機動戦士MZガンダム0093 出発  


出発

 

早朝、ファを隣に乗せたカミーユは、ジュドーのホテルまでエレカを走らせた。近くまで行くと、ホテルの入口の階段にひとり、ぽつんとジュドーが座っているのが見える。

「待たせたかい?」

「いいや...」

「リィナさんは、来ないの?」

「あいつ、ルーを迎えに行きやがった」

ジュドーはちょっとふてくされた感じでエレカのバックシートにどすん、と座った。

「相変わらずおせっかいなんだよな!」

「気が利く、って言ってあげなさいよ」

ファの言葉に、ジュドーはいっそうふてくされた様に腕組みし、下を向いてしまった。

 

エレカはU.I.Tの港のゲートをくぐり、目指す作業機械科のドックへと近づいていた。早朝なので、守衛以外の人間は誰もいなかった。

インターホンを押すと、シレノワ=ケイの声が答えた。

「遅かったな」

そのバックにはノイズに混ざりながら学生達のざわめきが聞える。
ドックに入ると、2機のMAがカミーユ達を迎えた。戦闘機のようなシルエットのそれが『Gアタッカー』『Gソニック』とマニュアルに表記されていた、MZの分離形態である。この2機が合体した飛行形態には名前がなかったので、ZZにならって『Gフォートレス』と呼ぶことにした。さらにMSに変形した姿がMZとなるわけだ。

「さすがに輸送の際はバラさないと無理だったんです」

ステファンが申し訳なさそうに言う。

「まだ、お2人とも実際操縦してないのに、いきなりで申し訳ないんですが...」

カミーユとジュドーは、昨夜コックピットに座り、そのコントロール系に触れた。一度操縦したジュドーはともかく、カミーユにとって5年ぶりのMSのコックピットであった。しかし、アナハイムの当時の仕様を引き継いだそれは、彼にとって懐かしいものであっても、違和感のあるものではなかった。

「一度外に出て合体した後、ブースターを自分達で取り付けて欲しいんです。まぁ、練習だと思って下さいよ。ここにあるクレーンじゃ付けられないってこと、計算してませんでした」

そういうステファンの目は、疲労を示す隈に縁取られている。

「それはかまわないが、あまりこいつで『カルチェラタン』の周りをうろちょろするのはまずくないか?」

「そのためのミノフスキー粒子ですよ。派手に蒔いちゃってください」

「コロニー監理局から、逆に疑われないか?」

「実験のミスだってことにします。シレノワ助手が始末書書いてくれるって」

「学生レベルで、なんでミノフスキー粒子を蒔く理由があるんだよ」

その後ろでシレノワ=ケイが口を挟んだ。

「私の次の論文のテーマは『ミノフスキー粒子とサイコ・コントロールの可能性』だ」

「本気ですか?」

「そういうことにしておけば、監理局は騙せる。そういう心配はこちらにまかせて早くこれを着ろ」

カミーユはあきれながら、差し出されたノーマルスーツを受け取った。ジュドーの着ていた木星エネルギー開発公社のもののコピーだった。

 

2人がノーマルスーツを着終わった頃、ドックにリィナの場違いな声が響いた。

「わー、よかった、間に合った!」

誰に開けてもらったのか、ルー=ルカの乗る車椅子を押しながら、彼女はまっすぐにジュドーの元にやってきた。

「これ、途中でお腹が空いたら食べてよね。ガンダムって、シートの後ろに物入れがあったわよね?」

彼女は、大振りなハンカチに包まれたランチボックスを差し出した。

「おいおい、遠足じゃないんだぞ」

「あら、リィナさんの作るご飯っておいしいのよ。シュリーの分もあるかしら?」

ファが彼女を煽るようにして、言った。

「お兄ちゃん、大食いだから、かなり多めに作ってあります。シュリーさん、分けてもらってね?」

「あ..ありがとう...」

カミーユはファに背中をつつかれながら、礼を言った。
ファは、リィナがこの出発を“遠足”程度のものに感じたい、という気持ちを尊重してあげたかった。それは彼女も同じだからである。

