事例研究(1):ピアノ発表会(USB インターフェイス音質比較)

はじめに

ピアノ発表会の録音を頼まれた。このページでは、前項の内容と重複するかもしれないが、
作業の流れに沿って、USBインターフェイス音質比較、サンプリングレート変換音質比較
をまとめてみた。

ピアノ発表会の録音

このピアノ発表会は、数人のピアノ教師が合同で開催する会で、50名の個人発表+教師に
よる40分の演奏、本番収録時間6時間、リハーサルを含めると1日がかりのイベント。
ヴァイオリンやピアノトリオの発表もある。ピアノは連弾の曲も。

音域もダイナミックレンジも広いピアノ、高音域のヴァイオリン。それぞれの楽器の特徴
を捉えた録音ができるだろうか?

機材セッティング

音源が少ないので、マイクはワンポイントステレオマイク(Audiotechnica AT822)のみ。

グランドピアノは普通、屋根版を開いた所を狙う。曲により、マイクを中に突っ込んでハン
マーを直接狙うこともあるが、アンビエンスがほしいソロの場合はオフめのセッティングと
なる。マイク位置によって音域のバランスやヌケ・こもり具合が多少変わってくる。

今回のピアノは木目も美しいベーゼンドルファーのグランド。「ベーゼンの音」というのが
あり、重めのしっとりした音。スタインウェイのようにキンキラリン(^^)ではないが、鳴り
は大きく、とてもよく響く。
「ベーゼンドルファーの音は前に飛ぶ」というのをどこかで読んだので、鍵盤の反対側に
マイクを置いてみたが、響きのないデジタルな?感じの音で、アタック重視の場合はよいが、
アンビエンスも欲しい今回の目的に沿いそうもない。
そうこうするうち、別の要因でマイクセッティングが決定することに・・・

マイクセッティング1
マイクを屋根版の間から狙っていたら、ちょうど花束が来た。

マイクセッティング2
ビデオ収録もあるので、花束に隠そう!(写真は本番中)

マイクセッティング3
正面から見ると、わかるまい。(ただし馬脚をあらわす^^;)

あとで録音を聴くと、アンビエンスはじゅうぶんあるが、全体に中低音域寄りで、高音域が
弱いように思う。ベーゼンドルファーの持ち味、ともいえるが、高音部の弦がマイクから遠
かったせいもあるのだろう。

機材はMTRのDPS16、USBインターフェイスSE-U55、iBook、DAT(DTR-100P)。
DPS16は今回は主にマイクプリアンプ/デジタルミキサーとして使用。
この組み合わせで、3通りの録音を行った。(下表)

(1)アナログでUSBインターフェイス(SE-U55)に接続、44.1kHzでリアルタイムに取り込み
(2)48kHzでDPS16に録音、後でUSBインターフェイス(DATport)にデジタル接続して取り込み
(3)DPS16から48kHzデジタル接続でDATに録音、後でDATからUSBインターフェイス(DATport)
 に48kHzでデジタル接続して取り込み

信号の流れ

マイクDPS16USBインターフェイス(SE-U55)ノートPC     [SE-U55リアルタイム取り込み]

        →USBインターフェイス(DATport)ノートPC    [DPS16録音DATport取り込み]

        →DAT→USBインターフェイス(DATport)ノートPC [DAT録音DATport取り込み]


左から、DPS16、SE-U55、iBook、DAT(DTR-100P)。
マイクはXLR〜フォーンプラグ*2のアンバランス。
DPS16のマイク入力はアンバランスの場合、トリム・フェーダー
とも最高にしても、まだレベルが足りないくらい。ノイズは皆無。

SE-U55(アナログ) vs. DATport(デジタル)〜USBインターフェイス音質比較

さて、上記3通りの取り込み方法のうち、(2)(3)はほとんど音質差が見られなかった。
DPS16録音のほうがDAT録音より、若干、よいのだが、その差はわずか。
マイクプリ、ADが共通、しかもデジタル接続なので、こうなるのだろう。

そこで、SE-U55アナログ取り込み(1)とDATportデジタル取り込み(3)の音質を比較した。*1

SE-U55(アナログ接続)

