「アムロ=レイという男」
エゥーゴの確保した2機のガルダは、かろうじて核の爆発に巻き込まれることなくジャブローから脱出した。しかし周囲の警戒は怠ることができない。ジャブローの移転先は結局のところ不明で、ジャミトフ=ハイマンの所在すら掴むことはできなかった。捕虜として収容した人間の中に、ティターンズに登録されている者は一人としていなかったのだ。
「未確認機接近!敵機...?」
雲間から現われた小型機がガルダの前方をすーっと横切るように飛行している。
「待て...あれは...」
旧アメリカ空軍のマークを付けたB-70はその翼を数回振ってみせた。
「カラバの連絡員かもしれん」
クワトロはアポリーに目くばせをする。
「通信、入りました。カラバのハヤト=コバヤシと名乗っています。安全空域まで誘導すると言っておりますが...?」
「ほう。良いタイミングだな。何処にだと?」
「傍受されている危険があるので、場所は言えないそうです」
「確かに。後方のスードリに続くように伝えろ」
クワトロは連絡員にそう告げると、背後の壁に身を寄せるようにしてつぶやいた。
「...カラバか。まるで秘密結社の名前だな」
「大尉は御存知無いのですね。カラバはもともとコロニー製造業者の地上でのユニオン...技術連絡機構の名前ですわ。100年ほど前の」
傍らにいたレコアがその言葉に答えた。
「ほう?それは初耳だな」
「ですから地上にいながらエゥーゴに支援してくれるのです。はっきりしたことは判りませんが、コロニー公社上がりの議院が裏にいるという話もありますよ」
「気にいらんな。支援という簑に隠れているだけではないのか?」
「そういう方はエゥーゴにもいらっしゃるようですよ」
レコアの皮肉がクワトロに伝わって、彼は口を閉ざした。
カミーユはアウドムラのデッキでMark-2の故障箇所を点検していた。ジェリドとの戦いで被弾した左腕は予備のパーツさえあればすぐに修理が可能な様だったが、もちろんそんな物はここにはない。
「熱心だなぁ」
通りかかったアクスが声をかける。
「なんだか壊れたままだと可哀想で」
「そういうの、わかるよ。そうだな...ドロゥのネモがスクラップ寸前だけど、左腕は使えそうだぜ?」
「流用できますか?この子、違うでしょ?」
そのやり取りを、デッキの床に座っていたカイ=シデンはぼう然と眺めている。一人よそ者の彼は居場所がなかった。部屋と呼べるは場所一つ残らず捕虜として捉えられた軍人たちに宛てられていたので、他のパイロット達と同じようにデッキで身体を休める他に術がないのだ。
(カミーユか...。マジでアムロに似てるな)
少年のような身のこなしがホワイトベースにいた頃の中性的だったアムロを彷彿させる。あの頃のアムロも、休む間を忘れてマシンのメンテナンスを行っていた...。
「なぁに、腕なんてそう機構的に違う物じゃないよ。肘から先だろう?ビームサーベルのコネクタは換えなきゃ使えないだろうけど...やってみるか?」
「いいんですか?」
「うん、そしたらネモのシールドも使えるし。ちょっとカッコ悪いかな?」
アクスはすでに自分のアイディアを頭の中で組み立て始めているようだ。その背後にいつのまにかクワトロが立っていた。
「良い心がけだな、カミーユ。またいつ戦闘状態になるとも限らんからな。アクス、ついでと言ってはなんだが、ロベルトのリックディアスも見てやってくれないか?」
「うへ、リックディアスか...。あれはキツイなぁ」
「そう言うな。リックディアスは貴重な戦力だ...」
『クワトロ大尉、至急ブリッジにお戻りください...クワトロ大尉...』
クワトロの言葉を遮るように、艦内放送がデッキに響いた。
「アクス、頼んだぞ」
そう言ってアクスの肩をポンと叩くと、クワトロは奥の通路に向かって歩き出した。
カイは、一瞬自分の方に向き直ったクワトロ=バジーナの姿を見て何かしら引っかかるものを感じた。
(クワトロ大尉...?違うな...。誰だ、俺の知る人...?)
