入った緑色のバインダーは想像していたより重かった。

「そういう気質が、ニュータイプと言うべきなのだろうな。ありがとう、ブライト中佐」

クワトロはブレックスの笑みを横目で見ながら、彼の思いを推測していた。

(これでブライト中佐はもう逃げられんというわけだな)

アーガマとブライトキャプテンとガンダム。その中にシャアである自分がいることの滑稽さ。クワトロは今回こそ敗者になることは避けたいものだな、と思った。

 

 

エマ=シーンは、不意なヘンケンの呼出しに、バリュートシステムの点検を中断した。正式にクワトロから譲渡された赤いリックディアスは、既にシートなどの細かいセッティングを自分用に変更してあり身体に馴染んできた。乗り慣れると、確かにガンダムMark-2よりも性能が勝っていることに驚く。ティターンズで独自に大量の技術者を動員して作らせるより、A.EというMSを作り慣れた企業の協力を得て製造したほうが効率がいいということは理解できていた。しかしエマはアナハイムでジオニック系の技術者が中心となってリックディアスを製造したことなど知りもしない。

「エマ=シーン、参りました」

第2ブリッジの脇に設けられた艦長室という狭い部屋で、ヘンケンは書類の整理を行っていた。もともと几帳面とは言えないヘンケンは、乱雑にトランクにものを放り込んでいるだけなのだが。

「私のアーガマでの最後の仕事だよ」

「え?どうなさったのですか」

「アーガマはブライト中佐がキャプテンになる」

「ブライト=ノア中佐が。それでは...」

「私はラーディッシュを貰ったよ。本日移動だ。MS隊を降ろしたら即、ブレックス准将を月へ運ばなくてはならん」

エマは、それでどうして自分が呼ばれるのか判らなかった。

「中尉にはジャブロー降下作戦の切り込み隊長として活躍していただかねばならない。クワトロ大尉はMS隊の司令塔だ。あまり戦闘の負担は掛けられないのでな」

「判りました。大役ですが、果してみせます」

そう言ってエマが身体を固くしたのを見て、ヘンケンはすっと肩に手を置く。自分でも予想していなかった行動だ。

「そう鯱張るのが心配で呼んだのだ。私が言わなくてもブライト中佐から指示がでるはずだった」

エマはヘンケンの手が、肩先よりも首に近いことに少し嫌悪感を感じていたが、悪気は無いのだと思う。

「無理をして、ケガなどせんようにな。元気な姿で...おっと、これは全MS隊の皆に言えることだが、再び宇宙で再会することを願っている。それを全員に伝えて欲しい」

「わかりました」

エマは答えながら、ヘンケンの気持ちを察しきれないでいた。24歳という年齢ながら、友人から鈍いと言われ続けたエマは対異性感情を感知することが苦手だった。だから今も、ヘンケン艦長は見かけによらず優しい人なのだな、程度にしか思わない。

「ヘンケン艦長も、お元気で」

そういった言葉が、ヘンケンを喜ばせているとは想像外のことだ。

 

 

アーガマの後方を、ティターンズの巡洋艦ハリオが追跡していることは、クルーには判っていた。ただ艦隊ではなく、1隻であることと、テンプテーションの件以来なんの動きも無いことからアレキサンドリアの合流を待っているのだろうと推測されていた。計算では降下ポイントまでに追いつかれる速度ではなかったし、ハリオをまくほどの時間は作戦開始までに残されてはいなかった。アーガマは地球を迂回してグリプスに向かうような軌道を取っていたからでもある。

「ジャブローだな」

そう、ハリオのブリーフィングルームで、美しい眉を持つ華奢な男が断言した。
パプティマス=シロッコ。ヘリウム輸送用大型輸送艦ジュピトリスの艦長を務めている青年である。

「しかし、グリプスの可能性も捨てきれない。何を根拠にそう言い切れる?」

ハリオ艦長、テッド=アヤチはうさん臭いシロッコという男が好きになれない。木星帰りにNTが多いという噂を踏まえてのことだが、まだ皺一つ刻まれていない白い肌をした若年者が、輸送艦の艦長を務めただけで、こうも尊大な態度を見せることも気にくわなかった。

「グリプスであればバスク大佐殿の艦隊が処理してくれよう。私の意見が理解できないというのであれば、ハリオのMSは出さなくても良い。メッサーラの性能を示してご覧に入れよう」

(手柄を独り占めにしようというのか?)

