ANOTHER STORY of "Z"「機動戦士ZガンダムSILVER」  


「ジャブローの風」

 

アマゾンのジャングルが眼下に広がっている。
木々の海は緑というより黒い。その中に飛び込むようにして降下していくMSの機影は、ぽつりぽつりとした小さな点でしかない。
カミーユは、コックピットの中に響く風の音を聞いていた。激しく逆巻く空気が、降下中から轟音を奏でている。煩ければ外部マイクを切ればいいのだが、なぜかスイッチに手が伸びない。シンと静まり返る宇宙に慣れているカミーユには、この音はもの珍しいのだ。

「落ちている...」

モニタに表示される情報ディスプレイに、高度表示の数字が高速で流れていく。フライングアーマーのホバーを作動させる、自分の位置を確認する、敵を捕捉する...やることはいっぱいあった。どれ一つ怠っても、己の命を粗末にする結果になる。
地形とマップの照合から推測すると、自分が本来降りる予定の地点からはずいぶん離れていることをカミーユは知った。ジャブロー基地の中核である鍾乳洞を挟んで、正反対と言ってもいい。
地表が近づく。降下するMS達はバリュートを捨て、着陸態勢を取り始めた。カミーユもフライングアーマーを飛行モードに切り換える。ベースジャバーの機能を持つフライングアーマーは、大気圏内でMark-2の機体を乗せたまま飛行させるだけの推力を持っており、一気に基地を飛び越して集合地点に向かうことも可能だったが、相手は連邦軍の本拠地である。容易くそれをさせてくれるとは思えなかった。
前方に戦闘機らしき機影が編隊を組んで飛来してきた。TINコッドだ。
落下するネモ隊が、ジャンプフライトしながらライフルで応戦する。カミーユはMark-2をフライングアーマーの上に立たせた。バランサーの性能がフォローして、はじめて可能なことだ。
ミサイルの応酬がネモ隊を襲う。カミーユはフライングアーマーを旋回させると戦闘機に向かって、バルカンを放った。射程距離に飛び込んでも、MS戦のように恐さは感じない。TINコッドは薄い装甲を破られ、木の葉のように落下していった。対空用ミサイルポッドも各所で火を吹いているものの、バーニァを駆使するネモ達はそれを楽々と回避している。
こんなものだろうか?カミーユは手ごたえの薄さを感じていた。敵は宇宙にある、という信念で、地上の防備が薄いのだろうか。

(敵...?連邦軍の敵って、なんだろう。ジオンの残党?それともエゥーゴ...?)

そう、『反地球連邦政府』になるものが敵なのだろう、と思いつくまでに、カミーユは更に数機のTINコッドを撃墜していた。

 

ジャブローはアマゾン川の下に広がる鍾乳洞を利用した基地である。地上にはいくつかの滑走理があるだけで、後は巧みにカムフラージュされ、外観からその規模を把握することは難しい。地下に築かれた設備は大きく3つの洞窟に別れ、そこに勤務する軍人たちの家族を収容する施設も備えており、地球で最大の地下都市を構成している。地下に入るためのゲートはあまり多くなく、要塞としての防備を果していた。
レコア=ロンドはアマゾンのジャングルへ降下した際、ホウセンカを失った。戦闘中の再突入はやはり機体に無理が掛かったのか、軌道を修正し、着地するのが精一杯だったのだ。食料もなく、ジャングルを2日程さまよった挙句、彼女はジャブローの兵士に保護された。レコアは自分がジャブローに来た理由を、連邦軍兵士の恋人に会うためだと偽った。偽名を使い街で女性を口説く兵士も少なくないのだから、その言動は一時的に信用され、手厚い医療手当てまで受けさせてもらった。だが、看護婦の一人から連邦軍本部が秘密裏に移転をするようなうわさ話を聞かされたとき、彼女行動を起こさずにはいられなかった。敵陣で優しさに触れることが、レコアには辛い。医療区から抜け出し、情報の裏を取る所まではスムーズにいったものの、レーザー通信設備のある区画まで来たとき、彼女は巡回の兵士に見つかり捕獲されてしまったのだ。
簡易牢には先客がいた。白い麻のスーツに身を包んだ男は、カイ=シデンというジャーナリストだと名乗った。向かい合わせの窓から、カイはレコアにコミュニケーションを持とうと頻繁に声を掛けていた。