通りすぎるクワトロの美しい歩き方を目で追いながら、カイは自分の中にわき上がる疑問を高まらせていた。
「どうした?」
ブリッジに上ったクワトロは、騒然とする雰囲気にただならぬものを感じた。
「先ほど一般放送で公開されたものです。再生します」
感情を押し殺すような口調で、レコアがモニターの脇にあるスイッチを入れた。
それはワールドニュースの映像だった。キャスターの深刻な表情の後に、数時間前に己の肉眼でみたジャブローの茸雲が映し出されている。
『...に使用された爆弾は南極条約によって禁止されている核爆弾と断定されました。この一連の攻撃は、エゥーゴを名乗る反地球連邦政府団体によるものと思われ、連邦軍はその事実関係の追及調査を行っています。なお、この攻撃の情報をいち早く察知していた連邦軍ジャブロー基地は、一般職員及び重要機密をあらかじめ避難させており、被害は最小限に食い止めたということです。連邦政府はこの事態を重く見て...』
「やられました」
アポリーがうなだれたようにうつむいて言った。
テロップにはアマゾンの森林を消滅させたことによる温暖化の数値までご大層に流し始めた。これにはさすがに冷静なクワトロもコンソールデスクを叩いた。
(判っていながら、それをやる?地球に固執していながら、地球を破壊する異常者どもめ!)
クワトロは、もう少しウォンに食い下がってジャブロー降下作戦を制止すればよかったと一瞬思ったが、過ぎたことを悔いるのは彼の主義ではない。
「事実上の宣戦布告ということだ。遅かれ早かれ一般にも知れる」
(グリプスだ。やはりグリプスを叩かねば核心には至らん)
クワトロは地球の重力に捉えられている身を不自由なものだと感じた。
クワトロ達の向かう北米には、一人の男がいた。
アムロ=レイは1年戦争の英雄である。
しかし、今は閑職に甘んじる只の連邦軍の構成員でしかない。シャイアンという、北米大陸を縦に貫く山脈にある巨大な花崗岩の岩盤をくりぬいて作られた基地の中で、資料整理や、役に立たない衛星の観察などの窓際職を毎日同じように繰り返すだけだった。
アムロはそんな仕事でも、この基地に勤務することは苦痛ではなかった。もともと衛星を監視するため作られた設備は、今も細々と稼働している。そこからコロニーや太陽電池衛星を観察することは、地上でも宇宙を感じさせてくれる。
それがここ数カ月、ミノフスキー粒子の濃度が強まり映像が乱れはじめていることをアムロは素直に『何かが動きはじめている』と感じていた。しかし彼の手元にエゥーゴやティターンズに関するデータは何一つ無かった。
彼は時代から一人、取り残されていた。
その日、自宅に急な来客があったときも、アムロは自分の通勤用軽飛行機の整備中であった。閑職だが破格な給料を貰うアムロは、金のほとんどを趣味のエアプレーンや機械類につぎ込んでいた。趣味さえ充足していれば、食事も忘れるといった性癖は、逃避ではなく、彼の幼い頃からのものである。
「アムロ様、お客様でございます。コバヤシ様というご夫人とそのお子様だそうです」
ガレージにアムロを呼びに来た執事は、相変わらずポーカーフェイスだ。その表情とうって変わって、アムロは最近したことも無い大口を開けて叫んだ。
「コバヤシ?本当かい!今行くよ」
アムロが庭をショートカットして玄関に着いたとき、フラウは良く手を入れられた庭木を眺めていた。最初にアムロに気がついたキッカが嬉しそうな声をあげた。
「ホントだ!ホントにアムロ兄ちゃんの家なんだ!」
アムロの目に、5年ぶりに会う懐かしい顔が並んだ。フラウ、カツ、レツ、キッカ。
「よくここに来れたね!久しぶりだ。フラウ、みんなも」
「ええ、本当に」
アムロがこの屋敷に若くして隠居同然の暮らしはじめた後、旧知の人間は誰もここを訪れてきたことはなく、フラウともハヤトとの結婚式以来の対面だった。ホワイトベースの孤児であるカツ、レツ、キッカの3人を同時に養子にしたせいで、披露宴はにぎやかなものだった。
フラウを迎えに来たアムロは、薄汚れたツナギ姿であった。
「あ..ごめんごめん、汚いカッコで。着替えてくるから上ってお茶でも飲んでてくれよ」
そういうアムロの頭がボサボサで、顔が機械油に汚れていることにフラウは思わず微笑んだ。
「今日が非番の日だって良く判ったね。...っていっても毎日非番のようなものだけどさ」
そう言って案内されたリビングルームの広さに、フラウ達は圧倒された。無機質なデザインの家具や観賞魚の泳ぐ巨大な水槽。壁には無造作に旧世紀の飛行機やガソリン車のグラフィックが貼り付けられている。
「うっわ〜きれい!」
