機動戦士MZガンダム0093 ガラスの少女  


ガラスの少女

 

「残りは我が艦と13、14番艦のみということか?」

「はっ!」

ネオ・ジオン艦隊のしんがりを勤めていた15番艦艦長、リドリー=ゲイツは、戦況を把握すると、部下に叫んだ。

「モビルスーツは、もう無いというのか!」

核を積んだ自分の艦が直撃を受けることは、残存する味方艦隊にも影響を及ぼすことは想像に難くない。連邦軍の戦力はもうすでに壊滅していたが、所属不明のたった一機のMSが自軍の戦艦を7隻も落としたのである。それは間違いなくこちらに向かって接近中であった。

「旗艦レウルーラ、ならびにムサカとの連絡が取れません!先行した4番艦のアクシズへの到着は不明です」

通信士の叫びが副官ファイリー=ノーマンの決心を促した。彼はリドリー艦長のわきへ寄ると、耳打ちをするようにして言った。

「サイコ・ドーガなら、14番艦に残っておりますが」

「うぬ..しかし、パイロットがおらん。あれは素人が扱えるものではなかろう?」

サイコ・ドーガはα・アジールの試作機、大型MAである。形は酷似しているが、操作系はかなり異なっている。α・アジールがサイコ・フレームやファンネルを有する機体であっても通常のコントロール系はパイロットの手動で行うのに対し、サイコ・ドーガはそれまでもサイコミユ・コントロールで行おうというものである。その設計思想はグリプス戦争時のサイコ・ガンダムに近い。完成度は高かったが、パイロット養成の段階で断念、α・アジールにその性能を引きついだのである。

「パイロットがおらぬわけではありません」

「何?」

「『13(サーティン)』が積んであります」

「何でそんなものがここにいるのだ!」

リドリーは明らかに嫌悪する口調でそう言った。

「スウィート・ウォーター出撃時に、α・アジールの最終調整が間に合わなかった、という話です」

「しかし、レウルーラとの連絡がつかん。ナナイ所長の許可はとれんだろう」

「戦況は当軍に不利です。持てる戦力を出し切らねば、核をアクシズには届けられません」

ファイリーは、ナナイと連絡が取れないという事実を踏まえた上で、このアイディアを提案することを決めたのである。ナナイが知れば、おそらく猛反対をするであろう。それだけナナイ=ミゲルは『13』の存在を嫌っていた。
『13』と呼ばれるそれは、ナナイがニュータイプ研究所の所長になった時にはすでにそこにいた。というより“それ”の存在があったからこそ、スウィート・ウォーターにニュータイプ研究所が発足した、とも言われている。数年前、シャア=アズナブルが君臨してきたときにその機関に目を付け、後にサイコ・フレームの完成を見るのだが、もとは細々とした民間の研究施設に過ぎなかった。今となっては、誰が、どうやってその『13』を運び込んできたのかは、不明である。
『13』は少女の形をしている。いや、現実、少女なのである。食事をし、成長もしている。ナナイが最初に見た時にはまだ子供、といった風情であったが、現在では女性の丸味を帯びたボディラインを持ちはじめていた。それもナナイの嫌悪の一端であった。
『13』は自分の意思を持たない。生理現象以外の動作を、自分から行うことはしない。人によって生かされている、という存在である。そして、特殊なサイコミュ装置からインプットされた言わば“プログラム”の結果を、通常の人間より強力な“思惟の流れ”という形で返してくるのだ。それは体調や感情のコンディションによる不安定さは認められず、常に安定した結果を研究者たちに提供した。研究者として、これほど便利な実験治具はない。ナナイは嫌悪しながらも、『13』を使い続けざるを得なかった。
ナナイは『13』の存在を研究所の最古参、エンドワ博士に問うたことがあった。しかし彼もその詳細を知るものではなかった。

「オリジナルではない、という話だ。人のでき損ないじゃよ。神の所業を人間が真似しようとして失敗した、その戒めじゃ」

エンドワ博士の言葉が、ナナイの『13』嫌いに拍車をかけた。

 

「サイコ・ドーガの出撃準備が完了しました!」

「プログラミングに、問題はないか!?」

ファイリーの言葉に、技師長は不安を隠せないでいた。

「戦闘プログラムは、時間がないので過去の有り物を継ぎ接ぎしたものです。デバッグは行っていませんが...」

「仕方ないか。では、出撃させよ!ターゲットはあの所属不明のガンダムタイプだ!」

14番艦の後部ハッチから、ゆっくりとサイコ・ドーガはその姿を宇宙空間にさらした。

 

 

ピーッ、ピーッ、ピーッ、ピーッ、ピーッ...

