機動戦士MZガンダム0093 信託
信託
カミーユの元に、シレノワ=ケイから連絡があったのは、5thルナが地球に落下した日から一週間後のことだった。カミーユはそれまで何度か彼女の研究室を訪れたが、休んでいる、と職員から告げられていた。家に電話を入れても、留守番電話のメッセージが流れるだけだった。 「作業機械科MS研のR3工房の9番目のドアを開け」 ファの受けたメモにはそう書かれていた。 「謎解きじゃないんだろうな?」 「R3工房はあまり使われていないとは聞いてるけれど...」 カミーユはジュドーを連れて、学内でも一番外れにあるその工房に向かった。 「ここ?」 「...以外ないよな」 カミーユはその旧式のドアノブに手をかけ、それを押した。金属の軋む音とともに、重い扉が開く。 「えっ...!」 扉を開いたカミーユは、思わず声を上げた。後ろをついてきたジュドーは、その訳が分からず、ドアに首を突っ込むようなかたちで、内部をのぞき込んだ。 「すっげぇ...」 入口からは想像できない空間がそこにあった。どうやらここはMS研のエリアではなく、隣の力学研のドックを仕切って作った隠しスペースなんだな、とカミーユは思った。広大な敷地を有するU.I.T.では不可能なことではなかった。天井に開閉ハッチも見える。 「どういうことですか、シレノワさん!」 カミーユは全体を見回すようにして、立っていたシレノワ=ケイの金髪を見つけると走り寄った。 「私一人ではどうにもならん。MS研の連中にも手伝ってもらっている」 「しかし...」 秘密であるはずの『ガンダム』を、他の学生たちに知られたことが、カミーユを不安にさせた。 「好きでやっているのだ。気にするな」 「そういうことじゃ...」 「よう!シュリー!」 クレーンの上から、男が叫んだ。カミーユの研究室の新米助手、ロメロ=マラバルである。 「ロメロさん、あなたまで?」 「おう、いいもの見せてもらった。ちょっと古い機体とは言え、アナハイムの技術、たっぷり見せてもらったよ」 「MSは専門外じゃあ..」 「冗談じゃない、MSは技術の宝庫だぜ、特にこのMZときたら....と、おっと!」 そこで彼は足もとでうずくまって端末をいじる少年につまずいて、クレーンから落ちそうになる。 「こら、オーティス、いたずらするんじゃない!ルーカス、弟を連れてくるなっていったろ!」 「もったいないよ、大きすぎるんだ、機体が...」 オーティスと呼ばれた少年は、彼の罵声など意に介する様子も無く、端末とにらめっこしている。 「だ、大丈夫なんスか、こんなんで...」 ジュドーは呑気な学生達を見ながら、不安になってきた。 「技術は確かだと思うけど...」 立ちすくむカミーユ達の前を、若い女学生が通りすぎた。彼女はシレノワ=ケイに近寄ると、ハードコピィの束を手渡した。 「セッティング、終わりました。おそらくこれで設計通りの機能は最小限フォローできるはずです」 「ごくろう、モニカ。さすがにはやいな」 「興味深い装置です。データの採取ができましたら、私にも見せてくださいね」 「ああ、当然だ。君の協力なしではここまで早く形にはならなかったからな」 女学生は会釈をすると、清楚な微笑みを浮かべて去っていった。 「なんです?」 カミーユは渡されたハードコピィを覗き込もうとした。 「お前には説明しておかねばならんな、ニュータイプ」 シレノワ=ケイはMZの腕を指さした。それはもぎ取られた左腕を修復したのではなく、新たな物が付けられていた。本体の比率からするとやや大振りで、肘に当たる部分が多少盛り上がっており、逆に無理に一部をえぐったようなところもある。 「あれは?」 「MZの変形機構を活かすために苦労させられたよ。私の研究素材だ。理論的には間違いなく動作するはずだ」 「...?」 「サイコ・コミュニケーション・マニュピレーター....サイコミュ・ハンドとでも名づけておこうか」 「サイコミュ...!?」 「そうだ。精神波受信チップはリニアシートの中に埋め込んだ。手持ちの素材では受信用、コントロール用の2種類のチップを2つのシートに均等に埋め込むほど作れなかったので、腕部を有する『Gソニック』の方にコントロール用チップを、もう一つの『Gアタッカー』の方には受信用チップを多めに入れた。とはいっても合体時にはどちらからのコントロールも可能だ。サイコミュはお前等の意識を拡大させ、敵からの攻撃の気配を察知する力、それから腕部を本体から切り放し、念ずる通りに動くようコントロールする力を発揮してくれる。私の実験用マニュピレータを改造した物だから、多少は造形が悪いが...」 