アヤチはそう思った。が、シロッコが自分の艦にいるということは、現在ハリオの所属でもあるということだ。ジュピトリスでは戦闘はできない。

「旧式とは言え、実戦経験を積んだパイロットは多い。それでも我がMS隊は必要ないというのだな?」

「ザクキャノンではジャマになるだけだ」

「貴様...!」

アヤチは怒ってみせた。メッサーラの性能、特にその機動力は既に確認している。ザクキャノンでは1/3の推進力も無いだろう。同じ空域に展開させるというのであれば、ハリオを敵艦隊に接近させる必要があった。確信の持てない作戦で、敵の的になるのはゴメンだ。ハリオは1隻なのだ。しかし、部下たちの手前、侮辱的な発言は許してはいけない。

「そのうちジャマイカン少佐殿のアレキサンドリアも合流するだろう。その時に使えばよい」

シロッコが平然と言ってのけたので、アヤチはその振り上げた拳を使うことなく下ろすことが出来た。

「まぁ、いいだろう。ところでジュピトリスはどうした?万が一、貴殿が戻らぬ場合、その処置は...」

「私が帰らぬということなどないよ。アヤチ少佐の心配する所ではない」

(ヘリウムを盾にする気なのだな)

アヤチはバスクがジュピトリスの積み荷を独占せんが為、シロッコという若造を重用するのだと想像していた。

 

 

エゥーゴの艦隊は、既に衛星軌道に集結しつつあった。MS隊のパイロットは最後のミーティングを終え、デッキへと向かった。出撃時間まではまだ間があるので、待機ルームはにわかに増えたパイロット達でごった返している。コックピットの閉所感が苦手な者などが飲み物を飲んだり、作戦指示書を復唱しつつ、時間をつぶしているのだ。その空間の圧迫感に堪えきれなくて、カミーユは2階の通路へと移動した。
そこに先客がいた。赤いパイロットスーツ、クワトロ=バジーナである。彼女はクワトロの背中を通りすぎるようにして、その隣のフェンスにしがみついた。

「落ち着かないのか?」

クワトロの声は優しかった。カミーユは声を出さず、首を振った。大気圏の再突入は恐くないと言えばウソであるが、自分の考えたウェイブ・ライダーの機能が試せるということに興味を転換していた。フライングアーマーは風船のように見えるバリュートに較べたら、大きくてしっかりしている分だけ勇気づけられる。

「強いのだな。カミーユは」

クワトロの口もとが、ふっと笑みを浮かべた。それにつられるように、カミーユは言った。

「クワトロ大尉、私自習室の中で考えてたんです。自分はどうしてこうも戦えるのでしょう?私って全く素人なんですよ。確かに父さんのデータは見ていました。でも武器を使うなんてやったことなかった」

「適性というものは、その環境になってみて初めて判るものだ。君はカラテの選手としても良い素質を持っていたと聞いた。戦うセンスはあるということだ」

「私は...NTなのですか?」

「人類が宇宙という世界に足を踏み入れたときから、NTの因子は、誰もが持っているのだ。だがそれを目覚めさせることが出来ないでいるだけだ。地球の重力に魂を引かれたもの達は跳ぶことが出来ないでいる。それをうらやんでいる連中がいるという...」

「でも!NTって戦闘能力が高いってことでしょう?」

「違うな...私は戦いに向いていなかったNTを知っている」

クワトロは、ララァ=スンの澄んだ瞳を思い出す。慈愛を湛えた口もとが彼の頭の中で、何度も微笑んでいた。あの頃...シャア=アズナブルであった頃の彼の尺度は、戦いに有利であったか否かでしかなかった。戦場から離れてようやく、ララァの適性というものに気付いた。