「ジャーナリストなら、どうしてこんな所に?」

「ちょっと出すぎたマネをしたんだ。ジャミトフの身辺を漁っててね」

「それで?何か面白いネタは掴めたのかしら?」

「うんにゃ。オッさん、とっくに宇宙に上っててよ」

「それ、ほんとなの!?」

「ああ、マジな話、ここは引き払うんだと。それよりあんた...」

「...私のことは話せないわ。申し訳ないけど」

レコアは取調室に連行されても、黙秘を続けた。その態度が兵士達のカンに触った。
房に戻ってきたレコアは、カイがいくら話し掛けても、姿を現さなかった。

 

 

マラサイで単独降下していたジェリド=メサは南アメリカ大陸の、大平洋に近い側に降下していた。100,000mの高度でバリュートをマラサイから切り離すと、ジャブローへ向かって軌道を変えた。マラサイは大気圏内を飛行するようには出来ていないのだから、自由落下中に少しでも修正しておかないと、地上に降りてからでは移動に時間がかかる。せめてアンデス山脈は越えておかなくてはならない。

「ガンダムMark-2!ガンダムMark-2!ガンダムMark-2!!!」

ジェリドはずっと、口の中でそう唱えていた。病気の再発である。若いジェリドは軍人にはご法度の私怨に取りつかれていた。戦争とはこういうものだ、と教えてくれる先輩などいなかったのが彼の不幸だったのかもしれない。

 

「カミーユ機、ガンダムMark-2、取れるかい!」

ロベルトからの通信が、ノイジィに響いた。

「取れてます、どうぞ!」

「集合ポイントD3は判るな?どれくらいで来れるか?」

「正反対のポジションです。時間がかかります。次のF2まで進んでて下さい!」

F2、第一滑走路なら突っ切って行けないこともないな、とカミーユは思う。

「ああ、そこで会おうぜ、ベィビー!」

能天気なノリが、ロベルトの良さだ。あまり明るいとは言えないアーガマのパイロットの中で一人浮いているような彼は、何かとカミーユの面倒を見てくれる。お守り役を命じられているのかもしれないが、カミーユはその馴れ馴れしさが少々ハナに付いた。

「う...?」

進行方向、林の奥から、ジャイアント・バズの一撃がMark-2を襲った。

「MSの攻撃っ?」

方角を確認すると、モニターにマリンブルーのMSが移動しているのが判る。MS-07H飛行試験型グフ。

(ジオンのMSだったんじゃない?)

データベースを確認すると、間違いなく連邦軍の所属として登録されている。1年戦争後、接収されたものなのだろう。カミーユは少し気が楽になった。味方機と同じGM2を攻撃するのは気が引けるが、グフであれば悪玉という認識がある。

「悪いけど...!」

カミーユは上空からグフの潜む森に向かってビームライフルを撃ち込んだ。燻し出されるように、3機のグフが川沿いに姿を現す。

「貰ったよ!」

カミーユが、機体を河川に向けたときである。フライングアーマーが失速した。

「ううっ!」

落ちる、とカミーユは思った。降下前の戦闘で、フライングアーマーの推進剤を使いすぎたのだ。エネルギーチェックを怠ったのは彼女のミスだ。ギリギリのところで川面に着水したフライングアーマーは、出力は低下しながらもモーターボートのように水面を滑り始めた。そこにグフの75mmマシンガンが追ってくる。カミーユはサーフィンの要領で、加重を偏向させた。水面を切るように水柱を上げながら、フライングアーマーは向きを変えた。その動きの中で、ビームライフルのトリガーを絞る。パルスとして放たれるビームライフルは、木々とグフをなぎ払った。

(このまま進めないこともないけど...)

グフは追ってこなかったが、上空にはTINコッドをはじめとする戦闘機が飛び交っていた。何も被うものが無い川面を進むことは狙ってくれと言っているようなものだ。そう思っていた矢先に、正面に赤い塗装のGM2が2機現われた。エゥーゴではライムグリーンに塗装されているから、敵の部隊の物だ。そのGMがビームライフルを撃つ。

「くっ!」

カミーユは水面を走るフライングアーマーを蹴るようにしてMark-2をジャンプさせた。水しぶきが視界を遮り、水面を打つビームが水蒸気を上げた。フライングアーマーはそのままGMの方へ跳ねるようにして突っ込んで行く。GM達は回避のため左右に飛んだ。そのタイミングで地面に着地していたカミーユは左のGMを狙う。激しい衝撃と爆風があたりの木々をなぎ倒した。

