機動戦士MZガンダム0093 共振  


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ジュドー=アーシタはカミーユの家からリィナを引き取り、近くの安ホテル住まいをすることにした。木星エネルギー開発公社に自分とルー=ルカの無事を連絡したまでは良かったが、相変わらずの厳戒体制の元、『カルチェラタン』からの移動は難しかったのである。けれど、久々の兄妹水入らずに、リィナは悦びを隠せなかった。

「今日は何時頃病院に行く?」

ルーの世話のためである。まめな性格は元来のものであるが、兄と同じ行動をする、というのが嬉しくて仕方ないリィナなのだ。

「あー、元気そうだからいいんじゃないの。行かなくても?」

ベットに寝そべったまま、ジュドーが力なく答えた。寝間着姿の彼女にしょっちゅう会うことは、何となく照れくさい気もしていた。

「それじゃあ、ルーさん、かわいそうじゃないの!」

「どういう意味だよ、それ..」

「えーと、ほら、病室でひとりじゃかわいそうじゃない」

リィナはルーの気持ちを感じとっていたのだが、それをいくら鈍感な兄でも、自分から言うものではない、と思って言葉を濁した。

「じゃあ、夕方にしようぜ。俺、ちょっと考え事あってさ」

「だめよ!そんなんじゃ、すぐ面会時間が終わっちゃうわ。昼過ぎには出かけましょ!」

リィナの強い口調に、ジュドーはしぶしぶ了解をした。考え事、というのは他でもない、リィナのことである。彼はこのまま地球圏に残るか、木星に戻るかを悩んでいた。楽しそうなリィナを、またセイラに預けて木星に戻るのは酷な気がした。しかし、ジュドーはあまりいい思い出のない地球圏に住むのは気が進まなかった。

(お前はどうしたい?リィナ)

ジュドーはせっせと洗濯物をたたむリィナの後ろ姿にそうつぶやいた。しかし彼女からの返事はなかった。

 

その衝撃がおこったのは、『カルチェラタン』時間で、正午すぎのことであった。買い物に行ったリィナを1人待つジュドーは、TVを流しながら、うとうとと昼寝をしていた。
そんな彼を激しい叫びが揺り起こした。

「な、なんだ!」

その叫びは、単体ではなかった。いくつもの恐怖に駆られた叫びが重なり、うごめくようにして、彼の頭に直接響いてきた。これと同じ様な気配を、ジュドーは以前感じたことがあった。ダブリンへコロニーが落ちた時である。しかし、今度はそれの数倍もの力が、ジュドーの神経に作用した。

「うう..っつぅ!」

次第にそれは、頭痛を伴いはじめた。恐怖による吐き気もする。ジュドーは頭を抱えながら、ベットの上でのたうった。
意識の遠くで、TVが速報を流した。それはラサへの5thルナ落下を告げるものであった。

「なぜ、だ!」

ラサには連邦政府の中枢があった。そこへシャア=アズナブル率いるネオ・ジオンが、連邦がアステロイドベルトから曳航してきた4番目に大きな岩の塊、5thルナを落としたのである。落とす、といっても宇宙空間からの落下には時間があった。連邦政府はおなじく本部を置いている連邦軍の協力で、その場所から一目散に離脱した。しかし、麓に住む住人たちにはそのような通達は行わなかった。パニック状態が自らの脱出を妨げるおそれがあるからである。連邦政府の城下町、ともいえるラサの街は、その巨大な火の玉に飲み込まれていった。元来ラサは仏教徒の街であった。毎日祈りを捧げる人々の住む街として、数百年の時を過ごしてきた空間。そこに住み続けた人々の断末魔の声を、数十万キロ離れたサイド1にいるジュドーは受け止めてしまった。それは、カミーユという、自分と同じか、もしくはそれを上回る感受性をもったニュータイプが近くにいたからかもしれなかった。

「うぉぉぉぉっ!」

炎のイリュージョンが、ジュドーを包む。苦しみもだえる人々のシルエットが、次々に浮かび上がってきた。その中から、1人の人物がこちらに向かって歩いてくる。
その人物は、黒っぽいマントを翻しながら、ジュドーの側へ歩み寄った。

「シャアを、討て!」

それは、ハマーン=カーンであった。

「お前は、強い子だ...」

「何を、いう!」

ハマーンは爆風にその燃えるような頭髪を揺らめかせて、ジュドーの前に立った。

「シャアは己の欲望のために、ネオ・ジオンの名を語る。それは許しがたいことだ」

ハマーンは続けた。

「そのようなシャアを生かしてはおけぬ。ジュドー、お前が行ってシャアを討て!」

「勝手なことを、言うな!あんただって、同じだろう!」

「私か?私は違う...」

ハマーンは、その瞳に、寂しげな気配を漂わせた。

「私は、少なくともアステロイドの片隅に追いやられた、ジオンの民の為に戦った。しかし、シャアは違う。そんな孤独なジオンの民の気持ちまで利用している。シャアを討て!あさましい1人の男の虚栄心のために、多くの人々が命を落とす。そんな身勝手なシャアを、止めてくれ...」

それはかつて、その男を愛したことのある女の言葉であった。そしてその男に、自分がとどめを刺せなかった悔しさがあった。

「シャアを...シャア=アズナブルを、討て、だと...」

波動の揺れがおさまった時、ジュドーはベットにつっぷしたままつぶやいていた。

「俺は、また戦うのか...?」

 

ジュドーがその衝撃をもろに受け止めていた頃、カミーユもまた、同じ死の叫びを受け取っていた。激しい頭痛と嘔吐感。カミーユは研究室の床に、吐いていた。胃の中のものがすべて吐き出されても、さらに込み上げてくるもの。それが集団虐殺という悪行の犠牲になった、人々の叫びであった。カミーユの目の前には、再び漆黒の闇が広がっている。しかし今はその真ん中に、地球という球体が浮かんでいた。その星全体が灰色に塗り代わり、悲鳴を上げているようであった。

「ど、う、し、て!」

カミーユの精神は、自衛の方向へ働いた。漆黒の闇が再び彼の周りを取り囲み、カミーユは気を失った。そうでもしなければ、彼自身が再び崩壊するおそれがあったからである。

 


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