機動戦士MZガンダム0093 戦闘空域  


戦闘空域

 

どのくらい、2人は加速に身を任せていただろうか。

「そろそろか?」

モニタが、星とは違う点滅する光のようなものを捕らえた。ルナ2を目指すようにセットされた軌道の正面である。

「既に、戦闘が始まってる!?」

モニタが光の方向を捕らえて拡大する。モビルスーツが展開し、既にルナ2には戦艦による砲撃が加えられていた。しかしそれは連邦の駆逐艦によるものである。2人には状況が掴めない。

「本当に、ルナ2を襲撃したのか?」

2人は愕然とした。ルナ2の核強奪は彼らの想像に過ぎなかったからだ。カミーユは本心、この武装解除の式典が、シャア=アズナブルに接触できるチャンスだという程度にしか考えていなかった。しかし、事は進行中であった。

「ブースター、捨てるよ!」

ジュドーが言う。

「MZに変形する!」

Gフォートレスの背面に取り付けられたブースターのジョイントを切り離すや否や、ムーバブルフレームは気持ちがいいほどすばやくMZへの変形を完了させ、火線の交わる空域へと突入した。
ルナ2は十分な防戦体制を敷いていなかった。連邦はコロニーの一般市民ですら信用していなかったネオ・ジオンの『武装解除』を真に受けて、駐留部隊のみしか待機させていなかった。そこへネオ・ジオン艦隊が偽装した砲門を一斉に向けたのである。ギラ・ドーガを中心としたMS部隊も多数展開した。一方的なネオ・ジオンの勝利だった。
2人がルナ2に到着した時には、すでに旗艦レウルーラと、一部の核を積んだ第一陣はアクシズに向かっていた。が、それを知ろうはずもない。残りの核を収容中の15番艦が、ルナ2に取りついている。それを護衛するMS部隊が、残存の連邦のジェガン隊の駆逐を行っていた。
ルナ2から程近い、サイド7駐留の連邦軍が、異変に気づき、わずかだが艦隊を派遣した。カミーユ達が到着したのはその部隊との戦闘が開始された直後であった。

 

「シャアは、いるのか?」

ジュドーはセンサーを最大にして辺りの空域をチェックした。カミーユも戦場に漂う気配から、かつて知る『クワトロ=バジーナ』の感触を探ろうとしたが、それを知ることは出来なかった。

(そう上手くいくものかよっ)

カミーユは眠りについていた自分の能力が、そう簡単に復帰できるものではないと落胆した。しかし、現実にシャアはこのルナ2空域にはいなかったのである。それに気づくほど、2人の能力は才長けたものではない。
ダミー隕石が、MZの側に流れてきた。2人はそれを利用することにし、MZの機体をダミー隕石の裏に忍ばせると、バーニァを緩やかに吹かし、戦闘の中心へと流れて行った。
不意に、連邦のマークを付けたジェガンが、彼らの脇に飛び込んできた。ジェガンのパイロットは、ダミー隕石に身を隠した見慣れぬMSを認めた瞬間、ビームガンを放った。

「うわっ!マジかよ」

ジュドーが叫びながらダミー隕石を盾にその攻撃をかわした。その第二射が再び彼らを襲う。ダミー隕石がビームをまともに浴びて、ぱぁん!と破裂した。カミーユはそのタイミングに合わせてMZのバーニァを吹かし、ジェガンの背後に回り込むと背中のランドセルをアームで掴んだ。接触回線なら、会話ができると思ったからだ。

