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姫街道、どんな街道かと以前から憧れ、そして心ときめかしていたのでした。 ようやくこの2006年になり思いを遂げることができ、今つくづくその余韻に浸っているところです。 事前にいろいろ情報を集め、本坂峠ということろは大変険しいところと覚悟していました。 その本坂峠を目指し登っているそのとき、 道端の陽だまりで日向ぼっこしている1mくらいの蛇にバッタリ遭遇してしまいました。 誰もいない山奥で「ギャオー」という空しい悲鳴をあげ思わず飛び上がり、 後は一歩も歩けない自らの悲しい姿を見てしまいました。 数年間、街道を歩いていて初めて蛇に出会いました。 姫街道は、要所に案内標識(特に遠州側で)があり、道に迷いたくても迷えないくらい気配りされた街道で、 旅人に優しい街道でした。 ところで旅慣れないお姫さまは、この姫街道をどんな気持ちで歩いたことであろうか。 |
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姫 街 道 と は 奈良時代は「二見道」、近世になると「東海道本坂通」と称された重要な脇街道で、江戸時代末期から姫街道と呼ばれた。 区間は、現在の磐田市見付(西坂町)から豊田市御油町の約60.4km。 (以上 引佐峠頂上の案内板を要約) |
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ただ姫街道と称する道は、次の3経路があったよう | ||||||||||||
・池 田 道 :見付宿を始点として天竜川を渡り、西渡船場から北西の津島神社の南を通り浜松インターチェンジの南から 西へ向かって、下石田町の261号線下石田北信号の北にある交差点で、本坂通と合流して市野宿へ向かう経路。 ・本 坂 通 :安間を起点として北上し、314号線を経て、下石田町の261号線で池田道と合流し、を市野宿へ向かう経路。 ・浜 松 道 :浜松城公園南の連尺信号交差点を始点とし、257号線の経路で北上して市野宿と気賀宿の間の三方原追分で 本坂通りと合流し、気賀宿へ向かう経路。 |
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「歩く 姫街道」の経路 | ||||||||||||
池田道の姫街道は天竜川西渡船場から西は殆ど道が消滅しているので、次の経路を歩く。 | ||||||||||||
池田道ー(天竜川西岸から南下)ー中野町の旧東海道ー安間起点本坂通で市野宿から御油宿 |
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姫街道の名前の由来(私の好みの由来) 旅人には海岸沿いの東海道を通る方が歩くのに容易で、また安全であったが、 新居関所の「女改め」が厳しかったため、花恥らう姫さまたちが峠のある本坂通を通るようになった、のが名の謂れ。 因みに、箱根関所は「美少年改め」が特に厳しく、改め役女の楽しみであったという。 いつの世も男女の中は、愛しきもの。 |
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参考マップ | ||||||||||||
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(実際にマップを参考にしてみて: ここに記載されている史蹟類で現地にないものが結構多く、 また現地の年配者でもその所在を知らないものもある。 そういうことからするとこのマップの史蹟類は数十年以上前の古い記録かも知れない。 史蹟類を訪ねて歩く人は、以上のことを念頭において利用されるとよいと思う。) |
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