機動戦士MZガンダム0093 5thルナ  


5thルナ

 

「ファは...!?」

気を取り戻したカミーユは、家にいるはずのファが気になった。彼は作業着のまま、研究室を飛び出すと、エレカに飛び乗った。コンパネのラジオが、5thルナのラサへの落下をヒステリックに伝えていた。
部屋にたどり着いたカミーユは、床につっぷして泣きじゃくるファの姿を見つけた。

「ファも、見たのか!」

抱き起こそうとするカミーユの胸に、ファ=ユイリーは抱きついた。

「カミーユ、クワトロ大尉を止めて!あの人に、これ以上あんな恐ろしいことをやらせてはいけない!」

ファの涙が、彼の胸を濡らす。

「...それは、ロンド=ベルの、アムロ=レイの仕事だ。俺には...!」

カミーユは、ダカールでのシャアの演説を憶えていた。今、ネオ・ジオンの唱える主義は、その頃彼が言ったものと変わりはない。カミーユはそんな彼を援護するため戦ったのだ。ただ、今回の手法があまりにも手荒過ぎることはカミーユも理解していた。

「....ファは、俺に、また戦えとでもいうのか?」

ああ、ファは思った。何の権力もコネクションもない自分達は、戦うという行為でしか、シャアに何も訴求できないのだ。

「あなたに、死んでもらっては困る、カミーユにいなくなられたら、私は生きていけない!だけど...、私...」

「ファ、クワトロ大尉は、もういないんだ。シャア=アズナブルは、もう、重力に魂を引かれた人間たちを許しはしない」

「カミーユ.....」

なぜ、そっとしておいてくれないのか、とカミーユは思う。ファの苦しみ、自分への衝撃。5thルナの地球への衝突が巻き起こす、人々の恐怖や痛みや憎しみを、関係のない自分達に受信させておいて、シャア=アズナブルは平気なのだろうか。それは『人の革新』をうたうネオ・ジオン総帥として納得のいかないことである。

(あなたは、シャア=アズナブルに戻るべきです!)

カミーユは以前彼に向かって吐いた言葉を後悔していた。

 

その夜、ファが眠ったことを確認したカミーユは、港へエレカを走らせていた。自分でもどうしてだかわからなかったが、『ガンダム』を見たくなった。戦うべきなのであろうか、そんな漠然とした気持ちを、『ガンダム』を見ることによって整理したかったのかもしれない。
彼はIDを入力してゲートをくぐると、作業機械科のドックへと向かった。
入口にはロックが掛かっているはずだが、カミーユは暗証番号を知っていた。それをインプットしようとして、念のため、インターホンを押してみる。

「誰だ?」

無人と思われたドックから、返事が返ってきた。その声は多少ノイジィだったが、シレノワ=ケイのものだった。

「シュリー=クライムです」

「....ニュータイプ、お前か...入れ」

暗い声であった。しかし、それを気にするでなく、カミーユはドアを開いた。
しかし、そこにガンダムの姿はなかった。がらん、とした空間に、シレノワ=ケイがぽつり、と立っているだけだった。

「どこへやったんです?あなた...」

「あのガンダムな、修理することにしたよ。それで移動した」

カチリ、とライターの音がして、ぼぅ..とタバコの先が赤く光った。シレノワ=ケイはタバコの煙を口もとから漂わせながら、言った。

「兄が死んだんだ」

いつもの歯切れのいい彼女の口調とはうってかわって、くぐもった声が、薄暗いドックに響く。

「ラサで脱出の際、間に合わなかったそうだ」

「あ...」

(ここにも、悲しみを感じた人がいる...)

「兄は生っ粋の職業軍人でね。政治屋じゃ、ない」

カミーユは彼女が自分を調べたように、彼女の経歴も調査済みだった。一年戦争以前から、彼女の家族は兄しかいなかった。

「教えてくれ、ニュータイプ。地球に住むのは、そんなに悪いことなのか?」

「全ての人間が、いけないということではないでしょう。けれど...」

「地球があって、コロニーがある。そんな均衡は夢なのか?」

ティターンズを知るカミーユは複雑な思いにかられていた。地球という存在が特別であり、コロニーに住む人間を軽んじる考えを持った人は、脈々と生き続けているのだ。そういう思想の人間を排除するため、彼は多くの隣人を失う戦いを行ったというのに、それは今も何も変わっていないのである。

「シャアは地球に住みつづける人間がいるかぎり、人の革新は有り得ないように言う。それをシャアは見たのか?地球に住む人間に、たとえばニュータイプは生まれてこないのか?」

「.....。」

「もし、人間がこのまま地球を汚し、自然を破壊し続けて死の星に変えたとしても、それは地球の運命なんじゃないか?人間も地球の一部なのだから。なまじ宇宙に出て外から地球を見る機会を得た思い上がった人間が、まるで自分達が地球という星の将来を握っているかのように言う。私はそれを認めない。
そして、それを言う同じ人間が、粛正という名の元に地球を寒冷化させようとしている。人が住めないように、だと!ふざけるな!コロニーに、いや、月にさえ住める人間は今やどんな環境にだって住めるのだ。問題はそれによって寿命を縮めていく人以外の生命だ。大勢の人の愚かさでじわじわと死んでいく地球と、1人の妄想狂の横暴によって今死んでいく地球と、何に変わりがあろうか!」

ぽとり、とタバコの灰が地面に落ちた。彼女はそれに気づくと、短くなったフィルターを床に投げ捨て、足で踏みにじった。

「地球という星をなめてもらっては困る。何千年、何万年という時を得て、表層が死んでいっただけの地球は蘇るのだ。人類など、その一時的な皮膚病の細菌にしかすぎんよ...」

シレノワ=ケイはカミーユに向き直った。

「できることなら私がシャア=アズナブルを一発ぶん殴ってやりたいところだが、今はそれもかなわん。ニュータイプ、お前が代わりにやってくれんか?」

「自分は一度、クワトロ=バジーナを名乗るシャア=アズナブルを殴ったことがありますよ」

「ふ、それは頼もしいな。どうだった?」

「拳が痛いばっかりで、さほど効いたようではありませんでしたけどね」

「そうか、では私が特製のグラブを持たせてやる。そいつで殴れば効くかもしれん」

彼女は笑った。その笑いの意味をカミーユが知るのは数日後のことである。

 


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