機動戦士MZガンダム0093 襲撃
襲撃
ジュピトリス3は巨大な船体を既に月の軌道に近付けつつあった。 「まずいんじゃないですかね?」 ジュピトリス3の副航海士データ=ワタナベは映し出された航路図を確認しながら艦長のワルフ=ホイットマンに言った。2人は連邦軍上がりだが、偶然に同期だったので、公社に身を置いてからはどうしても口のききかたがラフになる。 「コースは予定どうりだ。何か問題はあるかい?」 木星からの帰路は、月の周期を計算に入れた航路になる。半月もずれると、時間も燃料もかなりの損失になってしまう。 「このままだとサイド3の脇をかすめますよ。あの辺は...」 「ネオ・ジオンのことか?我々は公社だぞ。たとえ戦闘中でも、やつらは手を出せまい」 主航海士のオリジ=ゲオルグが笑った。 「それに南極条約もある。だいたい、本部からはなんの連絡も受けておらんじゃないか」 「そうですがね...」 「まあ、用心するに越したことはない。サイド3圏内では警戒体制を引かせよう」 ワルフ=ホイットマンがその言葉を発した時である。オペレータが声をあげた。 「前方に、MS多数!識別信号は連邦の物ではありません!」 「なんだと?」 「あーっと、レーザー通信です。ね、ネオ・ジオン?!」 それは悲鳴に近い。 「何と言っている!」 「降伏せよ、です」 「何が降伏せよ、だ。我々は軍じゃない!公社の艦を襲おうというのか!」 ワルフ艦長は帽子をコンソールに叩きつけた。 「反政府団体ですよ。経済制裁される前に、ここのヘリウム奪っちゃおうって魂胆じゃないですか?」 居合わせた技師長のフジカ=サクラバが言う。 「冗談ではない!誰がジオンに渡すものか!こっちもMS隊をだせ!応戦させろ!」 ワルフ=ホイットマンは1年戦争経験者である。
急な出動要請に、ルー=ルカは飲みかけのドリンクパックを落とした。 「ネオ・ジオン、ですって?!」 側にいたジュドー=アーシタも驚きを隠せない。 「出るのか?」 「あたりまえでしょ、仕事なのよ!」 そう言い捨てて、ルーはラウンジから飛び出していった。 「おー、こわ」 ジュドーは足元に落ちた彼女の飲みかけのドリンクパックを拾い、専用のダストシュートに投げ入れた。ジュピトリス内では全てのものがリサイクルされる。 (久しぶりの実戦だろう、あいつ、大丈夫なのかな?) 気のないフリをして、実はものすごく心配なジュドーなのである。彼はラウンジを出ると、自分が出入りできる場所で一番状況のわかる場所はどこだろう、と思いを巡らせた。
「ジェガン、ルー=ルカ機、出ます」 ルーは射出口から自分の機体を滑り出させた。ボディに流星のマークを入れた、自分専用の機体である。しかし、それだけではない。彼女は以前乗っていたZガンダムより癖がなく、扱いやすいジェガンという機体は好きだった。ただ量産機というのがいただけない。根っから目立ちたがり屋の彼女は木星間航行の暇を見つけてはメカニックに改造をお願いした。暇なメカニックは彼女の色気付きのお願いにすぐ乗ってきた。その辺りが木星圏の奔放さの現れである。まず、メインカメラをキャノピー形式からデュアルモニタに、そして隊長機の象徴としてサイドのレーザー通信用アンテナをやめて、フロントに2本出させた。その頭部に加え、白を基調にトリコロールに配されたペイントは、まるでガンダム仕様である。もちろん基本性能も強化した。アポジモーターの追加、装甲の強化。究めつけはビームライフルである。ハイメガランチャーには及ばないものの、かなりの射程を確保してある。 「全機、フォーメーションγで展開、ネオ・ジオンの海賊共をジュピトリスに近づけないでよ!」 ルーは自分の後から射出される部下たちに、檄を飛ばした。自分はともかく、他のメンバーに実戦経験はない。全ては演習と、シミュレーションによる戦闘のみである。 (ジュドー、見てるかしら、この機体) ルーは、守るべき船に、ジュドー=アーシタが乗っていることに違和感を感じていた。
ネオ・ジオンのジュエラス=ビーンズ中尉の率いるギラ・ドーガ隊は、スウィート・ウォーターから離れた地球圏の一番外れともいうべき地点に漂う廃棄コロニー付近で演習を行っていた。そこにジュピトリス3が通りかかったのである。予定の航路だとはインプットされていたものの、惑星間宇宙船の予定など、意識の外であった。第一発見者のマミア=レイトン少尉からの報告を受けたジュエラス中尉は母艦である偽装貨物船経由でスウィート・ウォーターの本国へ連絡を取ったが、総帥不在の現在、適切な指示を送るものはなかった。シャアは民間放送のインタビューという名目で、月に向かっていた。 「理由は後からなんとでもつけられよう。どっちにしろ総帥はあと数時間で宣戦布告をなさる!」 僻地ともいえるサイド3において、ヘリウムを満載したジュピトリス3は魅力的な存在である。ジュエラス=ビーンズは、その強奪の強行を決意した。 「間違えても、タンクには当てるなよ!」 彼はジュピトリス3から排出されるMS隊を確認しつつ、そう叫んだ。