「その人には何が出来たんです?NTとして...」

「人を愛することだ」

「....」

カミーユは吹き出しそうになるのをぐっと堪えた。クワトロは真面目に話しているのである。笑っては失礼だ。しかしクワトロの口から『愛』などという言葉が出るとは思ってもみなかった。

「恋人さんですか?」

「いいや...父だ」

クワトロはララァのことを他人に触れられることを嫌って、そう口にした。父の思い出は薄いが、周りから吹き込まれた人間像は彼の中で固まっている。

「よいお父さまをお持ちで...」

「10歳になる前に死んだ」

ああ、あまり触れてはいけないことなのだな、とカミーユは直感する。自分がエマに慰めの言葉を貰うことが嫌なように、クワトロも父親の存在を遠いもののように思っている気がした。

「ジャブローってどんなところですか?」

カミーユは話題を転換させた。唐突すぎるかもしれないとは思ったが、他に話題を見つけられない。

「ジャブローか...アマゾン川の恩恵を受けて、緑の豊かな所だ。そんなところに基地を作ってしまう連邦政府は異常だ」

(え?)

カミーユはその言葉に違和感を感じた。ジャブロー基地はクワトロのような年齢であれば入隊したとき既に存在した基地である。地球連邦軍の本部として。

(この人は、ただの軍人じゃない...)

カミーユは漠然とそう思った。

「そろそろコックピットへ行くか」

クワトロは会話を中断するように、フェンスを越えて百式へ漂っていった。

 

地球の衛星軌道。
レコア=ロンド降下の際に破壊した衛星基地はまだ復帰していなかった。これは調査済みである。9隻のエゥーゴ艦隊は既に各ポイントに集結し、MSの出撃を行っている。地球を背景に小さなMSが排出される様はそれが兵器であると思えないほど美しいものだと、ラーディッシュに移されたテンプテーションの避難民の一人、チェン=ユーリは窓の外を眺めながら思った。その中の一つが自分のクラスメートであるということがピンと来ない。成績は優秀で、スポーツも万能、クラスでも目立つ存在であったカミーユは自分のように地味な生徒とは縁がないものだと思っていた。だから唯一の趣味であったJr.モビルスーツのクラブで一緒になったとき、はじめて対等な会話をした。工具の貸し借りが最初の会話だったことを今でも憶えている。彼女はチェンがクラスメートであることをちゃんと認識していた。取り柄のない自分にとって、それは嬉しいことだった。

「医学部志望なんだ?」

「親が軍医だからね」

グリーンノアは軍属とその子弟で構成されたコロニーである。士官学校に進路を決めているものも多い。チェンも自分が親と同じ道を進むことを漠然と想像していた。

「でも、こっちのセンスも悪くないよね」

カミーユはチェンが大会に出場させるJr.MSを見ながらそう言った。大会ではカミーユに負けたものの、3位入賞を果した。MSの出来は悪くなかったが、Jr.MS大会は設計の良し悪しもさることながら操縦技術も問われる。クラブからではなく、個人で出場していたチェンは自分が操縦して3位に入った。彼自身は満足できる結果だったので、翌日学校で、

「惜しかったね」

とカミーユに言われたことが不思議なくらいだ。勿論チェンはカミーユが父親のデータを流用するというズルを行っていたことは聞かされてない。
共通の話題を持つ二人が会話をするシーンは教室でも頻繁に目撃された。そのせいでチェンはクラスメートから冷やかされることもあった。が、好意的なものではない。

「男女は、女男が好きなんだ?」

男女...そうカミーユは影で呼ばれていた。親の職業が同じという特殊な環境は、そのまま生徒達が親同士の駒となって競争をさせられているようなものだった。成績表はそのまま母親たちの評価につながっていく。それが優等生のカミーユに対する同級生の反発になっていた。フランクリンの浮気の件もその悪意によって流されたものである。チェンの両親はリベラルな性質で他の生徒のことなど気にはしていなかったから、彼は別にカミーユに対するライバル心など持つことはなかった。しかしその父が、ティターンズを批判したことで、現在もグリプス2で強制労働をさせられている。

