機動戦士MZガンダム0093 信託  


信託

 

カミーユの元に、シレノワ=ケイから連絡があったのは、5thルナが地球に落下した日から一週間後のことだった。カミーユはそれまで何度か彼女の研究室を訪れたが、休んでいる、と職員から告げられていた。家に電話を入れても、留守番電話のメッセージが流れるだけだった。
巷ではネオ・ジオンが地球連邦政府と和平を結ぶ、とのニュースが流れたが、民衆は、そのことを信じようとはしていなかった。かつて、ネオ・ジオンのハマーン=カーンは連邦と協定を結ぶフリをして、コロニーを地球に落下させたのである。カミーユやジュドーもそれを思い、シャアが動くとするともう時間がないのでは、という不安から、焦りを感じていた。その矢先である。
彼女の伝言は短かった。

「作業機械科MS研のR3工房の9番目のドアを開け」

ファの受けたメモにはそう書かれていた。

「謎解きじゃないんだろうな?」

「R3工房はあまり使われていないとは聞いてるけれど...」

カミーユはジュドーを連れて、学内でも一番外れにあるその工房に向かった。
U.I.T.のメインスポンサーはA.E.である。したがってその学部内にMSを研究するセクションを設けているのは自然な成り行きだった。時にはルナ・チタニュウムなどの稀少金属ですらその研究のために研究室へ持ち込まれることもある。しかし、学内で実験的に作られるMSは、便宜上MSと呼ばれてはいるが、人が乗り込む形態はとっておらず、従来でいうところの『ロボット』である。人型というより、むしろ動物や昆虫に近い形が多く、サイズも小さい。関節実験や耐久性を測る類であれば、それで十分なのである。20m級の人型MSを格納する設備があるとはカミーユには信じられなかった。
R3工房への通路は、人気がなく薄暗かった。その側面にドアが規則的に並んでいた。2人はドアを数えながらその通路を進む。8つまで数えた後、一番奥に、山積みのコンテナで隠すようにして、手動式の小さなドアが後付けで作られているのを見つけた。

「ここ?」

「...以外ないよな」

カミーユはその旧式のドアノブに手をかけ、それを押した。金属の軋む音とともに、重い扉が開く。

「えっ...!」

扉を開いたカミーユは、思わず声を上げた。後ろをついてきたジュドーは、その訳が分からず、ドアに首を突っ込むようなかたちで、内部をのぞき込んだ。

「すっげぇ...」

入口からは想像できない空間がそこにあった。どうやらここはMS研のエリアではなく、隣の力学研のドックを仕切って作った隠しスペースなんだな、とカミーユは思った。広大な敷地を有するU.I.T.では不可能なことではなかった。天井に開閉ハッチも見える。
そして、中央にはMZが、完全な形でそびえていた。既にカラーリングも終わり、天井の照明を浴びて、過剰なほど輝いている。それは白を基調に胸部をマリンブルー、ノズル口をカドミウムイエロー、そして所々にカーマインレッドを施した、伝統的ガンダムカラーである。
MZを取り巻く周囲のクレーンや床には大勢の学生達が忙しく働いていた。

「どういうことですか、シレノワさん!」

カミーユは全体を見回すようにして、立っていたシレノワ=ケイの金髪を見つけると走り寄った。

「私一人ではどうにもならん。MS研の連中にも手伝ってもらっている」

「しかし...」

秘密であるはずの『ガンダム』を、他の学生たちに知られたことが、カミーユを不安にさせた。

「好きでやっているのだ。気にするな」

「そういうことじゃ...」

「よう!シュリー!」

クレーンの上から、男が叫んだ。カミーユの研究室の新米助手、ロメロ=マラバルである。

「ロメロさん、あなたまで?」

「おう、いいもの見せてもらった。ちょっと古い機体とは言え、アナハイムの技術、たっぷり見せてもらったよ」

「MSは専門外じゃあ..」

「冗談じゃない、MSは技術の宝庫だぜ、特にこのMZときたら....と、おっと!」

そこで彼は足もとでうずくまって端末をいじる少年につまずいて、クレーンから落ちそうになる。

「こら、オーティス、いたずらするんじゃない!ルーカス、弟を連れてくるなっていったろ!」

「もったいないよ、大きすぎるんだ、機体が...」

オーティスと呼ばれた少年は、彼の罵声など意に介する様子も無く、端末とにらめっこしている。

「だ、大丈夫なんスか、こんなんで...」

ジュドーは呑気な学生達を見ながら、不安になってきた。

「技術は確かだと思うけど...」

立ちすくむカミーユ達の前を、若い女学生が通りすぎた。彼女はシレノワ=ケイに近寄ると、ハードコピィの束を手渡した。

「セッティング、終わりました。おそらくこれで設計通りの機能は最小限フォローできるはずです」

「ごくろう、モニカ。さすがにはやいな」

「興味深い装置です。データの採取ができましたら、私にも見せてくださいね」

「ああ、当然だ。君の協力なしではここまで早く形にはならなかったからな」

女学生は会釈をすると、清楚な微笑みを浮かべて去っていった。

「なんです?」

カミーユは渡されたハードコピィを覗き込もうとした。

「お前には説明しておかねばならんな、ニュータイプ」

シレノワ=ケイはMZの腕を指さした。それはもぎ取られた左腕を修復したのではなく、新たな物が付けられていた。本体の比率からするとやや大振りで、肘に当たる部分が多少盛り上がっており、逆に無理に一部をえぐったようなところもある。