「...っつう!」

地上でのMSの爆発は周りに破壊する物があるせいか、振るわす大気があるせいか、カミーユには宇宙戦より強烈に感じられた。しかし、それに怯んでいる隙はない。カミーユはMark-2を細かくジャンプさせながら、もう一機のGMに接近するとサーベルを抜いた。横払いに振られたビームサーベルが、GMの両足を切り裂く。GMの胴体がバウンドしながら地面に倒れ落ちた。
マニュピレータに握られたビームライフルを警戒しながら、カミーユはとどめを刺そうとGMに接近した。が、モニターは意外な光景を映し出した。GMのハッチが開き、コックピットからパイロットが地面に飛び降りたのだ。カミーユはそれをぼう然と見ていた。地表では、MSの脚部は重要な移動機構である。GMの出力では、地表を蹴る反発力にバーニァをプラスしてようやくジャンプ・フライトが可能になる。足のないGMはいくらバーニァを吹かしても、地表を這いずるだけなのだ。
パイロットが森の中に姿を消すまでカミーユは待つと、コックピットを出力を下げたサーベルで焼いた。砲台として使われては面倒だと思ったからだ。

「さてと...」

カミーユは辺りを見回すと、Mapをモニターに映した。森の中を進むのがいいような気がするが、アマゾンの熱帯雨林は高さが無い上、密集している。進行は困難だろう。

(川べりを森に沿って進むか...)

そう思いながら、Mark-2を前進させた途端、足もとが崩れた。

「ああっ!」

先ほど破壊したGMの爆発のせいで、地表が脆くなっていたのだろうか?地面に空いた空洞はMark-2のボディを暗い地下へと飲み込んだ。

「バーニァ!」

落下するMark-2のバランスを、カミーユは立て直そうとした。その余裕があるほど地下に広がる空間は大きかった。着地したカミーユは、モニターに広がる世界を見て息を飲んだ。

(これがジャブロー?)

地下に広がる都市のような空間。鍾乳洞に被われた薄暗い風景は、夜のようだ。街灯...というべき照明が幾つも灯っているため、建物が奥まで続いていることが判る。

(なんだろう?)

夜のようだ、と思ったのは、その薄暗さのせいだけではなかった。人気がない。寝静まった街のように、辺りはシーンとしていた。

(使われていない...?)

カミーユは頭上の自分の落下してきた穴を見た。まぶしい光を洩らすその穴は、飛び上がれない高さではない。しかしカミーユは基地内に漂う雰囲気が気になって、Mark-2を奥にゆっくりと進めていった。

 

第一滑走路に終結したエゥーゴのMS隊は、すでに管制塔などの設備を制圧していた。中でも一番の収穫は、ガルダと呼ばれる巨大飛行艇を2機抑えることができたことだ。

「ロベルト!ネモ15隊と共にこの周辺を警戒させろ!我々は基地内に突入する!」

クワトロはネモを率いて、格納庫から続く地下へと侵入していった。

(おかしい。いくら連邦軍が腑抜けでも、この抵抗の無さはなんだ...?)

クワトロはここにティターンズの総帥と呼ばれるジャミトフ=ハイマンが不在なことを確信した。既にグリプスに上ったか、それとも別の基地に移ったか。
搬送用通路を抜けると、奥からマシンガンの応酬がある。ネモが装備したクラッカーを放り込むと、その攻撃も沈黙した。爆煙が薄れ、広い格納庫が露になる。

(....。)

そこはクラッシックMSのコレクションのようであった。ザクタンクなど、この時代にめったにお目にかかれる物ではない。

(そういうことか...?)

捕獲したガルダには当然積まれているはずのシャトルやブースターが無かった。それは単に巨大な輸送機として使用する目的ではなかったのか...?!
クワトロは通信機のスイッチを入れると、自軍ALLの回線を開いた。

「各隊に告げる!ジャブロー内への深入りは不要だ。反撃の意思のないものは全員捕虜として拘束、無駄な戦闘は回避しろ!」

濃度は薄いが、ミノフスキー粒子と地下構造に阻まれて、全てのMS隊に自分の言葉が届くとはクワトロは思っていなかった。しかし定期連絡やポイント終結時間に連絡はつくだろう。
通達後、管制塔を抑えているアポリーに直接回線を切り換えた。

「アポリー、士官クラスの尋問は進んでいるか?状況が判ったら、教えてくれ。自分もそちらに向かう」

『中はいいんですか?ジャブローの中核はエリア3では?』

「我々の目指すものはここにはないよ。無駄足だとは思いたくないが...」

アポリーはクワトロの言葉の意味を悟った。

『じゃ、こいつら締めあげて、居所を吐かしちまいますよ!』

「ああ、頼んだ」

クワトロは、小さなため息を洩らすと、マイクを切った。

 

レコア達の囚われている牢はエリア1にあった。既に第2滑走路側から内部に突入していたエゥーゴのMS隊の仕掛ける攻撃が、その建物を揺すった。振動と、爆音が響く中で、レコアはようやく己の置かれた立場を認識した。

(まさか、もう?)