「僕は、君のように強くはない...」

チェンはガラス窓に顔を近付けて、太陽光線を浴びて輝くMSの群れの中にカミーユの姿を探そうとしたが、それが無駄なことだと判っていた。

「あれ...?なんだ?」

チェンはガラスの向こう、ちょうど地球と反対側から高速で接近する物体を見たような気がした。

 

「ハリオから、MSらしきもの接近!」

アーガマのフリッジでシーサーが叫んだ。

「MS隊の放出は中断するな!隊列を崩すとジャブローには降りられん!」

ブライトは各艦隊に通達した。
隊長を務めるクワトロの百式は、フォーメーションのトップを務めていた。その脇を固めるようにエマ、アポリー、ロベルトのリックディアス。先頭部隊のしんがりを務めているのがフライングアーマーを抱いたカミーユのMark-2である。

「シチリアに向かっています!ん..これは先日クワトロ大尉が接触したMAのようです」

アーガマのはるか後方で、既にMSを排出し終わったシチリアが火球に変わった。

「他愛もない」

青い機体のMA、メッサーラのコックピットでシロッコはつぶやいた。爆発する戦艦の横をかすめると、そのままMS隊の方へ向かう。

「うわっ!なんだぁ?」

そう、ネモのパイロットが叫んだ一瞬、ビームの輝きが彼を襲った。高出力のメガ粒子はネモのボディを貫通し、パイロットを意識ごと蒸発させた。左右に展開する遼機のネモがビームライフルを撃つが、MAは火線をするするとかわし、再びMS隊の中へと突入していった。

「落ちろ、蚊トンボども!」

バリュートを抱いた量産型MSの動きは、シロッコにとっては止まっているようだった。同時に2機のネモを撃墜するが、彼にとってはどうということは無い。
パイロットスーツを着用していないのは、シロッコの自信の表れだ。一番後続の部隊の中へ何度も切り込んでくるメッサーラは、次々とネモを粉砕していく。

「これでは味方に当たります!砲撃できません!」

護衛のはずの戦艦は、混乱するネモ隊の中を飛び回るMAに手が出せないでいた。味方同士が近すぎた。

「敵なの...!」

再び戦艦が爆発する巨大な火球をモニターに捕らえて、エマはリックディアスを反転させた。身体が自然に動いたと言っていい。MAの向かっている先にはラーディッシュがいる。ラーディッシュにはブレックスと、民間人、そしてヘンケンが乗っていた。

「エマ機、隊列を乱すな!」

ブライトはそう叫んだが、エマはもうアーガマの後方に向かっていた。

「エマさんを止めてきます!フライングアーマーなら追いつけますから!」

Mark-2はフライングアーマーに腹這いのような態勢で乗っているが、脚部を簡易的に固定しているだけなので、上半身は可動だ。

「カミーユ、行けるか?」

「ハイ!」

カミーユはクワトロに返事をすると、フライングアーマーを回転させてエマ機を追った。
ビームの火線が交差している。エマは既にその中のMAの姿を肉眼で捕らえていた。

「ティターンズのMAだというの?」

エマはメッサーラの直線的な動きに合わせてリックディアスを走らせると、ビームピストルを放ちながら後を追う。

「あれもエゥーゴのカスタムMSか...つまらん!」

赤いリックディアスはネモよりも良い動きをしているが、それも程度の差だとシロッコは思った。

(あいつだ...!)

カミーユは、エマと交戦中のMAの姿を憶えていた。
鋭角なシルエット、素早い動き。

「エマさん、そいつは速い!下がってください!」

カミーユはフライングアーマーのブースターを点火した。強烈な加速が長い尾を引くようにメッサーラを追う。シロッコはモニターにフライングアーマーの軌跡を捕らえた。それは自分に平行してビームライフルを放ってくる。

「速いだけでは私はおとせん!」

カミーユにはMAのノズルが動いたように見えた。その瞬間、青いボディは細かな軌道修正をして、自分の方へと向かってくる。数条のビームが、かすめた。

「うっ!」

「でき損ないのMSにゲタをはかせたくらいで何ができる」

カミーユは小さくかわすつもりで、フライングアーマーを傾けたが、自分の想像より大きな弧を描く。速度は稼げるが、小回りが利かないことに、彼女は舌打ちした。

「ん...」

シロッコは自分に向かってくる敵意が、鋭角だが柔らかいことに気付く。プレッシャーのようなものは感じず、むしろ気分が高揚する。

(なんだ?この感じ...?)

