「旧鎌倉街道 探索の旅」を歩く
  歩く 旧鎌倉街道 中ノ道
        (鎌倉 → 古河)
     玉川→  梅丘
i-愛ロマンチカ (東京都世田谷区玉川) (世田谷区梅丘)
    
今日2017年4月20日は、前回の2016年11月30日から、約5ヶ月振りの歩き。
実は昨年(2016年)末に、何故か突然腰を痛め(坐骨神経痛)、激痛で一歩も歩けない日々が続いてしまった。
それから毎日整形外科医院に通い点滴とリハビリを約4か月続けた結果、
完治はしていないがようやく人並みに歩けるようになった。
正直、もう2度と街道歩きなどできないと思っていたので、本当にうれしかった。
それで、今日は試し歩きと称して前回の続きから約10kmを歩いてみた次第。
結果は、天気も味方してくれたせいか、体の痛みも殆どなく無事完歩。感謝!
調子に乗って、近々続いて約20kmを試歩する予定。
            
2017年4月20日8時27分 通勤客でごった返す東京都世田谷区の東急田園都市線二子玉川駅着。
   
西口から玉川通りに出て右折し最初の信号交差点を左折し、
玉川通りを横断して
高島屋ショッピングセンタの間の通りを進み、国道246号線厚木街道高架下を潜る。
     
すぐ先の突当り丁字路辺りが、前回の終点の旧道との接続点
      
8:47出発。旧道との接続点を右折して玉川3丁目地内の二子玉川商店街通りを進む。
この通りは、また当時の大山道でもあったところ。
大山道:江戸時代、相模国(神奈川県)伊勢原市の大山にある大山阿夫利社参詣に各地から多くの人が通った道。
この道もいろいろある経路の1つで、江戸赤坂御門を起点として多摩川を経て大山に続いていた。

二子玉川小学校入口信号
交差点を直進して玉川4丁目地内に入る。
    
商店街の終わりでNTT瀬田前信号交差点を進み、次大夫堀にかかる次大夫橋を渡る。
次大夫堀:江戸時代、徳川家康が下流の六郷地方の米の増収をはかるため、
代官小泉次大夫に命じて切り開いた灌漑用水で、この辺りの人たちは次大夫堀と呼んでいる。

     
瀬田4丁目地内に入り道はゆるい上り坂となり、瀬田玉川神社のすぐ先で左斜めに折れるが、
旧道は直進して瀬田教会敷地内を通り教会の正門前辺りまで繋がっていた。
現在は、この間の約100mが消滅しているので迂回する。
   
迂回経路ー1
   
教会正門前丁字路の旧道との接続点を左折し、瀬田4丁目地内の閑静な住宅街を進み、
大正元年創建で本尊が虚空蔵菩薩の
大空閣寺前を通る。
    
道なりに進んで交差点を直進し、その先で環八通りを横断して反対側の道に入り、玉川台2丁目の細い道を進む。
       
交差点を直進し、突当りで都道427号線に出て左折する。
突当り右角に、きれいな花が供えられている
延命地蔵
延命地蔵:相模国へ向かう大山道は、この地蔵のところで右手(今来た道)と左手に別れ、二子の渡しで一緒になっていた。
地蔵尊は、1777年(安永6)に用賀村の女念仏講中により建てられたもの。

       
地下に東急田園都市線が走る427号線を進み、
首都高3号渋谷線高架下を潜って田中橋信号交差点を直進し用賀4丁目と2丁目の境界道を通り、
その先の田園都市線用賀駅出入口角の信号の
分かれ道は427号線と別れ左手の細い道を進む。
        
用賀4丁目地内のブロック舗装の商店街をゆるく右にカーブして通り、商店街出口の信号交差点を直進して反対側の道に入り、
用賀3丁目地内の道を進む。
         
前回この辺りを歩いたときもそうであったが、
都心でありながらこの時間帯全く人にも車にも出会うことが殆どない
ひっそりした道を進み、
上用賀1丁目信号交差点を直進し、上用賀1丁目と用賀3丁目の境界道を通る。
         