時間は経ちすぎていた。自分からの連絡がないのだから可能性は十分ある。レコアは狭い窓から鉄格子越しに通路を見た。気味が悪いほど人の気配は無い。

「なんだっ!どうしたんだ!」

窓にしがみつくようにしてカイが叫んでいる。

「エゥーゴが攻撃をしているんだわ!」

「あんた、どうしてそれが判る!まさか...」

「そうよ、私の仲間よ!」

「そういうことかよ...。こんなとこ攻撃しても意味が無いじゃないか」

「私がそれを連絡できなかったから...」

カイははじめてレコアの目的を知った。反地球連邦組織に関係があるとは思っていたが、彼女のような女性を敵地に単身もぐり込ませるような手段を取るとは想像外だった。

「お仲間だったら、ここから出してもらえるようお願いしてくれよ」

「そんな、どうやって...!みんなMSで来ているのよ!」

「...冗談じゃない!ミサイルの一つでもここに当たったら、俺たちお陀仏だぜっ!」

ガン!と鉄の扉を蹴る音がした。カイがたまりかねてドアを壊そうとしている。

「どうしたら...」

(私は...まだ死にたくないっ!)

「誰か!誰かいませんか!ここに人が残ってるんです!開けてください!誰か...!」

レコアは大声で叫んでいた。今まで何度か死を覚悟する経験はレコアにあった。しかし、彼女は今回はじめて死にたくないと思っていた。

(こんな気持ちのままで死ぬのは惨めだ...クワトロ、私をもう一度....!)

「私をここから救けて!」

 

「あ...?」

カミーユは悲しい波長を感じた。死んでいくものの押し絞るような波は、カミーユにとって不快なプレッシャーを与え続けていたのだが、それは攻撃する側の情だと思っていた。だが、明らかにそれとは違う細く鋭い叫びが、カミーユの胸を揺すった。

(クワトロ...大尉?)

女が、クワトロ=バジーナを求めている。誰だろう。

「レコア...さん?」

カミーユはレコア=ロンドの存在を、今の今まで忘れていたことに気がついた。慌ただしい出会いと別れの中で、彼女のような人間を忘れさせる環境に自分がいるという事実は辛い。地球に降りた彼女がどうしているのか考えるのが怖かったというのは言い訳だ。

「クワトロ大尉!取れますか!私はレコアさんを探します!クワトロ大尉!」

通信機のスイッチを操作してみるが、ノイズ混じりにいろんな音が交差して、クワトロはおろか他のメンバーの声もキャッチできなかった。ミノフスキー粒子より、地下の迷宮が無線に障害をきたしていた。

「誰が聞えていたら伝えてください!カミーユ機はN5ポイントには行けません!」

カミーユはヘルメットを外すと、レコアの気配に神経を集中させた。

 

「だから!どうしてお前さんだけがそれを知ってるんだ!」

クワトロが管制ルームに入ったとたん、アポリーの罵声が室内に響いた。

「どうした?」

「ええ、彼、ジドレ少佐がこのジャブローの地下に核爆弾が仕掛けられているというのですよ。信じられます?」

「核、だと?」

「私はたまたま居合わせたのだ!ここは後1時間もしない内に跡形もなくふっとぶ!」

クワトロはデスクにうつむき加減に座る将校を見た。左手にはめた腕時計を頻りに気にしている。落ち着きが無く、冷や汗を流しながら叫ぶ姿は、余程演技達者でないとできない芸当に思えた。

「彼が嘘を言っても何の得にはならん」

「しかし、我々を退ける方便かもしれませんぜ?」

「南極条約で禁じられている核兵器を持ち出してまでか?」

「嘘だったら、銃殺刑にでもしてくれ!どっちにしろ1時間後には判ることだ!まず脱出を...」

「引越しの後片付けが爆破による証拠隠滅か!ティターンズは地球をも破壊する気なのか?」

「わ、私はティターンズではない...この基地に残る兵たちも...」

ジドレはクワトロに哀願するように、泣きそうな顔をした。クワトロは彼を一瞥すると、小さく舌打ちする。

(残されたものは、不用品ばかりというわけか)