キッカが水槽に張り付くようにして中の魚を覗き込んだ。レツは壁に貼られた写真を美術館の絵画のように眺めはじめた。しかし、カツだけはフラウの隣に座ったまま、むっつりとした表情でテーブルに置かれたティーカップを見つめてる。
「待たせてゴメン。お茶は口にあった?」
再び姿を現したアムロは、擦り切れたジーンズ姿だった。豪勢でモダンなこの部屋の主としては釣り合わない。けれどそれが自分の良く知っているアムロと変わりが無いことにフラウは安心する。よく喋ることを除けば。
「アムロ、元気そうね。それに明るくなったみたい」
「ああ、おしゃべりになったろ?こんな生活をしていると、知った人に会うと口が勝手に開くんだ」
フラウはアムロの『こんな生活』という言葉を胸の中で反芻した。ハヤトが自分達をアムロの元へ送り込んだことの意味を、自分は知っていた。
アムロのエゥーゴ、もしくはカラバへの参加である。アムロ=レイ大尉の行方は、軍の表向きの資料には一切表記されていなかった。軍気付のメールの類の返事はなく、配属すら不明であった。アムロの自宅はハヤトはカラバのネットワークを駆使してようやく探し出したのだ。だからジャブローには間に合わなかった。
そんなハヤトの意思とは違い、フラウはアムロに戦って欲しくなかった。一年戦争末期、フラウは覚醒するアムロに対して一瞬とはいえ恐怖心をもった。それが彼女の罪悪感となって、彼からの距離を持つようになった。
男としての輝きは失われていても、自分がサイド7で面倒見ていたアムロは、少なからずこういう大人になってしまうのではないかという予測はあった。その傍らにいて自分が面倒を見て上げれないことだけが不満だ。
「ケネディからここまで長旅だったろう?身体、いいのかい?」
アムロはひと目でわかるフラウのお腹を珍しそうに見る。
「6ヶ月はもう安定期よ。そういうこと、知らないのね」
フラウはしゃべりながら、大きくなったお腹をさすって見せた。疲れはするが慣れるものだ。
「女性には縁のない生活だからね」
フラウはララァ=スンの存在を知らない。しかしアムロがどこか別の女性に心を奪われていたことくらいは判っていた。だから言ってしまう。
「セイラさんのこと、まだ好きなんでしょ?」
アムロは答えず、ゆっくりと席を立った。立ち上がった先にW.B.時代に撮影した写真があった。デジタルが普及してもペーパーによる写真は特別の意味があった。黄色や緑のパッケージの会社は今も細々と銀塩フィルムや印画紙を作り続けている。フラウは退色しかかったの写真の絵柄を憶えている。中央に座っている赤毛で長身の女性士官は全クルーの憧れの人だった。
「父さんはジャブローへ行きました」
カツが唐突に口を開いた。
「今度は何を飾るんだい?」
何も知らないアムロは、戦争博物館を管理するハヤトが廃棄のMSや戦闘機を貰い受けに行ったのだろう、程度にしか思わない。奇しくもその日はエゥーゴのジャブロー降下作戦と同日であった。
「あなたは本当に何も知らないのですね!今連邦軍がどうなっているのか!」
アムロはカツがこれから言うであろう事が連邦軍批判であると察知して、慌てて人指し指を唇に当てると、ケーキに添えられたナプキンにペンを走らせた。
『ここでの会話はすべて軍に盗聴されている』
そのメモをカツに差し出す。フラウも覗き込むようにして内容を見ると、キッカとレツを呼び、そのメモを見せた。
「アムロ、お仕事大変なのね...」
フラウは言いようのない気持ちを、そんな言葉で表現した。お金に不自由せず、気ままに暮らしているように見える彼の生活は、本当はがんじがらめの監視態勢の中であることをフラウは出掛けのハヤトの言葉やメモの内容から感じてしまった。アムロが何をしたのだろう。一生懸命、それこそ連邦軍のために命を掛けて戦っていただけではないか。
「フラウ=ボゥ...」
思わずアムロから旧姓で呼ばれたフラウは、ハッとしてアムロを見つめた。さっきまで無かった寂しさを漂わす瞳がそこにあった。
「母さん?どうしたの?」
肩を震わすフラウに、カツが優しく触れる。
カツは10も離れていないフラウのことをどうしても母と呼べなかった。「姉さん」「フラウ姉さん」なのだ。当然父であるハヤトに対しても「ハヤト兄さん」と呼んでしまう。それをフラウは不自然なこととは思わなかったので注意をしなかったが、ハヤトは他人の前ではちゃんと呼べよ、と叱った。が、アムロの前でカツは「父さん」「母さん」と言った。アムロはすでに他人であり、フラウは自分達のものだという意識の表れだった。
(私はここにこの子たちを連れてくるのではなかった...)