「ジュドー、ちょっと」

車椅子のルーが、ジュドーを呼ぶように、手を振った。

「な、なんだよ」

ジュドーはこのいきさつを、毎日のように顔を合わせていたルーには一言も告げていなかった。出来れば最後まで黙っておきたかった。けれど、当日になってリィナにばらされたのである。彼はルーが怒っていると察していた。

「ひどいわねぇ。水臭いわねぇ。知らなかったのは私だけってこと?」

「いや、ほらお前にはケガの治療に専念して欲しくてさ...」

「ふん...」

彼女は腕を伸ばすと、ジュドーのノーマルスーツの衿を掴んで、その身体を引き寄せた。ぶたれる、とジュドーは目を閉じた。その直前にギプスのついた腕が自分のほうへ回り込むのを見たからである。今日は大人しくぶたれよう、と観念した。

「...ん?...んん...」

予測に反して、その腕は、彼の首を抱いた。そして唇に、暖かい感触があった。
薄目を開くと、ルーの長い睫毛が目の前にあった。再び、ジュドーはしっかりと目をつぶった。何をしていいのかわからなかったので、とりあえず、腕を伸ばして、彼女の身体を支えた。
中腰のまま、長い時間が流れたような気がした。

「とりあえず、今日はここまでね」

ルーは唇を離しても、ジュドーの顔に自分の顔を近付けたまま、そう言った。

「続きは、帰ってからよ。うーん、その先は私のケガが直ってからになるけど」

ジュドーは真っ赤になって、何も答えられなかった。天真爛漫少年は、青年になってからもオク手であった。横目で辺りを見回すと、カミーユもファもリィナも背中を向けて別の話をしている。あきらかに気を使ってくれていた。

「ルー...ルー=ルカ...」

やっとのことで、彼女の名前だけは呼ぶことができた。好きだ、とかの告白は、必要ないのだろうか、などと頭の中がぐるぐる回っている。

「お、俺さぁ...あの....」

「その続きも、帰ってから聞きましょ。こんな場所じゃロマンのかけらもないわ」

彼女はようやく彼を離すと、にんまり、と笑った。作戦、成功である。彼女はリィナの助言に感謝した。

『あの鈍感は、押し倒すくらいの実力行使でなきゃだめよ!』

2人を観察していたリィナは、よほどじれったい思いで見ていたのであろう。

「じゃあ、早くケガなおして、待ってろよ」

ジュドーはそう答えて、

「あ、いやその...、別にそーゆー意味はなくて...あのなぁ...」

また、しどろもどろになってしまった。

 

「準備、いいですかぁ?」

ルーカスの声が、2人を呼んだ。

「もう、乗れるけど、覚悟は決まったかい?」

ロメロが、優しい笑みを浮かべながら、こちらに歩いてきた。

「覚悟なんて...死にに行くみたいじゃないですか」

「おっと、すまんな。そういうつもりじゃないんだが」

「わかってますって」

ロメロはカミーユやジュドーの戦歴を知りはしなかった。知っていたのなら、こんな心配はしなかっただろう。

「じゃあ、ファ、行ってくるよ」

カミーユは、ぽん、とファの肩に手を置いてそういうと、ルーカスのほうへ歩き出した。

「リィナ、晩飯の用意はいらないから。2人で外で食べてくるわ。お前はルーと一緒に食えや」

ジュドーも照れ隠しに精いっぱい冗談を言って、カミーユのあとを追った。

「お兄ちゃん、がんばってね!」

リィナはその口調に合わせて、きわめて明るく声援を送った。その2人の背中を見送りながら、ファは心強い仲間がいるのはいいものだな、と思った。ジュドーのような戦友がいたら、カミーユはきっと先の戦争であんなことにはならなかったろう。けれど、それは結果論である。側にいながら、一緒に闘いながら、自分はカミーユを守ってあげられなかった。独りぼっちにしてしまっていた。そんな余裕はあのとき誰にもなかったのだ。

「カミーユ!行ってらっしゃい!」

ファは、リィナを真似るように、明るく、そう叫んだ。カミーユがちらりと振り返り、微笑みながらその左手を振ったのが見えた。
叫んだ後で、彼女は自分が『カミーユ』と呼んでしまったことに気がついた。けれど慌ただしさに取り囲まれたドック内で、それを気にするものはいなかった。

 


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