SE-U55アナログ取り込みは、周波数特性、アンビエンス感とも、ホールの聴感に近い。

ピアノはダイナミックで太い音がする。音の立ち上がりがややソフトで、解像度はごく
わずかに甘くなる傾向があるが、全体として、ライブ感のある自然な音。

良好なピアノに対し、ヴァイオリンではやや厳しい場面も。ヴァイオリンの中高音域の
音が、フェイザーがかかったように、2本にずれて聞こえる。高音域の"のび"もない。
ヴァイオリン2本が絡み合うカルテットになると、厳しさは倍加する。
SE-U55は高域の周波数レンジが足りないうえ、上限のどこかにピークがあるようだ。
ヴァイオリンはオーケストラでも最高音部を担う楽器だが、演奏音のうえに「ヒーン」
という高い倍音がある。この高次倍音を正確に再現できるかどうかでヴァイオリンの
音の再現性が左右されるのである。

こうした不具合は、DigitalPerformerのEQでAccousticGuitarのプリセットを
カスタマイズしたら、ちょうどいい具合になった。中音域を全体にブーストし、ゆ
るやかにハイカット。これで高音域の偽音?はなくなり、みずみずしい弦の音に。(^^)
調整幅はせいぜい+-5dBまで。

*注 本来ならSE-U55アナログとデジタルの両方で比較すべきなのだが、中古で入手
したため故障品だったのか、はたまた設定がまずいのか、とにかくSE-U55でデジタル
取り込みができずにいる。

DATport(デジタル接続)

オプコード社のDATportは最初期のUSBインターフェイス(現在は入手困難)で、
文字通り、DATとデジタル接続してUSB搭載PCに取り込む。金属ボックスにコ
アキシャルのデジタルIN/OUTとUSB端子のみと、至ってシンプル。小型軽量で
持ち運びもいい。DPS16やDATで録音するとき、DATportでiBookに接続して
バックアップ録音ができるので重宝する。
しかも、音質も意外とイケルのだ。

Opcode DATport

上記(3)の方法でDAT録音をデジタルで取り込んでみた。

DATportはデジタルっぽい音がする。すなわち、高域がシャープで解像度が高く、
S/N比のよい音。解像度と音の立ち上がりは特にすばらしい。

ピアノ録音にも、この傾向ははっきり反映されている。打鍵のシャープな感じ、
高音域の倍音やペダル使用時の共鳴音の鮮烈な再現。ラヴェルやシャブリエの
フランス音楽独特の冷たい響き、憂いを含んだショパンの高音のメロディには
ぴったり。

ヴァイオリンも、独奏はちゃんと1本で弾いているように聞こえる。(^^)
しかも高次倍音まで正確に再現し、艶やか、まろやかな音がする。煌めく音。

反面、低音域はバランスもレスポンスも弱く、迫力・太さ・厚みに乏しいきら
いがある。ピアノの低音域はボワボワした立ち上がりで、芯が抜けた感じ。
ライブなアンビエンスもどこかに消え、まるでスタジオ録音のようだ。

DATportは、ある種人工的な、"作られた"音になる。はまれば絶大な効果を
発揮するが、キャラクターが強いので、常用すると疲れてくる局面も。

以上のことから、ナチュラルでオールラウンドに使えるSE-U55、飛び道具
的に使うDATport、と言えそうだ。*2

*2 USBインターフェイス普及の時代に旧機種を持ち出して恐縮だが、その昔、
日経BP社のサイト「PC-Gaz」でオンキョーSE-U33とオプコードDATport
の比較記事があった。SE-U33よりもDATportのほうがいっそうクリアな音、
「DATportは無愛想だけど、プロの味?」など。

ペグ福田のアレも付けたいコレも付けたい(「PC-Gaz」99/6/23 現在は参照不可)
http://www.pcgaz.nikkeibp.co.jp/pg/pcgaz/buy/col/4/col_2_03.shtml

この記事は再生音中心のレビューだったのだが、今回はSE-U55とDATport
で録音の音質比較をした次第である。

保存時間との戦い

今回の録音でちょっと困ったのは、演奏者が20〜30秒で入れ替わるので、
録音ファイルの保存が間に合わないことだった。

使用ソフトはWave Editor TWE。TWEは録音を終了すると、「ファイル長の調整」
「波形スキャン中」のダイアログが出て十数秒間、処理が中断する。ファイル名を付
けて「保存」に、さらに数十秒。他のソフトと比べて、むしろ速い部類で、室内楽の
場合は席や譜面台を並べ替えるうちに保存が完了してしまう。
だが今回は入れ替わりがあまりに短すぎた。全60曲中、1/3は、次の曲の頭が切れて
しまい、後でDATからダビングする羽目に。