「待ってください!敵対するつもりはありません!」

「なんだ、お前ら...?」

ジェガンのパイロットは、その姿、『ガンダム』を見てぎょっとした。

「ホビーMSか?」

敵味方信号を出さず、おまけにガンダムをコピーしたMSが戦闘空域に紛れ込んでいるなど、彼にとっては信じ難いことであった。

「いえ...まぁそんなもんです」

「U.I.T.?学生か、お前ら?!」

モニタにその全身を見とめたジェガンのパイロットは、MZの腹部についているマークを偶然知っていた。そしてあきれた。

「死ぬ気か?子供は帰れ!」

「ネオ・ジオンが許せないんです!」

カミーユは、『子供』のフリをした。

「今、どんな状況なんです?シャアは...」

そこに、ビームマシンガンの輝きが走った。
ギラ・ドーガの一機が、馴れ合うように寄り添う2機のMSを発見したのだ。ジェガンを突き飛ばすようにして、ジュドーはその攻撃を回避した。ギラ・ドーガはそのビーム光を追うような形で2機の間に入り、ビームアックスをほとばしらせた。ジェガンが第一ターゲットになった。ギラ・ドーガのパイロットは正確だった。ネオ・ジオンの訓練が行き届いているのであろう、ビームアックスは鋭くジェガンのコックピットの位置を背中から切り裂いた。

「やったなっ!」

カミーユは怒りを感じてビームライフルを放った。MZのメガビームライフルの出力は大きい。直撃を受けたギラ・ドーガの機体は半分ほどを残して消し飛んだ。しかもその輝きは、遥か先の空間まで伸びていた。

(この感覚っ...!)

カミーユの背筋に、ある感覚が走った。それはかつて常にその全身に身にまとっていた感覚とも言えた。コロニーで、学生生活では得ることのない緊張感と高揚。カミーユはMZを前進させた。

「このまま行くのか?」

ジュドーが尋ねる。しかしカミーユは答えない。

(恐くはない。おびえもしない。気持ちは高ぶってるが、焦りはない)

カミーユは自分を分析しているようだった。

(俺は、いける)

ひとつ、彼を覆っていた殻が、はじけた。その瞳は少年の頃に戻っていた。

 

 

ルナ2に向かうMZのモニタが、ネオ・ジオンの戦艦をキャッチした。激しい弾幕を張りながら、それは地球を目指して進んでいるようだった。実際には地球の裏側、彼らの総帥たるシャアの待つアクシズに向かっているのだが、MZの2人の知るところではない。

「これにもシャアは、いないのか?」

2人は旗艦レウルーラの形は、ネオ・ジオンが行ったTV放映で知っていた。赤く塗られ、どこかグワジンを連想させる巨大な船体は、彼らにとって印象深いものだ。しかし、センサーをいくら働かせても、その姿はみつからない。

「来るのが遅かったのか...」

「そうだと思う」

ジュドーの答えはストレートだ。目の前の戦闘はどうみても連邦軍側が不利に見えた。ロンド=ベルの姿も見えない。

「アムロさんたちがいないってことは、他でも戦いが行われてるってことか」

「連中、衛星軌道あたりで合流する気なのかもね」

「状況が解らないってことが、こんなにまどろっこしいなんてっ!」

解っていることなのだが、それが妙な苛立ちを生む。

「だったら、まずはこの先に核を運ばせないってことだよ!」

ジュドーが、そういってバーニァを吹かせた。彼はハマーンの言葉に従うのがイヤなのである。シャアに会うことは、彼を殺してしまう様な気がしていた。“シャアの抹殺”という行為は、きっとカミーユの本意ではないだろう。それをしないために、本当はシャアに対峙しないほうがいいと思っているのである。シャアのいない空域で、彼の戦力を削ぐ働きをするほうが、ジュドーには良い様に感じられた。
戦艦の防戦を行うギラ・ドーガが射程に入った。ジュドーはメガビームライフルを放った。距離のせいか、ビームはかわされてしまったが、相手に戦意を伝える役目は果す。連邦軍の識別信号を発していない以上、自分達がどちらに相対する存在なのか周囲に示す必要があった。もちろん、『ガンダム』の形をしているということはネオ・ジオンのものではない、という証しではあるが。
ギラ・ドーガとの距離が縮んだ。その後ろにもう一機のギラ・ドーガの姿が見える。2機がMZを敵と見なし、攻撃を仕掛けてきた。