「派閥による軍の編成に自己の理念を惑わされているのなら同じことだ!アクスはいるか?起爆装置のコントロールができるか、ジドレ少佐とともに調べてくるように伝えろ」

ジドレはがっくりと肩を落とした。表情は読めないが、自分の言い分を聞き入れてもらった安堵かもしれなかった。
数分も経たない内に、アクスと呼ばれたメカニック兼パイロットを連れて、ロベルトがヘルメットで蒸れた頭を掻きながら入ってきた。表情には困惑がある。

「お嬢とは連絡がつかねぇ。どうしちまったんだ、あいつ」

「お嬢?カミーユか?」

クワトロが眉を寄せた。

「フライングアーマーだけはあったんだよ。ま、これしきの戦闘でくたばるヤツじゃないと思うんだが、迷子になっちまったってのはあるよなぁ?」

「あ、そういえば...」

脇に立っていたパイロットの一人が口を挟んだ。

「誰かがレコア少尉を探すって連絡を受けたそうですが...」

「レコアを?」

(生きているのか...?)

クワトロは連行されるジドレを見送りながらヘルメットに手を伸ばした。

「脱出の手筈は、二人でやってくれるか?私はMark-2を探してくる」

「クワトロ大尉、無茶です。脱出のことを考えると、あと40分しか無いんですよ!」

アポリーが、クワトロの腕を掴んだ。

「だから私が行く」

「ダメですよ、クワトロ大尉。大尉はこの作戦のアタマなんですからね。そういう仕事は自分に任せてくださいな」

そう言ってロベルトが親指を立てた。

「しかし、な...」

「時間までには帰って来ますって。お嬢を見つけられなくてもね」

部下を信用する...それが出来なくてクワトロは先の大戦で自分が負けたという自覚はあった。パイロットとして前線に立つことで、局地的な状況しか把握できず失敗を重ねた。しかも今もその性分は変わっていない。

「判った。よろしく頼む、ロベルト中尉」

ロベルトが髭の下から白い歯を見せながら走り去っていくのを見ながら、クワトロは自分に言い聞かせるように叫んだ。

「脱出路の確認を急げ!ガルダ2機に搭載できるMSと人員の把握、捕虜の確認も急務だ!」

 

カミーユはMark-2の開きっぱなしにしたコックピットハッチから身を乗り出すようにして、『レコアの気配』を感じとろうとしていた。すでにヘルメットも外してしまった彼女の顔に、地下を流れるひんやりとした空気が触れていた。何処が源なのか判らない緩やかな風が吹いている。地下の都市はすでに死んでいた。生き物の気配が何処にも感じられないのだ。捨てられた街、というのはこういう状態なのだろう。

(気のせいじゃない、気のせいじゃない...)

完全に忘れていた自分に、不意に聞えたレコアの叫びは、偶然ではないはずだ。ジャブローという場所からの連想だとしてもクワトロと結びつけるようなことはないという感覚がカミーユにあった。
Mark-2は次のエリアに入った。工業施設の多かった区域から、オフィス街のような建物が目に付くようになってきた。

(破壊されている?)

戦闘があったらしく、ビルの所々が瓦礫に変わっていた。元が何だか判別のつかなくなったMSの残骸がビルの間にうずくまっていた。

(みんな、もっと奥へ進んだのかな?)

鍾乳洞は、複雑な迷路のように広がってる。事前に用意したMAPが無ければ、すでに自分の居場所など判らないだろう。カミーユは一旦MAPを確認しようと、コックピットに入ろうとした。
タタタン!
装甲に何か弾けるような乾いた音が響いた。軽い振動が、Mark-2を揺すった。

「きっ!」

シートにしりもちをつくように座ると、モニターの方向を、銃弾の飛んできた方向に向ける。遠方に、がらくたに変わりかけたザクのようなMSが、マシンガンの銃口をこちらに向けているのが映った。

「そんなになって、抵抗すると無駄死にをするって、なんでわからないんだよ!」

叫びながら、反射的にビームライフルを撃っていた。ビームはMSの腕と上半身を貫いた。エンジンの爆発が、周りのビルをも破壊する。

(きゃぁっつ!)

叫び声が、カミーユの頭に響いた。爆音が空気を伝わるのに対して、もっとはかなげでクリアな叫び。

「レコアさん!」

(カミーユ?)

声が、答えた。カミーユはビルの間にMark-2を走らせた。

「何処ですかっ!どのビルなんですか!」

「ここよ!救けて、カミーユ!」

声は、すでに音だった。破壊されたビルの天井の亀裂から、レコア=ロンドのブロンドが見える。

(よく、無事で...)