録音しながら「永久ファイル」ができる、手頃なソフトはないものか。
Logicならこれができるし、DigitalPerformerではバックグラウンド処理される。
長いファイルに録音しておいてファイル分割も簡単にできる。
しかし、手持ちのUSBインターフェイスでは、これらのソフトが使えない。
ASIO対応のインターフェイスを買うしかないのだろうか。

サンプリングレート変換〜コンバート法による音質差

SE-U55での同時録音は44.1kで行ったが、DATの録音が48kなので、MTRとDATは48kで
デジタル接続した。CD化するには48k->44.1k変換が必要である。
だがなんと、変換するファイルは20曲も!

そこで、複数のファイルを一括変換できるSoundAppを使ってみた。
「変換..」メニューで開くダイアログで複数のファイルを選択し、変換後の状態を
設定して「OK」ボタンを押すだけ。変換時間も比較的速い。しかし一聴して音質劣
化が気になる。昔のカセットデッキの音質でノイズだけなくなったような質感。
特に高域成分の損失が大きく、輪郭もぼやけがち。

次に、DigitalPerformerの「BEST」モードで変換してみた。この場合も少々の変化
はあるが、高域の損失は少なく、違和感ないレベルだ。変換時間はかなり長いが、
それだけ高精度の演算処理が行われるわけだ。

最終的に、トータルに判断して音質が気になるものはDP、それ以外は能率重視で
SoundAppを採用した。

作業効率の問題

今回の録音は約60曲、演奏時間6時間という長大な分量だったので、改めて、作業効
率の問題に直面することになった。サウンド編集は手間のかかる作業で、1曲編集する
にも、凝り出したらきりがない。それが大量となると本当に大変だ。
効率アップの方法は・・・

(1) 本番中にリアルタイムに取り込む
いったんDATやMTRに録音しておいて後で取り込むのではなく、本番中にリアルタイム
に取り込んでしまう。6時間の本番を後でダビングすると、8時間は下らないだろう。
リアルタイムに取り込むと、この8時間がまるまる不要になる。

(2) ソフトで効率アップ
ファイル分割、フェードイン/アウト、ノーマライズ、サンプリングレート変換など
の単純作業はなるべく省力化したい。各種一括処理ができるソフトは便利だ。

たとえばスタインバーグget it on CDは、一般的な波形編集の他に「CDモンタージュ」
ウインドウでファイル(トラック)分割、トリム、ゲイン調整が簡単にでき、そのま
ますぐCD焼きできる便利なソフトだ。フェードイン/アウトも範囲選択しただけで
自動判断してイン/アウトができる。ベタで録ったファイルをトラック分けしてCD化
する、という作業が大変効率的に出来る。非破壊編集なのでオリジナルファイルに手を
加えないのもいい。
DigitalPerformerの無音部分や未使用ファイルを抽出して削除する機能も便利そうだ。

(3) 高性能コンピュータの使用
CPU性能はどんどん進化しているので、速いマシンを使えば作業効率も向上する。
Macの場合、G3とG4(ソフトの対応が必要)では、明らかにG4のほうが速い。
CPU、HD、メモリ搭載量など、処理速度に影響する項目は多い。

効率と音質のバランス

作業効率を考えるとき、出来上がったもののクオリティも大切だ。
往々にして、手軽なインターフェイス、一括処理や高速変換は音質とトレードオフ
の関係にある場合があるので、つねに結果をみて判断するしかない。
あらかじめ段取りを考えてから作業にかかるることも、無駄を省くのに有効だ。

コンピュータ編集のメリットは、単純作業を自動化して、人間の努力をより創造的
作業に振り向けることにあるべきだ。効率化によって生まれた余剰な時間は、凝りま
くったEQ、コンプの試行錯誤、小刻みなエフェクタやレベルのオートメーションetc.
の音楽的作業に使いたい。

それにしても、サウンド編集って、時間がかかりますね!


今回の御判定(^^)/

後日、ピアニストにCDを渡して「(SE-U55とDATportと)どっちがいい?」と聞いてみた。
右手が出ているDATportのほうが「うまそうに聞こえる」からいい!という御判定。
たしかに、、発表会は「うまそうに弾きなさい」っていう先生いますね。(^^;)

またしても、アナログ44.1kで録音するより、48k録音デジタル取り込み->44.1kに変換した
方がよい結果となった。


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