カミーユは不意に現れたその電子音のような耳障りな音の原因が掴めないでいた。   

「ジュドーも、聞えるか?」

「何だろう?」

それはすぐ側から聞えるような、それでいて遠くから流れてくるような、方向の不確かな音である。

ピッ、ピッ、ピッ、ピッ....。

次第にその音は、間隔を狭めてきているようだ。しかし、それが音源の接近を示すものであるのか、2人には判断がつきかねた。
ジュドーは念のため、エネルギー系を確認しはじめた。先ほど7番艦を沈めたときに使用したハイメガキャノンへのチャージは既に終わっている。
ピィーーーーッ!

「あっ...!」

憎悪、ととれるエネルギーの流れが、2方向から同時にMZの機体を襲った。その2条のメガ粒子砲は、正確に今MZのいた空間でクロスした。
距離が離れていたせいか、かろうじてカミーユは機体をスライドさせることができた。

「何だ!」

気配は、ない。
新手だ、と2人は感じた。しかしその憎悪の源の位置を確認することができない。
それははじめてファンネルによる攻撃を受けた、一般兵の感覚に似ていた。
別の角度から第二射が来る。その、ほんの直前でカミーユは再びエネルギーの流れを感じ、避けた。その位置に向かって、再びメガ粒子砲が襲う。

「間に合うかっ!」

瞬間、ジュドーはMZのパーツを分離させた。狙いはまるでMZの行動を読んでいるように正確だった。しかもコックピットに向けてその輝きは放たれたのだ。それが幸いして、分離した空間をビームが通過していった。

「ふぅ...間一髪...」

2つのパーツは一旦大きくその距離を離し、別の空間で再び合体した。

「読まれているっ?!」

「やるもんだ、敵も!」

ジュドーは強がって見せたが、何のプレッシャーも感じさせない相手を不気味に思った。

(なぜ、わからない)

戦場での2人の意識は高揚していた。シレノワ=ケイの付けたサイコミュチップは今まで順調にその能力を発揮し、2人の潜在能力を徐々に高めていった。
しかし、今接近しつつある敵は、こちらの動きを読んでいる上に、その気配を感じさせてくれないのである。

「ニュータイプ...?強化人間...?!」

2人はつばを、ごくり、と飲み込んだ。

 

ピィーーーーッ...

相変わらず、電子音のようなノイズは2人の脳に響いている。
そして、絶え間なく放たれる高出力のメガ粒子砲。センサーが捕らえていないということはまだ距離があるはずだった。しかし、高ミノフスキー粒子の取り巻く空間で、その攻撃は不気味なほど正確だった。

「有線メガ粒子砲か...?!」

「たぶん...」

2人は攻撃を避けながら、それが1機のものから発せられていることを確信していた。攻撃のリズム、のようなものが次第に読み取れるようになってきたからだ。とはいっても、直前に避けるのが精一杯で、その敵の方向さえ掴むことができなかった。

「あっ!」

MZを回避させた空間に、被弾したMSの破片が飛来してきた。それを蹴り飛ばすようにして衝突を避けたが、メガ粒子砲がその破片を貫くようにMZを襲った。瞬間、回避運動が遅れる。ジュドーは反射的にシールドを開いた。しかし、ビームならある程度防御できようが、メガ粒子砲を防ぐにはMSのシールドは貧弱であった。

「壊させるものかよっ!!!」

カミーユはモニカの透き通った白い頬を思い出しながら、腕に装備されたビームソードを最大出力で拡散させた。それは半月型に広がりながら自分のシールドを破壊しつつ、メガ粒子砲を受け止めた。スパークする光。激しい衝撃と、拡散する輝きが2人のコックピットを包んだ。それはまるでMSの爆発のようでもあった。しかし、輝きがおさまった時、MZはその機体を別の空間に移動させていた。

「効いたのかっ?!」

カミーユは、自分が今ここに存在していることに安堵した。メガ粒子砲の直撃を受ければ、MSなど一瞬で消し飛んでしまう。ビームソードを高出力でバリアの代わりにする、というモニカの発想が無ければ、今ごろ骨も残っていなかっただろう。そのかわり、ビームソードの放出口は無残に溶け崩れていた。それは衝撃の大きさを物語っていた。
現実、敵であるサイコ・ドーガの『13』は、一瞬その激しいスパークを、MZの撃沈と判断した。それが間違いであると知ったとき、プログラムに無いわずかな揺らぎが生じた。

(...!!)