カミーユは近くにあった窓をMark-2の指先で破ると、そこからビル内に飛び移った。鉄格子の間から見えるレコアは涙ぐんでいるように見えた。

「よくも、まぁ...」

「レコアさんこそ...」

キーパネルに手を伸ばすが、解除コードなど判るはずもない。カミーユは、ノーマルスーツの足に固定されている銃を手にした。

「これで開くと思います?」

「判らないわ」

カミーユは跳弾を気にしながら、パネルに数発弾丸を撃ち込んだ。オートドアが半分だけモーター音をたてながら開く。

「カミーユ...!」

隙間から這い出してきたレコアは、カミーユの両肩を掴むようにして彼女の名を呼んだ。

「ごめんなさい、私...」

「何を謝るの、ありがとうカミーユ」

「取込中、失礼だが、こっちも開けてくれないか?」

二人の背後で、かん高い男の声がした。鉄格子の向こうで、カイ=シデンが安堵の表情を浮かべながら手を振っている。

「急に戦闘が終わったのはいいけど、取り残されちまうんじゃないかと不安だったのヨ」

牢から出てきたカイは麻のスーツについたホコリを払いながらそう言った。その不釣り合いな恰好がカミーユには不思議だった。

「ああ、俺、ジャーナリストなのよ。カイ=シデン。よろしく」

カイは自分を見るカミーユの視線に気がついて、あわてて自己紹介した。

「どうもです。私はカミーユ=クロデアです」

そう言いながらペコリと頭を下げたカミーユの、後の窓の外に立つMSを見て、カイはぎょっとした。

(ガンダム...?)

「女の子...だよね?あれに乗ってきたのかい?」

「いけませんか?」

言葉に不服を感じたカミーユの、自分をにらみつける様な瞳を、カイはアムロに似ているなと直感した。ガンダムのパイロットだからか?

「救けてもらった身分で、悪いなんて思うわけないでしょ」

カイは手を振ってみせたが、カミーユはそれを無視するようにしてレコアに向き直る。

「他には捕まってる人、いないんですか?」

「良くは判らないけど、人の気配はないわね」

「そういえば、どうしちゃったんです?ここは。なんだか廃墟みたいですよ?」

「引越ししてしまったの、ジャブローは...」

「引越し...じゃあ...」

大量のMS、艦隊を率いたエゥーゴの作戦は、無駄だったというのだろうか?

「早くここを脱出しましょう。クワトロ大尉が隊長なのですか?」

レコアは軍人の顔に戻って、カミーユに言った。その表情はカミーユには痛かった。

「ええ。本隊と合流しましょう。お二人はMark-2の手に乗ってください」

Mark-2のコックピットに移ったカミーユは、両方のマニュピレーターを合わせて、ビルに密着させた。飛び移った二人が完全に寝そべるような姿勢を取ったのをモニターで見ていたカミーユは、違和感を感じた。レコアは囚人用の簡易服を着せられていた。その隣のカイと名乗る男の白いスーツとの対照が不釣り合いだ。もちろん彼女はそれの意味するところまでを理解してはいない。

「いきますよ、レコアさん、がんばって」

「ありがとう...カミーユ」

レコアは簡易服の衿をきゅっと閉めるようなしぐさをして、Mark-2の頭部を見上げた。

 

「お..カミーユ、こんな所にいたのかい!」

前方に久しく動くものを映さなかったモニターが、見慣れたMSを捉えた。

「ロベルトさん?」

「迷子の子猫ちゃんを探しに来たんだよ!心配掛けやがって!」

リックディアスの無骨なシルエットが、Mark-2に近寄ってきた。ロベルトはマニュピレータに乗せられた人の姿を拡大して、驚く。

「おい、本当にレコア少尉が...?」

「はい...。作戦ではなんにもできなかったんですけど...」

「なに言ってるんだい。たいしたもんだ。これならお説教されなくって済むだろうよ!」

そう言ってロベルトはモニターに笑い掛けた。

「おっと、のんびりしてられねぇや。地下に仕掛けられたでっかい爆弾があるんだとよ。急いでここを脱出しないとな」

「爆弾...!本当ですか?」

「時間がねぇんだ、事情は移動しながら説明する」

ロベルトの言葉に、カミーユはリックディアスに先導されるようにして、死んだように静まり返る地上へ向かう最短の通路を進んで行った。

 

