機動戦士MZガンダム0093 始動  


始動

 

「すげぇな」

ジュピトリス3の通信室で、ルーの活躍をモニタリングしていたジュドーは感心した。モニタに映し出された戦闘の様子は光の点でしかないが、彼にはルーの動きが漠然とわかっていた。しかし、相手とまともに戦っているのは彼女1人である。ジュピトリス3を囲むように展開する戦闘を映すモニタは、味方機の撃墜も同様に伝えていた。さっきからジュピトリス3の船体には流れ弾が頻繁に当たるようになっていた。不慣れなパイロットたちが、敵機を船体に近付けさせすぎたせいである。そのためジュピトリス3の貧弱な砲門も味方機に当たることを恐れて弾幕を張れずにいた。

「あっ...」

不意にジュドーは不吉なプレッシャーを感じた。かつての戦いで幾度となく感じた“あれ”である。

「まずい...」

そのプレッシャーを発するものは、真っ直ぐルーのいる空域へと向かってくる。

「そいつは...」

ジュドーは通信室から飛び出した。自分でも、何をしようとしているのかよくわかっていない。

(そいつは、お前にゃ無理だ!)

ジュドーの焦りが、彼の足をMSデッキへと運ばせていた。デッキ奥の格納庫は静まり返っていた。軍艦ではないジュピトリス3のMSデッキはオマケのようなものである。メカマンが数人モニタの前に集まって、かじりつくように戦闘の様子を見つめている。

「何でもいい、残ってる機体はないの!」

ジュドーはそのメカマンたちに向かって叫んだ。広いMSデッキ内に、その声はワァン、と反響する。

「あんた、今出ようっていうの?そりゃ無茶だよ」

「無茶は承知だ!」

「それにジェガンはもうないよ」

「ジェガンじゃなくてもいい!こんな戦闘をしてたら、ヘリウムタンクが爆発して俺等も死んじまうぞ!」

誇張ではなかった。ネオ・ジオンの連中はともかく、味方機の攻撃があまりにも不慣れなため、その危険は十分にあった。
しかし、その言葉は効いたようである。メカマンの1人、ムーズ=アベルがしょうがない、という顔で立ち上がった。

「整備もなんにもしちゃいない、しかも積み荷扱いのMAがあるよ。本当はA.E.に届けるためのものさ。責任はもてないぜ」

彼はジュドーを案内するように作業用のゴンドラに足を掛けた。モノは、2階のデッキにあるらしい。
2階デッキはさらに暗かった。そのなかに薄ぼんやりと被いをかぶせた飛行機を思わせるシルエットが浮かんでいる。ムーズ=アベルは、クレーンをつかってその被いを剥した。
照明に浮き上がった機体は、ジュドーには懐かしいものがあった。

「だ、ZZ?!」

Gフォートレスに酷似したシルエット。カラーリングこそガンダムカラーではなかったが、大きさといい、武装といいまさに4年前ジュドーの乗っていたそれ、であった。

「積み荷のコードはMSZ-009M、連中はMZ(メガゼータ)って呼んでいたぜ」

ムーズ=アベルは淡々とした喋りでそう答えた。

 

ルー=ルカは、全天周モニタの一角に、猛スピードで向かってくるMSの存在を確認した。

「新手、なの?!」

ルーは、ジェガン改の態勢をその未知なるMSに向けた。
既に残った味方機は3機になっていた。
その一機が不意に爆発した。誰もビーム光を見ていない。

「何?」

彼女は自分の機体をかすめる気配を感じた。それは“感じた”というレベルでしか認識できなかった。

(ファンネル?!)

即座に、彼女はジェガン改を移動させた。ジグザグに、速いターンを繰り返す。
今自分がいた空間に、小さな、しかし鋭いビームの軌跡が見える。

(まずい!)

彼女はさらにジグザグ運動を繰り返した。しかしそれはあてずっぽうな動きでしかなく、“それ”の動きを確認して行っているわけではなかった。
すっと、気配が引いた。ファンネルが主のもとへ戻っていったのである。
ジェガン改のモニタが接近するその姿を捕らえた。CGによる拡大画像が表示される。

それはネイビーブルーに金で縁取りされた、ブルック=ザード少尉のヤクト・ドーガであった。
ルー=ルカはコックピットの中で、そのプレッシャーを感じていた。つぅーっと、冷や汗が額から頬に滑り落ちていく感覚にとらわれた。しかしそれは現実ではない。

(やれるの、私に)

それは恐怖である。彼女もニュータイプの素因のある女性である。だからこそ、その恐怖を感じずにはいられなかった。

「この〜!」

不意に、彼女の脇から前に出るものがあった。マイカ=クロックのジェガンである。

「だめ!」

ヤクト・ドーガの肩から、ふっと浮き上がるものがあった。そこから先は見えない。
見えない“思惟”の塊が、マイカのジェガンを蜂の巣にした。一瞬の出来事である。

「ああ〜っ!!」

ヤクト・ドーガに搭載されたサイコミュが、ルー=ルカの精神を過敏にしたのかもしれない。彼女はマイカ=クロックの死ぬ姿を、像として結んだ。ルーの恐怖心が高まる。
ヤクト・ドーガのファンネルが、さらにルーのジェガン改を襲う。が、その勢いを彼女は感じた。結果的に、彼女の恐怖心はファンネルの動きをわずかだが読み取らせてくれる働きをしはじめた。彼女はジグザグな動きをしながらジェガン改を後退させた。

(避けることはできても!)

