機動戦士MZガンダム0093 回収  


回収

 

カミーユ達は、漂っている『ガンダム』にありったけのワイヤーを張り、ソーラ・ジャバーの後部に接続した。小さなソーラ・ジャバーの機体で20M級のMSを牽引するのは慣性の作用で困難な作業ではあったが、カミーユはそれを慎重にこなしていた。
カミーユは『ガンダム』を秘密裏に運びたかった。手続きが複雑になればなるほどリィナにジュドーを会わせるのが遅くなるだろうし、今は厳戒体制が敷かれているのである。いわく付きの『ガンダム』を拾った、などというと、自分の身上調査まで発展しかねないと彼は考えていた。大学のドックに入れてしまえばよいが、彼の研究室の所有するドックではこの大きさを収容することはできない。生憎今日は休日である。管理部の人間では、コロニー監理局に通報されるのが目に見えていた。

(作業機械科の連中がいればいいんだが...)

カミーユは学内の友人の顔を思い出していた。学会が近いはずなので、出てきている可能性は高い。彼はレーザー通信機のスイッチを入れた。

「こちら、工学部動力設計科、学生番号IPEXX0992のシュリー=クライム。作業機械科に回してもらえますか?」

「了解。すこしまってて」

管理部のナビゲータは手際よく回線を回した。

「学生はいませんが、代わりたい、というものがいます。どうぞ」

ややあって、聞き覚えのある女の声がヘルメットの内蔵スピーカーから流れて来る。

「私だ。シレノワ=ケイだ」

「?!、何であなたがそんなところにいるんです?!」

嫌な女に捕まったな、とカミーユは思った。

「実験だからしょうがなかろう、カミーユ=ビダン...」

「なんで、その名を...!」

「調べさせてもらったよ。ところで、何の用だ?」

「...いいです。あなたに借りは作りたくない」

「私は行為の貸し借りはせん主義だ。用件を言いたまえ」

シレノワ=ケイにこの『ガンダム』の機体を見せることは本意ではなかったが、傍らで心配そうにそれを見つめるリィナの姿が気にかかった。できれば早く、彼女に兄と会わせてやりたい。

「今から漂流物をそちらに運び込みます。空いているドックを貸してください」

「どれくらいのサイズだ?」

「30m四方あれば十分です」

「では、私のドックで十分だな。DR-8だ。誘導する」

「...回収用マニュピレーターが必要です。その準備もお願いします」

カミーユは一旦、通信を切った。

 

酸素濃度等を示す、壁のランプがオールグリーンに変わった。既にソーラ・ジャバーから下りて、マニュピレータによって回収された“それ”の周りに立っていたカミーユ達の側に、コントロール室から出てきたシレノワ=ケイが流れ寄ってきた。

「お前、これは...」

「わかりますか、」

「『ガンダム』じゃないか!」

カミーユは彼女の言葉を聞き流しながら、コックピットの方へ飛び移った。リィナとファもついてくる。シレノワはそんな彼らとは別に、頭部の方に流れていった。

「ガンダムが、また私の前に現れたのか...」

「あの人は?」

シレノワの言葉を聞いて、ファが尋ねた。

「もと、ホワイトベースのクルーだった人らしいよ..リィナ、さがって」

カミーユは、ジュドーがいる方のハッチを開いた。大きな機械音がして、ハッチが開く。下部は脱出ポッドに押さえつけられている形で完全に開いたわけではなかったが、コックピットの様子は見てとれた。ライムグリーンの見慣れないノーマルスーツの身体がそこにあった。

「ファ...!」

カミーユの声に、ファがコックピットに滑り込む。彼女は手際よくヘルメットを脱がせると、彼の首筋に手を差し込んだ。

「大丈夫そうだわ」

彼女は身体をずらすと、その顔がリィナに見えるようにしてやった。

「お、お兄ちゃん....」

リィナははじけるように涙を流した。それは何年もの蓄積を放出する涙だった。

「カミーユ、動きそうよ」

「ん、」

カミーユは腕をコックピットに差し入れた。機構は多少違うようだが、想像はつく。
彼は『ガンダム』のアームをゆっくりと操作した。下部ハッチがサスペンションに押されて、全開した。ゆっくりと、ジュドー=アーシタの全身が現れる。