フラウはまだ自分がアムロに未練を持っているのではないかと思われるのがイヤだった。
「アムロさん、僕に軽飛行機のコレクション、見せてくださいよ」
夕食の後、カツはそう言ってアムロを誘った。アムロもそれが口実だと判っていたので、ガレージの脇の植え込みにあるベンチへと案内した。
「連邦軍がなんとか、って言ってたな。あれはどういう意味なんだ?」
カツは自分がハヤトから聞いているティターンズ、エゥーゴの話をかいつまんで説明した。
「ハヤ...父さんはカラバというエゥーゴの地上支援部隊に参加しています。アムロさん、あなたの力を貸してくださいよ」
「どうして?」
カツの説明を聞き終わったアムロは、真顔でそう言った。
「どうしてって...えー、僕の説明じゃわかんないかなぁ」
「いや?十分判ったさ。スペースノイドを弾圧するティターンズ、だろう?」
「そうなんです!世の中がまた軍事力の為に荒れていくんです。父さんはそんな情勢を見兼ねてエゥーゴに...」
「それと僕とどういう関係があるんだ」
「アムロさん...、あなたはこの豪勢な生活が惜しくって、他人事のように言ってるんじゃないんでしょうね?地下にMSが隠してあるとか、言ってくださいよ!」
カツの言葉を、アムロは理解しない。
「なぜ、そんなことを言う?カツは僕に何ができると思ってる?」
「アムロさん...?」
アムロはこの軟禁生活を心良くは思っていないが、戦争するよりはいいと思っていた。平和主義者ではないが、自分の力を過信するほどうぬぼれてもいない。できれば軍人であることもやめたいのだ。しかしそれだけは許してもらえない。
戦後、アムロは自分がNTだとはやしたてられ、いろんなメディアで喋る機会を得た。しかし自分の言葉では人にNTというものを上手く説明することが出来なかった。自分が体験した事象を少ないボキャブラリや、とぎれとぎれの言葉で語ることで精一杯だった。しかし、戦争で疲れた人々の興味はNTの持つカリスマであり、戦場にいないアムロにはそれを表現することが出来ないのである。メディアの前に立たされた自分は、只の口下手な子供でしかなかった。NTとしての素質はあっても、自分はジオン=ズム=ダイクンのように人を引っ張っていく力はない。だからシャアが生きているのならば会ってみたかった。彼なら自分の出来なかったことができる気がしていた。
「スペースノイドが虐殺されているのですよ!父さんはティターンズの活動を少しでも食い止めようとしているんです。それが間違っていますか!」
アムロは、カツは本当にハヤトに育てられたのだな、と感じた。
「MSに乗って、ティターンズを退治してこいって、そういうんだな?」
「そ、そういう言い方....」
「今の僕にはものを考える時間がいっぱいあるんだ。何かしたいと思う時間が。だけど僕は一度失敗した人間だ。主義も主張も、なにも語ることがない」
一通りメディアでの露出が終わると、民衆の対象は自分達の生活の復興に追われ、飽きの早いマスコミはアムロを追うことはしなくなった。自分が何か出来るチャンスを失ったと、アムロは思った。連邦軍はマスコミの取り巻きが減ったころあいを見て、アムロのシャイアン通信基地の配属を任命した。2度のコロニー落としで最も被害の大きかった北米は、連邦政府が立て直しに最も力を入れた区域であり、彼も疑問を持たなかった。しかしそれが閑職であることは着任後1週間で判った。
シャイアンに勤務しながら、アムロは連邦軍が密かに設立したオークランドのニュータイプ研究所にも何度か呼ばれた。そこである程度のデータを取る被験者になることを、アムロは快く承知した。自分の口では説明できなかったNTというものを、数値でもいいから残しておきたかったのである。戦場から離れるにつれて感性が鈍っていくような気がして、あのときの出来事は自分の夢想ではなかったのかという焦りも感じていた。
「でも、身体を動かすことくらいできるでしょ?僕にとってアムロさんはヒーローでした。こんな田舎で毎日空を見上げてるアムロさんなんて、僕の知っている人じゃない」