「ここを出れば第二滑走路だ。森を飛び越えればガルダがいる第一滑走路ね」

貨物用エレベータの扉が、まぶしい光を放つ。モニターの輝度が自動的に上った。地上だ。

「あと10分しかねぇ。飛ぶぞ、カミーユ!」

「はい...あっ!」

ビームライフルが、2機の足もとを襲った。不意に正面に敵影が現われたのだ。MS。
オレンジの新型、マラサイだった。

「俺は神様の存在を信じるぜ、カクリコン!」

ジェリドは叫びながらビームライフルをMark-2に向かって続けざまに放った。ロベルトのリックディアスがかばうように前方に回り込む。

「こんな時によぉ!」

ジェリドだろう、とカミーユは直感する。だとすると、そう安々と見逃してはくれないだろう。カミーユは掌の上の二人を見た。このままでは戦えない。

「二人とも、入ってください!」

ロベルトが応戦のビームライフルを撃つ間に、カミーユはMark-2のハッチを開いた。球形に近いコックピットの床に、レコアとカイが転がり込む。

「何でもいいです!身体を固定しててください!」

「逃げるのが先ではなくて?」

「あいつを味方に近付けるのは危険です!」

カミーユは腰にマウントしていたビームライフルを抜くと、ロベルト機から離れるようにMark-2を走らせた。

「どうする気だ!」

「ロベルトさんは第一滑走路に!あいつは私を追ってくるんです!」

「そんなこと言ったってよ、おめぇさんを見捨てては行けないぜ!」

マラサイは大きくジャンプすると、ロベルトの撃つライフルの攻撃をかわしながらMark-2の方に向かっていく。

「ロベルト!カミーユ!何をしている?時間がない!」

通信が入る。ガルダからのものだ。

「第二滑走路でお嬢と突入のとき襲ってきたMSが交戦中だ!」

「やめさせろ!置いていくぞ!」

アポリーが叫ぶ。

「あのしつこいヤツなんだよ!そっちに行かせるわけにはいかねぇとさ!」

「ガルダは離陸させる!なんとかしろ!」

「おいっ!置いてく気かぁ!」

カミーユはそのやり取りを聞き流しながら、ジェリドの攻撃を避け続けた。滑走路という身を隠す場所が無い更地では状況は互角なのだが、攻撃され続けることにより、反撃の態勢を取り辛かった。ビームライフルのエネルギー残量も心もとない。ジェリドの集中力は拡大していた。リックディアスの攻撃をものともせず、Mark-2のみを追い続ける。

「ライラの、カクリコンの、みんなのカタキを今ここで討ってやるからなぁ!」

気迫が、Mark-2のシールドを破った。

「ううっ!」

リニアシートにいないレコアとカイがMark-2の機体を激しく動かす度、小さなうめき声をあげている。球形のコックピットでは身体をうまく固定する術がないのだ。

「ごめんなさい、もう少し我慢してて!」

カミーユは背後にある管制ビルを確認すると、その向こうにMark-2の機体を移動させた。

「なに!?」

着地した場所のすぐ脇に、シャトルがあった。取りつくように周りを囲む軍人たちが一瞬動作をやめて、ぼう然とMark-2を見上げている。

「なんでこんな所に!」

カミーユは一瞬の着地の後、再び機体をジャンプさせた。そこに、やはりジャンプ・フライトで接近するマラサイのビームの数条が水平に襲う。シールドと左のマニュピレーターがそれを受けて破損した。

「地上での戦闘は俺たちの方が上だ、そうだな、カクリコン!」

バランスを失いかけるMark-2を必死に制御しながら、カミーユはシャトルから離れようと空中でバーニアを全開させた。

「はっ!とどめを...!」

「そこの戦闘中のMS!判っているのか?この基地はあと十数分後に爆発する!」

(何を言ってる?)

通信レンジの合っているマラサイのコックピットに、シャトルのパイロットの声が響いた。着地したジェリドは、モニターにシャトルの姿を映していた。

「シャトルの発進をジャマする気がないのなら、戦闘は向こうでやってくれ!」

エゥーゴが仕掛けたのか?ジェリドは思った。ジャブロー移転は宇宙にいるティターンズにも未公開の情報だった。
シャトルのタラップには定員以上の人間が押し寄せているのかパニック状態で、とてもいますぐ飛べるという状態ではない。

「守ってやってるんだろ!カタがつくまで待ってろ!」

そう言い捨てると、ジェリドはシャトルを背にしてMark-2に攻撃を続けた。

「時間がないだろっ!」

マラサイを追う形のロベルトは、管制塔を回り込んでビームピストルを撃つ。

「うるさいヤツ、お前からやってやる!」

ジェリドはリックディアスを撃った。ライフルが脚部を貫通する。

「ロベルトさん!!」

(逃げてるだけじゃ...!)