「あれは?」

「MZの変形機構を活かすために苦労させられたよ。私の研究素材だ。理論的には間違いなく動作するはずだ」

「...?」

「サイコ・コミュニケーション・マニュピレーター....サイコミュ・ハンドとでも名づけておこうか」

「サイコミュ...!?」

「そうだ。精神波受信チップはリニアシートの中に埋め込んだ。手持ちの素材では受信用、コントロール用の2種類のチップを2つのシートに均等に埋め込むほど作れなかったので、腕部を有する『Gソニック』の方にコントロール用チップを、もう一つの『Gアタッカー』の方には受信用チップを多めに入れた。とはいっても合体時にはどちらからのコントロールも可能だ。サイコミュはお前等の意識を拡大させ、敵からの攻撃の気配を察知する力、それから腕部を本体から切り放し、念ずる通りに動くようコントロールする力を発揮してくれる。私の実験用マニュピレータを改造した物だから、多少は造形が悪いが...」

「シレノワさん!」

カミーユが、彼女の説明を遮るように叫んだ。しかし、彼女はそれを無視するように説明を続けた。

「軌道はもちろん、指の動きまでコントロールすることができる。もちろん、おまえらにその能力があれば、の話だがな」

「!!」

シレノワ=ケイは挑戦的な笑いをふたりに投げた。その誘いに、ジュドーが乗ってしまう。

「こちとら、歴戦のガンダム乗りだ!そんな昔のマンガみたいなもん、使いこなしてみせらぁ!」

「あっ..」

「ほう、威勢がいいな、ニュータイプその2。では、よろしく頼んだぞ」

「ジュドー!俺たちはモルモット代わりにされてるんだぞ!」

「甘えるな!ニュータイプ!」

シレノワ=ケイがぴしゃり、と言った。

「お前はこの学生達が、みんなボランティアで働いていると思っているのか!もう何日も不眠不休で、自分達の研究の成果をこのMZにつぎ込んでいるんだ。見た目は変わらないように見えるが、これは全く別の機体だ。お前等の仕事は、シャアをぶん殴った後、この機体を破壊することなくここへ戻すことだ。みんながお前等と、データサンプルのメモリーの帰還を待ち望んでいることを肝に銘じておけ!」

彼女の強い口調は、自分も研究者の一員であることを忘れかけていたカミーユの胸に大きく響いた。そしてその言葉の中に、彼女なりの優しさを感じた。

「そうだぜ、シュリー、こいつはU.I.T.スペシャル、ってくらいに磨きがかかってんだ」

「塗装だって、特別さ。ビームを受けてもある程度なら拡散する、材料工学科の特製なんだぜ!」

「このビームライフルなら、ネオ・ジオンの戦艦をまとめて3隻は貫くぞ!」

「アナハイムなんかに負けないぜ!」

学生達が口々に叫ぶ。その声がドック内に大きくこだました。

(...みんな)

作業が終わった学生達が、次第にカミーユとジュドーの回りに集まりはじめた。それぞれが疲労感を漂わせてはいたが、すがすがしい表情をしている。

「ネオ・ジオンのやることは、むちゃくちゃだよ」

「俺たちはコロニー育ちだけど、地球は地球のままであってほしいんだ」

「そうそう、足元に、あの青い地球があるからこそ、こうやって生きていける」

「連邦政府のやり方には気に入らんところも多いが、それは地球のせいじゃないだろ」

「あいつらが地上にいるから、好き勝手できるってこともあるけどさ」

学生達の思いはそれぞれであるが、それは決して地球というものを軽んじていない、という気持ちを表している。

「悪いが、シレノワ助手から聞いちまった。お前、エゥーゴにいたことがあるんだってな」

年かさのロメロがカミーユの肩に手を置いて言った。

「あ...。」

カミーユの目は、シレノワ=ケイの金髪を探した。しかし彼女はいつのまにかそのドックから姿を消していた。

「そこでMSに乗って戦ったこともあるって話じゃないか」

彼女は全てを学生達に話したわけではないようだった。その頃『エゥーゴ』は、スペースノイドにとって、伝説的な存在になっていた。大衆は本来の『エゥーゴ』という組織のあり方は知らないが、その公の理念と、戦果だけを評価していたのである。大きな2度の戦いでその尖兵ともいえる部分は消滅したに等しいが、その生き残り、といえば英雄のようなものだ。

「危ないところを押しつけたようで悪いが、MSで戦った経験なんて俺たちにはないもんな。おまえらに何ができるかわからんが、スペースノイドにもシャアの横暴を許せない人間がいることを、少しでもヤツにわからせてやってくれ」

「ロメロさん...」

みんなは、自分達が本当にシャアを殴れるとは思っていないだろう、とカミーユは思う。だが、ロンド=ベルに所属しないガンダムの機体をネオ・ジオンの前にさらし、抵抗してみせることが、何かしらの効果を生むことを期待していた。そしてだんまりを決め込みはじめたコロニー側の、そのなかで生活するスペースノイド個人の主張としての戦いを期待していた。

「見ろよ、シュリー!」

学生の1人が、MZの腰の辺りを指さす。そこには『MZ』のロゴとともに、でたらめに書きなぐった、全員のサインがあった。そして、その脇の下腹部のあたり、いつもなら連邦軍のマークがはいるあたりに、誰が外してきたのか、校舎の外壁に飾ってある、U.I.T.の校章が取り付けられている。

「いいのか?」

「いいじゃん、学園祭気分でさ」

みんなが一斉に笑った。カミーユも一緒に笑うことにした。瞼の縁に浮かんだ涙をごまかすためである。

 


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