「お兄ちゃん!」

リィナは我慢できない、といった勢いで、ジュドーの身体に飛びついた。涙が球体となって彼女をトレースするように漂う。

「う..、ん...?」

その軽い衝撃が、ジュドーの意識を呼び起こした。彼の目がゆっくり開く。
その目の前に、最愛の妹、リィナの泣き顔があった。

「...リィナ...?夢の続きか?」

「お兄ちゃん...!よく、元気で...」

ジュドーは吸い込む空気の中に、確かに本物の妹の匂いを嗅ぎ取った。腕が自然に上がり、彼女の頭を抱いた。

「お前、でかくなったな...」

「う...っ、うぅ..っ..」

リィナが声にならない返事をする。ジュドーはぼんやりとした意識の中で、そこに立つカミーユとファの姿を認識した。

「....ファ、さん、カミーユ...?」

カミーユの回復を、ジュドーは知らない。ファからのメールにはそのことは一切触れていなかったからだ。しかし、どこかでそれを知っていたような気もしていた。
ジュドーは2、3度自分の頭をこづいた。頭の中のもやが晴れてくるような感じがして、大事なことを思い出した。

「あ、ルーは?ルーはどうした?」

「ルー?こっちの脱出ポッドにいるの?」

彼の言葉に、ファとカミーユはポッドのほうに移動した。ポッドは爆風による外壁の損傷はあるものの、レバーを操作するとシュゥ..と音を立てて簡単に開いた。
ルー=ルカはリニア・シートから放り出されて、ポッドの底に倒れていた。その周りには壊れた計器類のプラスチック片が散らばっている。例によって側に飛び寄り、ヘルメットを外したファは、ちょっとうわずった声を出した。

「出血が...」

ファはさらに手際よく、ノーマルスーツのシールを剥し、アンダーウェア越しに彼女の胸に手のひらを当てた。

「どうなの?」

「生きてはいるけど、ケガが....。電話、借りられる?」

「あ、ああ。コントロールルームにあるはずだ」

「ワイナーさんを呼ぶわ。急いだ方がいいみたい」

ファは自分の診療室付きの救急車両係の名を挙げた。おおっぴらにレスキューを呼ばないで済むのは助かるな、とカミーユは思った。

「...良くないのか...?」

コックピットからまだ立ち上がれないでいるジュドーの、心配そうな声が聞こえる。

「いや、大丈夫だろう。ファが上手くやってくれる」

本当は自信などないのだが、カミーユはそう答えてみせた。

 

ワイナーの到着は、思ったより速かった。
その間にジュドーははっきりと意識を取り戻していたが、身体の動きはまだ不安定な様子を見せていた。ルー=ルカに至っては意識を取り戻す様子もない。ファの指示でてきぱきと動くワイナーを手伝うようにルーをストレッチャーに乗せたカミーユは、ふと、背後に黒々としたその機体を横たえるガンダムの存在を思い出した。

「このガンダム、どうする?」

「どうするっていっても...。俺ンじゃないし」

リィナの押す車椅子に乗せられたジュドーは、困ったように答えた。

「...私に預からせてもらえんか?」

と、その間に、シレノワ=ケイが割って入った。

「何を考えています?」

「よく見たいだけだ。それだけだ」

「...研究者として、ですか?」

「いや...もちろんそれもあるが、どちらかといえば個人的関心だ」

「個人的?」

「私はかつて、RX-78に命を助けてもらった。それから人生が変わった」

「アムロ=レイに?」

「いや、RX-78、ガンダムに、だ」

カミーユは彼女の個人的感傷を理解する術を持たなかった。ただ、論理的でない彼女の言葉に、今まで感じ得なかった“女らしさ”みたいなものを見たような気がした。

「あなたは秘密を守ってくれそうだ。しばらくの間、よろしくお願いします」

「ありがとう」

シレノワ=ケイは、ふっと笑った。その顔を見てカミーユは、美人だったんだな、と今さらながら気がついた。

 

病院の廊下はいつの時代でもひんやりとしているものである。それが休業日ともなると、閑散とした空気まで加わる。ジュドー、カミーユ、リィナの3人は、『非常口』のグリーンのランプに照らされて、人気のない廊下に置かれたベンチに座っていた。目の前の診察室ではファに呼び出された顔見知りのインターンが、ルー=ルカの治療を行っているはずである。

「じゃあ、あのジュピトリス3に乗っていたのか」

ジュドーの話を聞いたカミーユは、昨日のニュースを思い出していた。昨夜のTVはシャアの宣戦布告関連の緊急報道番組でタイムスケジュールがめちゃくちゃになっていた。ジュピトリス3暴走のニュースは、その関連のニュースとして小さく扱われただけだった。