「なんだ、こいつは!ガンダムだとぉ!」

ネオ・ジオン6番艦所属のギラ・ドーガパイロット、アハマン=ワットは生っ粋のジオンであった。一年戦争、そしてミネバのもと、グリプス戦争、第一次ネオ・ジオン抗争を生き抜いてきた、数少ない武人であった。

「何度、我々の行く手を阻めば気が済む!」

アハマンの遼機、ガリク=ケンプがその後方から通信を送った。

「挟み撃ちにするぞ!」

ガリクはアハマンの気持ちを読み取っていた。
2機のギラ・ドーガは、MZを囲むように左右に分かれた。

「むっ?!」

ビームマシンガンが、二方向から、MZを襲った。

カミーユはその右からの気配を察知して、MZを移動させた。ジュドーは左からのビームを避けるために、たたまれていたシールドを展開した。
MZのコントロールは、二つのコックピットから同時に行える。しかし、それは通常のパイロット同士では不可能なことであった。そのため、合体後は片方のコントロールを切らざるを得ない。が、2人はあえてそれをしなかった。不都合があればそのとき切り換えようといった安易な発想であったが、そのまま戦闘に突入してしまったのである。が、2人は通常のパイロットではなかった。相手が、何をしようとしているのか漠然とわかるのである。そして自分はその空いている機能を使えばよいのである。シレノワ=ケイの仕組んだサイコミュ・チップも上手く作動していたのであろう。2人は二つの人格を持った、一人のパイロットのように、MZをコントロールしていた。
ギラ・ドーガはさらに接近してビームマシンガンを放った。カミーユはそれを回避すべくバーニァを吹かし、機体を滑らせつつ、ビームライフルを撃つ。ジュドーはその動きのなかで、もう一方のギラ・ドーガに向かって膝に付けられたビームガンを撃っていた。
カミーユのビームライフルがガリク=ケンプのギラ・ドーガを撃墜し、ジュドーのビームガンがアハマン=ワットのギラ・ドーガの足をもぎ取った。
しかし、アハマンはその攻撃を緩めなかった。

「あっ!」

最大に出力をあげたバーニァでMZに接近すると、ビームアックスをほとばしらせ、切りかかってきた。

「連邦軍でもないくせに、そんななりをして、我々のジャマをする!」

その叫びが、2人の頭に響いた。
ジュドーが機体を翻したが、そのビームアックスが降り下ろされた空間にMZの腕が残った。

「がっ!」

カミーユは、アームが切り裂かれるイメージを思った。瞬間、その腕が、外れた。
ジュドーは咄嗟に肘関節の上部に仕込まれたビームソードを展開した。ビームサーベルより短く太いそれが、ギラ・ドーガのビームアックスを受け止めた。ビームとビームのはじける光がスパークした。そのはじける光の向こう、MZの機体から分離したマニュピレーターには、メガビームライフルが握られたままである。カミーユは叫んだ。

「当たれっ!」

その銃口から発せられたビームが、背後からアハマンのギラ・ドーガを貫いた。

「ジオン公国に栄光あれ!」

アハマンは、断末魔にそう叫んだ。その言葉を使う時を、彼は待っていたのかもしれなかった。

「けっ!」

ジュドーは、胸くそ悪い!とつぶやいた。
その間に、サイコミュ・ハンドを腕に戻したカミーユは、モニタの中に戦艦の艦橋を補足していた。

「落ちろ!」

メガビームライフルが最大出力で闇を裂いた。二つのビームの輝きは吸い込まれるようにネオ・ジオンの6番艦を貫いた。やや間があって、ぶくっと船体が破裂し、閃光が辺りを取り巻いた。

「拡散するな...」

カミーユは冷静にメガビームライフルの特性を評価していた。そこに大勢の人間を殺した、という感覚はない。それを感じてしまえば、戦争はやっていけない。戦艦やMSの形をしているから、敵を倒すことが出来る。パイロットの顔を知っていても、である。2人はMZをさらにルナ2へと接近させた。

 


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