隙を見いだしたカミーユはライフル残弾をマラサイに向かって撃ち放つ。その一つがジェリドの撃つビームの光とぶつかり、激しくスパークした。
その光の中。
カミーユはライフルを捨てるとMark-2を走らせた。バーニァの加速も加わって、マラサイの懐へ入り込む。ビームサーベルの刃がほとばしり、横一文字に空間を切り裂いた。マラサイは両の足を根元から切断され、地に崩れ落ちた。

「やったっ!」

レコアが叫んだ。

(ガンダムのパイロットは只者じゃない、か)

カイはカミーユのヘルメットに被われた後頭部を見ながらそう思った。
カミーユはマラサイにとどめも刺さず、Mark-2を倒れ込むロベルトのリックディアスに向かわせていた。

「ロベルトさん!」

「おお、見事だな」

「ロベルトさんの援護のおかげです、それより時間がありません、早く...!」

「足、やられちまった。上手く立てねぇ」

「じゃぁ、脱出してください!Mark-2の手に乗って...」

「ああ、うん」

リックディアスを捨てることに躊躇があるのだろうか?カミーユはロベルトの心情など理解する暇も惜しみ、コックピットハッチにマニュピレーターを伸ばした。
その時、轟音と共に、アポリーの声がヘルメットに響く。

「ロベルト、カミーユ、アウドムラに飛び乗れ!」

上空に、赤いガルダがあった。

「ロベルトさん、リックディアスを掴まらせて!」

カミーユはリックディアスの脇にMark-2の腕を回すと、地を蹴るようにしてバーニァを点火させた。リックディアスの推力も加わり、2つの機体は大空に舞い上がった。

「とどけっ!」

叫びが、尾を引く。
アウドムラとの距離が縮まる。

「もうちょいだ!」

破損したMark-2の腕の代わりに、ロベルトのリックディアスが解放されたアウドムラの後部ハッチを掴む。デッキ内でパイロット達が安堵の表情を浮かべて2機を迎えている姿をモニターに映したとき、ロベルトは深いため息をついていた。

 

同じ頃、マラサイのコックピットから這い出したジェリドはシャトルに向かって走っていた。

「あのパイロット...救けたいのですが?」

シャトルのコックピットで、コ・パイの席に座る女性パイロット、マウアー=ファラオが眉を寄せながらキャプテンの方へと向き直った。

「今の状態で、キャビンにこれ以上は無理だろう!!」

「ここなら、スペースがあります」

「シートが無い!」

キャプテンの言葉を無視するように、マウアーは席を立つと、ドアを開いた。黒いノーマルスーツの男--ジェリドは、真っ直ぐこちらに走り寄ってくる。コックピットに上るタラップはすでに外されており、人が飛び上がっても届く高さではない。

「飛んで...!」

マウアーは、手を差し出す。が、ジェリドの腕はかすりもしない。

「発進するぞ!間に合わない!」

キャプテンの叫び声がマウアーの背後に響いた。ジェリドは、少し下がって助走を付けるように走り出した。
その時、ジェリドの後方で、彼の乗っていたマラサイが爆発を起こした。シャトルの船体が爆風で揺れる。爆煙は、ジェリドの身体をも吹き上げていた。

「うわぁ!」

狭いハッチに飛び込むように、ジェリドは細かい破片と共ににシャトルのコックピットに転がり込んだ。直後に背後のドアが鈍い音を立てて閉まる。

「カウントダウンだ、マウアー少尉、席に着け!」

キャプテンの声を聞きながら、自分の身体の上に覆い被さるように倒れる男のプラチナブロンドを見ていたマウアーは小さく微笑んでいた。

(運の良いお方...)

 

上昇するアウドムラのデッキで、レコアとカイをコックピットから降ろすカミーユの耳に、誰ともなくつぶやくような声が聞こえた。

「時間だ...」

遅れて、衝撃波がアウドムラの巨大な機体を揺すった。
地球連邦軍の基地、ジェブローの消滅する爆発である。同時にアマゾンの豊かな熱帯雨林の消え去る姿でもあった。
その茸雲ははるか上空、ジャマイカンのアレキサンドリアからも観測できたという。

 


メモ:

●ああ、苦しかった、ジャブロー降下作戦が終わりました。話を変える必要は全くないんですが読んでくださる方のためにちょっとづついじってみました...(^^;)。ロベルトは次回でアレなんで出番増やしてます。ちなみにこのジャブローはTVより引越しは進んでいます。最後の便が出る間際、ってところでしょうか。
●ジェリドの脱出のシーン、本当は変えたくなかったけど...。あれはジェリドらしいエピソードですもんね。ごめん。

 


【ZG-SILVERのMENUへ】 【次を読む】