「そんなこと、一言も連絡してくれなかったじゃない!」

リィナが少しむくれて言った。

「1年も前だぜ、あっちを出たのは。そんな前から連絡しちまったら、お前、待ちどうしくて、病気なおすのに集中できないだろ」

「何いってんの、お兄ちゃんのバカ!」

MZのコックピットに守られていたジュドーはケガ一つ無く、元気な兄妹喧嘩をしている。

「それよりカミーユさん、元気になっているとは知りませんでした」

「ああ、ファは君のおかげだと言っている」

「俺の?」

そのとき、診療室のドアが、バタンと大きな音をたてて開き、ファが飛び出してきた。その表情は明るい。

「お待ちどうさま。ルーさん、目を覚ましたわよ」

「ケガの具合は?」

「上腕と大腿骨に骨折、それから多少の打撲と切り傷。全治1ヶ月ってところね。案外丈夫だわ、彼女」

その後ろから、ストレッチャーに乗せられたルー=ルカがインターン生に押されて現れた。頬に大きな絆創膏を貼られているが、顔色は良い。

「ルー!」

彼女はギプスで固められた右腕を振りながら言った。

「もう!ジュドーが遅いから、こんなみっともない姿になっちゃったでしょ!」

「あっちゃー」

それが彼女流の元気さの証明だとわかっていたので、みんなは笑ってみせた。

 

「あの機体はMZと呼ばれていたわ」

ファの手配した個室の病室のベットの上で、ルー=ルカは半身を起こした形で喋っていた。

「2年前、アナハイムのテスト機として木星に送られてきたの。見ての通りZZのプロトタイプよ。私が昔ジュドーに運んで行く最初の予定があれだったから、見たときはびっくりしたわ」

「似てるようで全く違うよな。コア・ブロック・システムじゃないみたいだし」

「そうなのよ。2機の戦闘機形態からドッキングしてMSになるんだけど、この方式だと優秀なパイロットが2人必要になるわけ。その片割れが私だったわけだけど...」

「実力が伴わないから、ボツになったと...」

「ジュドー!!!....つぅ!」

ルーは無意識に骨折した腕をあげてしまった。

「あれ?でも独りでもじゅうぶんコントロール出来たぜ?」

「そうなのよ。切り換え式で操縦系統はどちらからでも行えるの。そのへんがいい加減というか、目的が不明というか...。基本的には合体後は片方のパイロットは何もすることがなくなるのね。もちろん、それぞれの箇所を個々にコントロールすることも可能だけど...でもそんなこと、よほど息があったパイロット同士じゃないと無理に決まってるわよね」

「じゃあ、俺が前のヤツをやろう、と思って、もう片方が後ろのヤツ、なんて思ったら、身体ねじれちゃうわけ?そんなの、ルーと俺だったら、機体バラバラになっちゃうじゃん」

「いちいち、うるさいわね!あんたは!」

ルーは今度は使える方の腕で、ジュドーのわき腹をぶった。

「なぜ、そんなものが木星にあったんだ?」

ケンカが始まりそうな雰囲気を見かねて、カミーユが口をはさんだ。

「モノが『ガンダム』だから、地球圏でのテストをはばかったんじゃない?実際、あっちこっち手を加えられているみたいだったし。アナハイムは連邦の許可が下りなければ、ガンダムタイプの新機種の製造はできないから、プロトタイプをいじったんでしょうね」

「それがなんで今ごろ地球圏に戻されることになったんだろう?」

カミーユは独り言のように言った。

「少し手を加えて、ロンド=ベルに売りつけようとでも思っていたんじゃなくて?」

「それはあるか...。ロンド=ベルは、というかアムロ=レイはまだガンダムタイプに乗っていないみたいだから」

ジオンに対抗するモビルスーツとして『ガンダム』は象徴的なものだった。しかし、昨夜の報道特集番組の中で紹介されたロンド=ベルに、『ガンダム』がある、という描写は全くといってなかった。

「じゃ、ジュピトリス3暴走の際に積み荷からなくなった、ってことで、アナハイムはあの辺を探してるのかな?」

「かもしれないわね」

彼らは、現在アナハイムで建造中のνガンダムのことを知らない。
ネオ・ジオン台頭によって力不足を感じるアムロ=レイの専用機となるそれは、アナハイム数人の技術チームのみが知る極秘事項である。
しかし、世の中が『ガンダム』を必要としていることは、まぎれもない事実であった。

 


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