機動戦士MZガンダム0093 前夜  


前夜

 

その夜、カミーユ、ジュドーを含む、数人の学生が、人気のない学生食堂の一角に集まって話し合っていた。その作戦会議室は、ソースの匂いがしたが、高揚した学生達にはそんなことはどうでも良かった。

「手っ取り早く、ロンド=ベルに合流するってのはどうかな」

「あいつらの動きは、ネオ・ジオンは逐一チェックしているさ。それじゃゲリラ戦にならないよ」

「ネオ・ジオンの艦隊は、ルナ2で武装解除するって話だ」

「でも、シャアの目的は、単なるネオ・ジオンの独立じゃないんだろう?」

「狙いは何だ?何をカムフラージュしている?」

学生達は、まだ小惑星アクシズが連邦との裏取引によってネオ・ジオンの手に落ちたことを知らない。あくまでスウィート・ウォーター周辺の独立が交換条件になっているというのが民間に流された情報だった。

「ルナ2には、条約で回収した大量の核があるって話だぜ」

「それだ!武装解除するフリをして、逆にルナ2を襲い、その核を地球に打ち込むとすれば...」

「シャアの目的と一致するな...」

「ルナ2か、ここからは遠いな。明日だろう、その武装解除は」

「ブースター、用意できるよ」

ここでは、明らかにジュドーとカミーユはお客様、であった。ちょっと「ごっこ」地味ていると言えなくもないが、これは彼らなりの戦争なんだ、とカミーユは理解していた。

「俺、手配してくる!」

ブースターのアテのある学生が、即座に席を離れ、学食を後にした。

 

「これを見てください」

一番若いルーカス=アーキンズが、持ち込んだビジュアルパネルを指差した。そこにはMZの3Dモデルが浮かんでいる。

「今回、MZは補給等を行う母艦、というのを持っていません。それで我々が一番苦労したのは、効率的に武器関係を使えるようにすることです」

ルーカスは腰の部分を拡大してみせた。

「もともとMZには実弾系の武装が多かったんです。それをいっさい取り払って、エネルギー系の武器に変更しました。この腰についているのは予備のエネルギーパックです。普通のビームライフル用に見えますが、実はチャージ式なんです。もともとMZの名前だけあって、ジェネレータの出力が半端じゃありませんでしたからね。それを利用させてもらいました。それから、この頭部にあるハイメガキャノン使用時にメイン動力からのエネルギーの流れを効率よく利用するためのバンクも増やしました。これにより、ハイメガキャノンを撃った後の一時的な出力低下も防いでいます。ただ、やはりチャージにはそれなりの時間が掛かりますから、あまり連続使用は避けた方が懸命です。あとは...」

ルーカスは、饒舌な口調で話を続けた。ジュドーは少し眠そうであったが、必死にこらえて話を聞いていた。

「サイコミュ・ハンドを放つと、ビームライフルやサーベルの使用ができなくなります。それをフォローするための機構が、これです。まず、頭部のバルカンは、ビームバルカンです。それから、この両膝についているもの、これはビーム砲です。あと、両バインダーの脇に、ビームサーベル、というか、短剣に近い形状ですけど、そういうものもついています..」

「あの、それから...」

ふいに、それまでぽつん、と座っていただけのモニカが口を挟んだ。

「これは、あの、できれば実戦で試してもらいたい機能なんですけど...」

彼女は少し口ごもって、カミーユの顔を見た。どちらかといえばむさ苦しい部類の男たちに混じると彼女の存在は違和感があった。目を見張るほどの美人ではないが、白い肌とりん、とした顔立ちはどこか高貴ささえ漂わせている。物怖じせず自分をまっすぐ見つめるその姿は、若さも手伝って、カミーユには眩しく感じられた。

「どういう機能?」

「私の専門外の部分なんで、本当に思い付き、なんですけど...。ビームソードを拡散して扇状に広げることによって、シールドの役目を果すかもしれないんです。こういう細かいIフィールドの成形にはルーカスさん達にかなり苦労してもらいましたけど...。あ..でも、失敗すると恐いんで、本当にもしも、の時で結構です」

