ここの横穴の数、資料によって若干数値が違うが、現在219個と聞く。
一見無秩序に掘られているようだが、平行線上にきちんと配列されていたり
大きい穴を中心に小さな穴が円周上に造られていたりと、規則性があるとかで、
いわれてみると、確かにそう掘られている。
明治期には、先住民の住居跡とする説と
墳墓説との論争の舞台となったこともある。
大正時代に入って、各地で同様な横穴の発見・発掘がなされ、
出土品などの研究も進んで、墓穴として造られたことがわかったそうだ。
1923(大正12)年に国の史跡に指定。