「シレノワさん!」 カミーユが、彼女の説明を遮るように叫んだ。しかし、彼女はそれを無視するように説明を続けた。 「軌道はもちろん、指の動きまでコントロールすることができる。もちろん、おまえらにその能力があれば、の話だがな」 「!!」 シレノワ=ケイは挑戦的な笑いをふたりに投げた。その誘いに、ジュドーが乗ってしまう。 「こちとら、歴戦のガンダム乗りだ!そんな昔のマンガみたいなもん、使いこなしてみせらぁ!」 「あっ..」 「ほう、威勢がいいな、ニュータイプその2。では、よろしく頼んだぞ」 「ジュドー!俺たちはモルモット代わりにされてるんだぞ!」 「甘えるな!ニュータイプ!」 シレノワ=ケイがぴしゃり、と言った。 「お前はこの学生達が、みんなボランティアで働いていると思っているのか!もう何日も不眠不休で、自分達の研究の成果をこのMZにつぎ込んでいるんだ。見た目は変わらないように見えるが、これは全く別の機体だ。お前等の仕事は、シャアをぶん殴った後、この機体を破壊することなくここへ戻すことだ。みんながお前等と、データサンプルのメモリーの帰還を待ち望んでいることを肝に銘じておけ!」 彼女の強い口調は、自分も研究者の一員であることを忘れかけていたカミーユの胸に大きく響いた。そしてその言葉の中に、彼女なりの優しさを感じた。 「そうだぜ、シュリー、こいつはU.I.T.スペシャル、ってくらいに磨きがかかってんだ」 「塗装だって、特別さ。ビームを受けてもある程度なら拡散する、材料工学科の特製なんだぜ!」 「このビームライフルなら、ネオ・ジオンの戦艦をまとめて3隻は貫くぞ!」 「アナハイムなんかに負けないぜ!」 学生達が口々に叫ぶ。その声がドック内に大きくこだました。 (...みんな) 作業が終わった学生達が、次第にカミーユとジュドーの回りに集まりはじめた。それぞれが疲労感を漂わせてはいたが、すがすがしい表情をしている。 「ネオ・ジオンのやることは、むちゃくちゃだよ」 「俺たちはコロニー育ちだけど、地球は地球のままであってほしいんだ」 「そうそう、足元に、あの青い地球があるからこそ、こうやって生きていける」 「連邦政府のやり方には気に入らんところも多いが、それは地球のせいじゃないだろ」 「あいつらが地上にいるから、好き勝手できるってこともあるけどさ」 学生達の思いはそれぞれであるが、それは決して地球というものを軽んじていない、という気持ちを表している。 「悪いが、シレノワ助手から聞いちまった。お前、エゥーゴにいたことがあるんだってな」 年かさのロメロがカミーユの肩に手を置いて言った。 「あ...。」 カミーユの目は、シレノワ=ケイの金髪を探した。しかし彼女はいつのまにかそのドックから姿を消していた。 「そこでMSに乗って戦ったこともあるって話じゃないか」 彼女は全てを学生達に話したわけではないようだった。その頃『エゥーゴ』は、スペースノイドにとって、伝説的な存在になっていた。大衆は本来の『エゥーゴ』という組織のあり方は知らないが、その公の理念と、戦果だけを評価していたのである。大きな2度の戦いでその尖兵ともいえる部分は消滅したに等しいが、その生き残り、といえば英雄のようなものだ。 「危ないところを押しつけたようで悪いが、MSで戦った経験なんて俺たちにはないもんな。おまえらに何ができるかわからんが、スペースノイドにもシャアの横暴を許せない人間がいることを、少しでもヤツにわからせてやってくれ」 「ロメロさん...」 みんなは、自分達が本当にシャアを殴れるとは思っていないだろう、とカミーユは思う。だが、ロンド=ベルに所属しないガンダムの機体をネオ・ジオンの前にさらし、抵抗してみせることが、何かしらの効果を生むことを期待していた。そしてだんまりを決め込みはじめたコロニー側の、そのなかで生活するスペースノイド個人の主張としての戦いを期待していた。 「見ろよ、シュリー!」 学生の1人が、MZの腰の辺りを指さす。そこには『MZ』のロゴとともに、でたらめに書きなぐった、全員のサインがあった。そして、その脇の下腹部のあたり、いつもなら連邦軍のマークがはいるあたりに、誰が外してきたのか、校舎の外壁に飾ってある、U.I.T.の校章が取り付けられている。 「いいのか?」 「いいじゃん、学園祭気分でさ」 みんなが一斉に笑った。カミーユも一緒に笑うことにした。瞼の縁に浮かんだ涙をごまかすためである。
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