機動戦士MZガンダム0093 再会  


再会

 

リィナ=アーシタの退院が許されたのは、2日前のことだった。しかし、彼女は地球にいるセイラ=マスのもとへ帰ることはできなかった。
シャア=アズナブルによる事実上の宣戦布告が、民間放送のインタビューという形で行われたからである。それにより、週に一度、地球と『カルチェラタン』を結ぶ定期シャトルは軌道の安全を確保できるまで欠航という措置を取らざるを得なかった。
ファ=ユイリーはシャトルの運行が開始されるまで、リィナを自分の家に住まわせることにした。ファには以前、彼女や彼女の兄、ジュドーを戦争に巻き込んでしまった、という負い目を感じていた。そのとき、宇宙で無茶をしなければ、今回のような病に冒されることも無かったのでは、と彼女は思っているのである。

「カミーユ!」

ファは2人でいるときは彼のことをそう呼んだ。カミーユもそれを嫌がってはいない。むしろ彼女にそう呼ばれることは心地よいのである。

「ねぇ、リィナさんを連れてさ、どこかドライブ行こうよ」

病院勤めの彼女の休日と、カミーユの休日が重なることは少ない。2ヶ月に一度しか来ないこの日を、彼女は有意義に使おうと朝からはしゃいでいた。

「...のんきだなぁ、ファは。戦争、始まるかもしれないんだぜ!」

「あら、クワ..シャア=アズナブルはコロニーの味方でしょ。こっちは大丈夫よ」

ファはエゥーゴで優しかったクワトロ=バジーナの印象がぬぐえないでいる。

「じゃあさ、今研修室で作ってる、『ソーラ・ジャバー』の試乗でもするか?」

「え、あれって宇宙用でしょ?太陽電池で高出力を競うレースに出すやつじゃないの?」

「ん、それの改良版さ。5人まで乗って隣のコロニーまで行けたから、安全だし、教授が一般人の試乗もさせてみろ、って言ってたんだ」

「もう!また学校、なのね。いつも私はモルモット、じゃない」

「ファのとこの衛生学の連中よりマシさ。ヘンなもん喰わされなくていいだろ」

人前では大人しいカミーユだが、ファのまえではいつも子供に戻ってしまう。それは彼にとっての憩であった。
カミーユはふっと、立ち上がると、彼女を後ろから抱きしめた。

「もう...」

2人は長いキスをした。

 

カミーユの通うU.I.Tは『カルチェラタン』の顔でもある。専用のスペースポートをもち、実験機用の発着用カタパルトやドックも所有していた。
カミーユはその一角にある自分の研究室の分室に入ると、キーボードにファとリィナの名前を入力した。部外者は許可が下りない限り入館できないのである。

「OK、もういいよ」

インターホン越しにカミーユの声を聞いた2人がドックに入ってくる。ドックと言ってもカミーユ専用のスペースである。大型エレカ2台分の幅しかないそれは、ガレージ、といった方がピッタリする程度の狭さだ。そのスペースに、流線型をした美しいデザインのソーラ・ジャバーがおいてあった。カミーユの設計によるものである。

「そこのノーマルスーツ、着ておいてよ」

カミーユはサイドのハッチを開けながら、2人に指示をした。
チャージを一切行わない方式のソーラ・ジャバーは発進の際、ドックから押し出す形で推進力を得る。彼はその動力を確認していた。

「準備おっけーです!」

リィナがはしゃいだ声を出した。一年近く病室暮らしをしていたので、こういったことが楽しくて仕方がない、というふうである。
カミーユはキャノピーを開き、2人を招き入れた。

「リィナ、運転してみるか?」

「え、私?」

「大丈夫、ゲームなんかより簡単にしてあるから」

もともと最高出力を競うための機体である。ややこしい操縦系統は必要ない。

「えー、じゃあ、教えてくださいよ」

リィナは勧められるままに操縦シートに座った。後ろからカミーユとファがのぞき込む形で彼女をフォローする。

「発進ではちょっと加速感はあるけどそのままハンドルをまっすぐ持ってね、機体が全部宇宙にでてしまったら、あとは自由に飛び回れるよ。コロニーにはぶつけないように」

「えーっ」

リィナが笑う。もちろん障害物センサーがついていて、そんなことは有り得ない設計になっている。

「じゃ、いくよ」

ドックのエアが抜け、ハッチが開いた。前方の小さな空間に闇が浮かんでいる。
ソーラ・ジャバーははじかれたように発進した。

「わあぁ」

リィナが声を上げた。加速感があるのに、宇宙空間に出たとたん、周りが止ったように感じられる。周囲に動くものがなくなるからである。

一瞬、闇が、方向を狂わせた。

「あ!」

「どうしたの」

リィナの声にファが彼女の顔をのぞき込んだ。

「呼んでる」

「え?!」

「私、呼びました?」

カミーユに、リィナが尋ねた。カミーユは首を振る。

「呼んでいるんです...」

(りぃな)

(リィナ)

その声は、ジュドー=アーシタ!

