永遠のフォウ 1章
無機質な廊下が続いている。 「ン...消えたか?」 断片的に聞えていた『悲鳴』がとぎれた。シャアは意識を集中してみたのだが、脊髄を薄く振るわせるような、あの感触はもうどこからも感じられなかった。 「医療ブロックでしょうか?警備が薄いですね?」 「うむ、とんだ方向違いのようだな」 通路の脇に、ストレッチャーや、測定器具の様なものを載せたワゴンなどが放置してある。ジャミトフがいるとすれば、もう少し上層なのだろうと、シャアは判断した。 「むっ!?」 前方から通路を白衣を着た男が数名、歩いてくる。シャアはすかさず銃を構え直したが、カミーユは壁に身を寄せる動作をした。その腕が、自動扉のスイッチを触った。 ウィィィン。 扉が開いた。室内は暗かったが、奥にダウンライトで照らし出された数名の人物。 「なにぃ!」 反射的に、シャアは室内に飛び込むと、銃をその男に向けた。カミーユもそれに従うように銃をかまえる。 「ジャミトフ、覚悟!」 シャアが引き金を引く。銃声が二つ、三つ、室内にこだまする。同時に、カン、カン、と乾いた音が跳ね返った。 「ほぅ、これは意外な獲物だな。シャア・アズナブルとは。」 ジャミトフがゆっくり腰を上げた。同時に、2人の背後の自動扉が閉まる。 「う?!」 カミーユは後ろ手でドアスイッチを探ったが、何度押しても扉は反応しない。どうやら、向こうの部屋からこちら側のコントロールが可能のようであった。 「もう少し、賢い男だと思っていたのは、私の過信であったか?」 2人のいる部屋のライトが照らされた。そのときである。 「ん、ん〜ん」 緊迫した雰囲気から程遠い、あどけない少女の声がひびいた。暗いときには気づかなかったが、部屋の中央にリクライニングされたシートが置いてあった。その背もたれから、白い二本の腕がのびる。 「今日のテストは終わりだな?部屋にもどるぞ」 「フ、フォウ?!」 シートから立ち上がったブルーのノーマルスーツに身を包んだ少女は、少しやつれた様子も見えるが、間違いなくフォウ=ムラサメだった。彼女は、まわりの状況をまるで気にする様子もなく、自動扉のスイッチを押す。 「これ!フォウ!」 向こう側のコンソール前にいる技術者風の男が慌て声をあげた。しかし、フォウはまるで聞えていないように、壁にある、タッチ・キーを押し、扉を開けてしまった。 「行くぞ、カミーユ!」 部屋を飛び出したシャアが、カミーユに指図する。しかし、その声は彼の耳には入らなかった。カミーユは、前を歩くフォウに吸い寄せられるように、ふらふらと反対側の通路へと歩き始めたのである。 「ちぃ!」 シャアが、そのカミーユの腕を引こうとした瞬間、開いていたドアが急に閉った。 「なにぃ?」 扉には、関係者以外の侵入を禁止する文字が大きく記されていた。こちらから開くためのスイッチは、どこにも見あたらない。 「カミーユ、戻れ!危険だ!」 シャアはドアを叩きながら叫んだが、それに応える気配は何もなかった。 「こっちだ!」 ジャミトフの指示による兵がやってきたようだ。 「まずいな、」 シャアは、その場を離れる決意をせざるを得なかった。
「フォウ、俺だよ、カミーユ」 確かに自分が視野に入っているだろうに、無視するかのように先を歩くフォウの態度にカミーユは不安を隠しきれなかった。 「あ、カミーユ」 フォウがゆっくり振り向く。それはまるで今、街の中でばったりであったときのような素振りだった。 「元気だった?会いたかったんだよ、とっても」 フォウはゆっくりとほほえみを返す。それは、以前よりも痩せてやつれた顔になってしまっていたが、ニューホンコンで見せた柔らかく、涼しげな笑顔と同じであった。 「俺も、俺もフォウに会いたかった」 「私の部屋に来なよ。冷たいのみのもがあるよ。私、のど乾いちゃって。」 フォウはさりげなくカミーユの腕をつかんだ。 (おかしい...) 敵基地の中で、自分とあったことになんの疑問も感じていない様子のフォウ。