国立医薬品食品衛生研究所敷地内に、まだ新しい「衛生材料廠跡石柱
衛生材料廠跡:陸軍が使う薬などを製造したり保管したりする陸軍衛生材料廠があったところで、
1929年に芝白金から移転してきた。

その先で
陸上自衛隊信号交差点を直進し、弦巻5丁目と桜新町2丁目(その後弦巻4丁目)の境界道を進む。
        
続くサンクス前の弦巻4丁目信号を直進する。
サンクス敷地角に、可愛い花が供えられている
お地蔵さん。脇の石柱刻印に「大山道」とあるので多分江戸時代のものかも。
そして、すぐ先に
幾何学的模様のマンション
       
世田谷いちい保育園辺りから下り坂となり、下り切ったところの変則信号交差点を直進し、
細い坂道を上る。
       
その先の駒留通りの信号を直進し、反対側の世田谷1丁目地内のMILD POCKET店左側の細い道に入る。
ここの交差点は複雑で、横断歩道の信号が青でも車の信号も青で横断歩道を突っ切っていく。ご注意あれ?
細い道は、「ぼろ市通り」といい、昔古着の売買が盛んに行われたので「ぼろ市」の名がつけられたという。
すぐ右側に、「
煙草処 武蔵屋 創業明治43年看板を掲げた店
店前におられた店主に尋ねたところ、「現在も煙草を販売」しているとのこと。
ただ、店内を拝見すると、郵便切手、ゴミ処理券など多々取り扱っており、多角経営されておられる様子。
明治43年創業であるが、「古くて新しい」という感じのお店、というところ。
道なりに進み突当りの
桜小前信号で、世田谷通りを横断して反対側に渡り右折する。
       
世田谷2丁目地内の世田谷通りを進み、ラーメン店先の分かれ道は世田谷通りと別れ歯科医院の左側の道を進み、
突当りの丁字路に出る。
旧道は、
丁字路を直進し世田谷3丁目21代一コーポSUGAYA前辺りまで繋がっていたが、
現在はこの区間約700mが消滅している。
ここでは、迂回する。

      
迂回経路ー2
      
代一コーポSUGAYA前辺りの旧道との接続点から今来た道を戻り、先ほどの城下橋石柱前を通って豪徳寺2丁目地内に入り、
右にゆるくカーブして
細い道を通る。
      
分かれ道は右手を進んで右にカーブし、閑静な住宅街を道なりに進み、
ほっとスクール城山のフェンス外れの
交差点を直進して梅丘2丁目地内に入り城山小学校脇を通る。
     
道なりに進み、突当りで駐車場前丁字路に出る。
旧道は
丁字路を直進して、梅丘1丁目14の業務スーパー店角交差点辺りまで繋がっていたが、
現在はこの区間約600mが消滅している。
ここでは、迂回する。
    
迂回経路ー3
     
旧道との接続点を左折し、梅丘1丁目地内の道を進み、梅丘商店街に入ってスリーエフ前を通る。
       
その先商店街中ほどにある業務スーパー店角の交差点から、
旧道は
左斜めに折れて小田急小田原線梅ヶ丘駅北口辺りに繋がっていた。
現在はこの区間の約100mが消滅しているので、ここでは迂回する。

       
    
迂回経路ー4
    
小田急小田原線梅ヶ丘駅北口辺りが、旧道との接続点
     
今日は、ここまで。
時は、11:17。
今朝8:47に、二子玉川商店街入口を出発してから、所要時間は約2時間30分。

    
   小田急小田原線梅ヶ丘駅から、横浜へ帰宅。
       

旅と旅行と
    
参考までに; 歩く 鎌倉街道中道 (古河→ 鎌倉)