ルーのジェガン改の全天周モニタが、敵のMSを映し出す。CGによって再構成されるそのMSは見慣れないものだった。 「ザクに似たヤツ、10機か」 味方は彼女を入れて7機。多少不利である。彼女は背面に取り付けてあった強化ビームライフルをかまえた。それは高出力のビームを集束させるためのIフィールド発生部分を後付けで強化したせいで、ジェガンの全長の2/3ほどの大きさにもなっていた。 「いけ!」 想像以上の出力が、銃口から発射された。ほとばしるビームの軌道は次第に拡散しながら、はるか先のMSを貫いた。威嚇のつもりだったが、そのでっちあげのビームライフルの威力は彼女の予想をはるかに上回っていた。 「上出来じゃない!」 ルーはジュピトリスのメカマン、ムーズ=アベルに感謝した。 「何だと?」 ジュエラス中尉は、モニタ上にビームを発したMSを確認した。 「なぜ、ここにガンダムがいやがる!」 ジュエラス中尉は吠えた。『ガンダム』は『ジオン』にとって天敵とも言える存在だったのかもしれない。 「ブルック=ザード少尉を用意させておけ、出番があるかもしれん」 彼は通信を切ると、ギラ・ドーガを前進させた。
二つのMS部隊の距離が縮まる。ジュピトリスを背負っているせいで、ルー=ルカ隊の攻撃が先になった。彼女はもう一撃、強化ビームライフルを放った。が、さすがに今度は避けられてしまった。ムーズ=アベルの話では、このビームライフルはエネルギーCAPの関係で、3発しか撃つことができない。彼女はライフルを背負うと、接近戦に備え、ビームガンに持ち変えた。 「マイカたちは、ジュピトリスの艦橋を守れ!」 ルーはそう指示すると、強化バーニァを吹かし、一番手前に迫るギラ・ドーガに向かった。ひとつ、ふたつ、ビームガンを放つ。相手はそれをするり、とかわした。 「そうこなくっちゃね」 彼女も反撃のビームマシンガンをかわすと、大きく左手に機体を流した。もう一機のギラ・ドーガがそのジェガン改にむかってビームマシンガンを放つ。予測された攻撃である。ルーはバーニァの出力を上げ加速するとビームマシンガンの軌道をかわしつつ、その懐へ飛び込む。左のマニピュレータにはビームサーベルがあった。すれ違いざま、ギラ・ドーガはまっぷたつになっていた。 「二つ!」 さらに、その爆発の影に隠れるようにして、追ってきたもう一機のギラ・ドーガに向かってビームガンを発射する。手ごたえがあって、閃光が重なった。 「やるようだな、ガンダムもどき!」 殺気が走った。ジュエラス=ビーンズである。 「うくっ!」 シールドでかろうじて避けるが、爆発の反動で機体が大きく跳ね飛ばされる。そこに、ビームアックスの一太刀が切りかかってきた。ルーは反射的にシールドを構えるが、それに耐える様にはできていない。彼女は半分になったシールドを敵に向かって投げ捨てた。ジュエラス=ビーンズのギラ・ドーガは、自分の視界を遮るシールドを、さらに切り裂くように振り払った。その間に、ルーはビームガンを放つ。当たりはしないが、向こうが避ける間に、間合いをとることができた。 「少しは、できるみたいね」 そのとき、彼女の足もとのパネルに赤い輝きが点滅する。 「ピエステ機が、落ちた?」 ジュピトリス3を守っていたチームが苦戦しているようであった。しかし、目の前のギラ・ドーガは容赦無く切りかかってくる。 「あんたの相手はしてらんない!」 ルーはサーベルをほとばしらせた。アームを伸ばし、その一撃を受け止めると、ジェガン改のボディを反転させ、その“わき腹”に蹴りを入れた。その態勢が崩れたところに、ビームガンを放つ。その輝きは、ジュエラス=ビーンズのギラ・ドーガの右足を引きちぎった。 「うっ!!」 彼の操作の遅れが、ギラ・ドーガの機体を大きく流した。 「ブルック=ザード少尉を出せ!実戦だ、理由なんざ後からいくらでも付けてやる!」 流されるGの中で、ジュエラス中尉は母艦に向かって叫んだ。
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