「空を、見上げてる?」
カツが、あてずっぽうに言った言葉が、アムロの心に引っかかる。確かに自分はいつも空を見上げていた。自由が欲しかったから?いや、宇宙に上りたかったから。
「アムロさん?」
カツの呼びかけに答えず、アムロは黙りこくったまま屋敷の方へと歩き始めた。
ベランダにフラウのシルエットが見えた。柔らかいワンピースの裾が風に揺れている。
「フラウも...僕を誘いに来たのかい?」
フラウはゆっくりと首を振った。
「ううん。アムロは今のままでいい。だって私の知ってるアムロだもの」
「フラウ...?」
「あなたは昔の顔に戻ったわ。とても穏やかな顔をしている」
そう言って微笑むフラウの顔が、アムロに8年前の自分を思い出させる。
「だから...私はアムロの生き方を変えろとは言わない。でも子供たちはそうは思っていないでしょうね。ここにいると迷惑をかけてしまいそう」
「そ、そんなことないよ。僕は君がここへ来てくれたことを嬉しいと思ってる!」
「ありがとう。でも私たち、明日には日本へ行くわ。余計なことをしてごめんなさい」
「フラウ...」
アムロはフラウを抱きしめたくなる衝動を抑えた。ハヤトの妻であるフラウは、もう自分の幼馴染みという存在ではないからだ。けれどアムロは確かに母性的なものに飢えていた。軍が代わる代わるよこす女たちを玄関口で追い返してしまう彼は、未だに女性と関係を持ったことがない。盗聴されている屋敷でセックスを行うほど酔狂でなかったこともあったが、現実は性行為は恋愛の過程であるという、夢見る少年の域を出てはいないのだ。
フラウの思いを余所に、週に2便しかない日本行きのフライトチケットはなかなか取れなかった。フラウはアムロに対し申し訳ない気分でいっぱいだったが、カツはあの日以来大人しくしている。それは翌朝流されたニュースが原因だった。エゥーゴのジャブロー襲撃事件の歪曲された報道である。
「ウソですよ、こんなの!」
カツはスプーンをほおり投げると朝食のテーブルを立った。
「カツっ!」
フラウは叱咤の声を上げたが、アムロは無言で彼を追った。
「どういうことなんだ、カツ」
庭に飛び出したカツは、自分の思いを吐き出した。
「マスコミもティターンズに牛耳られてるってことでしょ!核なんてどうやって持ち込むっていうんです!やるんなら、衛星軌道からぶっ放してますよ!」
「それもそうだ...僕にはその、エゥーゴの背後関係が判らない。基地のネットもロックが掛かっていてそんな情報、入手できないんだ」
「ハヤト兄さんに会ってくださいよ、そうすれば説明してくれます!」
「だけどね...」
「ハヤト=コバヤシって人が、どんな人だか、アムロさん良く知ってるでしょ!」
「僕はここから離れることはできない。今、なにか行動を起こせば、君達も危険になる。それに僕は...」
「アムロさん?」
「NTは...人殺しの道具じゃない...」
「あ...」
人を殺したくない。
それは、人の真理だとカツは思う。カッコよくガンダムで戦うアムロはその手で人を殺してきたのだ。そのアムロが、もう人は殺せないというのなら、カツは何も反論できない。エースパイロットであったアムロがエゥーゴやカラバに加われば、即戦力として戦うという期待を持たないものはいない。
「失礼なことを、いっぱい言って申し訳ありませんでした。僕は、ただ...」
アムロはパン、と泣きそうな顔をするカツの肩を叩いた。
「いいんだ。僕は僕で出来ることを考えるよ。何が出来るのかわからないけどね」
そう言いながら屋敷の方へ戻っていくアムロの背中を、カツはあわてて追いかけた。
アムロの中で、まだ一年戦争は終わっていない。
メモ:
●カラバの設定は捏造しています。そのうち私が勝手にこさえた設定部分は添付資料としてアップする予定です。
●ジャブローのニュースを流したことにしたせいで、日付調整のためにフラウ達は翌日日本に発てませんでした...。