「お兄ちゃんが、呼んでるんです!」

リィナは、その方向を確認した。『カルチェラタン』から離れた隣の18バンチの方角である。彼女はハンドルを切った。

「どこへ!?」

「お兄ちゃんのところです!」

彼女ははっきりと感じていた。
ソーラ・ジャバーの速度が上る。もともとホビーレース用に作られた機体は、軽やかに宙を舞う。

「大丈夫かい?」

カミーユの声を、彼女は聞いていない。自分を呼ぶその声だけを聞いていた。
やがて彼女の目指すものが見えた。太陽光が反射して小さな光を放つもの。戦争中、よく目にしたMSの残骸にそれは似ていた。

「あれか?」

「はい」

カミーユは身を乗り出すと、ハンドルを操作した。速度が緩やかに落ち、目指す物体へと近づいていく。カミーユのデリケートな操縦が、機体をその物体の100mほど手前まで近付けさせた。暗褐色のすすけたボディがはっきりと見てとれた。

「こ、これはガンダム?!」

胎児のように身体を丸め、そのガンダムは漂っていた。片方の腕は何かを抱くように腹部へ、もう片方の腕はちぎれてどこかへいっていた。えぐれたバインダーの切り口から、見慣れたガンダリウム合金の輝きが見える。そしてデュアルモニタと張り出したアンテナをもつ頭部。それは正統な流れを持つ、ガンダムの姿であった。

「これに、ジュドーくんが...?」

ファは震える声を出した。彼女はZZを知っていた。

「たぶん...」

リィナがぼう然とそれを見つめながら答えた。カミーユは、機体をもう少しそれに近付けると、キャノピーを開いた。

「見てくる」

「気をつけて」

ファの言葉に片手をあげて応えたカミーユは、ベルトに固定してあったワイヤーガンを『ガンダム』の腹あたりに打ち込んだ。
ワイヤーが本体に巻きとられるにつれて、その『ガンダム』の様子が明らかになる。

(ひどいな、高速で何かにぶつかったのか...?)

左の側面に、擦過キズが無数に見える。腕もそのときにもぎ取られてしまったのだろう。
カミーユの身体は、ふわり、と腹部と膝に囲まれたアームの上に取りついた。それがコックピットを守るためのポーズだ、と思っていたカミーユは、そこに囲まれている脱出ポッドを発見して驚いた。

(これを、守るため、か)

よく知っているタイプである。彼は天井部分にあるはずの内部状況を確認するためのパネルを探した。それは、生命維持装置が正常に作動していること、作動し初めて13時間が経過したことを示していた。このタイプの脱出ポッドは100時間以上の動作が保証されている。

(無事なら、無事、ってことだ)

カミーユはさらに、『ガンダム』のコックピットがあると思われる場所へ移動した。開閉ハッチは簡単に発見することができたが、中の様子がわからない以上、開けるわけにはいかない。が、ハッチカバーにあるモニタリングパネルは中が無人であることを示している。

(あ?....このガンダム、副座式か)

彼はその下に同じ様な開閉ハッチがもう一つあることに気がついた。

(どういうシステムなんだ....?)

カミーユがそのハッチの方に身体をずらしたときである。
彼の周りを少女の気配が漂った。

(ありがとう...ずっと言いたかった)

(....誰?)

すっと、その気配が消えた。同時に足元にあるガンダムが消え、周りがすべて『無』になった。その正面から、無数の光の流れがカミーユの方に向かって飛んでくる。
それは女であったり、青年であったり、さまざまな意識の流れであった。その中に、ひときわ大きく輝くもの、カミーユの知っているものがあった。

(ハマーン?!)

(...を討て!シャアを!)

ハマーン=カーンの鋭い意識の流れが、カミーユの身体を貫くようにして過ぎ去っていった。
光の流れの奥に、シートに座ったままの少年がいる。

(ああ、君はジュドー=アーシタ...)

少年の顔は、眠っているようだった。

(そうか、本当は君も....人の魂を吸って...そして疲れていたんだな...)

(...あんたも、だろう?)

ジュドー=アーシタはそう言って笑った。

2人のニュータイプは、そうやって再会した。

 


【続きを読む】【読むのをやめる】