機動戦士MZガンダム0093 帰還  


帰還

 

自分が地球圏に戻っている、という認識を、ジュドー=アーシタはまだ持てないでいた。

長い旅なのである。既に彼は木星エネルギー開発船ジュピトリス3の船内に8ヶ月も拘束されていた。

ジュピトリス3はその名の通り、かつての連邦軍所属のジュピトリスの後継艦である。以前、木星開発業務は、連邦軍の管轄であった。だが、莫大な費用と長期計画の遂行のために、近年それを運営する木星エネルギー開発公社が設立された。同時に既に木星との往復を行っていたシュピトリス2も、航行中に公社所属に変更された。そして公社の名のもとに建造された最新艦がジュピトリス3である。最新鋭のエンジンを積んだジュピトリス3は、エンジン部が歪なほど大きいが、そのおかげで木星までの航行時間を従来の2/3までに短縮させることができるようになった。

 

「戻った頃には、元気になってたりしてね」

「強がるもんじゃないわ、本当は心配でしょうがないくせに」

ジュピトリス3の護衛MS部隊長に収まって、「強さ」を増したルー=ルカが彼の背中を叩いた。彼女こそ、ジュドーの妹へのこだわりを一番知っている人物である。

「元気になっていたとしても、兄としては会っておくべきでしょ」

既に1年も前のことである。ファ=ユイリーから1通のメールがジュドー宛に届いたのは。

『不躾なメールを、ごめんなさい。
私の勤める病院に、リィナ=アーシタという患者が入院してきました。そう、以前シャングリラでお会いした、ジュドーさんの妹さんです。病名は伏せますが、ちょっと長くかかりそうなケース(当病院の医療技術では、治らない、という類ではありませんが)なのです。おせっかいかもしれませんが、励ましのメールをいただけないものか、と思ったものですから。』

ジュドーは、確かにここ数年、リィナにメールを書くことを忘れていた。リィナからは初めは数カ月に一度の割で届いていたメールが、次第に間隔を置くようになり、ここ1年ほど届くことがなくなっていた。ジュドーはそれを新しい生活の忙しさからだと信じていた。山の手とはいわないが、そこそこ良いJr.ハイスクールに入学した、と聞いていた。

(俺に似ず、デリケートだからなぁ、あいつ)

ファに返信のメールと、身の回りのことをお願いするための幾何かのお金を振り込んだジュドーであったが、そこは血を分けた兄妹の身の上、心配は隠しきれなかった。
そんな折、ジュピトリス3が予定を早めて地球圏へ向かう、という情報が彼の耳に入ったのである。ジュドーは、これ幸いと、乗員としての志願書を提出していた。競争率は高かったが、何とかその一員として選考された。そしてルー=ルカと再会したのである。

「やっぱり、我慢できなくなったんでしょう?」

ルーはジュドーを見つけるなりそう言った。
地球圏を離れたとき、一緒に木星へ向かった二人であったが、その思いは全く別のところにあった。ネオ・ジオンとの戦いで、疲弊した心身を落ち着かせられる場所、そして地球に住む大人達の傲慢を感じさせずに生きていける木星という世界を、ジュドーは自分が生きていくにふさわしいフロンティアのように感じた。その思いは今も同じである。が、それに較べてルー=ルカの木星行きには深い思いはない。戦いの中で戦士として生き抜いていた、『ジュドー=アーシタ』という少年に男の魅力を感じていたからである。しかし、木星に向かうジュピトリス2の中で、彼女はそれが自分の一方的な思い込みだということに気づいた。ガンダムを下りたジュドーは、やはり3歳年下の、普通の少年だった。

(もう少し大人になるまで、待っててあげるわ)

それがルーの思いである。しかし、側にいて静かに時を過ぎるのを待っている彼女ではなかった。すぐさま木星配属の連邦軍所属のMS部隊に志願、実力を買われ、そのパイロットに収まってしまった。
無から全てを生み出すかのような木星の生活は何かと忙しく、2人はあえて接点を持たず、日々の生活に没頭していた。
そして3年の歳月が流れた。

「我慢、ってなんだよ?」

「木星での生活、よ」

ジュドーは決してそんな風には思っていない。彼の仕事は木星エネルギー開発公社の新規設備準備室という名の何でも屋であるが、それはまだ未開発な部分の多い木星圏では、なくてはならない仕事である。なにより決まったやり方があるわけでなく、自分で新しい方法を見つけ、問題を解決していく、という仕事には満足感があった。もともと粘り強い性格である。

「そんなことはないね。俺には向いている世界だよ」

事実、地球圏には未練はなかった。ただ一つ、妹のリィナのことを除いて。

 

「そういえば、今日の定時連絡で、いやな情報を受け取ったわ」

「イヤな?また戦争でも始まる、ってのかい?」

「そんな感じだわ」

「これだから、地球圏っていやだよ。木星みたいに足元になんにもない世界で生きていけば、仲良くやっていかなきゃ身の破滅だってわかるのにさ」

ジュドーはコロニー群の足元に浮かぶ、地球の姿を思い出していた。

「ネオ・ジオンが動き出した、って話」

「マジ、かよ」

(ミネバが?)

そう思わざるを得ない。ジュドーは先の戦いの後、サダラーンに彼女の姿を見てはいない。

「シャア=アズナブル、よ」

ルーは、声をひそめてその名前を口にした。

「シャア?まだ生きていたのかよ、あのオヤジ...」

ジュドーはクワトロ=バジーナを名乗るシャア=アズナブルが、自分達が参加する前のエゥーゴにいたことは知っていた。そしてティターンズとの戦いで、ハマーン=カーンによって撃墜された、という話を聞いた。彼にとって、ジオン=ズム=ダイクンも、人の革新もあまり興味の対象ではない。自分たちがシャングリラで感じていたのは、『一年戦争を起こしたジオン』は嫌い、という程度のものでしかなかった。もし、クワトロがシャアだと知りながらアーガマにいたとしたら、一緒に戦えたかどうか疑問である。

「あなたの実力を知っている私からのお願いだわ。MS乗りに戻らない?」

ルーはジュドーの手を取り、そう言った。

「まっぴらだね。俺にまた戦争をさせようっていうの?それにMSなら毎日のように乗っていたさ」

「プチモビなんてMSのうちに入らないわよ」

「そうかい、じゃ、俺には向かないね」

(せっかく、この船の中に、あなたピッタリのものがあるというのに...)

ルー=ルカは自分がジュドーを説得できる自信が無くなり、彼の脇を離れた。

 

 


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