ルーは、恐怖の中で、『女』に戻っていた。

(ジュドー、救けて...)

ファンネルは執拗にジェガン改を追ってくる。数は、おそらく6つ。
その一つが、ぱぁん、とはじけるように消えた。

「ルー、待たせた!」

その声を、ルーは自分の願望による幻聴かと思った。そして、声の方向から接近する物体がモニタに拡大されたとき、それも幻影のように感じた。
それは、MZにのったジュドー=アーシタの姿であった。
張り詰めていたルーの精神が、ぷつり、と切れた。その隙にブルックのファンネルが入り込む。同時にそれはジェガン改の右のアームと両の脚部をもぎ取った。

「てめぇ、ルーに何しやがる!!!!」

ジュドーが吠えた。そのビームライフルは、正確にファンネルの動きを読み取り、それを破壊していった。わずかに残った2基のファンネルはブルックのヤクト・ドーガのもとへ舞い戻った。

「ば、ばかな!」

ブルック=ザードの叫びである。
その通信をジュエラス中尉はコックピットでうけとった。

「なんだ、ニュータイプ、どうしたか!」

「ヤツは、ファンネルの動きを読んでいます!」

「ばかな、そんな強烈なニュータイプがいるというのか!ロンド=ベルのアムロ=レイじゃあるまいし!」

「しかし!ガンダムです、本物のガンダムが、...」

そこでブルックの通信は途絶えた。味方信号からヤクト・ドーガが姿を消した。
冗談ではない、ジュエラス中尉は思った。
独断でジュピトリスを襲った上、たかが公社のMS護衛部隊に味方機を全滅、しかも虎の子のニュータイプ、ブルック=ザードとヤクト・ドーガまで失ったのである。大きな作戦を前にして、この失態は致命的である。
彼は被弾したギラ・ドーガのバーニァを最大に吹かせた。

 

「ルー、大丈夫か?」

ジュドーのMZがルーのジェガン改の腕を掴んだ。背中のバーニァで進めないことはなかったが、その動きは不安定だった。

「ジュドー、遅いっ!」

「ごめんな、ちょっとカンが掴めなくてさ」

ルーの素直な言葉に、ジュドーはごまかすようにそういった。

「さぁ、船にもどるか」

MZはジュドーが以前乗っていたZZよりもさらにパワーがあった。プロトタイプであろう、ZZより型番は古いが、後にかなり手をいれた節がある。

(いったい、誰が、なんのために?)

ジュドーがジュピトリスの着艦用後部ハッチに取りついたときである。
ジュエラス中尉のギラ・ドーガが猛スピードでこちらへ向かって来た。そして、ビームマシンガンを放った。

「ルー!」

牽引していた形の、ジェガン改をそのビームが襲った。ジェガン改は一瞬ぶくっと膨らむようにして爆発した。ジュドーのMZもその爆発の衝撃に煽られたが、彼の目は大切な物を捕らえていた。
球体の脱出ポッドである。彼は身を守るより先に、破片と共にはじけ飛ぶ脱出ポッドを掴んだ。そしてそれを抱え込むようにMZの身体を丸めた。
ギラ・ドーガはビームマシンガンを撃ちながら特攻を仕掛けてきたのだ。目標はジュピトリス3のヘリウムタンクである。

 

その時、艦長のワルフ=ホイットマンが動いた。

「ジオンに、この船を、ヘリウムを失わさせられてたまるか!」

それは戦闘中から用意されて、予熱を与えられていた。
艦長の指示とともに、主航海士オリジ=ゲオルグはレバーを引いた。ジュピトリス3の6基のメインエンジンに火がともる。惑星間航行用の大型核パルスエンジンである。すさまじいパワーが船体を揺った。

「無茶だっ!」

ジュドーは叫んだ。
しかし、船の加速はギラ・ドーガを目標から外させた。彼は船体の脇にぶつかり、大きな穴を空けた後、バウンドしてメインエンジンの炎に焼かれ、消えた。
しかし、船の加速は続いている。それどころか、通常では起こり得ない激しい振動が、艦内を包んでいた。
ブリッジで、データ=ワタナベの悲鳴が響く。

「衝撃でエンジンが暴走しています。軌道も20度ほどずれています!」

「何だと!エネルギーをカットしろ!月との衝突は回避できるかっ!」

「はい!角度修正を...いけます、サイド1方向にずれるものと思われます!」

「サイド1に突っ込むことは無いんだろうな!」

「そ、それはわかりません!」

「何とかしろ!」

 

凄まじい加速の中で、ジュドーはMZを必死に船体にしがみつかせていた。かつて、ア・バオア・クーといわれた空域の浮遊物体が、ジュピトリス3の船体にいくつも衝突している。異常事態が起こっているのだ、ということはわかるが、どうすればいいのか彼には思いつかなかった。ただ一ついえることは、今MZの抱えている脱出ポッドを放してはならない、ということである。
さらに大きな衝撃が、彼を襲った。MZが掴んでいた後部ハッチに、浮遊物である直径2mほどの隕石が衝突したのである。

「じょーだん!!」

隕石は衝撃でこなごなに砕け散ったが、同時にハッチのジョイント部分を破壊していた。

「うわぁぁぁっ!!!」

MZはハッチの切れ端とともに吹き飛ばされた。

 


【続きを読む】【読むのをやめる】