カミーユはその不自然さにとまどいながらも、彼女の微笑みやしぐさが演技や偽りのものでないように感じていた。 「どうぞ」 彼女はドアを開けると、まず自分が先に入り、カミーユを招くように中へ引き入れた。ドアをロックするような操作はしない。カミーユは天井を仰ぎ、監視カメラらしきものが無いことを確認した。 (ワナ、ではないのかな...) 一応、疑ってはみるものの、彼女の口からこぼれる鼻歌の心地よさのほうに気を引かれる。それは1年ほど前に流行った流行歌だった。空手部に好きな先輩がいて、部室でよくかかっていたことをカミーユは思い出す。 「カミーユは、オレンジジュースでいい?」 「あ、俺はなんでも...」 フォウは冷蔵庫からオレンジ色のペットボトルを取り出すと、大振りのグラスに注ぎ始めた。部屋はこじんまりとして、家具らしいものはいくつかの作り付けのクローゼットと、ベット、サイドテーブルくらいしか見あたらなかった。女性らしい装飾など一切ない。カミーユはそのベットに腰をおろした。 「はい」 「あ..ありがとう」 カミーユは、自分がグローブを付けたままなのに気づき、あわててそれを外した。 「俺のことなんか、忘れてしまったかと思った」 「忘れるわけないよ、カミーユ・ビダン?」 振り向いたフォウの唇はオレンジジュースで艶やかに濡れていた。 (あいたかった) (もう一度) フォウの柔らかい唇の間から、温かい舌が割り込んできた。カミーユもそれを受け止めた。はじめての経験であった。
幼い頃、カミーユにとって、女の子は「異性」ではなかった。 「お嬢ちゃん、いくつ?」 「お転婆ねぇ」 それが大人達が彼に投げかける決まり文句だった。しかし、そんな言葉を聞いても、ヒルダはうっすら笑うだけで、否定すらしなかった。
唇をあわせたまま、カミーユはフォウの身体を抱き締めた。フォウの腕も、カミーユの頭を抱いた。そのはずみで、2人の唇は離れてしまったが、そのままカミーユは彼女の首筋へとキスを移した。うっすらと汗の匂いがするにもかかわらず、フォウの首筋はひんやりと冷たかった。 「ん...うん...」 フォウが小さな声を洩らす。カミーユの全身の血が、ドクっと、大きく脈打った。 「フォウ!」 カミーユは、フォウをゆっくりベットへ押した。従うように、また彼の身体を引き込むように、彼女もまた倒れ込んでいった。カミーユの指が、彼女のノーマルスーツのシールを剥し、ファスナーを探した。それは彼女の身体のラインに沿って、なめらかに滑り下りていった。薄いインナーウェア越しに、彼女の柔らかい肌の感触がある。 「うふふ...」 くすぐったいのか、フォウが薄く笑う。そして自分の手を彼の手の上に重ね、もう一方の手で、衣類を脱ぎはじめた。 (...そう、だよな。はじめてじゃないんだよな...) カミーユは自分の幼さを少し恥じた。
フォウの腹部をなでながら、カミーユは空手部の部室に置いてあった雑誌のことを思い出していた。 「おまえ、ファとはヤッたのか」 最初は、その質問に怒りをおぼえるカミーユだったが、ある日を境に、曖昧な笑いを浮かべるようになった。 その日、ファの家に借りていた本を返しに行った彼は、偶然ファの着替えるところを覗き見してしまったのだ。その瞬間、いきなりファは「女」という存在に変ってしまった。その夜、カミーユは想像の中で彼女を裸にし、マスターベーションをした。実在の女を思い浮かべたのは始めてのことだった。実際SEXをするまでの想像をしたわけではなかったが、翌朝、彼女を正視することができなかった。その日からだろう、彼女に付きまとわれるのが恥ずかしくなってしまったのは。 (俺は、ファのこと、好きなのか?) よそよそしくしてしまう自分に、問いかけたことがあった。 しかし、カミーユの苦笑いは、部員たちに肯定の意味にとられていたようだった。一人前、と背中を叩く先輩の力は、不必要に強いものだった。 |