「う..ん..?」

ジュドーは敵のものと思われる微弱な感触を察知した。

「どうした!」

「...憎んでる...」

ジュドーはつぶやくように言った。それは初めて受け取る相手の気配、だった。ニュータイプである2人は、「人の激しい感情」を察知することができた。しかし、相手が感情を表に出さなければ、逆にそれを知ることはできない。『情報収集』-『判断』-『処理』でサイコ・ドーガをコントロールする『13』の思惟の流れは、強力でも電子音のような単純なノイズとしてしか彼等に反映しなかったのだ。だが、その『誤認識』が、歪みを生み始めた。

「...好かれちゃいないだろう。わかるのか?」

「けど、何を...あ、正面!」

ジュドーの受信した気配を、カミーユが受けて、機体を動かした。同時にビームライフルを放つ。その遥か先で、ビームの光が拡散した。

「あいつが....」

両方のコックピットのモニタが、同時にその光の点を捕らえた。CGが再構成するフォルムは、MSとも、MAともいえない奇妙な姿だった。その両の肩、といえる部分から砲門だけが分離した。それはくるくると奇妙な動きをしたのち、メガ粒子砲を放った。

「来たっ!」

MZはそれを避ける。時間差でもう一方のメガ粒子砲が火を吹く。バランスを崩しながら、それも、避ける。その動きをしながら、カミーユは脚部に仕込まれたビームガンを撃った。サイコ・ドーガのスカートのような部分を、それはかすめた。
その衝撃に触発されたかのように、ファンネルが浮いた。
微かな被弾による衝撃は、戦闘、という認識のない『13』の底に流れるわずかな感情部分を刺激した。

(死ね死ね死ね死ね死ね死ね)

(落ちろ落ちろ落ちろ落ちろ)

(消えてしまえ消えてしまえ)

ファンネル達は、それぞれが呪いのような言葉を吐きながら、MZに襲いかかってきた。しかしそれは2人にとって好都合であった。激しい感情を伴って飛び回るファンネルの動きはその軌道の予測を比較的楽にした。
ジュドーがそれを避け、カミーユがビームライフルでそれを落とした。2人のコンビネーションは既に完ぺきな形で完成していた。
コントロールするファンネルが破壊される度に、『13』は自分の放った思惟の逆流、というものを体験していた。ただの逆流ではなかった。あたりに散らばる様々な人の意識を吸着しながら戻ってくるそれは、次第に彼女を侵していく。

(私の目の前から失せろ!)

(目障りなヤツ)

(どうして私のジャマをする!)

次のファンネルも同様に叫びを引き摺りながらMZを襲う。しかし、その“声”が、次第に悲しみを帯びてくることにジュドーは気づいていた。

(私をひとりにしないで...)

(遊んでよ...私と)

「なんで、そんなもんを俺たちに見せるっ!」

ジュドーは叫んだ。放たれたファンネルの2つまでを落とした時、その残った一基のファンネルが言った。

(おにいちゃん...)

そのファンネルは2人の脳の片隅を覗いていたのかもしれなかった。そして、2人の傷ともいえるワードを偶然、ほじくりだしたかのようであった。それはプログラムには無い作用である。

(おにいちゃん...)