前回、金色のMSから放たれた窮屈なものとはあきらかに種別が違う。

(女、か)

青いMSがそう言って、旋回した。

「どういう意味だよっ!!」

口答えをしておいて、カミーユは躊躇した。答えてはいけない...そう、もう一人の自分が言う。

(おもしろい...)

馬鹿にされたような言葉に、カミーユは怒りを感じた。怒りが、向かってくるメッサーラに向けて、ビームライフルを乱射する。しかし、シロッコは自分を包む高揚感が高まるのを心地よく感じていた。ビームを回避しながら、もっと側に、Mark-2の近くへ寄りたくなる。シロッコはメッサーラの速度をあげた。

「お前は誰だ?」

「あんたこそ、誰っ!!」

また答えてしまう。いけない、これでは相手のペースに飲まれてしまう。その証拠に、敵の接近を許した。接近しているといっても、相対速度が、というだけで、2つの機体は戦場を高速で移動していた。それは端から見ているものにとっては追いかけっこをしているようにも感じられる。

(待て...)

シロッコはMark-2の姿に、青白い輝きのようなものを見ていた。林檎のように握りつぶせないことも無いような固さ。それに触れてみたいと思うのは好奇心だ。しかし、対するカミーユは悲しい怒りに包まれていた。自分の中を覗かれているような恥ずかしさ。それは裸を見られているような情けなさ。

(いや...来ないでっ!)

振り返るのが嫌だった。もうライフルを撃つことも忘れて、カミーユは逃げる。シロッコもメガ粒子砲を撃つことをしなかった。逃げる蝶を追う少年のように、ひらひらとさまようフライングアーマーについていく。

「カミーユ!」

エマの叫びがヘルメットに響いて、カミーユは正気を取り戻した。モニタの中央に、リックディアスの赤い機体が見えた。ビームピストルの銃口がこちらを向いている。
即座に、カミーユは機首をひねった。エマの放ったビームがMark-2のいた軌跡を抜けて、後続のメッサーラに向かった。赤い光が、メッサーラのウィングの一部を破壊した。

(ジャマをする...!)

その時、メッサーラのブースターユニットが盛り上がる。瞬間、それは人型へと変身した。腕には既にビームサーベルが握られている。

「変形したっ?!」

エマの狼狽の隙を突いて、サーベルが肩口からリックディアスの腕をもぎ取った。

「エマさんっ!!」

メッサーラのMS形態は、巨大だった。カミーユはその姿に「男」を連想した。憎悪が高まり、ビームライフルの銃口が輝く。
バシィッ!!
閃光が、メッサーラの脚部を破壊した。

「ちぃ!」

何を惑ったか、とシロッコは思った。素早くMA形態にメッサーラを戻すと、躊躇無くその場を飛び去った。メッサーラの性能は、片足を失った程度ではさほど影響は無いが、目の前に広がる地球の姿に嫌悪した。

「重力の井戸の底に落ちるのは御免だ...しかし...」

シロッコはもうモニターが捕らえることができなくなったMark-2の姿を思う。

(あのパイロット...また会えるものか?)

エゥーゴのMS部隊は間違いなくこのままジャブローに降下するだろう。だが、パプティマス=シロッコは名前も知らない青い魂を持つパイロットが、再び宇宙へ戻ってくることを確信していた。

 

 


メモ:

●だめだ...このあたりの話は原作、詰め込みすぎです。とても1つの話にまとめられない。というか、大気圏に突入するあたりより、シロッコとの接触を重視するので、ここで切らせていただきました。さらにカクリコンと交戦したら、話散漫になっちゃう。
●シロッコがぁ〜とお嘆きになるアナタ、ごめんなさい。でもこれがこの話のもくろみなので勘弁してね。

 


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