「へえ...それって、面白そうだな」

カミーユは、みんなのMZに対するこだわりや発想、自分達への配慮に感心していた。そして、かつてMSの設計のまねごとをやっていた自分の血のようなものが、熱くなってくるのを抑えることが出来なかった。自分も、MZの修復に加わりたかった、と思う気持ちである。
カミーユの反応に、満足げな笑みを浮かべて、モニカはまた奥に引っ込んでしまった。その後を引き継ぐように、大柄なステファン=クロイが話しはじめる。

「こちらはゲリラですからね、敵に発見されにくい方がいいわけですから、ミサイルポッドを外したここに、大型のミノフスキー粒子発生装置を背負っています。エネルギーCAPの補充も行いますが、どちらかといえば散布目的のものです。まぁ、老婆心なんですけどね」

拡大されたMZのモデルの背中をなぞるように指さしながらステファンはそう言った。

「それもあって、一旦戦闘空域に入ってしまうと、通信というものがまったく不可能になります。ですから状況の把握が大変難しくなります」

「レーザー回線の届く範囲じゃないもんな」

ロメロがため息をつく。

「これに関しては、フォローのしようがありません。申し訳ないんですが、ルナ2方面にコネクションを持つ者がいないんです。連邦軍の通信を解読する方法はいくつかあるんですけど...ロンド=ベルは独自の方式を取っています。さすがの盗聴オタクのユーヴァンも、それは解らな言っていってました」

ステファンは遠くを見るような目つきで言った。

「僕は...あまり認めていませんが、こうなったら、シレノワ助手のいう、サイコミュの感知能力ってものに期待するしかないですね...」

それは自分とジュドーの能力にかかっているのだと、カミーユは思った。その片割れのジュドーは、既に寝息も立てず、居眠りをしていた。が、そんなジュドーを彼は羨ましく思う。久しぶりの戦いの前夜なのである。カミーユは、もう自分には消え失せてしまったと信じていた好戦的な血が、気を高ぶらせているのに気がついていた。それは少しづつ、『カミーユ=ビダン』に戻る気配なのかもしれない。

 

 

学食の作戦会議室を一旦解散した学生達は、それぞれの作業に戻った。彼らにはMZの機体を秘密裏に今晩中に港まで運ぶ、という仕事があった。出発は明日の朝である。パイロットであるカミーユとジュドーは、それには付き合わず、支度のため帰ることとなった。半分眠りかけているジュドーをホテルの前で降ろしたカミーユは、エレカを自分のうちへ走らせた。
部屋の明かりはついていた。ファはまだ起きている。

「カミーユ...」

帰宅を迎えるファの声は暗かった。

「私があんなこと言ったから?」

彼女は気がついている。それは当然のことと言えた。

「それも無いわけじゃないけど...いろいろあってさ」

彼女の手には、ハンドタオルが握られている。泣いていたのかもしれなかった。けれど、今の表情にはそんな様子は見受けられない。

「今さら止めたってムダだとは思うわ。でも、一応言わせてね」

ファは大きく息を吸った。

「もう、ガンダムになんか乗らないで!」

「ファ...」

カミーユはファを引き寄せると、その腕で抱きしめた。逆にそういうことしかできなかった。

「貴方はきっと思い出すわ、そして戻ってしまう。ううん、あなたは戦いで死んだりしない。あなたは強いもの。でも、帰ってきてくれないんじゃないかって...」

「そんなことは、ない!」

「私、もう貴方のあんな姿見るの、いやなの!」

カミーユは彼女の頭を引き、その顔を見た。涙を浮かべていない漆黒の瞳は、しっかりとカミーユを見据えている。

「俺は、ファに生き返らせてもらった。ファのために今ここにいる。あの頃の俺とは違う。独りじゃない」

「カミーユ...」

ファの瞳から、ようやく涙が湧いた。そして、その顔を、彼の胸にうずめた。

「俺が迷ったら、ファが引っ張ってくれ。俺はいつでもファを感じている。だから!俺は帰ってくる。かならずここに。ファを抱きに帰ってくる!」

「絶対よ...」

「ああ」

2人は唇を重ねた。お互いを抱く指の力が強くなる。
そのカミーユの指が、ファの脇をくぐり、パジャマのボタンにかかろうとした。と、その腕を、ファが制した。

「だめ。帰ってくるまで」

ファは涙を浮かべたままの顔で、にっこり微笑んだ。

「わかった。帰ってきたら、いっぱいしよう」

カミーユはそう言いながら、今度ファを抱くときは、避妊はしない、と思った。

 


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