「や、め、ろっ!」

それは、言葉ではない。事象である。「おにいちゃん」と呼ばれた2人は、絶叫した。
反応の激しかったのはカミーユの方である。頭痛や嘔吐感を伴いながら、そこに立つ女にすがる自分を確認した。その女は、ゆったりとした巻き毛を揺らしながら、微笑んでいる。

「おにいちゃん...」

外見ににあわず、その声色は幼い。それが妙な色気を発散している。カミーユはその女の腕を掴み、自分に引き寄せた。

 

ジュドーは、幼い2人の少女に取り巻かれていた。あどけない笑顔がそこにあった。

「おにいちゃん!」

その声は元気がいい。苦しむカミーユとは逆に、ジュドーは懐かしさすら憶える。が、その子たちは次第に悲しい表情を浮かべはじめた。同時に2人はすーっと離れていく。ジュドーは手を差し出すが、もう届かない。不意に彼女たちの姿が悲鳴とともに四散した。拡散する光の中に、もう1人の彼女が立っていた。それは透明なガラスで作られているように、ピュアで、冷たかった。その子が両手を差し出す。

「遊ぼう、おにいちゃん...」

巻き毛の女がカミーユを呼ぶ。その声は明らかにカミーユを誘っていた。カミーユはその女を抱き寄せると、服を引きちぎった。裂けたブラウスの間から、形のいい乳房がこぼれた。

「本当は、こうして欲しかったんだろ!」

「おにいちゃん..」

女は恐怖も見せず、微笑んだ。それがカミーユには憎たらしかった。

「お前たちは、みんなそうやってっ!」

カミーユは女の首を絞めた。女はまだ微笑んでいる。カミーユは指先に力をいれた。

「おにぃ....」

声をかすれさせて、女は息を絶えた。力の抜けた身体の重さが、カミーユの腕にのしかかる。カミーユはそうやって自分の手で女を殺した。
かつてと同じように!

「ロザミィ...」

その女の名を呼んだとき、カミーユの意識が拡散した。封じ込められていた戒めが解き放たれたかのように、自分の身体から流れ出る別の魂を、彼は止める術を知らなかった。

(かみーゆ..)

(カミーユ!)

(カミーユ!)

女たちが口々に彼の名を呼ぶ。かつて、フォウ、と呼んで最も彼が愛した女性の姿もあった。しかし、そこにいる、ということは既に死んでしまった者、の象徴でしかない。

「やめろ〜!!!!!」

カミーユが咆哮した。その叫びに反応するように、MZの両の腕が、がくん、と機体から離れた。

「か、カミーユ!!」

異常を感じたジュドーの呼び声も、カミーユの叫びの中に消されていった。それは声の叫びではない。ほとばしる、魂の叫びである。その叫びは、もの凄いスピードでサイコミュ・ハンドを走らせた。
自分の方に向かってくる物体を確認したサイコ・ドーガは、それを危険なものと判断し、頭部に仕込まれた拡散メガ粒子砲を放った。しかし、通常のパイロットなら目を疑う現象をその物体は示した。金色に輝きながら、メガ粒子砲をはじいているのである。それどころか、その軌跡を遡るようにして、サイコ・ドーガの頭部を捕らえた。

「ダメだ!カミーユ!」

ジュドーは叫んだ。何故だかわからない。
サイコミュ・ハンドは徐々に力を増して、サイコ・ドーガの頭部を押しつぶした。まるでロザミィの首を絞めるように。
ミシっという振動に混じって、か細い少女の悲鳴が聞えたような気がした。ジュドーはイメージの中で、ガラスの少女が砕け散る様を見た。

「また、かよ...」

知らず、ジュドーは泣いていた。
しかし、カミーユを責めようという気にはなれなかった。モニタに映っているGソニックのコックピットのカミーユは放心している様に見えた。しかしジュドーはいまだに泣き叫んでいるカミーユの姿を見ていた。慰めようとして寄ってくる女たちを、振り払いながら。それは癇癪を起こした子供のようでもあった。

「俺はっ!俺の力で戦う!みんなあっちへ行けっ!エマさんも、レコアさんも、もういいじゃないですかっ!フォウ...お願いだから、もう戦わないで....」

そんなカミーユの姿を、ジュドーは弱い、とは思わなかった。いつのまにか、自分もそのイメージの中に入り込んでいた。

「貴女達の代わりに、俺がいます。だから...上手く言えないけど...」

ジュドーはそう言って、かばうようにカミーユの肩中を抱いた。女たちは安心したような表情を示していた。

「アクシズへ、行け、というの?」

ふ、とカミーユは顔を上げた。そこには女たちの姿はなかったが、ジュドーにも同じ意味のことが感じとれた。不意に、金色に輝くオーロラが取り巻く。

(アムロを、助けてあげて...)

見知らぬ女だった。彼女は褐色の肌にかかる髪をかきあげながら言った。

(シャアも、そこにいます...)

 


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